【揺れる羽根】
物置でいいモノ見つけたんだよ、とあなたが言う。
「ちょっとやらない?」一組のラケットだった。
見たところバドミントン用で、シャトルもある。
あまり使わなかったのか、新品同様の綺麗さだ。
今日は物置の整理をすると意気込んでいたが。
「片づけの続きは?」「あとでやるよ」
絶対やらない。でも、まあいいかと私は諦めた。
元より、する予定のない整理。途中でも構わない。
十分な場所を確保するため、近所の公園に移動した。
軽く準備運動をして、簡単なラリーから始める。
「懐かしいな。体育の授業とかでやったよね」
相手の位置に的確に返すのは、案外難しい。
「やったね。壁打ちしてた記憶しかないけど」
「うそっ、そんな淋しいことある?」
よほど驚いたのか、シャトルが地面に落ちた。
「冗談だよ」わかりやすい嘘のつもりだったのに。
少し風が出てきて、シャトルがふわりと煽られる。
右へ、左へ。手前に落ちたり、奥に伸びたり。
よく見ても軌道が読めなくて振り回されてしまう。
これではさすがに楽しめないので、やめにした。
「あー、楽しかった」と、あなたは満足そう。
爽やかな笑顔を横目に、私はベンチで浅く呼吸する。
どうしてそんなに体力があるのだろうか。
年齢差はあまりないけど、衰えを自覚してしまう。
一度深く息を吐いて、吸って、立ち上がる。
「お、復活?」余裕のあるあなたが羨ましい。
帰宅後、バドミントンセットは玄関に置かれた。
また遊べるように、と。次の出番を待っている。
 ─────────────────────
 ────── 別の解釈の話 ───────
 ─────────────────────
【揺れる羽根】Other Story
もし神様がいるのなら、この困窮から救われたい。
男は苦しい生活に耐えながら、日々祈っていた。
「助けてあげようか」弾かれるように顔を上げる。
目の前にいたのは、漆黒の翼を持つ少年だった。
悪魔だ。悪魔の誘惑に屈してはいけない。
男は迷うことなく、少年の善意を拒絶した。
少年が不快そうに目を細めるので男は警戒したが。
「かわいそ」鼻で笑い、あっさりと引き下がる。
夢か幻覚かと疑い始めた頃、今度は少女が現れた。
背中に生える純白の翼。これは天使に違いない。
確信を得た男は、少女の差し伸べる手を取った。
少女は男の高望みをすべて叶えると、姿を消した。
幸福を手に入れた男の前に、少女は再び現れる。
「対価を頂きたくて」見惚れるほど美しい微笑み。
目を奪われた一瞬で、少女に両目を抉られた。
あまりの激痛に、男の意識は朦朧としている。
「あら、早かったわね」くすくすと笑う少女の声。
「なに楽しんでんの」どこかで聞いた少年の声。
「食事は楽しまないと」男の体が完全に脱力する。
「かわいそ」人間の味を知った天使は、悪魔だ。
歩いて帰る少女を眺めながら、少年は心中で嘲る。
満腹状態では飛べないと自覚していながら喰らう。
それは欲望を抑えられない、愚かな人間と同じだ。
だが。まあ、好都合。少年も魂を回収して去った。
魂を奪う悪魔と肉を喰らう天使は協力関係にある。
その真実が人間に知られることは、きっとない。
ひらりと舞った白い痕跡を見て、人間は思う。
また天使様が救いを与えてくださったのだ、と。
10/26/2025, 4:23:53 AM