「なっちゃーん、おひさぁ」
「げっ。早くね」
「えぇー。はっちゃんけっこうがんばったよぉ」
「あー?あー…お前じゃねえ、つぅの奴どうした」
「転んだ」
「なんて??」
「だからぁ、ほんとはつぅちゃんのばんだけど、
つぅちゃんとまっちゃったから、なっちゃん」
「……はるもうちょい頑張れねえか」
「こうたいおわってから、つぅちゃんころんだから」
「あーうわーマジか…。つぅどんくらいで戻る?」
「ひとつきはないって」
「そりゃそこまで伸びたら奴の戻る余地がねえわ。
しょうがねえ」
「がんばえー」
‹夏の気配›
果てなく広がる大空と
希望隠して輝く海
その向こうには夢のような
夢のような世界があって
幻獣がいて魔法使いがいて
船が空飛び星を掴み
飢えも病もなく笑い合う
そんな国があるはずで
だから全て捨てて飛び出した
家族も罪も血塗った過去も
全部捨てて全部壊して
一人だけで希望を掴みに
そしたらきっとその国にはきっと
しあわせを生きる皆が居るはずで
‹まだ見ぬ世界へ!›
君のせいだ君のせいだ
と詰るひかり
悲しいような苦しいような
さりとてどこか嬉しげに
君のせいだ君のせいだ
と震えるかぜ
責めるように憤るように
さりとてどこか頼りなげに
君のせいで生まれたのに
君が足りないから死んでいく
本当のことで真実で
だからそこに恨みさえあれば
ただただそうであったなら
「ありがとう」
と振り返る瞳に
恐怖はあれど憎しみは無く
「じゃあね」
と紡がれた声は
疲れたように穏やかで
‹最後の声›
例えば手を繋ぐこと
正しく名前を呼ぶこと
会話をして笑い合って
抱き合って泣くこと
本当はそのくらい
そのくらいで良かったのに
そんな事もできなかったから
未来はなくしてしまったの
‹小さな愛›
あおくあおくすみきった空
雲も鳥も星も虫も見えない酷くつまらない景色
澱んだ地下に蠢くモノの方が余程面白いけれど
隣で見上げるあおい瞳がきれいだねえとわらったから
一つだけ頷いた
コレを綺麗と思える感性が羨ましかった
コレを美しく見える瞳が羨ましかった
同じ景色に同じ感想を抱きたかった
きれいだねえとわらっていた
暗く重苦しく灰色が重なるのが
きれいだねえとわらっていた
見上げる空はあおくすみわたる
同じモノを見ていたかった
‹空はこんなにも›
思えば昔は、無条件に大人になれると信じていたものだ。街中をキビキビ歩くような、キッチンで良い香りと笑うような、画面の中で沢山の人を釘付けにするような、あるいは。
「どうしたの?」
「何でも無い」
頭一つ小さい体を腕で押す。へんなの、と言いつつ駆けていく細い脚を見送って。
……無条件に大人になれると思っていた。大きな体の、五体満足の体に。なにか大きなものを見据えて、立ち向かっては勝利する強い人に。
大人になれると思っていた。どんな子供だって。
小さくても弱くても、それでも時間が経つだけで。
大人になれると思っていた。
大人になれると思っていた。
子供のままで、欠片の体で、生かされるとは思わなかった。
‹子供の頃の夢›
約束をしてはいけないよと、誰が言ったのだっけ。
赤い鞠が地面を跳ねる、歌う声も楽しげに。
約束を違えてはいけないよと、誰が言ったのだっけ。
枯れた風が吹き抜ける、葉踊る音も寂しげに。
振り向く笑顔が鮮やかな、あのこは一体だれだっけ。
応える声が切り取られた、わたしは一体だれだっけ。
二人っきりの広い庭、どうして此処に居るんだっけ。
‹どこにも行かないで›
あの人のようになりなさい、と
示された道を歩くことに。
疑問を抱かなかったのはつい最近まで。
背丈も苦手も得意も違うあの人には、
どうやったって成れはしないのでは、と
気付いたのはそれでも他者より早く。
溢れ落ちてる時間割を投げ、
心焦がれるヒトを探しに。
夜空に向かう窓を開け、
靴も履かずに飛び出して。
‹君の背中を追って›
花占いの結果なんて、選ぶ花で決まっているのだ。
「だから正直になっちゃえばいいのに」
軽々しく愛を歌う眼前に、金色揺らす穂を刺した。
「じゃあやってみれば」
花弁のない花は、好きも嫌いも俎上に上がれない。
心が通じる、なんて花言葉を尻目に、
占い結果は端から「無関心」と囁いて。
‹好き、嫌い、›
これが最後だと知っていたら、お前に言えただろうか。
二度と無いと知っていたら、お前を引き留めただろうか。
烟る雨に傘もささず、佇んだ墓の前。
いいやきっと、あの時に戻ったとしても。
例え、何度あの日を繰り返したとしても。
俺は口を噤んで、愛想無く踵を返した。
その方が正しくて、その結果が今目の前にある。
墓前に泣き沈むその背に、差し掛けられる傘がある。
共につかれる膝も、握られる手も、掛けられる声もある。
お前を支える沢山の人がいる。
だからこれが正解で、だから泣く必要はない。
俺が死んだこと位そんなの、気に病む必要なんて何も無い。
‹雨の香り、涙の跡›
ぴりりと張った緊張感
伸ばされた手の辿る意図
無音に閉じる唇が
無言に示す選択肢
染まぬ小指の爪先を
彩る色を決める時
呼び掛ける名前の色を
一つ確かに決める時
‹糸›