燈火

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【旅は続く】


大切だと気づいたから、離れる覚悟を決めた。
過去を知られる前に。明かしたくなる前に。
彼の瞳に自分を見るたび胸が痛んだ。
そんな日々は、今日で終わりにする。

「……さよなら」自分の言葉で目頭が熱くなった。
不義理のお詫びに、謝罪の手紙を自室に残す。
彼の顔を見てから行こうかと悩み、やめた。
『最後』にできる自信がなかったから。

最低限の荷物とお金を持って屋敷を出る。
少し歩いた先で振り返り、深く頭を下げた。
彼への感謝はどんな言葉を尽くしても足りない。
私が今日も生きていられるのは、彼のおかげだ。

馬車を乗り継ぎ、昼も夜もなく移動し続けた。
丸くなって眠る癖が幼少期の記憶を呼び起こす。
親に捨てられた下賤の身で、その日暮らしの毎日。
盗みも殺しも、生きるためならなんでもやった。

あの毎日が本当に夢だったらいいのに。
過去は過去、だけど決して消えることはない。
属していた組織は祖国で指名手配されている。
今は関係なくとも、無事に過ごせる保証はない。

王族の殺害を企てていると知って、組織を抜けた。
騎士団の捕縛計画を噂で聞いて、祖国を出た。
隣国で彼に保護され、束の間の休息。
安全と教育をくれた彼を裏切り、屋敷を出た。

いつか指名手配が解かれたら。
私が陽の当たる場所で生きられるようになったら。
仄暗い過去がある限り、安寧など訪れない。
それでも、いつか。いつかまた会える日を願って。

9/30/2025, 7:00:19 PM