【予感】
数日前に神託が降り、勇者の所在が示された。
危惧されていた魔王の復活が現実味を帯びる。
まずは勇者に会い、人柄を確かめなければならない。
私は王族の一員として迎えの馬車に同乗していた。
辺境に位置する、この小さな村に勇者がいるらしい。
村民は馬車を物珍しそうに、遠巻きに眺めている。
その中に目的の少年がおり、一目で判別できた。
少年は正義感が強く、すぐに使命を受け入れた。
別れ際、親密そうな少女が少年にお守りを手渡す。
今を逃したら、次に会えるのはどれほど先になるか。
ゆっくり話ができるように、私は先に馬車に乗った。
「必ず帰るよ」と少年は剣の飾り紐を渡していた。
盗み聞きをする趣味はないが、聞こえてしまう。
「帰ったら言いたいことがあるんだ」少年が言う。
「うん、ちゃんと待ってるから」少女が答える。
なぜだろう、私の脳裏に一抹の不安がよぎった。
王都に戻り、魔王復活まで少年は鍛錬を積んだ。
同じく神託で示された聖職者と騎士も合流する。
魔道士である私を含めた四人が魔王討伐メンバーだ。
そして二ヶ月後、ついに魔王の復活が確認された。
過酷と思われた旅はそれなりに順調に進んだ。
「俺、この旅が終わったらあいつに告白するんだ」
道なかばの野営にて、就寝前、勇者が打ち明ける。
心配になる台詞だが、目標があるのはいいことだ。
死闘を制し、ついに魔王の封印に成功した。
しかし帰ろうとした矢先、魔王の右腕が立ち塞がる。
勇者が前に出た。「ここは俺に任せて先に行け!」
それを聞いた時、不安の正体が分かった気がした。
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───── お題とは関係ない話 ─────
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【夢日記】10/20
私は一人、車を走らせて広い駐車場に入っていく。
今は夜だからか、他には点々と停まっているだけ。
見渡す限り駐車場が続いている。広すぎないか。
近くにあるはずの施設らしきものは見当たらない。
車の中にいたら、知らぬ間に朝になっていた。
私は鞄を持って駐車場の出入り口まで歩く。
駐車場の精算機の横に、謎の券売機が並んでいる。
近くの動物園の入園券を事前購入できるらしい。
久方ぶりの動物園に興味を惹かれ、買うことにした。
値段は1200円。今思うと、夢にしては妥当な金額だ。
ちょっと高めなのは、園内がよほど広いからだろう。
真偽はわからない。私は動物園に行かなかった。
場面は変わり、なぜか私の姿はパン屋にあった。
コンビニのパンを集めたバイキングみたいな場所。
すべて包装済みなので、販売形式としては売店だ。
私は五、六個買い、ビニル袋を提げて車に戻った。
行きは一人だったのに、複数の人が車で待っていた。
見ると知った顔ぶれだが、友達であった記憶はない。
そんなことよりパンが美味しい。私は無言で頬張る。
雑なアレンジで至高の組み合わせに辿り着いた。
ホットドッグ用バンズ ✕ バニラアイス。
作り方は簡単。というか、おそらく想像通り。
ソーセージを入れるための切れ目にアイスを垂らす。
溶け始め、または柔らかめのアイスだと作りやすい。
私は追加購入のためパン屋に行き、戻ってきた。
私の座っていた助手席に誰かが座り、車が発進する。
後部座席の人たちが私に手を振るので振り返した。
一拍おいて気づく。「置いてかれたんですけど!」
【friends】
彼女に振られた。いや、なんで振られたんだ僕は。
野次馬の視線が刺さる中、僕は呆気にとられていた。
本当なら僕から別れを告げてやるつもりだった。
だって、悪いのは浮気をした彼女だから。
証拠写真を見せて謝られたら許す気もあったのに。
写真を見せた途端、豹変した彼女に逆ギレされた。
罵詈雑言をまくしたてた挙句、去っていった彼女。
受け入れがたい現実に、脳が理解を拒んでいる。
ひとまず居心地の悪いその場を逃げるように離れた。
落ち着いて整理をするが、やはり意味が分からない。
どう考えても彼女が僕を振るのはおかしくないか。
僕が悪いとか言われたけど、僕はただの被害者だろ。
なんて、不平不満を抱えてもすべては済んだこと。
僕にできるのは、彼女の私物を処分することぐらい。
部屋中の物を集めたら山のようになってしまった。
こんなに物が溜まるほど長い時間を共にしたのだ。
思い出が浮かんでは消え、しんみりと感傷に浸る。
ふと豹変した彼女を思い出し、またムカついてきた。
あんな女のことなどさっさと忘れてしまえ。
そうと決まれば。僕は最適な場所を知っている。
そう、猫カフェだ。気まぐれな猫様の楽園だ。
今日は珍しく近寄ってきてくれて、最高に癒される
「お、お前ら……! 優しいな、おま──痛っ!」
撫でようとしたら威嚇され、引っかかれた。
しょんぼりと手を引くと、別の猫が来て傷を舐める。
こいつ、さっきまで上で追いかけっこしていた猫だ。
相手の猫を探すと、まだ上にいて体を伸ばしている。
可哀想に。お前も相手にされなかったんだな。
【君が紡ぐ歌】
今日は、間違いなく、デートの約束をしていた。
カフェの時計が示すのは、現在時刻、午後二時。
待ち合わせで予定していた時刻は、十二時。
二時間が経過しているのに、君はまだ現れない。
すっぽかされた、と憤ってもおかしくない状況だ。
それなのに、私の心はわずかに浮き足立っている。
上機嫌に店を出て、まっすぐ君の家に向かう。
移動中に連絡を入れたけど見てくれるだろうか。
君の家に到着し、インターホンを押すが反応はない。
事前に送った連絡も未読。試しに扉を引いてみると。
「……不用心だなぁ」鍵はかかっていなかった。
「お邪魔しまぁす」一応、声をかけて家に上がる。
私は迷いのない足取りで寝室に向かった。
用があるのはベッドではなく、その部屋にある机。
もとい、そこに座っているであろう君だ。
部屋の扉を開けると、予想通り、君はそこにいた。
目の前の五線譜に、独り言を呟きながら書き殴る君。
完全に自分の世界に入り込んでしまっている。
こうなると、君は周りの音が一切聞こえなくなる。
私は適当に腰を下ろし、読書をして待つことにした。
「できた!」パッと楽譜を掲げ、君は顔を輝かせる。
「できた?」わざと後ろから君の手元を覗き込んだ。
「うわ、びっくりした! いつからそこに!?」
ハッと気づいた君は、勢いよく時計に顔を向けた。
怯えて震え出した君に「聴かせてよ」と楽譜を渡す。
君はアコースティックギターを手に、演奏を始めた。
優しいメロディーと透き通る声が柔らかく響き合う。
これを知った日から、待つことも楽しみになった。
【光と霧の狭間で】
高校三年生になり、進路希望調査の紙が配布された。
進学か、就職か。具体的にどこを目指すのか。
周囲の話を聞く限り、やはり進学が大半らしい。
僕はどうしようか。真っ白な紙を眺めて考える。
一般論では、考えるまでもなく進学を選ぶだろう。
この高校は普通科で、就職に強いわけではない。
それに大卒より生涯年収が低いという話もある。
高卒で就職を選ぶのは、現代ではメリットが少ない。
だけど。僕の家は進学できるほどの余裕がない。
不可能ではないものの、大きな負担をかけてしまう。
弟妹の進学も控えているのに無理はさせたくない。
そう明かすと、親は「好きに選びなさい」と言った。
「ねえ。大学行かないって聞いたけど本当?」
ある日の下校途中、仲の良い友達に声をかけられた。
「どこからそんな話を?」確かに僕は就職を選んだ。
「寂しくなるね」彼女は答えず、眉を下げて言った。
別の日、先生に呼ばれて進路指導室を訪れる。
「本当に就職するのか」もったいない、と言われた。
「お前は成績もいいし、良い大学を狙えるんだぞ」
それが善意からの意見なのか、僕にはわからない。
進学か、就職か。決めたはずなのに、また悩む。
どうして、どちらか選ばないといけないのだろう。
誰かが正しい選択を教えてくれたら楽なのに。
親も友達も先生も、誰も僕の未来を強制はしない。
選択を迫られて顔を上げると不透明な未来に気づく。
人の後ろを追いかけて、この道を進んでもいいのか。
明るい場所を目指せば、そこに道は続いているのか。
人生の岐路を前に、僕は立ちすくんでしまった。
【砂時計の音】
家族を守るため、私は魔法少女になることを望んだ。
六年前に現れた『世界の敵』に対抗できる存在。
幸い、私には適性があって契約主から力を得られた。
致命的な損傷を負わない限り、永続的に戦える。
変身可能時間は個人差があり、私の場合は約三十分。
これは平均よりもわずかに長い時間だと聞いた。
変身には多くの制限があり、代表例がクールタイム。
変身時間が二倍なら、クールタイムも二倍になる。
変身中は魔法を使えて、身体能力が大幅に向上する。
ただ、それは限界を超えた力を無理に引き出す行為。
ゆえに頻繁な変身は命を削ることになってしまう。
でも、この力があれば家族を守ることができる。
そう思っていたのに、私は家族を見殺しにした。
踏み潰される様を見ていることしかできなかった。
敵が現れた肝心な時に、クールタイムだったのだ。
あの魔法少女が私だったら、必ず助けられたのに。
悲しみを振り払うように異形の敵を蹂躙し続けた。
度重なる変身と戦闘に、身体が悲鳴をあげている。
「また行くのか」私に力を与えた契約主が問う。
「何か不利益がありますか?」振り返らずに答えた。
守りたかった存在を失い、生への執着も無くなった。
それでも私が戦えば、誰かの大切な人を守れる。
だけど、私が守る必要があるのかと考えてしまう。
瞬間、油断した。敵の撃った一筋の光が腹部を貫く。
こんなところで倒れている場合ではないのに。
それなのに、身体はピクリとも動かない。
騒乱の中、幹部らしき人型の敵が静かに歩み寄る。
……ああ、私は。終わりを悟って、瞼を下ろした。
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────── 別の視点の話 ───────
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【砂時計の音】Another Side
素晴らしい潜在能力を持つ少女に力を与えるべきか。
少女は、家族を自分の手で守りたいのだと言う。
同じだ。僕も家族を守るため、こちらへやってきた。
僕は組織からの離反者。侵略よりも平穏を望む者。
『世界の敵』には戦闘員と非戦闘員がいる。
戦闘員は、知能のある人型と人工的に作られた異形。
非戦闘員は、人型のうち強い戦闘力を持たない者。
僕は強大な力を扱えないために非戦闘員だった。
上の決定には異を唱えられず、始まった侵略行為。
研究員として従事する中で大きな発見があった。
どうやら力は適合者に与えることができるらしい。
正確には、譲渡ではなく貸与という形になるが。
戦力が拮抗すれば上も侵略を断念するかもしれない。
そうなれば戦闘員にされた弟は死なずに済む。
そんな思惑から、僕は敵である人類の側へ寝返った。
君はきっと僕の希望になる。利用するつもりだった。
想像以上の働きをする君の、家族の訃報が届いた。
それから、君は明らかに無茶をするようになった。
「また行くのか」見ていられなくて声を掛けたのに。
「何か不利益がありますか?」振り向きもしない。
僕の力は、他の奴らが与える力とは性質が違う。
偶然、発現した人類の模造品とは比べ物にならない。
デメリットも大きいから休息が必要だ。もし怠れば。『敵』の間近、反動と致命傷で君が地面に倒れ込む。
血の気が引いた。僕の命が尽きれば、君は力を失う。
だけど戦えなくなるだけで、命までは失われない。
衝動のままに駆け出した。不思議と気分は悪くない。
君が壊れるぐらいなら、僕は喜んでこの手を離す。