夢を見た。
必死に走る私がいる。後ろからは何かおぞましいものが迫ってくる。逃げなければ──そう思った。
いつまでもいつまでも走り続けた。でも逃げ込めるような場所が現れることはなかったし、化け物も消えたりしなかった。
走って逃げて、何になるのだろう。私はふと疑問に思った。夢から覚めれば何もかも終わりになるのかもしれない。でもその終わりはいつ訪れるのだろう。こんなに苦しいのなら、いっそ──あの化け物に捕まってしまいたい。
血の味がする喉に限界を感じ、私は立ち止まった。背後からあの化け物が私を包み込む。それは思っていたよりずっと暖かく、優しかった。なんだ、逃げる必要なんてなかったではないか。だって、私は──望んでいた。
病室には、痩せこけた少女が一人。心電図の機械的な音が止まる──
肌の出る服は嫌いだ。
私の努力の結晶は、いつだって表に晒してはならない紛い物だった。後ろめたいものとされてきた。でも本当はそうじゃない──ただ頑張ったのだと、その証なのに。
自ら切りつけた跡に絆創膏を貼り、真新しい制服を着て外に出る。「頑張った」証は誰にも褒めたりしてもらえないけれど。それでも──私は生きていく。
星のない空だった。観衆がいない方が都合がよかったため、私は満足だった。
フェンスによじ登り、空を背に座る。少し体勢を崩せばすぐに私は夜の中。
私は今日、月に願う。どうか少しだけ見守っていてほしいと。それ以上のことは望まない。ただ今この一瞬だけ、そばにいてほしいと。
見上げた月は、何も言わなかった。星はよく人に願われるけれど、月はそうでもない。だからきっと戸惑っているのだ。そう思ったらおかしくて、愛おしくて、私は──月を抱きしめに、あの空へ向かって飛び出した。
失敗した。
私は死ねなかった。幸いそれを悲しむような親族も友人もいなかったため、誰にも迷惑はかからなかった。
閉鎖病棟からわずかにのぞく外の景色。あの日から、ずっと雨が降りやまないのだという。
空調の整った涼やかな病室のひとつ向こうには、じめじめとした夏の中降り続ける雨空がある。なんだかその場に立てないことが、ひどく虚しく感じるのだった。
『未来の私から、あなたに伝言です。
あなたには友だちがいません。頼れる人も、相談できる人もいません。でもきっと大丈夫。未来の私は幸せに生きています。だから信じて、20歳まで生きてみて。
この手紙を信じてくれることを祈っています。未来の私より』
私は手紙を破り捨てた。信じた私がバカだった。いくつになっても幸せになんてなれなかった。20歳になった今日も、誰にも祝われやしなかったのだ。
もういいよ。
憎たらしい晴空に飛び込む。その時初めて、私は死という幸せに直面した。手紙を破ったことを後悔した。なんだ、本当のことだったじゃないか。私は20歳の今日この日、幸せに──