【無人島に行くならば】
私は各地を旅することが好きだが、迷子癖がある。
君は地図の読解が好きで、実際に行きたがっていた。
私は緊急時のナビを、君は案内役のガイドを求めた。
互いの利害が一致して、今では共に旅をしている。
私の旅の目的は、地域の特色や特産品を知ること。
珍しいものを見つけるとふらふら吸い寄せられる。
その度に強く腕を引き戻され、君に睨まれる。
迷子癖を自覚しているなら勝手に動くなと怒られた。
正直、一人旅のほうが気楽で自由だった。
迷子になっても、その状況を楽しむことができた。
君も「子守が大変すぎる」と度々後悔を口にする。
でも、私たちは似た者同士だからお互い様だ。
知らぬ間に、隣から君の姿が消えていることがある。
そんな時は近くの書店を探せばすぐに見つかる。
目を輝かせて、あれもこれもと地図を抱く君。
この時ばかりは年相応に幼く見えて、可愛らしい。
宿屋で地図を広げていた君は、ふと気がついた。
「なあ、ここ。おかしいと思わねえ?」
並べた二枚の、同じ場所にあたる箇所を指し示す。
一方は島の起伏が、他方は潮の流れが描かれている。
「なんで?」眺めたところで私に地図は読めない。
「ここに島があるのに、近海の波が一定すぎんだよ」
地図を斜めにしたり裏返したり。君は首を傾げた。
描かれているのに存在しないのか、と訝しげに呟く。
「行ってみたらいいじゃん。次、そこ行こうよ」
実際に行けば、どちらの地図が正しいのかわかる。
「簡単に言いやがって。案内するの僕じゃんか」
不満そうにしているけれど、君の頬は緩んでいる。
【秋風🍂】
「さっむ!」玄関を開けるなり、僕は身震いした。
十月の終わりなのに、もう木枯らしが吹いている。
このバカ寒い中、ゴミ出しに行くなんて嫌すぎる。
だが、今の僕に『行かない』という選択肢はない。
先週、寝過ごしたせいでゴミが溜まっているのだ。
今週もサボると二往復必要になるかもしれない。
せめて、まだ温かかった先週に行けばよかった。
後悔先に立たず。僕は覚悟を決めて家を出た。
重い瓶や嵩張るペットボトルを両手に持って歩く。
近場の集積所には、のろのろ歩いても五分で着いた。
ゴミ出しミッションの最大の敵は気温ではない。
「今日は寒いですねぇ」話しかけてくる人間だ。
「急に寒くなりましたね」笑顔を貼りつけて答える。
クソ、こんな時間に出歩いている人間がいるとは。
夜が明ける前から元気に動くな。大人しく寝てろ。
早く帰りたいのに、体の芯まで冷えるほど捕まった。
帰宅して早々、僕はこたつを引っ張り出した。
当然、暖房は先につけたが即効性がないのが欠点だ。
その点、こたつなら比較的早めに暖を取れる。
リビングで騒がしくしていたら部屋の扉が開いた。
「何してんの?」音に起こされたと君が文句を言う。
「まだこたつは早くない?」僕もそう思う。
そう思うが、明日風邪を引かないために必要なんだ。
布団でぬくぬくしていた君には分からんだろうよ。
君がゴミ出しをすれば、僕はこたつを出さなかった。
「次は叩き起こしてやるからお前が行くか?」
「嫌です、ごめんなさい、ありがとうございました」
こたつに潜り「温かいね」と笑う。調子の良い奴だ。
【予感】
数日前に神託が降り、勇者の所在が示された。
危惧されていた魔王の復活が現実味を帯びる。
まずは勇者に会い、人柄を確かめなければならない。
私は王族の一員として迎えの馬車に同乗していた。
辺境に位置する、この小さな村に勇者がいるらしい。
村民は馬車を物珍しそうに、遠巻きに眺めている。
その中に目的の少年がおり、一目で判別できた。
少年は正義感が強く、すぐに使命を受け入れた。
別れ際、親密そうな少女が少年にお守りを手渡す。
今を逃したら、次に会えるのはどれほど先になるか。
ゆっくり話ができるように、私は先に馬車に乗った。
「必ず帰るよ」と少年は剣の飾り紐を渡していた。
盗み聞きをする趣味はないが、聞こえてしまう。
「帰ったら言いたいことがあるんだ」少年が言う。
「うん、ちゃんと待ってるから」少女が答える。
なぜだろう、私の脳裏に一抹の不安がよぎった。
王都に戻り、魔王復活まで少年は鍛錬を積んだ。
同じく神託で示された聖職者と騎士も合流する。
魔道士である私を含めた四人が魔王討伐メンバーだ。
そして二ヶ月後、ついに魔王の復活が確認された。
過酷と思われた旅はそれなりに順調に進んだ。
「俺、この旅が終わったらあいつに告白するんだ」
道なかばの野営にて、就寝前、勇者が打ち明ける。
心配になる台詞だが、目標があるのはいいことだ。
死闘を制し、ついに魔王の封印に成功した。
しかし帰ろうとした矢先、魔王の右腕が立ち塞がる。
勇者が前に出た。「ここは俺に任せて先に行け!」
それを聞いた時、不安の正体が分かった気がした。
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 ───── お題とは関係ない話 ─────
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【夢日記】10/20
私は一人、車を走らせて広い駐車場に入っていく。
今は夜だからか、他には点々と停まっているだけ。
見渡す限り駐車場が続いている。広すぎないか。
近くにあるはずの施設らしきものは見当たらない。
車の中にいたら、知らぬ間に朝になっていた。
私は鞄を持って駐車場の出入り口まで歩く。
駐車場の精算機の横に、謎の券売機が並んでいる。
近くの動物園の入園券を事前購入できるらしい。
久方ぶりの動物園に興味を惹かれ、買うことにした。
値段は1200円。今思うと、夢にしては妥当な金額だ。
ちょっと高めなのは、園内がよほど広いからだろう。
真偽はわからない。私は動物園に行かなかった。
場面は変わり、なぜか私の姿はパン屋にあった。
コンビニのパンを集めたバイキングみたいな場所。
すべて包装済みなので、販売形式としては売店だ。
私は五、六個買い、ビニル袋を提げて車に戻った。
行きは一人だったのに、複数の人が車で待っていた。
見ると知った顔ぶれだが、友達であった記憶はない。
そんなことよりパンが美味しい。私は無言で頬張る。
雑なアレンジで至高の組み合わせに辿り着いた。
ホットドッグ用バンズ  ✕  バニラアイス。
作り方は簡単。というか、おそらく想像通り。
ソーセージを入れるための切れ目にアイスを垂らす。
溶け始め、または柔らかめのアイスだと作りやすい。
私は追加購入のためパン屋に行き、戻ってきた。
私の座っていた助手席に誰かが座り、車が発進する。
後部座席の人たちが私に手を振るので振り返した。
一拍おいて気づく。「置いてかれたんですけど!」
【friends】
彼女に振られた。いや、なんで振られたんだ僕は。
野次馬の視線が刺さる中、僕は呆気にとられていた。
本当なら僕から別れを告げてやるつもりだった。
だって、悪いのは浮気をした彼女だから。
証拠写真を見せて謝られたら許す気もあったのに。
写真を見せた途端、豹変した彼女に逆ギレされた。
罵詈雑言をまくしたてた挙句、去っていった彼女。
受け入れがたい現実に、脳が理解を拒んでいる。
ひとまず居心地の悪いその場を逃げるように離れた。
落ち着いて整理をするが、やはり意味が分からない。
どう考えても彼女が僕を振るのはおかしくないか。
僕が悪いとか言われたけど、僕はただの被害者だろ。
なんて、不平不満を抱えてもすべては済んだこと。
僕にできるのは、彼女の私物を処分することぐらい。
部屋中の物を集めたら山のようになってしまった。
こんなに物が溜まるほど長い時間を共にしたのだ。
思い出が浮かんでは消え、しんみりと感傷に浸る。
ふと豹変した彼女を思い出し、またムカついてきた。
あんな女のことなどさっさと忘れてしまえ。
そうと決まれば。僕は最適な場所を知っている。
そう、猫カフェだ。気まぐれな猫様の楽園だ。
今日は珍しく近寄ってきてくれて、最高に癒される
「お、お前ら……! 優しいな、おま──痛っ!」
撫でようとしたら威嚇され、引っかかれた。
しょんぼりと手を引くと、別の猫が来て傷を舐める。
こいつ、さっきまで上で追いかけっこしていた猫だ。
相手の猫を探すと、まだ上にいて体を伸ばしている。
可哀想に。お前も相手にされなかったんだな。
【君が紡ぐ歌】
今日は、間違いなく、デートの約束をしていた。
カフェの時計が示すのは、現在時刻、午後二時。
待ち合わせで予定していた時刻は、十二時。
二時間が経過しているのに、君はまだ現れない。
すっぽかされた、と憤ってもおかしくない状況だ。
それなのに、私の心はわずかに浮き足立っている。
上機嫌に店を出て、まっすぐ君の家に向かう。
移動中に連絡を入れたけど見てくれるだろうか。
君の家に到着し、インターホンを押すが反応はない。
事前に送った連絡も未読。試しに扉を引いてみると。
「……不用心だなぁ」鍵はかかっていなかった。
「お邪魔しまぁす」一応、声をかけて家に上がる。
私は迷いのない足取りで寝室に向かった。
用があるのはベッドではなく、その部屋にある机。
もとい、そこに座っているであろう君だ。
部屋の扉を開けると、予想通り、君はそこにいた。
目の前の五線譜に、独り言を呟きながら書き殴る君。
完全に自分の世界に入り込んでしまっている。
こうなると、君は周りの音が一切聞こえなくなる。
私は適当に腰を下ろし、読書をして待つことにした。
「できた!」パッと楽譜を掲げ、君は顔を輝かせる。
「できた?」わざと後ろから君の手元を覗き込んだ。
「うわ、びっくりした! いつからそこに!?」
ハッと気づいた君は、勢いよく時計に顔を向けた。
怯えて震え出した君に「聴かせてよ」と楽譜を渡す。
君はアコースティックギターを手に、演奏を始めた。
優しいメロディーと透き通る声が柔らかく響き合う。
これを知った日から、待つことも楽しみになった。