燈火

Open App
10/8/2025, 7:42:13 PM


【愛する、それ故に】


前に横になったのはいつだったっけ。
連日の残業で限界なのに、眠ろうにも目が冴える。
いっそカフェインに頼って朝まで起きていよう。
そんな気持ちで、ネットの海に飛び込んだ。

静かな現実世界と対照的に、電脳世界は賑やかだ。
僕が開いたのは、誰でもVライバーになれるアプリ。
こんな真夜中でも多くのライブ配信がされている。
その中のひとつで、運命的な出会いを果たした。

「いらっしゃーい。よければコメントしていってね」
ハツラツな印象のキャラデザにまず一目惚れ。
おっとりとした声と口調が安らぎを与える。
絵柄と人柄のちぐはぐさに興味を惹かれた。

この子の魅力はまだ知られていないようだった。
配信歴が浅いのか、視聴者は僕を含めて数人。
コメントで話しかければ必ず拾ってもらえる。
彼女は頻繁に配信し、徐々に人気を獲得していった。

視聴者が増えるにつれ、なんとなく距離が遠くなる。
ついに企業に所属することになったらしい。
配信だけで生計を立てることが目標だと言っていた。
彼女の夢が叶って嬉しいのに、素直に喜べない。

彼女の配信は、雑談からゲーム実況にシフトした。
以前と同じようにコメントを打っても反応はない。
彼女は僕の特別だけど、僕は彼女の特別じゃない。
今や大勢いるリスナーの一人に過ぎないのだから。

それでもいい。彼女が彼女らしくいてくれるなら。
だけど、どうしても許せないことができた。
男性ライバーとのコラボ。それは彼女に必要ない。
変わらないでいてくれ。コメントで不満を訴えた。


 ─────────────────────
 ────── 以下、閲覧注意 ──────
 ─────────────────────
 ───── お題とは関係ない話 ─────
 ─────────────────────


【悪夢日記】10/7


月明かりに揺れる、カナヅチを振りかぶる影。
明らかに人間の大きな影が天井に映っている。
ゾッとした。「ヒッ」慌てて口を抑えた。
悲鳴を上げたらいけない。

恐怖で固まる体をそっと動かす。
なるべく音を立てないように起き上がった。
一歩、二歩、窓の外を警戒しつつ後ずさる。
カーテンには男の動きが投影されて見えた。

スマホの緊急SOS機能がオフであることを悔やんだ。
以前、電車内で誤作動を起こして切ったのだった。
二度と不要な通報をせぬよう、オフに変えたまま。
電源ボタンを長押ししても起動するのはAIだけだ。

ドクドクと頭の奥まで鼓動が響く。
窓はまだ割れていない。男の苛立ちが見える。
背中が扉に当たった時、カタンと小さく音が鳴った
直後、見えないはずの影の口元がニィと歪む。

──目を開けてようやく、あれが夢だったと知る。
背筋の凍える感覚。荒い呼吸。汗ばんだ肌。
脳が痺れるほどの恐怖。記憶に残る不気味な笑み。
夢でよかった、と心底安堵した。

考えれば、そうだ。知らない場所だった。
今はアパートやマンションに住んでいない。
眠る頭の上は窓だけど、人の出入りはできない。
そもそも窓の外にベランダなんてない。

スマホを見ると、まだ二時間しか経っていなかった。
きっと濃すぎたコーヒーが眠りを浅くしたのだろう。
こんな悪夢で肝の冷える思いは二度としたくない。
戒めとして記録する。入眠前にコーヒーは飲むな。

10/8/2025, 6:35:41 AM


【静寂の中心で】


広い湖と危険な森に囲まれた、質素な小屋。
一人で住むには広すぎるそこが、私の世界のすべて。
風の音も、虫の声も、川のせせらぎも聞こえない。
耳鳴りがするほど孤独に満たされた場所だ。

言葉を理解して早々、私はここに捨てられた。
うるさいだけだったノイズが心の声と知ったから。
親に気味悪がられ、周囲に化け物呼ばわりされた。
放置されてはいないが、親の顔はもう覚えていない。

週に一度、最低限の食料を持って見張りが訪れる。
それが親としての、せめてもの優しさのつもりか。
どうせ早く死ねばいいと思っているだろうに。
見殺しにするのは後味が悪い、と勝手な理由だ。

見張りが利用するボートは霧のかかった対岸にある。
泳ぎの不得意な私は、自力でここから出られない。
幸い、水と火はあり、生活できる環境は整っている。
電気は通っていないので、太陽が眠れば私も眠る。

『ただ置いてくるだけって。やっぱり変な依頼だな』
耳から聞こえているのか、頭に響いているのか。
連続した低い音がして、人の訪れに気がついた。
また人が変わったようで、事情も知らなさそうだ。

「こんにちは」次々と荷物を置く音が止まった。
『え、幻聴? 誰かいる?』扉の外の困惑がわかる。
「もし時間があれば、お話に付き合ってくれない?」
誰かと話さなければ言葉を忘れてしまうと思った。

この場限りを覚悟して、私は秘密を打ち明けた。
口数は少ないけれど君の心は饒舌にものを話す。
君の心と私の声で、陽が傾くまで話をしていた。
次は一週間後。君が来ることを祈って、待っている。

10/7/2025, 5:31:47 AM



【燃える葉】前編


「ねえ、何考えてるの?」私といるのに、みたいな。
僕に腕を絡ませながら不満げに頬を膨らませる。
かわいく着飾った、どうでもいい女の子。
女遊びは呼吸のようなもので、意味なんてなかった。

わざとらしく胸を当ててくる女の子を見下ろす。
男の庇護欲をそそるメイク。体の一部が露出した服。
自分の武器をわかっていて、魅せ方も熟知している。
このあざとさの欠片でもあの人にあったなら。

考えながら頭に浮かぶのは、先輩の泣き顔。
空き教室で人知れず涙を流す、綺麗な横顔。
僕は廊下に座り込んで、痛いほど胸を押さえた。
初めて高鳴る鼓動にひどく動揺して動けなかった。

思い出に耽っていると、女の子が僕の顔を覗き込む。
「他の女のこと考えてるでしょ」
女の勘ってやつだろうか。妙に鋭いときがある。
「悪い?」どうせ遊びの関係に誤魔化しはいらない。

女の子は腕を解いて正面に移動し、微笑んだ。
「いいよ」直後、バチーンと響く。
目眩がするほど強烈なビンタをお見舞いされた。
「サイテーだね」女の子は怒らせると容赦がない。

頬の痛みに耐えながら先輩の家を訪れる。
女の子に会った後はここに来るのがいつもの流れ。
気配を察せる程度に匂わせることが大切だ。
そうしないと、鈍感な先輩は気づいてくれない。

今日はわかりやすい跡があるから都合がいい。
きっと心配して、その頭を僕でいっぱいにさせる。
一人になった後もしばらく考えてくれるだろう。
黒い思惑を胸に秘め、僕はインターホンを押した。



【燃える葉】後編(Another Side)


前触れのない来客。宅配の届く予定はない。
また彼だろうと予想して扉を開ける。
「どうぞ」見慣れた笑顔。「お邪魔しまーす」
その頬にくっきりと残る、真っ赤なモミジ。

「今日は男前だね」彼はいつもこうだ。
まるで見せつけるように女の影を匂わせる。
来る度に変わる香りは、たぶん誰かの香水の残り香。
大人の付き合いでもそれ以外でも、私には関係ない。

気づけば、彼とは高校からの付き合いになる。
女遊びの盛んな後輩がいることは有名だった。
その人だと気づいたのは、女子の嫉妬を受けたから。
棘のような視線だけでなく、時に言葉で。行動で。

学年が違えば校舎が違い、部活も委員会も違う後輩。
近づかれなければ、一生関わることのない相手。
彼も入学当初は私のことなど知らなかっただろう。
私の初恋相手の卒業後、初めて話しかけられた。

真意はわからないけど、そのうち飽きるだろう。
どうせ学生の間だけの付き合いだと思っていた。
それが不思議なことに、成人後も関係は続いている。
なぜこんなに懐かれたのか、まるで心当たりがない。

持ってきた保冷剤を痛々しい頬の跡に押しつける。
「いつか刺されるよ」こんなのでも今では友達だ。
「刺されたら泣いてくれる?」笑えない冗談。
どうして彼は、私のところに来るのだろうか。

「ねえ」帰る背中を呼び止めた。「何考えてるの?」
彼は振り返って笑う。「なんて言ってほしい?」
瞳の奥でじっと目が合って、彼は軽く両手を上げた。
「残念。まだ内緒」困惑が期待に変わるまで。

10/6/2025, 8:09:21 AM


【moonlight】


忙しなく家を出る二人の姿をよく覚えている。
あの人たちはテレビの中で生きる、遠い存在。
父ではなく、大物俳優。母ではなく、人気アイドル。
二人が親になるのは年に一度、僕の誕生日だけ。

それでも僕は二人のことが大好きだった。
出演する番組は必ず録画して何度も見返す。
中学生になって、僕は俳優の道を志した。
芸能界なんて、と言いつつ二人は応援してくれる。

僕は出自を隠したまま、小さな劇団に入団した。
芸名で活動する二人と僕の関係を知る人はいない。
親の名を出せば、きっと簡単に有名になれるだろう。
でも、そうして得た名声に何の意味がある。

劇団とバイトの合間にオーディションを受ける日々。
先輩の厳しい演技指導を受け、仲間と励まし合う。
苦しい思いばかりの中でも充実感で満たされていた。
堅実に練習を繰り返し、少しずつ実績を積んでいく。

実力が認められ、テレビ出演が活動の中心になった。
そして敬愛する監督の映画への出演が決まった矢先。
『衝撃! 話題の俳優はあの大物夫婦の一人息子!』
下世話なゴシップ誌が、隠していた事実を暴露した。

親の七光りで売れた二世俳優。
そのレッテルは十分すぎるほど僕を貶めた。
「どうりで」業界内の噂も世間の声も冷ややかだ。
必死に築いてきた信頼はこの程度だったのか。

恵まれた出自に甘えず、努力を続けてきたつもりだ。
現場で暗い表情を隠せない僕に、監督が言った。
「お前の親が犯罪者でも俺はお前を選んだぞ」
さすがに親に失礼だけど。なんか、心が軽くなった。

10/4/2025, 10:08:54 PM


【今日だけ許して】


「いったいどうして、こうなったのかしら」
ため息まじりに嘆く母。父は豪快に笑っている。
腫れた頬に保冷剤を当て、苦笑いの私は目を逸らす。
母の悩みのタネは私の性格にあった。

理性的で口の達者な長男と直情的で喧嘩っ早い次男。
三兄弟の末っ子の私は、口より先に手が出るタイプ。
年の近い次男とは何度殴り合いをしたことか。
その度に母を心配させ、やめなさいと怒られる。

男女の体格差があるので、私のほうが重傷を負う。
悔しくて悪態をつく私を見かねてか。
「喧嘩の仕方を教えてやる」と父は言った。
おかげで、怪我もだいぶマシになったと思う。

半端に育った自信は、私に無謀な勇敢さを与えた。
ガキ大将相手でも戦えるようになってしまった。
勝ち気な性格が噂になり、遠巻きにされた中学時代。
さすがに寂しかったので噂の届かない高校を選んだ。

遠くの寮に入るにあたり、母に約束をさせられた。
『争いごとは言葉で解決し、絶対に手を出さない』
言われずとも、高校では大人しくするつもりだ。
そうして静かに、目立たないように日々を過ごした。

ある日の放課後、制服姿のまま街に出掛けた。
残念ながら一人だ。友達をつくるのは簡単ではない。
喉が渇いたので自販機を探し、路地の奥に入る。
声が聞こえて見れば、複数人が一人を囲んでいる。

恫喝でもされているのか、ひどく怯えた様子だ。
明らかに厄介な状況。母との約束が頭を過ぎる。
だが、気づいたのに見て見ぬふりはできない。
無鉄砲な正義感が私を突き動かした。

Next