【秋の訪れ】
うだるような暑さに負けた友人がいる。
ようやく涼しくなってきて元気を取り戻した矢先。
「花見をしよう」なんて季節外れのお誘いを受けた。
今の時期なら紅葉狩りでは、と口には出さないけど。
それより、花より団子のイメージだったから意外だ。
こいつにも情趣を解する心があったのか。
友人を生暖かい目で見ながら、ひとり頷く。
「どうしたの。気持ち悪いよ」と引かれた。失礼な。
「で。場所は?」「私の家だよ」当然のように言う。
「正気か?」警戒心、どこに捨ててきた?
長い猛暑に頭もやられたみたいだな。
沈黙を承諾と受け取ったのか、友人は歩き始める。
なんやかんや部屋の前まで来てしまった。
友人が扉を開くと、極寒の風が身を包む。
「おい、エアコン何度だよ」リモコンを取り上げた。
冷房、二十五度、強風。そりゃ寒いわ。
「真夏じゃねえんだぞ」問答無用で電源を切る。
不満の声をガン無視してリモコンを遠くに置いた。
「鬼、悪魔、人でなし!」友人はギャーギャー喚く。
「やかましい」強めにデコピンをして黙らせた。
マンションの五階に友人の部屋はある。
都会とはいえ、窓の外には緑が広がっていた。
ただ。「どこが花見?」桜も紅葉も見当たらない。
「まあまあ。細かいことはいいじゃん、いいじゃん」
「花見といえば? やっぱりお酒でしょ」
冷蔵庫から缶ビールを取り、友人がにやっと笑う。
だから紅葉狩りじゃなくて花見だったわけね。
やはり団子派の友人に呆れつつ、乾杯を交わした。
【旅は続く】
大切だと気づいたから、離れる覚悟を決めた。
過去を知られる前に。明かしたくなる前に。
彼の瞳に自分を見るたび胸が痛んだ。
そんな日々は、今日で終わりにする。
「……さよなら」自分の言葉で目頭が熱くなった。
不義理のお詫びに、謝罪の手紙を自室に残す。
彼の顔を見てから行こうかと悩み、やめた。
『最後』にできる自信がなかったから。
最低限の荷物とお金を持って屋敷を出る。
少し歩いた先で振り返り、深く頭を下げた。
彼への感謝はどんな言葉を尽くしても足りない。
私が今日も生きていられるのは、彼のおかげだ。
馬車を乗り継ぎ、昼も夜もなく移動し続けた。
丸くなって眠る癖が幼少期の記憶を呼び起こす。
親に捨てられた下賤の身で、その日暮らしの毎日。
盗みも殺しも、生きるためならなんでもやった。
あの毎日が本当に夢だったらいいのに。
過去は過去、だけど決して消えることはない。
属していた組織は祖国で指名手配されている。
今は関係なくとも、無事に過ごせる保証はない。
王族の殺害を企てていると知って、組織を抜けた。
騎士団の捕縛計画を噂で聞いて、祖国を出た。
隣国で彼に保護され、束の間の休息。
安全と教育をくれた彼を裏切り、屋敷を出た。
いつか指名手配が解かれたら。
私が陽の当たる場所で生きられるようになったら。
仄暗い過去がある限り、安寧など訪れない。
それでも、いつか。いつかまた会える日を願って。
【モノクロ】
「なんでカラー印刷指定なんですかね」
文芸部の部誌なんて文字だらけなのに。
夕方のコンビニでコピー機を眺めながらぼやく。
いつまでかかるのか。気の遠くなる作業だ。
隣では先輩がデータ印刷の設定をしている。
「文字に色つけたバカがいるんじゃないの」
部長とか、とさらっと加えて先輩は言う。
確かに部長の指示だからあり得るなと納得した。
面倒な印刷係の決め方は単純。じゃんけんだ。
部員数八人で、負け残った二人が印刷を担当。
残りの六人で冊子を綴じる作業を担当する。
どちらが楽かと言えば、どっちもどっちだが。
「印刷所に依頼したほうが楽だと思いません?」
コピー機を占領する高校生はそれなりに目を引く。
一部の客からは不躾な視線が向けられていた。
店員の温かい目も、なんとなく居心地が悪い。
先輩のコピー機の扱いは手慣れたものだ。
「まあ。ここも慣れてるし、いいんじゃない?」
六十部も必要なので紙が切れてしまった。
店員に頼んで追加してもらい、印刷を続ける。
ようやく刷り終わってひと息ついた。
紙の束をページ毎に別のファイルにまとめる。
ちょうど貰ったはずの印刷代がなぜか余っていた。
聞けば、部長より部費のほうが大事だと言う。
去年も印刷方法を変えたがバレなかったらしい。
「先輩、まさか去年もじゃんけんに負けて……?」
「うるさいなぁ」照れ笑いで恥ずかしそうな先輩。
かわいい人だと思ったのは、ここだけの話。
【永遠なんて、ないけれど】
始まりはきっと私の一目惚れだった。
別に、顔だけを好きになったわけじゃない。
爽やかな笑顔とか、分け隔てない優しさとか。
そういう日常に惹かれていった。
どうしても近づきたくて同じクラブに入った。
何度も話しかけて、少しずつ親しくなった。
君から話しかけてくれて、友達だと認められた。
もっと、もっと親しくなりたいと思った。
告白した日、付き合えるとなって嬉しかった。
浮ついた気持ちで笑顔の私に、君が告げる。
「他の子と遊んでも口出ししないでね」
女好きな素顔を、見ないようにしていた。
私が知らなければ浮気の事実はないも同然。
浮気の現場から目を逸らし、噂に耳を塞ぐ。
君からのプロポーズは夢のようだった。
「お前だけ」なんて君らしくない言葉。
『病める時も健やかなる時も、
富める時も貧しき時も、
死が二人を別つまで、貞操を守り、
愛し敬い慈しむことを誓いますか?』
あの誓いだけは反故にされないと思っていた。
でも君はやっぱり、一途になんてなれない。
口先だけの謝罪で許されると思っている。
私だけを愛せないなら。「仕方ないね」
明らかに安堵の表情を見せる君。
違う、違うよ。そういう意味じゃないの。
包丁の柄を握らせ、こちらに刃を向ける。
「殺して?」死が二人を別つなら。
【突然の君の訪問。】Other Story:B
ピンポーン。ふいにインターホンが鳴った。
なんだろう。今日は来客も荷物が届く予定もないのに。
アパートの玄関扉には覗き窓が付いている。
外からも覗けるらしいと知って塞いだ無用の長物。
今こそ使うべきか。蓋を回して左目を当てる。
「うわっ!」至近距離で目が合い、反射的に顔を引いた。
防犯に役立つなんてやっぱり嘘じゃないか。
恨みがましい気持ちで覗き窓を睨む。
ピンポーン。またインターホンが鳴った。
なんでインターホンにカメラがついていないんだ。
節約のため、家賃の安い家を選んだのがいけなかったか。
呼び出し機能だけあってもあまり役に立たない。
僕は観念して扉を開けた。「はい。ご要件、は……」
顔を上げて、固まる。まったく、誰かと思えば。
「久しぶり。急で悪いんだけど、泊めてくれない?」
自由気ままな幼なじみが、満面の笑みを浮かべていた。
「タチの悪いイタズラすんなよ……」気が抜ける。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ怖かった。
「ごめんごめん」びっくりさせようと思って、じゃない。
怪談とかお化け屋敷とか、苦手だと知っているくせに。
とりあえず彼女を招き入れ、適当に座らせる。
「で、泊めてくれってなんで?」キョトンとされた。
「え。了承したから入れてくれたんじゃないの?」
「理由次第だよ」外は寒いから一時的に入れただけだ。
聞けば、明日、近くで行われるイベントに行きたいとか。
知らんと放り出したいが、もう暗いので仕方なく許す。
「やったぁ。昔みたいに一緒の布団で寝る?」
「バカ」断ればよかった。またそうやって僕の心を弄ぶ。