正直
今日は。今日こそは言おう、と意気込み、前を向く。前にいるのは付き合って3ヶ月の彼女だ。
「あの、さ……」
「うん? あ、今日も用意してきたからね、お弁当!」
「あ、あぁ……、ありがとう」
頑張れ俺! 先延ばしにして、何が良いことがある? さあ!
「ちょっと、正直なことを懺悔してもいい?」
「? いいけど、懺悔って?」
「俺の家、弁当屋なんだ」
「…………え?」
「だから、その。……君の作ってくれる弁当よりも、たぶん、俺のほうが、料理旨いんだ」
「…………」
その後。
「サイテー!」と、青空に響いた、女子の甲高い声。
「あ、またあいつカミングアウトしちゃったんだ?」
「もうちょい、言い方が違えば、まだマシなのにねえ」
「あんなだから、あいつはすぐにフラれるんだろ」
俺をよく知る友人たちが、そんな風に呆れているだろう。だがしかし、それなりに自分でも分かっているのだ、が。
どうしても、弁当屋の息子としては、黙ってはいられないのだ。我ながら、変なプライドだとは思う。
友人からのお小言は、この後に改めて聞くことになるのだった。
終わりなき旅
「ねえねえ、『終わりなき旅』って曲、いいよね!」
「ん? 死後のセカイの話?」
「なんでそうなる!?」
あたしの幼なじみは、こういうとこが変わってる。
なんで、素敵な曲のタイトルに、死後の世界とか、ぶつけてくるかな。
でも、ちょっと気になるから、話に乗ってみる。
「死後の世界って。なんでそう思うの?」
幼なじみは、『何を当たり前のことを聞くんだ』的な顔しながら、説明をくれる。
「だって、生きるのには必ず『終わり』はあるだろう? その点、死んだら、旅は終わらない」
「……は?」
いや、なんで?? なんで旅するのを前提にして考えるの?
「あたし、ホントにあんたの考えることが分からないんだけど」
「そう? 人間はいつか、死ぬもので。そしたら必ず、旅に出るって。よくじいちゃんがいうんだ」
なるほど。あんたの謎な考え方はあのお祖父さんの影響か。
「でも、よく魂って『生き返り』とかも言うけど、それはないの?」
「ない」
なんで即答。
「だって、じいちゃんは一生、俺の『祖父ちゃん』だから。ほかの誰のでもなく、さ」
「うーん……。あのお祖父さんの理屈はよく分からないけど。……まあ、あんたがお祖父さんをすんごく慕ってるのだけは、よーくわかった」
何故か始まりかけた、「終わりなき旅」説は論争にはならず。しかもその後も、幼なじみはお祖父さんのよく分からない理屈を、たっくさん話して聞かせてくる。
旅じゃあないけど、この話は、いつ終わるのだろうか。
こいつの、お祖父さんへの愛が強い、というか重い。
でも、不思議と「聞かなきゃ良かった」とまでは思わない。まさかあたしも、感化された? いやいや、それはさすがに。
「――で、って。……聞いてる?」
「うんまあ、もちろん?」
「なんで疑問系?」
こいつの長い話は、はたして終わりはどこに着地するのだろうか。
いやいや、だってそれは終わってくれないと、困るんだからね? 特にあたしが。
半袖
俺の幼なじみは、本当にひとから虐められやすい。
「――なんで――よ」
「……ごめ、んなさ、い……」
ほら、また。
「またお前らか。こいついじめて、そんなに楽しいのか?」
今にも、バケツの水をかけられかねない状況に、一声をかける。
「……!!」
そいつらは、一目散に逃げてった。
「お前も、あんなのもっと上手くあしらえるようになれって、いっつも言ってるだろうが」
「だって……」
「で? 今日はなにでだ?」
「……まだ、長袖なのか、って」
はあ?
「お前それ、ついにネタ切れなんじゃねえのか……」
そもそも、そんなの本人の勝手だろう。
ぶつぶつといなくなった相手に文句を言っていると。
「わたし、だって」
「あ?」
「わたしだって、そろそろ半袖でもいい頃だとは、思う。けど……」
「けど?」
まるで、勇気を振り絞るように、こいつは言った。
「わたし、腕太いから。無理なの」
「……はあ」
なんだ、そんな理由だったのか。
あきれ顔の俺に、こいつなりに食い下がる。
「本当に、ほんとに。真剣に悩んでるの……!」
うーん……。どう言えば良いやら。
……あ、そうだ。
「ちょい、腕出せよ」
「え、なに――」
言いながら、問答無用に腕を引っ張る。
「――ほら。俺より全然細いじゃねえか」
自分の腕と、こいつの腕を見比べる。
「白くて、普通の細い腕だ。そんなに気にすることねえよ」
「そ、れは! あなたと比べたら当たり前でしょ!」
お、調子出てきたな。
「まあ、長袖のままも、半袖にするも、お前の自由だろ」
「そ、そうでしょ」
「また、呼べ」
「……え」
ぽかんとした顔。面白い。
「幼なじみとして、いつでもまた、駆けつけてやるよ」
そう言って、笑ってやる。
「……え。え?」
普通喜ぶとこだと思うのに、なにが気にくわないのやら。眉間にシワをよせ、こいつなりに、なにやら考えているようだ。
「……やっぱり、お前は面白いよ」
「はあ!?」
意味がわからない、と。今度は俺が、文句を言われることになった。
まあ、いいや。泣かれるよりかはいい。意外と言ってくるのも、こいつらしいし。
まだ、蝉の鳴く頃ではないが、それでもかなり。天気が良い日の、ちょっとした出来事だった。
また明日
「……じゃあ、また明日来るよ」
そう言って、もう一度彼女の手を握る。
名残惜しげに顔を見ながら、病室の扉を閉めた。
――彼女が、「植物状態」になり、三週間が経つ。
いつ、目を覚ますかなんてわからない。でも。
「……なんで、喧嘩別れになったんだろうな」
彼女とは、「結婚」についての話題で口論となった。
その後に彼女の自転車と、ハタチそこらの人間のバイクが衝突事故を起こした。
結婚を考えてないわけではない。ただ、今の自分で、家庭を持つことに不安があった。
でも。こんなことなら。
ちゃんと、伝えたら良かったのに。
――大切で、大好きだから。ちゃんとしっかり考えたい、と。
植物状態になった人間が、意識が回復する確率は、日が経てば経つほど、低くなると聞いた。
つまり、今の自分にとっては「また明日」は、呪いの言葉だ。
明日になったら、もしかしたら目を覚ましてるかもしれない。
明日になっても、その眼は閉じたまま、回復はしてないかもしれない。
なぜ、こんなにも。
明日を望むと同時に、明日を恐ろしく感じなければいけないのだろう。
願いは、ただひとつ。
――目を、開けてほしい。
それでも、自分は行くのだろう。彼女のもとへ。
これからいくつの「また明日」を繰り返せば、彼女は目覚めてくれるのだろうか。果てしなく、絶望が押し寄せる。
一滴、涙がこぼれた。
突然の別れ
ぼくときみで、秘密基地を作ったのが、春のころ。
楽しかった。
異性で、ここまで気が合う子はこれまでいなかった。とても、うれしかったんだ。
でも、お別れは突然だった。
「転校……!?」
「うん、お父さんのお仕事で、遠いところに」
びっくりするくらい、きみは落ち着いてた。焦るぼくが、おかしいのか? いやいや、落ち着きすぎでしょきみ。
「それでね、ちょっと提案なんだけど」
「う、うん……?」
「十年後、またここで会いたいの」
「……はあ?」
「ほら、歌があるでしょ。あれ、わたしたちもやりたい」
――十年後の8月、また会えるのを信じて――
「いや、ええと。でもここ、来年アパートになるんじゃなかったっけ」
「まあ、そこは深く考えずにね」
「えぇ……?」
そんな、お世辞にも感動的な約束とは言えない会話で、十年後の約束を取り付けられたわけだけど。
「……やっぱり、アパート建ってるじゃねえか」
十年後、俺は来た。ここに。
彼女もいるのか、なんてわからない。何せ十年だ。あれこれ色々と、変わってるはずだ。
そう。「ぼく」が「俺」になるみたいに。
「……なんか、馬鹿みたいだよな」
いないだろうと思い直して、歩きだそうとした、その時。
「あのー。そちらのひと。ちょっと聞いていいですか?」
「?」
後ろからの声に、振り向くと。
「――え」
そのひとは。
「ええっと。あのー。……十年後にここで会おう、なんて約束を、してはいませんか?」
「……きみ、変わってないな」
髪も染めてない。まなざしにも面影がある。声も、なんとなく聞き覚えがあるような気がする。
そこにいたのは、正真正銘の「きみ」だった。
「……やっぱり! あなたは、かなり変わったね。髪も染めてるし、やっぱり声変わりしてるし。……でも、わかるよちゃんと。大丈夫!」
これもこれで。あまり「感動的な再会」かはわからないけど。まあ、現実はそんなものだろう。
別れが突然なら、再会も突然だ。