チック、タック、チック、タック
刻まれた数字は何に示されることもなく、
ただ軽い機構の音だけが響いていた。
「がっかりだよ」
黄を飾った細棒を拾い上げる。
忙しなく動くからこそ、カットの多い石がキラキラ輝くのが好きだった。
「時を止めるって言うから楽しみにしてたのにさ。
これなら写真の方がマシだったよ」
青を飾った短棒はその手の中。
角度を変える瞬間、強く煌めく石は、過ぎた時間を数えるのにぴったりだった。
「……どうして一人で止めてしまったの」
赤を飾った長棒は、その胸貫き紅を溢れさせる。
いつも鮮やかに光を放つ、君によく似た石だった。
紅に飾られた君は眠るよう、
冷たく、永遠に、時を止めていた。
<時計の針>
あ、と思った時には、クリームは器から零れ落ちていた。
勿体無いなぁと、行儀悪くも指で掬い上げ、口に含む。
甘味を減らした代わりに、ミルク感たっぷりな生クリーム。
ほろ苦くも溶ける程甘いダークブラウン、緩やかに溶け覆うホワイト。
口に出来ない言葉の代わり、刻んだ文字ごと刻み溶かしたチョコレート。
何一つ気付かずに、君が受け取ってくれれば良い。
<溢れる気持ち>
「何でレモン味なんだろ」
「当時レモネードが流行ってたとかじゃない?知らんけど」
「テキトー過ぎて草」
わあわあと賑やかなグラウンド。屋上フェンス越しからでも聞こえる歓声を二人ぼんやり眺めていた。
「ちなみに何味だったの」
「あ?あー……ミルク系?多分」
「それ新生児期って落ちじゃないよね」
「………」
「それファーストに数えるんだね?」
「……はいはいしたことないよ分かってて聞くな」
「ちなみに今レモン牛乳飲んでる訳ですが」
「そっちがイチゴミルクだから結局駄目じゃね」
「それはそう」
<kiss>
「別に、そんなに長く誓わなくて良いの」
有名な曲のワンフレーズ。薬指を撫でながら。
「私が私で在る間だけ。それなら100年ぽっちもないわ」
永遠を誓った筈の赤い唇は、それでも何処か穏やかで。
「私を貴方の全てにする必要もないの」
花束は青くも華やかに空気を染めて。
「貴方は貴方、私は私。意見を違えることなんて、きっとこれから何回もあるわ」
純白のドレスがキラキラと、一等美しく光を飾る。
「でもね、その代わり。よそ見なんかしないで完璧に完全に愛してね」
<1000年先も>
コルチカムを贈りました。
カランコエを贈りました。
カスミソウを贈りました。
白薔薇を5本贈りました。
貴方と過ごせたこの日々に、
これ以上無い感謝を贈りたかったから。
勿忘草は贈りません。
クリスマスローズも贈りません。
二度と交わらない道の先で、
貴方が幸せになって欲しいから。
<勿忘草>
空中に放り出される足。
強い勢いに乱れる髪。
ねえ、と瞳は青を写した。
「このまま精一杯漕いだら、空に届かないかな」
馬鹿を言え、と背を見上げた。
「柱に鎖が絡まってお仕舞いだ」
ふうん、と指が握られた。
「一番高いとこで手を離しても?」
馬鹿を言え、ともう一度投げた。
「それで行けるのは石積みの河原だけだ」
そっか、と靴裏が地面を擦った。
「飛行機やロケットなら行けたりしない?」
馬鹿を言え、と目線を合わせた。
「適度に善行積んで死ぬまで生きろ」
それしかないの、と手が伸ばされた。
「君の隣に居たいだけだったのに」
それしか赦さない、と通り抜けた手を見送った。
「君に生きて欲しかっただけだ」
<ブランコ>
「約束を守れなかったんです」
「ずっと一緒にいると誓ったのに」
仄かな夜の灯りの下、ゆらゆら金の水面が揺れた。
「怖くなってしまったから」
「動けなくなってしまったから」
「置いていかれてしまったんです」
僅か軋む椅子の下、片足は力無く重く揺れていた。
「だから、追いかけないといけないんです」
「あの人に追い付けるうちに」
「……あの人が、生きている間に」
緩やかに風を孕んだ、白とも銀ともつかない長い髪。
光無くも穏やかな金色の瞳。
ゆるり伸ばされた指は酷く青白く。
「追い付けたら、ですか?」
「決まっていますよ」
人の道を外されて、魂を歪められて、異形に堕ちたそのヒトは、
「……今度こそ、」
存外、哀しすぎるくらい。深く人を愛していた。
<旅路の果てに>