燈火

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10/29/2025, 6:45:36 AM


【おもてなし】


金曜の夜。酷い雨音の響く中、君の来訪を待つ。
ピンポーンとインターホンが鳴って扉を開けたら。
「こんばんは〜」笑顔でずぶ濡れの君がいた。
荷物を前に抱えているが、当然守れてはいない。

服が肌に張りつき、髪から水が滴っている君。
「ちょっ、動かないで。そこで待ってて」
僕は急いで脱衣所に向かい、タオルを取って戻る。
「とりあえず拭いて。で、お風呂入りな」

足元にタオルを引いて脱衣所までの導線を引く。
玄関から最も近いので、廊下はあまり濡れずに済む。
先にシャワーを浴びているよう、君に言いつけた。
今からでも十分か二十分でお湯は溜まるはずだ。

しばらくして、君が風呂場から出てきた。
元から泊まる予定だったが、君の荷物もずぶ濡れ。
仕方ないので僕の服を着替えとして置いていた。
見ると、ぶかぶかではなさそうで安心した。

濡れた髪をタオルで拭く君に、手招きをする。
「ちゃんと乾かさないと風邪引くよ。おいで」
不満そうに口を尖らせて、君はこちらへ歩いてくる。
しぶしぶ、という感じで僕の脚の間に腰を下ろした。

ドライヤー中は轟音でまともに話ができない。
それが嫌で、静音にこだわって買い替えたが。
君は熱風に包まれてうっとりと目を閉じている。
まあいいか、と僕は乾かすことに専念した。

髪を乾かし終えて、僕はふと湧いた疑問を口にする。
「折り畳み持ってなかったっけ」「持ってるよ」
君は続ける。「でも濡れたい気分だったんだもん」
「……先に教えて?」せめてお風呂を用意したい。

10/28/2025, 6:53:36 AM

10/31 5:01更新
【消えない焔】


一生を共に添い遂げたいと望む相手がいる。
でも、それは今生では決して許されない願い。
私が妖狐でなければ。彼が雪女でなければ。
結ばれることができたはずなのに。

妖たちは日頃、人の姿を真似て世に紛れている。
私と彼もそうして、人間として出逢った。
妖であることなど、そう容易には明かせない。
だから、親密になるまで互いの種族を知らなかった。

妖狐は心を許した相手の前では耳が出やすくなる。
特に眠気の強い時は気をつけないといけないのだが。
うとうとして出た耳を、うっかり見られてしまった。
人間に妖だと知られたら、人の世では生きられない。

途端に意識が覚醒した私は青ざめ、逃げようとした。
「──待って!」彼の強い声に引き止められる。
「大丈夫。僕も一緒だから」白い靄が彼を包む。
ひんやりと広がる冷気が彼の正体を教えてくれた。

彼も妖だった。でも、「大丈夫じゃないよ……」
先ほどまでとは別の意味で、私の顔が引きつる。
妖狐と雪女は種族の特性上、非常に相性が悪いのだ。
一族同士の関係性もあまり良いとは言えない。

私自身に、雪女だからと忌み嫌う理由は無い。
この様子だと、彼も妖狐を嫌ってはいないようだ。
それは幸いだが、私には他にも不安な要素がある。
嘘か真か、妖狐と結ばれた雪女は溶けると聞いた。

その噂を知ってなお、彼は大丈夫だと言う。
「溶けない証明になるよ」と手を差し出された。
私は躊躇した。だって、もし溶けてしまったら。
それでも彼は良いとしても、私が耐えられない。


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 ────── 過去のお題の話 ──────
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2023/7/12提示
【これまでずっと】Another


何度、見送ってきたのだろう。
小さな本棚には思い出が詰め込まれているらしい。
知らない名前と年月日が背に書かれたアルバムたち。
彼はたまに読み返しては、寂しそうに目を伏せる。

「君はいい子だね」その一言は幼い私を喜ばせた。
いま思うと、両親も先生も手を焼く問題児だったのに。
言うことを聞かない。勝手に動いていなくなる。
ないものねだりをしないことが唯一の長所だった。

初めて話したとき、迷子の私は泣いていた。
彼は戸惑い、目線を合わせて問う。「どうしたの?」
この優しい人に、お母さんは気味が悪いと顔を歪ませる。
何が本当なのか確かめたくて、約束を破って近づいた。

「君は変わってるよ」困り顔で笑う彼は私の頭を撫でた。
結婚を急かされる歳になって、親ですらもう撫でない。
それなのに、彼はいつまでも子ども扱いする。
手に入らないと知りながら求めてしまうのは、愚かだ。

時間を共有するたび、心の奥底に触れてきた。
悠久の時を生きる彼の世界には手を伸ばしても届かない。
私の一生など、きっと暇つぶしにもならずに忘れられる。
私にとっては彼のいる日々が眩しくて仕方ないのに。

週に一度、彼と過ごすティータイムを心待ちにしている。
美味しい紅茶を飲んでほしくて、たくさん練習した。
幼い私が「やめようよ」と言う。でも。これは救いなの。
数日前に届いたばかりの紅茶缶を手に取り、家を出た。

彼が紅茶に口をつけ、こくりと喉が動く。
きれいな所作につい見惚れていた。
何かが割れる音。彼のティーカップが落ちたらしい。
目をつむって紅茶を飲めば、一緒にいられる気がした。

10/27/2025, 8:18:18 AM


【終わらない問い】


ときに女の人は、物言いたげに見つめることがある
それは、私の心を察してほしいというアピール。
どんなに親しい相手でも心の内なんて読めないのに。
放っておくと不機嫌になるのが面倒なところ。

「どうしたの?」わからない、の意思表示。
「なんでもないの」そう言われたらおしまいだ。
だけど。「そう?」引き下がってはいけない。
「僕でよければ話聞くよ」ダメ押しのもう一回。

そうして聞き出した話は、大概しょうもない。
あなたって私のこと本当に好き? とか。
私より可愛い子なんていくらでもいるよね、とか。
肯定されたい言葉を疑問形にしてぶつけてくる。

勝手に考え込んで、勝手に不安になっているだけ。
自己完結させて満足できるなら、僕は楽なのに。
好きだよ。君が一番可愛いよ。オウム返しで答える。
時間はかかるけど、そのうち無意味な質問は終わる。

相手に縛られるなら恋愛なんてしなければいい。
顔を合わせれば不満をこぼし、深夜に電話が鳴る。
その度に、僕の好きになった君の姿が霞んでいく。
あまりにもうざったくて、一方的に別れを告げた。

「あなたはお父さんみたいにならないわよね?」
浮気をした父親に囚われた母親の言動を思い出す。
お父さんみたい、が何を指すのか知らないけれど。
「ならないよ」僕は笑顔を取り繕って答えた。

母親は、僕の答えにまるで納得していなかった。
不躾に投げられる疑惑の目がひどく不快だった。
「なに?」「なんでもないのよ。なんでもない」
あの時、母親は何を察してほしかったのだろうか。

10/26/2025, 4:23:53 AM


【揺れる羽根】


物置でいいモノ見つけたんだよ、とあなたが言う。
「ちょっとやらない?」一組のラケットだった。
見たところバドミントン用で、シャトルもある。
あまり使わなかったのか、新品同様の綺麗さだ。

今日は物置の整理をすると意気込んでいたが。
「片づけの続きは?」「あとでやるよ」
絶対やらない。でも、まあいいかと私は諦めた。
元より、する予定のない整理。途中でも構わない。

十分な場所を確保するため、近所の公園に移動した。
軽く準備運動をして、簡単なラリーから始める。
「懐かしいな。体育の授業とかでやったよね」
相手の位置に的確に返すのは、案外難しい。

「やったね。壁打ちしてた記憶しかないけど」
「うそっ、そんな淋しいことある?」
よほど驚いたのか、シャトルが地面に落ちた。
「冗談だよ」わかりやすい嘘のつもりだったのに。

少し風が出てきて、シャトルがふわりと煽られる。
右へ、左へ。手前に落ちたり、奥に伸びたり。
よく見ても軌道が読めなくて振り回されてしまう。
これではさすがに楽しめないので、やめにした。

「あー、楽しかった」と、あなたは満足そう。
爽やかな笑顔を横目に、私はベンチで浅く呼吸する。
どうしてそんなに体力があるのだろうか。
年齢差はあまりないけど、衰えを自覚してしまう。

一度深く息を吐いて、吸って、立ち上がる。
「お、復活?」余裕のあるあなたが羨ましい。
帰宅後、バドミントンセットは玄関に置かれた。
また遊べるように、と。次の出番を待っている。


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 ────── 別の解釈の話 ───────
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【揺れる羽根】Other Story


もし神様がいるのなら、この困窮から救われたい。
男は苦しい生活に耐えながら、日々祈っていた。
「助けてあげようか」弾かれるように顔を上げる。
目の前にいたのは、漆黒の翼を持つ少年だった。

悪魔だ。悪魔の誘惑に屈してはいけない。
男は迷うことなく、少年の善意を拒絶した。
少年が不快そうに目を細めるので男は警戒したが。
「かわいそ」鼻で笑い、あっさりと引き下がる。

夢か幻覚かと疑い始めた頃、今度は少女が現れた。
背中に生える純白の翼。これは天使に違いない。
確信を得た男は、少女の差し伸べる手を取った。
少女は男の高望みをすべて叶えると、姿を消した。

幸福を手に入れた男の前に、少女は再び現れる。
「対価を頂きたくて」見惚れるほど美しい微笑み。
目を奪われた一瞬で、少女に両目を抉られた。
あまりの激痛に、男の意識は朦朧としている。

「あら、早かったわね」くすくすと笑う少女の声。
「なに楽しんでんの」どこかで聞いた少年の声。
「食事は楽しまないと」男の体が完全に脱力する。
「かわいそ」人間の味を知った天使は、悪魔だ。

歩いて帰る少女を眺めながら、少年は心中で嘲る。
満腹状態では飛べないと自覚していながら喰らう。
それは欲望を抑えられない、愚かな人間と同じだ。
だが。まあ、好都合。少年も魂を回収して去った。

魂を奪う悪魔と肉を喰らう天使は協力関係にある。
その真実が人間に知られることは、きっとない。
ひらりと舞った白い痕跡を見て、人間は思う。
また天使様が救いを与えてくださったのだ、と。

10/25/2025, 6:46:17 AM


【秘密の箱】


十年後に一緒に開けに来よう、と約束した。
よく遊んだ公園に埋めたタイムカプセル。
先月でちょうど十年が過ぎたらしい。
〈いつ見に行く?〉君からの連絡で、そう気づく。

すっかり忘れていたのに、思い出すと気になる。
たしか容器はお菓子の缶で、中身は手紙だったはず。
僕は何を書いたっけ。君は何を書いたんだろう。
相手は未来の自分かお互いか。それも覚えていない。

週末、予定のない日を合わせて見に行くことにした。
就職してから、地元に帰るのは年末年始ぐらい。
数年見ないだけで、慣れていた景色が新鮮に映る。
ついでに実家にも顔を出すか、と歩きながら思う。

公園に着くと、待っていた君がこちらに手を振る。
「お疲れ〜」「ごめん、お待たせ」「時間通りだよ」
そう言いながら、いったい何分待っていたのだろう。
「変わんないね」と笑う君も変わっていない。

「どの辺だっけ」なんせ十年前だから記憶は曖昧だ。
「んーっとね、大きい木を目印にしてたから……」
きょろきょろと見回し、君は一点を指さした。
「あの辺だ」近くの看板がなんとなく記憶に重なる。

君の指さした付近に向かい、具体的な場所を探る。
「木と看板の間じゃなかった?」問うと、君は頷く。
地図とか残していたらよかったのにね、と困り顔。
失礼だけど、君の絵心だとあっても期待できない。

都合よく、他の人がいないうちに広く掘ってみる。
意外と浅い位置に埋められていて助かった。
ささっと土を払う。間違いなく僕らの用意した缶だ。
ちょっと硬いけどいけそう。「じゃあ開けるよ?」

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