【君が紡ぐ歌】
今日は、間違いなく、デートの約束をしていた。
カフェの時計が示すのは、現在時刻、午後二時。
待ち合わせで予定していた時刻は、十二時。
二時間が経過しているのに、君はまだ現れない。
すっぽかされた、と憤ってもおかしくない状況だ。
それなのに、私の心はわずかに浮き足立っている。
上機嫌に店を出て、まっすぐ君の家に向かう。
移動中に連絡を入れたけど見てくれるだろうか。
君の家に到着し、インターホンを押すが反応はない。
事前に送った連絡も未読。試しに扉を引いてみると。
「……不用心だなぁ」鍵はかかっていなかった。
「お邪魔しまぁす」一応、声をかけて家に上がる。
私は迷いのない足取りで寝室に向かった。
用があるのはベッドではなく、その部屋にある机。
もとい、そこに座っているであろう君だ。
部屋の扉を開けると、予想通り、君はそこにいた。
目の前の五線譜に、独り言を呟きながら書き殴る君。
完全に自分の世界に入り込んでしまっている。
こうなると、君は周りの音が一切聞こえなくなる。
私は適当に腰を下ろし、読書をして待つことにした。
「できた!」パッと楽譜を掲げ、君は顔を輝かせる。
「できた?」わざと後ろから君の手元を覗き込んだ。
「うわ、びっくりした! いつからそこに!?」
ハッと気づいた君は、勢いよく時計に顔を向けた。
怯えて震え出した君に「聴かせてよ」と楽譜を渡す。
君はアコースティックギターを手に、演奏を始めた。
優しいメロディーと透き通る声が柔らかく響き合う。
これを知った日から、待つことも楽しみになった。
10/20/2025, 3:54:00 AM