【消えた星図】
待ちに待った週末。僕は君の家を訪れる。
こんなに楽しみにしていたのには理由がある。
君の家だから、だけでなく、ある物を試すから。
それは高額ではないけど自分では買わない物。
「もうちょっとで終わるから待っててね」
君は机に置いたそれのセッティングを進める。
その間に僕はクッションを集めて寝床を確保。
寝転がっても背中を痛めない程度に敷き詰める。
準備を終えた君が、僕を見て不服そうに目を細めた。
「なに巣作りしてんの?」なんとも言えない表現。
手早くぽいぽいっとクッションを散らされた。
「ん」と指示されて、しぶしぶベッドに腰掛ける。
「まだ明るいかなぁ」君がリモコンで電気を消す。
遮光カーテンを閉めたが、部屋はぼんやりと明るい。
どうせなら真っ暗な空間で楽しみたいと意見が一致。
日が沈むまで話していれば目も慣れるかもしれない。
「そろそろ始める?」外もだいぶ暗くなってきた。
「だね」君は立ち上がり、球体の電源を入れた。
直後、目が眩むほど綺麗な星空が天井に広がる。
いまこの瞬間、ここは僕らだけのプラネタリウムだ。
室内の絶景に、思わず二人して感嘆の声を漏らす。
「あれ星座じゃない?」「え、確かにそれっぽい!」
説明書があったはず、と君が箱をひっくり返す。
でも、うまく見つけられずに手間取っているようだ。
「スマホで調べればいいよ」即座に不満の声が飛ぶ。
「せっかくロマンチックなのに」口を尖らせる君。
まあ、それもそうだ。僕は手にしたスマホを置いた。
無知だからこそ、新しい星座を作る楽しみがある。
【愛―恋=?】
純白を身に纏い、温かな光に包まれた教会を歩く。
祝福ムードの参列者の間を通り、牧師の前へ。
新婦が隣に並ぶ瞬間にも男性は正面を向いたまま。
今日、私は結婚する。友達未満の同僚と。
自由恋愛の時代に契約結婚なんて馬鹿げている。
今日に至る経緯を知ればそう言う人もいるだろう。
運命の相手だとほざいて強行した、ほぼ0日婚。
この結婚式も必要なのは形だけで、心は伴わない。
私は、しつこく結婚を急かす親を黙らせたかった。
彼は、群がる女性に対する防波堤が欲しかった。
互いにとって都合のいい、利害の一致で繋がる関係。
交際では弱いと言うから夫婦となる契約を結んだ。
私たちの結婚生活には、一年という期限がある。
契約結婚の発案は彼、期限を設けたのは私。
彼が同居を必須としなければ言うつもりはなかった。
疑われないために必須だとする言い分もわかるけど。
過去に同棲したときはひどくストレスが溜まった。
ただ合わない相手だったと考えればそれまでの話。
だけど、相手が変われば感覚も変わるとは思えない。
そして始まった結婚生活は、意外なほど心地いい。
二人で決めた契約内容が良かったのかもしれない。
自分のことは自分でする。互いの部屋に入らない。
顔を合わせたら少しでも言葉を交わす、などなど。
平穏な日々は流れるように過ぎ、ついに残り一ヶ月。
つまらないことを考えて眠れない夜があった。
リビングに行くと彼がいて、同じく眠れないと言う。
作ってくれたホットミルクを飲みながら、考える。
契約を破棄したいなんて、やっぱり私には言えない。
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────── 別の視点の話 ───────
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【愛―恋=?】Another Side
礼装を身に纏い、温かな光の溢れる教会にて待つ。
祝福ムードの参列者の間を通り、花嫁が隣に並ぶ。
緊張で顔も体も強張る僕は正面を向いたまま。
今日、僕は結婚する。一方通行の想い人と。
彼女は結婚を急かす親に嫌気が差していた。
偶然聞こえた、電話越しに言い争う声でそう知った。
利害の一致を訴えて実現した契約結婚。
だけど、それは僕にとっては心から望む結婚だった。
仕事の邪魔になる女性に困っていたのは事実だ。
とはいえ、それだけなら結婚までする必要ない。
それを求めたのは、僕のわがままのようなもの。
簡単に離れられないほどの繋がりが欲しかった。
思い出すのは何年か前、疲れきった彼女の姿。
当時の交際相手との同棲が原因だったらしい。
詳細は知らないが、どうしても合わなかったとか。
だから僕は、二の舞にならないようにと苦慮した。
僕の結婚の申し出に、彼女は一年の期限を設けた。
僕のことなど何とも思っていないのだと実感する。
つらいけれど、一年の間に何かを残せればいい。
決意に反して日々は穏やかに過ぎ、僕は焦っていた。
どうしようもないことを考えて眠れない夜があった。
リビングを訪れた彼女が、同じく眠れないと言う。
コンロでホットミルクを用意しながら、考える。
契約を破棄したいなんて、彼女は言ってくれないか。
夢のような生活は、あと一ヶ月で終わってしまう。
新たに見る彼女の姿に、想いは強くなるばかり。
結局こうして終わるのなら近づかなければよかった。
彼女が部屋に戻った後も、僕は一晩中眠れなかった。
【梨】
君の旅行は趣味と実益を兼ねている。
『百聞は一見にしかず』が座右の銘である君だ。
各地の魅力を知ることはライターの仕事の役に立つ。
そう思うから、なるべく口出しはしたくない。
でも一個だけ、どうしても言いたいことがある。
お願いだから、黙って行くのはやめてほしい。
置き手紙を残せばいいって、そうじゃないだろ。
「行ってらっしゃい」ぐらい言いたかったのに。
君は昨夜、旅番組を食い入るように見ていた。
メモまで取っていて、興味があるのは一目瞭然。
だからって、まさか昨日の今日で行くとは思うまい。
さすがにフットワークが軽すぎやしませんか。
驚きと感心と呆れが少し。でも心配はしていない。
度重なる君の失踪にはすっかり慣れたもの。
いなくなるのは突然だけど、君は必ず帰ってくる。
その確証がなければ君との暮らしは続けられない。
そうして気長に待つこと、半年が過ぎた。
便りがないのはいい便り、とは言うけれど。
ブログの更新で生存確認はできるけど。
僕の連絡に一度も返事がないのは、なぜですか。
まさか、と最悪の事態が頭に浮かぶ。
今回の失踪は、旅行じゃなくて家出だったのか?
何か僕に思うところがあって帰るのが嫌になった?
不安に押し潰されそうになったとき、荷物が届いた。
依頼主には君の名前があり、その中身は果物らしい。
確認すると、『有りの実』がいくつか入っていた。
怪我も病気もなく元気でやってますよ、ってこと?
無事なのはいいけど。消え物より言葉が欲しいよ。
【LaLaLa GoodBye】
普段より丁寧な呼び出しに、嫌な予感はしていた。
いかにも申し訳なさそうな顔であなたが口を開く。
「ごめん、他に好きな人がいて。別れてほしい」
いつかそう言われることを、私はわかっていた。
関係の始まりは、あなたの告白から。
初めて告白というものを受けて純粋に嬉しかった。
正直、あなたのことは好きでも嫌いでもない。
だけど、好きになりたいと思ったから付き合った。
その日から、あなたの姿がよく目に入る。
休み時間に。登下校中に。移動教室の合間に。
視線に気づくと、あなたは笑顔で手を振ってくれる。
それだけで大切にされていると実感して心が浮つく。
共に時間を過ごすうち、存在が大きくなっていく。
他の誰かではなく、あなたの隣にいたいと願った。
そして訪れたあなたの教室で、聞こえてしまった。
友達と話すあなたの声。本当の想い人の話。
昔から一途に想ってきた相手に彼氏ができたらしい。
未練を断ち切るための手段が、私への告白だった。
誰でもいいわけではなかったみたいだけど。
なんだか無性に虚しくて、気づけば涙が零れ落ちた。
思い返すと、好きだと明言されたことはなかった。
告白の時は「付き合ってください」と言われただけ。
好感を好意だと思い込んだ、私の勝手な勘違い。
今さら離れがたくて。その結果がこれなら残酷だ。
あなたが正直すぎるせいで怒るに怒れなかった。
せめて、好きな人の幸せを願える私でありたい。
一人になって、嗚咽混じりの声で歌を口ずさむ。
報われない恋心なんて早く忘れてしまいたいのに。
【どこまでも】
ねえ、神様。教えてください。
僕はこんな罰を受けるほどの罪を犯しましたか。
四肢を十字架に固定され、群衆を前に心中で問う。
飛び交う野次のせいか、答えは聞こえてこない。
群衆から離れたところに母の姿を見つけた。
眉根を寄せ、今にも泣きそうな顔をしている。
きっと母はこうなると危惧していたんだ。
だから『人前で魔法を使うな』と言いつけた。
魔法とは、不思議な現象を起こす力のこと。
例えば火をつけたり、水を出したり。
この国では、女性だけが扱えると言われている。
魔法に必要な魔力を女性しか持たないためらしい。
それなのに、僕は男の身でありながら魔法を使えた。
狩りから戻った父の怪我を治せてしまった。
治療は光魔法の一種で、特に扱いの難しい魔法。
光魔法を扱える人はほとんどいない、と母は言う。
事実、どんな文献にも男性の魔法使いは登場しない。
母の言いつけで、僕の魔法は家族間の秘密になった。
女性は魔法学校、男性は士官学校に通うのが普通だ。
僕も魔法を隠して学校に通い、騎士になった。
成績の優秀な者は、魔物の討伐に駆り出される。
剣の才能がない僕は、近くの村の支援に回された。
そこで出会った、失明寸前の怪我を負った少女。
あまりに痛々しくて、見捨てられなかった。
命には関わらない怪我。保身を優先してもよかった。
だけど、あの判断が間違いだったとは思いたくない。
そうでしょう、神様。容赦ない熱さの中で、問う。
こんな罰を受けるほどの僕の罪はなんでしたか。