月凪あゆむ

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9/25/2024, 5:52:58 AM

形の無いもの

 僕には、「形の無いもの」が視える。

 こころ。
 身体のなかの血の巡り。
 亡くなった魂。

 挙げたらきりがないくらい。
 でも、いつからか言わなくなった。
 何故か。

 ――気味が悪い。

 そう、言われたからだ。自分でも、色々思うことはある。
 でも、ふたりが。

『ありがとう』
『優しい力じゃないですか』

 そう、言ってくれたひとがいる。
 二年前に事故で亡くなった、僕の弟と、その彼女さんだ。
 
 弟は言う。
『世の中、形のないものなんて、ごまんとある。兄さんにはそれが見える。それは、すごく優しいことだよ。きっと』
 弟の彼女さんも、こう言った。
『気味が悪い、って言うひとの言葉なんて、気にしないでください。お兄さんのおかげで、私は家族へ遺言が伝えられたんですから』

 そう、遺言。
 僕は、彼女さんの言葉をご家族に伝えた。『視える』ことを話してから。
 最初はやっぱり、信じてもらえなかった。でも、何度も伝えたんだ。本人の想いを見て。その遺言を聞いて。

 そしてある時。
「ずっと、頭が混乱してるけど……。それらが全部、本当なら」
「――教えてくれて、ありがとう」


 形の無いもの。
 僕は今日も、色んなものと向き合う。
 いつか、本当に視えなくなる日がくるだろう、魂だけの僕の弟とその彼女さん。

 二人の形なき言葉を、心に抱えながら。

9/23/2024, 10:55:32 PM

ジャングルジム

「ねえねえママ! あたしもジャングルのジム、いきたい!」

 ん?
 ジャングル「の」ジム?
「あなたにはまだ、はやいかなー」
「はやい? なんで?」
 なんで? はこちらが聞きたい。
「ね、ジャングルのジムって、誰から聞いたの?」

「おにいちゃん!」

 あぁ、なるほど。
「なら、お兄ちゃんにお願いしてみたら? お兄ちゃんなら、知ってるから」
「! ほんと?」
「うん、本当」
 それはもう、にっこりと笑ってみせた。
「わかった! おにいちゃんにきいてくるね!」
 嵐のようにやってきて、嵐のようにとたとたと、いなくなる娘。きっと息子は困るだろうが、まあ自業自得だ。
 なんたって、まだまだ若き4歳児にあんな嘘を教えるんだから。

「あれは、違うって!」
「だっていってたよね、『ジャングルのジムは、スリルがあっていいんだ』って」
「いや、あれはさ……!」

 ほら、12歳児が4歳児に負けてる。
 どのあたりで割って入ろうか。またはもう少し傍観するか。
 さっきとはまたちょっと種の違う、笑いがこみ上げてくる。我ながら、悪いなぁ。

7/9/2024, 10:38:50 AM

私の当たり前

 私のなかの「当たり前」は、だいたいの人には通用、というか共感されない。
 子どもの頃、「どうしてだろう」と思っていたことはたくさんある。

 例えば。
街中や乗り物で、車椅子の人を、遠巻きに眺める健常者の眼に。
(そんなに珍しかったりするもの?)
と、思っていること。
 人眼を引きやすいのはわかるけど、じろじろ見るのは違うと思う。

 ただまあ。大人になって考えると、「そういう人種」もいるのは理解できる。
 自分を強者だと思い込み、弱者と見定めたものを嘲笑う人。それか、ただの「物珍し」なのか。
 
 本来、弱者も強者もない。でも強者のほうが、なぜ偉そうな振る舞いをするのだろう。
 なんていうときっと
「弱者と強者はいるものだ」
という声が挙がることも解っている。

 それでも。
「ひとはひと」であり、そこにそれほど差異はない。それが、誰がなんと言おうと、「私の当たり前」なのだ。
 それはきっと、これからも変わらない。

6/14/2024, 3:56:29 AM

あじさい

 ――君の作ってくれる弁当よりも、たぶん、俺のほうが、料理旨いんだ。

 思い出すたび、ああ悔しい。
 あの、弁当屋の交際3ヶ月男が。そいつの、あの一言が。

 だって、料理なんてこれまでそんなにしたことないなかで。こっちだって頑張って毎日作ってきたのに!
 それくらい、「いいな」と思えた相手だ。これくらいで、フってもフラれてもやるもんか。
 
 そう思いながら、今日もお弁当を作ってきた。
 彼が見えた。 
「あの――」

「悪かった!!」

「……え?」
 なぜか、ピンクと白のあじさいを抱えて、彼は顔を赤くして、謝ってきた。
「その、あの後みんなに叱られた。思い出すと、俺も無神経なこと言った!」
「え、……え?」
 さっと、ピンクと白のあじさいを渡される。 
「あじさいの花言葉。ピンクは元気な女性。白は寛容、だって」

「ん? え?」

「だから、その。君の元気と、俺の、その。寛容?を……えっと……掛け合わせ……?」
 
 仲直りしたい、と。
 つまりは、そういうことらしい。

 なんだか、おかしくなってきた。
「なに、ちょっと馬鹿じゃないの」
「えぇ……?」

 まあ、いいか。
「今度、お料理のやり方、指南してよね」
「え、え、あぁ…………。もちろん! 君ならきっと、旨いのがつくれる! ……と思う」
「ちょっと! もっとはっきり褒めてよ!」

 とりあえず、やってみよう。3ヶ月男との日々は、案外悪くなかったから、これからもきっと、なんとかなる、だろう。




過去のお題「正直」の続きだったりします

6/10/2024, 3:49:30 AM

朝日の温もり

 今、私は家出を決行した。
 ……なんにも、これといって考えというものはないけど。
 
 だって、あんまりだ。
 「私の将来」の話なのに、私の感情は無視したお父さんの主張。その主張に「私」の希望は全く入ってないなんて!


「ねえどう思う!?」
「いやー、だからってうちに来られても」
 なんとなく、親友に話したくなり、家も知ってるしで。
 親友が一人暮らしする家に、押し入ってみた。
「だってー」
「えーっとさ。……正直、おまえはまだ恵まれてるって、うちは思うけども」
「うぅ……」
 彼女が一人暮らしなのは、家族がいないからだ。そんな相手に「恵まれてる」と言われたら、ぐうの音もでないというもの。
 それでも。
「今日だけでいいから、ちょっと大目に見てよ! お願い!」
「……今日だけ、だかんな」
「ありがとう!」
 この親友は、私にちょっと甘いところがある。
 彼女の見た目と口調は、ちょっと悪い。もっというと、男っぽいとこがある。
学生時代は、そのせいでたくさん、周りから避けられたり、イビられていた。
 
 でも、そんなの私は気にしない。
 だって、ただの通りすがりながら自分もずぶ濡れなのに、雨の中で、初めての家出をした私を、心配して追いかけてくれた。それを「お人好し」と言わずなんと呼ぶのか。
 あの時から、私から彼女への信頼度はMAXなのだ。
 彼女的にも、懐かれることに慣れていないからなのか、なんだかんだこうして、甘やかしてくれる。
 私は、そんなところにつけ込む悪い友だ。自覚はある。でも、改めるのは、また今度。

 明日のことは、また明日になってから、考えよう。
 そう思い、彼女の布団の中に遠慮なく入る。
「おめえは犬か」
 でもきっと、そんなに悪い気でもない。声でわかる。
「ふふふ、ねえ」
「なんだよ」

「朝日、大好き!」
 彼女の名を呼び、ごろんと寝転ぶ。
 この温もりは、なんとも言いがたいくらい、心地よい。

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