玄関の開いた音がした
靴も人影も見当たらない
仕舞い込んでいたグラスを洗い
麦茶と悩んで冷水を注いだ
珍しさと懐かしさで買った
甘い香の煙が揺れる
風が鐘を鳴らすけど
残念暫く食事は素麺だけだった
「せっかちさんめ、帰りまで巻きでも知らないぞ」
グラスの水が減っている
漂う煙が薄れている
そういえばと振り返る
大事な事を言ってなかった
「おかえり、まってたよ」
ただの黒目には何も
何も見えていないけど
‹ただいま、夏。›
「てかさ、本当巫山戯んなって話なんだけど。
皆で集まろーっつっといて軒並みドタキャンって
お二人ごゆっくりとかマジ何考えてんの」
とぽんビー玉の落ちる音
静かに温んだラムネは泡一つ零れず
「だぁる。アタシが頑張ったのは
友達に恥かかせねぇためだけで
オトコに見せるためじゃねえんだよ」
くるり巻いた一口焼きそば
空のたこ焼き皿の端
「あ?通知?……はードタキャン勢マジクソ。
なんでお前らが合流出来てんの
絶対近くで見てた奴じゃんからかい勢じゃん」
人形焼きを濡らすかき氷
差し出した綿飴を、赤い唇が食む
「……何驚いてんの、仕掛けたのソッチだろ」
初めてさわれた指先は
灯籠の火より余程熱く
「アンタも待つつもりーつって隙有らばじゃん。
かみさまってのは可愛いツラしてコレだから…」
同じ色になっていく瞳を
狂喜と茫然半分に見つめ返して
「は、これ以上アイツ等の相手なんかしてらんねぇわ
馬鹿らし。
アンタとくっちゃべってる方がよっぽど楽しいね」
初めて呼べた名前を
初めて届いた言葉に
「なんだ、思ったよりイイ声してんじゃん」
満足気にわらった愛し子を
篝火だけがさいごまで見ていた
‹ぬるい炭酸と無口な君›
あ、と気が付いた時、
既に封筒は手から吹き飛ばされていた。
行く先を追う間もなく、
柵の向こうに降りて行った白の、
着水のような、浸水のような、音の気がした。
ああ、と思ったけれど、
行き先は追わなかった。
どうせ読まれもしない手紙だった。
灰になるくらいなら、
川に流れるくらいなら、
この口で直接伝えてやろうと、
日差しに凍える指先を、
見るとも無く目を閉じた。
‹波にさらわれた手紙›
約束だよ、指切りげんまん
また会おうね、次の夏
ひみつきちがばれないよう
ずっとずっと守ってるから
約束だよ、手紙も電話も
秋も冬も春も超えて
また涼しい日陰の中
ないしょの話をしよう
だから約束だよ、絶対に
絶対にまた会おうね
約束だよ
‹8月、君に会いたい›
真っ暗闇に生きた子は
星明かりすら痛むのだから
一息に直射になんて
殺害方法もいいところ
真っ白光に暮らした子は
黄昏にすら惑うのだから
一気に漆黒になんて
発狂手段もいいところ
お前の願う幸福は
お前の思う不幸は
お前のエゴでしか無いのだから
お前の伸ばした手の先の
ソレは本当に不幸だったか
‹眩しくて›
好きに夢中に盲目に
必死の全力で一心に
子供みたいで馬鹿みたい?
でもそういう姿に憧れる
勝手極まる独善性
一途に愛する敬虔さ
思考と現実 知識と解釈
何もかも奮って表す
意思の感情の迸る様
躰の生命の魂の
全て擲って尽くす
宗教に似た偏愛
堪らなく愚かなそれこそ
ひとの性と知ったから
この胸裂くような衝動もまた
燃えるような赫であったなら
‹熱い鼓動›
呼吸をあわせて 1 2 3
ホントはもう要らないけれど
鏡写しみたいに君と
向かい合って手を揺らす
リズムをあわせて 1 2 3
ホントはもう大丈夫だけど
鏡写しみたいに君と
同じ速度で足揺らす
口を噤んで 3 2 1
ホントはまだ、でも、だけど
鏡写しの向こう側
君は遠くへ駆けていく
‹タイミング›
虹の果てには宝物
虹を渡れば河向こう
あいたい生命がありました
本当にそれだけでした
‹虹のはじまりを探して›
安らげる場所 憩いの場所
それが水と緑のある場所だという
彷徨い迷った君はそう言って
先の景色へ駆けていく
安堵の色濃い背を見送った
共にはゆかずに見送った
熱と乾燥に生まれた躯じゃ
涼やかな湿度に耐えられない
君の願った天国は
誰にでもでは無かっただけ
‹オアシス›
赤い瞼をしろく冷やして
白い塩をとうめいに流して
声の形はおとのまま飲み込んだのに
いっつも一目でバレてしまうこと
悔しくないのは嘘だけど
嬉しくないのも嘘だったり
‹涙の跡›