【終わらない問い】
ときに女の人は、物言いたげに見つめることがある
それは、私の心を察してほしいというアピール。
どんなに親しい相手でも心の内なんて読めないのに。
放っておくと不機嫌になるのが面倒なところ。
「どうしたの?」わからない、の意思表示。
「なんでもないの」そう言われたらおしまいだ。
だけど。「そう?」引き下がってはいけない。
「僕でよければ話聞くよ」ダメ押しのもう一回。
そうして聞き出した話は、大概しょうもない。
あなたって私のこと本当に好き? とか。
私より可愛い子なんていくらでもいるよね、とか。
肯定されたい言葉を疑問形にしてぶつけてくる。
勝手に考え込んで、勝手に不安になっているだけ。
自己完結させて満足できるなら、僕は楽なのに。
好きだよ。君が一番可愛いよ。オウム返しで答える。
時間はかかるけど、そのうち無意味な質問は終わる。
相手に縛られるなら恋愛なんてしなければいい。
顔を合わせれば不満をこぼし、深夜に電話が鳴る。
その度に、僕の好きになった君の姿が霞んでいく。
あまりにもうざったくて、一方的に別れを告げた。
「あなたはお父さんみたいにならないわよね?」
浮気をした父親に囚われた母親の言動を思い出す。
お父さんみたい、が何を指すのか知らないけれど。
「ならないよ」僕は笑顔を取り繕って答えた。
母親は、僕の答えにまるで納得していなかった。
不躾に投げられる疑惑の目がひどく不快だった。
「なに?」「なんでもないのよ。なんでもない」
あの時、母親は何を察してほしかったのだろうか。
【揺れる羽根】
物置でいいモノ見つけたんだよ、とあなたが言う。
「ちょっとやらない?」一組のラケットだった。
見たところバドミントン用で、シャトルもある。
あまり使わなかったのか、新品同様の綺麗さだ。
今日は物置の整理をすると意気込んでいたが。
「片づけの続きは?」「あとでやるよ」
絶対やらない。でも、まあいいかと私は諦めた。
元より、する予定のない整理。途中でも構わない。
十分な場所を確保するため、近所の公園に移動した。
軽く準備運動をして、簡単なラリーから始める。
「懐かしいな。体育の授業とかでやったよね」
相手の位置に的確に返すのは、案外難しい。
「やったね。壁打ちしてた記憶しかないけど」
「うそっ、そんな淋しいことある?」
よほど驚いたのか、シャトルが地面に落ちた。
「冗談だよ」わかりやすい嘘のつもりだったのに。
少し風が出てきて、シャトルがふわりと煽られる。
右へ、左へ。手前に落ちたり、奥に伸びたり。
よく見ても軌道が読めなくて振り回されてしまう。
これではさすがに楽しめないので、やめにした。
「あー、楽しかった」と、あなたは満足そう。
爽やかな笑顔を横目に、私はベンチで浅く呼吸する。
どうしてそんなに体力があるのだろうか。
年齢差はあまりないけど、衰えを自覚してしまう。
一度深く息を吐いて、吸って、立ち上がる。
「お、復活?」余裕のあるあなたが羨ましい。
帰宅後、バドミントンセットは玄関に置かれた。
また遊べるように、と。次の出番を待っている。
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────── 別の解釈の話 ───────
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【揺れる羽根】Other Story
もし神様がいるのなら、この困窮から救われたい。
男は苦しい生活に耐えながら、日々祈っていた。
「助けてあげようか」弾かれるように顔を上げる。
目の前にいたのは、漆黒の翼を持つ少年だった。
悪魔だ。悪魔の誘惑に屈してはいけない。
男は迷うことなく、少年の善意を拒絶した。
少年が不快そうに目を細めるので男は警戒したが。
「かわいそ」鼻で笑い、あっさりと引き下がる。
夢か幻覚かと疑い始めた頃、今度は少女が現れた。
背中に生える純白の翼。これは天使に違いない。
確信を得た男は、少女の差し伸べる手を取った。
少女は男の高望みをすべて叶えると、姿を消した。
幸福を手に入れた男の前に、少女は再び現れる。
「対価を頂きたくて」見惚れるほど美しい微笑み。
目を奪われた一瞬で、少女に両目を抉られた。
あまりの激痛に、男の意識は朦朧としている。
「あら、早かったわね」くすくすと笑う少女の声。
「なに楽しんでんの」どこかで聞いた少年の声。
「食事は楽しまないと」男の体が完全に脱力する。
「かわいそ」人間の味を知った天使は、悪魔だ。
歩いて帰る少女を眺めながら、少年は心中で嘲る。
満腹状態では飛べないと自覚していながら喰らう。
それは欲望を抑えられない、愚かな人間と同じだ。
だが。まあ、好都合。少年も魂を回収して去った。
魂を奪う悪魔と肉を喰らう天使は協力関係にある。
その真実が人間に知られることは、きっとない。
ひらりと舞った白い痕跡を見て、人間は思う。
また天使様が救いを与えてくださったのだ、と。
【秘密の箱】
十年後に一緒に開けに来よう、と約束した。
よく遊んだ公園に埋めたタイムカプセル。
先月でちょうど十年が過ぎたらしい。
〈いつ見に行く?〉君からの連絡で、そう気づく。
すっかり忘れていたのに、思い出すと気になる。
たしか容器はお菓子の缶で、中身は手紙だったはず。
僕は何を書いたっけ。君は何を書いたんだろう。
相手は未来の自分かお互いか。それも覚えていない。
週末、予定のない日を合わせて見に行くことにした。
就職してから、地元に帰るのは年末年始ぐらい。
数年見ないだけで、慣れていた景色が新鮮に映る。
ついでに実家にも顔を出すか、と歩きながら思う。
公園に着くと、待っていた君がこちらに手を振る。
「お疲れ〜」「ごめん、お待たせ」「時間通りだよ」
そう言いながら、いったい何分待っていたのだろう。
「変わんないね」と笑う君も変わっていない。
「どの辺だっけ」なんせ十年前だから記憶は曖昧だ。
「んーっとね、大きい木を目印にしてたから……」
きょろきょろと見回し、君は一点を指さした。
「あの辺だ」近くの看板がなんとなく記憶に重なる。
君の指さした付近に向かい、具体的な場所を探る。
「木と看板の間じゃなかった?」問うと、君は頷く。
地図とか残していたらよかったのにね、と困り顔。
失礼だけど、君の絵心だとあっても期待できない。
都合よく、他の人がいないうちに広く掘ってみる。
意外と浅い位置に埋められていて助かった。
ささっと土を払う。間違いなく僕らの用意した缶だ。
ちょっと硬いけどいけそう。「じゃあ開けるよ?」
【無人島に行くならば】
私は各地を旅することが好きだが、迷子癖がある。
君は地図の読解が好きで、実際に行きたがっていた。
私は緊急時のナビを、君は案内役のガイドを求めた。
互いの利害が一致して、今では共に旅をしている。
私の旅の目的は、地域の特色や特産品を知ること。
珍しいものを見つけるとふらふら吸い寄せられる。
その度に強く腕を引き戻され、君に睨まれる。
迷子癖を自覚しているなら勝手に動くなと怒られた。
正直、一人旅のほうが気楽で自由だった。
迷子になっても、その状況を楽しむことができた。
君も「子守が大変すぎる」と度々後悔を口にする。
でも、私たちは似た者同士だからお互い様だ。
知らぬ間に、隣から君の姿が消えていることがある。
そんな時は近くの書店を探せばすぐに見つかる。
目を輝かせて、あれもこれもと地図を抱く君。
この時ばかりは年相応に幼く見えて、可愛らしい。
宿屋で地図を広げていた君は、ふと気がついた。
「なあ、ここ。おかしいと思わねえ?」
並べた二枚の、同じ場所にあたる箇所を指し示す。
一方は島の起伏が、他方は潮の流れが描かれている。
「なんで?」眺めたところで私に地図は読めない。
「ここに島があるのに、近海の波が一定すぎんだよ」
地図を斜めにしたり裏返したり。君は首を傾げた。
描かれているのに存在しないのか、と訝しげに呟く。
「行ってみたらいいじゃん。次、そこ行こうよ」
実際に行けば、どちらの地図が正しいのかわかる。
「簡単に言いやがって。案内するの僕じゃんか」
不満そうにしているけれど、君の頬は緩んでいる。
【秋風🍂】
「さっむ!」玄関を開けるなり、僕は身震いした。
十月の終わりなのに、もう木枯らしが吹いている。
このバカ寒い中、ゴミ出しに行くなんて嫌すぎる。
だが、今の僕に『行かない』という選択肢はない。
先週、寝過ごしたせいでゴミが溜まっているのだ。
今週もサボると二往復必要になるかもしれない。
せめて、まだ温かかった先週に行けばよかった。
後悔先に立たず。僕は覚悟を決めて家を出た。
重い瓶や嵩張るペットボトルを両手に持って歩く。
近場の集積所には、のろのろ歩いても五分で着いた。
ゴミ出しミッションの最大の敵は気温ではない。
「今日は寒いですねぇ」話しかけてくる人間だ。
「急に寒くなりましたね」笑顔を貼りつけて答える。
クソ、こんな時間に出歩いている人間がいるとは。
夜が明ける前から元気に動くな。大人しく寝てろ。
早く帰りたいのに、体の芯まで冷えるほど捕まった。
帰宅して早々、僕はこたつを引っ張り出した。
当然、暖房は先につけたが即効性がないのが欠点だ。
その点、こたつなら比較的早めに暖を取れる。
リビングで騒がしくしていたら部屋の扉が開いた。
「何してんの?」音に起こされたと君が文句を言う。
「まだこたつは早くない?」僕もそう思う。
そう思うが、明日風邪を引かないために必要なんだ。
布団でぬくぬくしていた君には分からんだろうよ。
君がゴミ出しをすれば、僕はこたつを出さなかった。
「次は叩き起こしてやるからお前が行くか?」
「嫌です、ごめんなさい、ありがとうございました」
こたつに潜り「温かいね」と笑う。調子の良い奴だ。