【行かないでと、願ったのに】
僕らの高校は今年度を最後に廃校が決まった。
全校生徒が十人にも満たないから、当然の結果だ。
二年生の僕は、これ幸いと辞めることにした。
転校を選ばなかったのは僕だけだと聞いた。
なぜか情報通の先輩は、僕の選択を知っていた。
「辞めたら暇になるんじゃない?」楽しそうな笑顔。
この顔は何か企んでいて、僕を巻き込むつもりだ。
尋ねたら、「送りびとになってよ」と言われた。
「送りびと?」予期せぬ言葉に、僕はただ繰り返す。
『送りびと』とは、一時話題になった犯罪者のこと。
SNSで自殺を望む人に接触して、最期を見届ける。
自殺幇助か殺人か。一種の救いだと考える人もいた。
どちらにしても、先輩の口から出るには意外な言葉。
「自殺願望があったなんて知りませんでした」
「知ってたらびっくりしちゃうよ」とくすくす笑う。
他でもない先輩の頼みなら、僕に断る理由はない。
必要性もわからず退屈な勉強をしていた高校生活。
優等生と噂の先輩は上手なサボり方を教えてくれた。
勉強をできても息抜きができないと苦しいだけ。
そう言う先輩は、急に一週間休む問題児でもあった。
いつも長袖のシャツとハイネックを着ている先輩。
どんなに暑い日も変わらない服装が不思議だった。
旅の初日、先輩は隠していた部分を見せてくれた。
手首に残る、無数のリストカット痕が痛々しい。
『送りびと』のように共に旅をして最期を見届ける。
その過程で、心変わりさせることはできるだろうか。
『送りびと』の犯行記録──ブログではいなかった。
先輩を失わないための旅の終わりは、まだ見えない。
【秘密の標本】
彼はちょっとキザで可愛い、友人の弟くん。
初めて顔を合わせたのは、私が高校生の頃。
彼はまだ中学生になったばかりだった。
友人の家を訪れるのにも慣れてきた、ある春のこと。
思春期で手を焼いている、と友人から聞いていた。
もし迷惑をかけたらごめんね、とのこと。
だから私も、あまり構わないようにしようと思った。
たまたま玄関で鉢合わせて、小さく会釈を交わす。
思っていたより思春期らしくない印象。
私の歳の近い弟はもっと酷い態度を取っていた。
今でこそ落ち着いたものの、あれはかなり怖かった。
それと比べれば全然、彼の思春期はかわいいものだ。
帰り際、ちょうど帰ってきた彼とまた鉢合わせる。
その手には、なぜか四つ葉のクローバーがある。
「また来てもいいよ」ずいっと差し出された。
ありがたく受け取り、私は後日それを栞にした。
高校を卒業後、私と友人は別の大学に進学した。
地元を離れた友人の実家を訪れることはもうない。
たまに話をした彼とも今後は会わなくなる。
そう思っていたが、意外にも交友は終わらなかった。
一人暮らしをする私の家へ、彼は時々やってくる。
姉のおつかいで、といつもどこか不満そう。
だけど来る度に、きれいな一輪の花を贈ってくれる。
それら全てを押し花にして、私は大切に残している。
花を贈られる。その意味をなんとなく察せるけれど。
私は鈍感なふりをして、あえて花言葉も調べない。
いつか彼がそれを言葉にして贈ってくれたなら。
その時は、私もコレクションを明かそうと思う。
【凍える朝】
ピピピピピピピピ。脳内を侵食する電子音。
「うるさ……」僕は緩慢な動きで枕元を探る。
スマホを見つけて、寝ぼけ眼で画面を眺めた。
出勤時刻のアラームを切り忘れていたらしい。
けたたましい音をリセットしてスマホを置いた。
もしや彼女の安眠を妨げてはいないだろうか。
毛布を巻き取らないように、慎重に寝返りを打つ。
視線の先に、思い浮かべた相手の姿はなかった。
あれ、おかしいな。一瞬、思考がフリーズする。
昨日は彼女が来て、いつものように泊まっていった。
それなのに隣に温もりはなく、物音もしない。
セミダブルに一人という受け入れがたい現実。
勢いよく起き上がると、冬の寒さが身にしみる。
なんとか彼女の痕跡を探そうと部屋を歩き回った。
毛布で得た熱が失われていくが気にする余裕はない。
痕跡が見つからず愕然とした時、玄関が開けられた。
「あ、起きたんだ」そう言って、平然と現れた彼女。
驚きと安堵、疑問が一気に湧いて僕はパニック状態。
「おかえり」なんとか、かろうじて言葉を紡いだ。
直後、体温の低下を自覚した体が震え出す。
慌てた彼女に背を押されて、僕はベッドに逆戻り。
彼女の手の冷たさが背中越しに伝わってくる。
僕は毛布から腕を伸ばし、彼女の手首を掴んだ。
「一緒に寝て温めてよ」きっと寒さも分け合える。
彼女は、わがままを許す母親のように微笑んだ。
手に提げていた袋を机に置いて、彼女は布団に潜る。
二人とも体が冷えているせいで温かくはない。
だけど、僕の心は数分前より熱を取り戻していた。
【光と影】
(2023/8/3提示【目が覚めるまでに】Another)
あの日、貴方にもらった言葉を拠り所にして生きてきた。
王宮内の庭園で、隠れて泣いていた幼い私に貴方が言う。
「理想は叶えてこそ意味がある」戦いを無くす、甘い夢。
誰もに笑われた私の希望に、貴方だけは賛同してくれた。
貴方のおかげで、私は間違っていないのだと思えた。
けれど、陛下の考えも周りの人々の意見もまるで違う。
宰相は嬉々として作戦を立て、騎士は戦いを待ちわびる。
痩せた土地ゆえ、生活の苦しい平民も侵略を望んでいる。
歴史を紐解けば、一臣下の謀叛から始まった国家だ。
いま繁栄しているのも他国への侵略を繰り返したから。
しかし、好戦的な思想のなかでも理想を捨てられない。
染められず、別の繁栄の仕方を模索していたい。
具体案の見つからぬうちに、陛下、父上が天に召された。
王位継承権第一位である私は必然的に継がねばならない。
この期に及んで、戦いへの期待に向き合えず迷っていた。
貴方なら、と考える。理想のために、どう動くだろう。
謁見の間にある玉座では、女王らしくしていなくては。
統治する者が臣下に弱った姿を見せられない。
私は父上に倣った。威厳のある陛下の姿を思い出す。
正しいとは思えないが、父上は国民の意志に寄り添った。
新たな侵略の命令に、国中が興奮して沸き立った。
多くの者が血を流し、死ぬことすら名誉だと言われる。
その惨劇を生み出しているのが、王宮に籠る私の一言。
こんなものが私の理想とした国の在り方だったろうか。
もはや理想がわからなくとも立ち止まることはできない。
誰の目もない場所では、仮面が剥がれてしまうけど。
遊学から戻った貴方はよく尽力してくれているのだから。
……ああ、そういえば、貴方の理想を聞いていなかった。
【そして、】
居眠りから覚めると、最寄り駅をとうに過ぎていた。
聞き覚えのない次の駅名を知らせるアナウンス。
現在地の確認のため路線図を見上げて、そう気づく。
終点に至る前に起きられただけ良しとするべきか。
私は次の駅で電車を降りた。知らない場所だ。
終電が終わっていなければ乗り直せたのだが。
さて、どうやって帰ろうかと思案する。
さすがに四駅分は徒歩で帰れる距離ではない。
地上に出たらバスターミナルがあった。
しかし当然、バスの終車も終わっている。
タクシー乗り場はあるが、待機中の車はいない。
少し列ができていて、並んでも何時に乗れるのか。
とりあえずヒールで足が痛いのでベンチに座った。
鞄を置いて背筋を伸ばすと、バイブ音が聞こえた。
鞄からスマホを取り出して見ると、着信が一件。
あなたからだった。折り返すとワンコールで繋がる。
「遅くなるって言っても限度があるでしょ!?」
「はい、ごめんなさい」反射的に謝罪を述べた。
いつもなら既にあなたは眠っている時間。
よほど心配させてしまったのだと反省する。
私のいる駅名を聞いて、あなたは深く息を吐いた。
「事件に巻き込まれたとかじゃなくてよかったよ」
迎えに行くよ、とあなたは提案してくれる。
他に良い手段もなく、私は甘えることにした。
「すぐ行くから。次からは悩む前に連絡してよ」
「……善処します」私の返事を最後に電話は切れた。
顔を合わせたら「善処ではダメだ」と怒られそうだ。
そんなことを考えながら、私は少しだけ目を閉じた。
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───── お題とは関係ない話 ─────
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【夢日記】10/31
舞台は多くの学生で溢れかえる、異世界の学院。
そこにほど近い、羊のヤドリギ亭に私はいた。
本業は宿屋だが、弁当の配達も行なっている。
今は、ちょうど配達を終えたところだった。
「お疲れ様です」門をくぐる直前に声をかけられた。
「そちらこそ、お疲れ様です」笑顔も声も固くなる。
一教師のフリをしているが、この人は学院の経営者。
魔力と精度の高さから『魔王』と呼ばれる人間だ。
多忙なはずなのに、時おりこうして姿を現す。
「今からお帰りですか? よければご一緒しても?」
心底嫌だ。だが、断って変に勘ぐられても困る。
伴って店に戻ると、外に人だかりができていた。
理由は見ただけで察せた。旗が無くなっている。
出入口の扉の両脇に置いていた、赤と青の二本の旗。
この街は、街全体がその二色の陣営に分かれている。
中立の場合は二色とも置いて、無関与の意志を示す。
窃盗事件との通報を受けて騎士団が駆けつける。
私は人だかりの中に私の息子、杏里の姿を見つけた。
ふと脳裏に、見た覚えのない記憶が再生される。
この騒動の結末を、私は知っている、ような。
「真相を知っているお兄さん!」咄嗟に叫んだ。
「明かしてはいけません!」明確に、一人に向けて。
真相を証言するはずのお兄さんとは、杏里のことだ。
実は『魔王』の血を引き、特別な眼を持っている。
「『お兄さん』とは。心当たりがあるのですか?」
『魔王』の不敵な笑みに、本能が警鐘を鳴らす。
この人に杏里の存在を知られるわけにはいかない。
真実を見通す天武の才を、利用させてはいけない。