燈火

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【今日だけ許して】


「いったいどうして、こうなったのかしら」
ため息まじりに嘆く母。父は豪快に笑っている。
腫れた頬に保冷剤を当て、苦笑いの私は目を逸らす。
母の悩みのタネは私の性格にあった。

理性的で口の達者な長男と直情的で喧嘩っ早い次男。
三兄弟の末っ子の私は、口より先に手が出るタイプ。
年の近い次男とは何度殴り合いをしたことか。
その度に母を心配させ、やめなさいと怒られる。

男女の体格差があるので、私のほうが重傷を負う。
悔しくて悪態をつく私を見かねてか。
「喧嘩の仕方を教えてやる」と父は言った。
おかげで、怪我もだいぶマシになったと思う。

半端に育った自信は、私に無謀な勇敢さを与えた。
ガキ大将相手でも戦えるようになってしまった。
勝ち気な性格が噂になり、遠巻きにされた中学時代。
さすがに寂しかったので噂の届かない高校を選んだ。

遠くの寮に入るにあたり、母に約束をさせられた。
『争いごとは言葉で解決し、絶対に手を出さない』
言われずとも、高校では大人しくするつもりだ。
そうして静かに、目立たないように日々を過ごした。

ある日の放課後、制服姿のまま街に出掛けた。
残念ながら一人だ。友達をつくるのは簡単ではない。
喉が渇いたので自販機を探し、路地の奥に入る。
声が聞こえて見れば、複数人が一人を囲んでいる。

恫喝でもされているのか、ひどく怯えた様子だ。
明らかに厄介な状況。母との約束が頭を過ぎる。
だが、気づいたのに見て見ぬふりはできない。
無鉄砲な正義感が私を突き動かした。

10/4/2025, 10:08:54 PM