燈火

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10/31 5:01更新
【消えない焔】


一生を共に添い遂げたいと望む相手がいる。
でも、それは今生では決して許されない願い。
私が妖狐でなければ。彼が雪女でなければ。
結ばれることができたはずなのに。

妖たちは日頃、人の姿を真似て世に紛れている。
私と彼もそうして、人間として出逢った。
妖であることなど、そう容易には明かせない。
だから、親密になるまで互いの種族を知らなかった。

妖狐は心を許した相手の前では耳が出やすくなる。
特に眠気の強い時は気をつけないといけないのだが。
うとうとして出た耳を、うっかり見られてしまった。
人間に妖だと知られたら、人の世では生きられない。

途端に意識が覚醒した私は青ざめ、逃げようとした。
「──待って!」彼の強い声に引き止められる。
「大丈夫。僕も一緒だから」白い靄が彼を包む。
ひんやりと広がる冷気が彼の正体を教えてくれた。

彼も妖だった。でも、「大丈夫じゃないよ……」
先ほどまでとは別の意味で、私の顔が引きつる。
妖狐と雪女は種族の特性上、非常に相性が悪いのだ。
一族同士の関係性もあまり良いとは言えない。

私自身に、雪女だからと忌み嫌う理由は無い。
この様子だと、彼も妖狐を嫌ってはいないようだ。
それは幸いだが、私には他にも不安な要素がある。
嘘か真か、妖狐と結ばれた雪女は溶けると聞いた。

その噂を知ってなお、彼は大丈夫だと言う。
「溶けない証明になるよ」と手を差し出された。
私は躊躇した。だって、もし溶けてしまったら。
それでも彼は良いとしても、私が耐えられない。


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 ────── 過去のお題の話 ──────
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2023/7/12提示
【これまでずっと】Another


何度、見送ってきたのだろう。
小さな本棚には思い出が詰め込まれているらしい。
知らない名前と年月日が背に書かれたアルバムたち。
彼はたまに読み返しては、寂しそうに目を伏せる。

「君はいい子だね」その一言は幼い私を喜ばせた。
いま思うと、両親も先生も手を焼く問題児だったのに。
言うことを聞かない。勝手に動いていなくなる。
ないものねだりをしないことが唯一の長所だった。

初めて話したとき、迷子の私は泣いていた。
彼は戸惑い、目線を合わせて問う。「どうしたの?」
この優しい人に、お母さんは気味が悪いと顔を歪ませる。
何が本当なのか確かめたくて、約束を破って近づいた。

「君は変わってるよ」困り顔で笑う彼は私の頭を撫でた。
結婚を急かされる歳になって、親ですらもう撫でない。
それなのに、彼はいつまでも子ども扱いする。
手に入らないと知りながら求めてしまうのは、愚かだ。

時間を共有するたび、心の奥底に触れてきた。
悠久の時を生きる彼の世界には手を伸ばしても届かない。
私の一生など、きっと暇つぶしにもならずに忘れられる。
私にとっては彼のいる日々が眩しくて仕方ないのに。

週に一度、彼と過ごすティータイムを心待ちにしている。
美味しい紅茶を飲んでほしくて、たくさん練習した。
幼い私が「やめようよ」と言う。でも。これは救いなの。
数日前に届いたばかりの紅茶缶を手に取り、家を出た。

彼が紅茶に口をつけ、こくりと喉が動く。
きれいな所作につい見惚れていた。
何かが割れる音。彼のティーカップが落ちたらしい。
目をつむって紅茶を飲めば、一緒にいられる気がした。

10/28/2025, 6:53:36 AM