燈火

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【静寂の中心で】


広い湖と危険な森に囲まれた、質素な小屋。
一人で住むには広すぎるそこが、私の世界のすべて。
風の音も、虫の声も、川のせせらぎも聞こえない。
耳鳴りがするほど孤独に満たされた場所だ。

言葉を理解して早々、私はここに捨てられた。
うるさいだけだったノイズが心の声と知ったから。
親に気味悪がられ、周囲に化け物呼ばわりされた。
放置されてはいないが、親の顔はもう覚えていない。

週に一度、最低限の食料を持って見張りが訪れる。
それが親としての、せめてもの優しさのつもりか。
どうせ早く死ねばいいと思っているだろうに。
見殺しにするのは後味が悪い、と勝手な理由だ。

見張りが利用するボートは霧のかかった対岸にある。
泳ぎの不得意な私は、自力でここから出られない。
幸い、水と火はあり、生活できる環境は整っている。
電気は通っていないので、太陽が眠れば私も眠る。

『ただ置いてくるだけって。やっぱり変な依頼だな』
耳から聞こえているのか、頭に響いているのか。
連続した低い音がして、人の訪れに気がついた。
また人が変わったようで、事情も知らなさそうだ。

「こんにちは」次々と荷物を置く音が止まった。
『え、幻聴? 誰かいる?』扉の外の困惑がわかる。
「もし時間があれば、お話に付き合ってくれない?」
誰かと話さなければ言葉を忘れてしまうと思った。

この場限りを覚悟して、私は秘密を打ち明けた。
口数は少ないけれど君の心は饒舌にものを話す。
君の心と私の声で、陽が傾くまで話をしていた。
次は一週間後。君が来ることを祈って、待っている。

10/8/2025, 6:35:41 AM