【LaLaLa GoodBye】
普段より丁寧な呼び出しに、嫌な予感はしていた。
いかにも申し訳なさそうな顔であなたが口を開く。
「ごめん、他に好きな人がいて。別れてほしい」
いつかそう言われることを、私はわかっていた。
関係の始まりは、あなたの告白から。
初めて告白というものを受けて純粋に嬉しかった。
正直、あなたのことは好きでも嫌いでもない。
だけど、好きになりたいと思ったから付き合った。
その日から、あなたの姿がよく目に入る。
休み時間に。登下校中に。移動教室の合間に。
視線に気づくと、あなたは笑顔で手を振ってくれる。
それだけで大切にされていると実感して心が浮つく。
共に時間を過ごすうち、存在が大きくなっていく。
他の誰かではなく、あなたの隣にいたいと願った。
そして訪れたあなたの教室で、聞こえてしまった。
友達と話すあなたの声。本当の想い人の話。
昔から一途に想ってきた相手に彼氏ができたらしい。
未練を断ち切るための手段が、私への告白だった。
誰でもいいわけではなかったみたいだけど。
なんだか無性に虚しくて、気づけば涙が零れ落ちた。
思い返すと、好きだと明言されたことはなかった。
告白の時は「付き合ってください」と言われただけ。
好感を好意だと思い込んだ、私の勝手な勘違い。
今さら離れがたくて。その結果がこれなら残酷だ。
あなたが正直すぎるせいで怒るに怒れなかった。
せめて、好きな人の幸せを願える私でありたい。
一人になって、嗚咽混じりの声で歌を口ずさむ。
報われない恋心なんて早く忘れてしまいたいのに。
【どこまでも】
ねえ、神様。教えてください。
僕はこんな罰を受けるほどの罪を犯しましたか。
四肢を十字架に固定され、群衆を前に心中で問う。
飛び交う野次のせいか、答えは聞こえてこない。
群衆から離れたところに母の姿を見つけた。
眉根を寄せ、今にも泣きそうな顔をしている。
きっと母はこうなると危惧していたんだ。
だから『人前で魔法を使うな』と言いつけた。
魔法とは、不思議な現象を起こす力のこと。
例えば火をつけたり、水を出したり。
この国では、女性だけが扱えると言われている。
魔法に必要な魔力を女性しか持たないためらしい。
それなのに、僕は男の身でありながら魔法を使えた。
狩りから戻った父の怪我を治せてしまった。
治療は光魔法の一種で、特に扱いの難しい魔法。
光魔法を扱える人はほとんどいない、と母は言う。
事実、どんな文献にも男性の魔法使いは登場しない。
母の言いつけで、僕の魔法は家族間の秘密になった。
女性は魔法学校、男性は士官学校に通うのが普通だ。
僕も魔法を隠して学校に通い、騎士になった。
成績の優秀な者は、魔物の討伐に駆り出される。
剣の才能がない僕は、近くの村の支援に回された。
そこで出会った、失明寸前の怪我を負った少女。
あまりに痛々しくて、見捨てられなかった。
命には関わらない怪我。保身を優先してもよかった。
だけど、あの判断が間違いだったとは思いたくない。
そうでしょう、神様。容赦ない熱さの中で、問う。
こんな罰を受けるほどの僕の罪はなんでしたか。
【未知の交差点】
深夜零時が近づくと、不思議と散歩がしたくなる。
冷たい空気の中、ゆっくりと深呼吸をする。
人も車も姿を消して、家の灯りも消えている。
まるで別の世界に迷い込むような感覚。
徒歩で行ける距離などたかが知れている。
とはいえ、近所にも通ったことのない道がある。
なるべく覚えのある、真っ暗でない道を選んで歩く。
本当は街灯のない小道なんかを通りたい。
レトロに舗装された脇道の前で足を止めた。
この道はどこに繋がっているのだろうか。
私の知っている場所か、はたまた行き止まりか。
湧き上がる好奇心に抗って散歩を再開する。
見慣れた街は昼間とは違う姿を見せる。
ライトに照らされた看板とか、24時間営業の店とか。
普段なら気に留めないものに目がいく。
そういう新しい発見こそが、夜の散歩の醍醐味だ。
せっかくの夜に他者と行き違うのは苦手寄り。
先に存在に気づけば手前の横断歩道を渡った。
昼間でも割と苦手寄りだけど、夜は積極的に避ける。
世界を独占するような気分を邪魔されたくない。
散歩の時、私はスマホと少しの現金を持ち歩く。
夜の自動販売機はなぜか魅力的に思えるものだ。
変なジュースなんかを見つけると嬉しくなる。
だから、あったら必ず確認することにしている。
帰路にて、対向車線の歩道に自動販売機を発見した。
周りが暗いので、そこだけ浮いているように感じる。
近くに横断歩道は見当たらないが、車の音もしない。
今だけ今だけ。自分に言い訳して駆け足で渡った。
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───── お題とは関係ない話 ─────
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【夢日記】10/11
僕は親を亡くした、孤独な学生だった。
主観の映像は、昼中の登校シーンから始まる。
少しして、僕は休み時間の教室を歩いていた。
映像作品の場面の切り替わりのように唐突だ。
人は多いのに、遅刻した僕を誰も見ていない。
そして鞄を手に帰ろうとする僕を誰も止めない。
気にしていないというより、見えていない感じだ。
僕はそのまま教室を出てコンビニに向かった。
公共料金ほか払込みは専用のアプリで確認できる。
もちろんネットショップやフリマなどは含まれない。
表示されるのは、税金や期限厳守のものだけ。
アプリ内で電子バーコードの利用も選択可能だ。
今日の目的である支払いを済ませてコンビニを出る。
五万円の出費なのでなかなかの痛手だ。
だが、これでしばらくは何も無いだろう。
アプリを確認すると、なぜか残1件となっている。
帰宅後、机に置かれた未納の払込用紙に気がついた。
公共負担込み支払額は、なんと503,000円。
目を見開いてよく見ると、実費負担は19,000円。
展示をされない方へ。キャンセル料との記載がある。
展示とは美術の作品のことだとすぐに思い至った。
僕は授業を休みがちで、その制作時間も休んでいた。
少し前に同じ展示のキャンセル料を支払ったばかり。
金額は違うけどまだあったのか、と頭が痛くなった。
まあ、いいか。親の遺産でお金は足りているし。
そこで、ふと疑問に思う。展示ってなんのことだ?
すべて夢だった。僕の現状も境遇も、複数の出費も。
ただ、あのアプリは現実にもあると便利だと思った。
【一輪のコスモス】
洗練された美しさのたとえは多く存在する。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
いずれ菖蒲か杜若。高嶺の花である、石楠花。
どれも彼女を言い表すのに相応しい花だ。
必死に手を伸ばしても届かない、遠い存在。
今の彼女しか知らなければそう思うだろう。
だが、麗しくあるためには手入れが必要だ。
その手入れをする誰かが、たまたま僕だった。
僕と彼女の出会いは中学時代にさかのぼる。
当時の彼女は、今とまるで違う姿をしていた。
性格や品の良さはそのままだが、主に容姿が。
メガネを掛けた目は前髪で隠れ、寝癖がそのまま。
彼女に話しかけたきっかけは、おませな妹だった。
その頃、僕は連日ヘアアレンジをさせられていた。
初めは嫌々していたそれに興味が湧いてきて。
「髪触ってもいい?」彼女は呆然としていた。
いや、うん。我ながらどうかしていた。
始業前の教室に二人きりだからこそ良くなかった。
慌てて事情を説明する僕は無様だったことだろう。
だけど彼女は意外にも「好きにしていいよ」と言う。
僕のアレンジを彼女は気に入ったようだった。
次は彼女から声をかけられ、また始業前の教室で。
人は見た目が八割とは、まさにその通りだと思う。
容姿を整えただけで一気に目を引く存在になった。
高校入学を機に、彼女はコンタクトに変えた。
前髪を切り揃え、隠していた泣きぼくろが露出する。
彼女が視線を集めると誇らしげな気持ちになる。
綺麗だろ、彼女は僕の花なんだ。
【秋恋】
あ、言っちゃった。そんな顔で君は口を抑えた。
まんまるの目が不安げに私の反応をうかがっている。
反射的に目を背けた。面映ゆくて頬に熱を感じる。
明らかな独り言なのに慈しむ響きがあったから。
いつから、なんて考えてもわからない。
もう一度目を向けると、暗い顔で俯いている君。
勘違いさせてしまったのだと気がついた。
「ご、ごめんね」咄嗟の言葉でまた傷つけてしまう。
悲痛な表情の君を眼前に、私の頭が真っ白になる。
「ち、違う。違うの。ごめんねってそうじゃなくて」
どう言えばいいのか。焦りで言葉が見つからない。
でも、誤解を解くのは今でないと。「……嬉しくて」
私の小さな呟きひとつで、君は花咲く笑顔に変わる。
本当に? 信じられない、って喜びが溢れている。
「嫌でなければ、手、繋いでもいいですか……?」
探り探りの距離感。初々しい照れが伝染する。
そっと差し出した右手に、君は大切そうに触れる。
宝物に触れるような手つきがくすぐったい。
ぎゅっと握れば、君もゆっくりと力を込めた。
それだけで、心臓が暴れて落ち着かない。
「戻ろっか」なんとか現実に意識を引き戻す。
買い出しのためにサークルの集まりを抜けてきた。
あまり遅くなって変に揶揄われるのは嫌だ。
踵を返すと、繋ぎっぱなしの手が控えめに引かれた。
「もう少しだけ、歩きませんか?」
君のお誘いに頷き、寄り道の終わりを引き伸ばす。
日の入りが早くなり、風も冷たくなってきた。
だけど。君の体温に触れていれば、寒くない。
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───── お題とは関係ない話 ─────
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【夢日記】10/9
大きめのボックス車の二列目に私は座っていた。
前後に男性が二人ずつと、右隣に髪の長い女性。
真横の扉が開いて、眼鏡の男性が入ってきた。
遅刻してきたその人は私と女性の間に座る。
「なにその大荷物」助手席の青年が白い目を向けた。
「あ、聞いちゃう? いいよいいよ、これはね」
ウキウキと眼鏡の男が膨らんだリュックを漁る。
「とりあえず出すぞ」最年長の男が車を出発させた。
七人も乗っているのに、不思議と車内は広く感じる。
動き出した後も眼鏡の男は次々と荷物を散らかす。
青年はハナから興味がなく、とうに前を向いている。
後部座席にいる双子の学生はスマホに夢中だ。
両隣の私と女性が標的にされて共にうんざりする。
傍聴者がいなくても需要のない荷物紹介は続く。
眼鏡の男は心配性なのか、無駄な荷物が多い。
外を見て聞き流していたが、ある言葉に耳を疑った。
「これが室内履き。で、これがかかと踏む用」
色も形も、履いているものと全く同じ靴。
いやいや、かかと踏む用って何? それ、いる?
間違いなく本人を除く全員が疑問に思った。
女性は「は?」と呟き、私はただ冷ややかに見た。
振り返り、「邪魔じゃん。置いてこいよ」と青年。
我関せずと後ろで騒いでいた双子も一瞬沈黙した。
「相変わらずだな」と慣れきった最年長は苦笑い。
そこで目的不明のドライブは強制終了を迎えた。
結局、七人はどういう関係なのだろうか。
始まったばかりの夢の続きを知る手段はない。
だって、眠り続けることはできないから。