真夜中
夏のサンタクロースほど、暇な者はいないだろう。
そりゃ、だって。
彼らの仕事は、正直夏にはないも等しい。
そんなこんなで。
今日も今日とて、サンタクロースは真夜中に宴を開いていた。
とはいえ、サンタクロースは年齢的にも「おじいさん」にあたる。酒もほどほどにせねば、命も縮むというもの。
「いやー、最近のノンアルコールは、すごいのう」
「いやいや、やっぱり本物の酒が一番じゃよ」
「しかし、これならいくらでも飲めそうではないか」
「まあ、今季は暇じゃから、二日酔いをしても、バチは当たらんじゃろう」
「ほぉっほぉっほぉ。それもそうですな」
その姿を、トナカイたちは小さな隙間から眺める。
「また、サンタのじいさんたち、お酒飲んでるよ」
「子供たちは、到底想像もしてないだろうね、サンタクロースの泥酔姿なんて」
「あれ、でもあれって、ノンアルなんだよね? なんで二日酔いとか言ったり、ほんとに酔っ払ってるの?」
「そりゃ、キブンってやつじゃないかな」
トナカイたちは、思う。
なんと、ロマンのないことか。
後悔
僕は今日、余命宣告を受けた。
一年だ。
なんてことだ。
僕には、好きな人がいる。
明日、告白しようと思っていたところなのに。親友に付き合ってもらって、シュミレーションなんてことすらしたのに。
余命一年の僕じゃ、もしも付き合えても、最後には彼女を悲しませることしか残らないのに。
だから。
「……で、告白は諦める、って?」
親友に伝えると、なぜか呆れられた。
「それでお前、後悔しないのか?」
「……」
「こっ恥ずかしいシュミレーションまでしたのに?」
「……」
親友は、ため息のあとに。こんなことを話した。
「俺の彼女が、そうだった」
「え?」
「――俺の好きになった相手も、余命宣告を受けてた」
「…………え」
「でも、彼女は俺に告白してくれたんだ」
「たとえ、自分がひとより長くは生きられないとしても。自分の感情に、嘘はつきたくなかった、って」
「……そんな、話は」
「ああ、いま初めて言った。報告の前に、彼女は亡くなったからな」
「亡くなった……」
「いいか? 余命宣告を受けて。気持ちを伝えるのは、そりゃ勇気がいる。相手の気持ちも考えると、踏み出せなくなるのもわかる。……けどさ」
「俺は、告白されて、ちゃんと好きになって。先に逝かれても、後悔はしてない。それは、彼女が悔いのない生き方をしたから、だ」
悔いのない、生き方。
「お前は、気持ちを伝えないで終わって、後悔はしないって言えるのか?」
「……言え、ないな」
「だろう?」
そこでやっと、今日のなかで初めて、親友は笑った。
僕は彼女に告白した。余命宣告のことも含めて。
それから。彼女との交際は、今二年目になる。余命宣告よりも、長く生きれている。まあ、油断はできないけれど。
きっと、そう遠くない未来、僕は親友の恋人と同じところへ逝く。
そうしたら、どうしようか。せっかくだから親友のこと、聞いてみたい。
でも、まだ先であってほしい。
彼女や親友、大切なひとたちとの「今」を。
今日も、生きよう。
風に身をまかせ
――空を駆ける。
そんなことができたら、どんなに楽しいだろう。
そう、思っていたのは、いつだったろうか。
とある所に、ある森が存在する。とても、奇妙な森だ。そのなかでだけは、空と陸が逆転するらしい。だから、「空を駆ける」ことも可能な森。
迷うと、帰ってはこれない。でも、楽しい場所らしい。
ラビリンス・ワープ
またの名を、空鳴る迷宮。
「ソラのコトリ」
似たような意味でいうなら、「探検家」とか「冒険者」なんて呼ぶ。迷宮に入れる人たちはそう呼ばれている。なんともヘンテコな機関だ。
――今日、私はソラのコトリの一員となった。
「君には、迷宮のなかにいるカゼビトを、捕まえてもらおう」
迷宮の住人を、こちらでは「カゼビト」と呼んでいる。ここでは、「命令」は絶対だ。疑問も持つことは許されない。
私は命令のもとに、空を駆け、迷宮へと、踏み込んだ。
そして、みたのは。
炎が荒ぶり、水が枯れ、風がなぶられる。
それは、平穏と対極にある。もはや戦場でもない、虐殺だ。
私に与えられた命令は、「人を捕らえる」こと、言い換えるなら、捕虜を連れて戻れ、ということか。
「おい! あそこにカゼビトがいるぞ!」
「早く捕まえろ! 風になる前に!」
――風に、なる?
ふと、気付いた。
炎になぶられているのは、きっと人だ。それが、風になる。それは、つまり。
カゼビトが、自らの死を選ぶこと。
そこまで気づいて、「カゼビト」の意味を知るなんて。もう遅い。……でも。
「まって! あっちには水があるから、そこへ逃げて! ……お願い、風にならないで!!」
「……!?」
眼を背くことが、できなかった。
ああ、私は反逆罪になる。でも、いい。
確かに、空を駆けたかった。自由に、飛びたかった。けど。
――血だらけの空なんて、嫌だ。
私の声に従い、カゼビトがいなくなっていく。そして私は捕まった。きっと反逆罪で死刑だろう。
せめて、もっと晴れやかに、空を駆けたかったなあ。
でも、誰かの命で成り立つ「ソラのコトリ」はもう嫌い、大嫌いだ。悔いはない。
そう、思っていたら。
「――! おい、なんだ! なっ――……!?」
なにやら、騒がしい。なんなのだ、私はさっさと、終わらせてほしいのに。
「――ソラのコトリの、貴女が、そう?」
突然、目の前に青年が現れた。
「? 誰……?」
「あ、やっぱり。あのときの声のひと、だね」
「…………。あなた、は?」
「ついさっき、貴女の声のおかげで、「風」にならずに済んだ、ただのカゼビトだよ」
確かに、青年らしきカゼビトも、いたかもしれない。でも、ならなおさら、なぜここに?
「――ねえ、お嬢さん。ちょっと、貴女の命、救わせてくれない?」
「……はい?」
「あ、時間はないから、話は後でね」
そして。
いきなりひゅうっと、風が頬を叩いてきたような感覚。
「え? ……えっ?」
なぜやら私は、空を飛んでいた。ものすごい速度で。
「そんなに驚くこと? 自分が助けたひとに、恩を返されるのは」
「え、なんで。えっと……?」
「……まあ、いいや。貴女はただ、風に身をまかせていたら、それでいいよ」
――そうして私は、意図せずに。カゼビトたちの住まう森にて。
彼らから「勇者」なんて呼ばれることになるとは、この時はまだ。まだまだ、考えてもいなかった。
子供のままで
私たちは、いつまでが「子ども」でいられるのか。
この世には、子供を大人にさせてしまう現象がある。
ヤングケアラー。
想像できるだろうか。
小学生、幼稚園児、もしかしたらそれ以下の年齢で
「大人の手をわずらわせない子ども」
であるとともに
「家族のお世話をする子ども」
に、なっている子どもが多いことを。
私は、幼稚園を卒業する頃には、とっくに自分の髪を自分で結べるようになっていた。
小学生で、兄の送迎バスの迎えに出向いていた。
「自分でできるもん」
それが、私の幼いころからの、自立心。
そこに加えて。
兄妹は「兄」なのだが、まるで「弟」のように、扱っていた。
でも、本来は「子供」なのだ。
本当は大人に甘えたいし、自分のことを見てほしい。身も心も、子供のままでいたい。
でも、何らかの理由で、そう有れなかった。
これらはきっと、氷山の一角でしかない。
――闇は、もっともっと、深いところにある。
愛を叫ぶ。
それは、事故だった。
私が好きになったひとは、告白する前に、私のことを忘れてしまった。
出会いは、中学2年の夏。
当時、まだ「クラスメイト」なだけだった、今の「親友」が、学校内にある池の前で泣いていた。
そこにたまたま私が通りすがり、事情を聞く。
いじめ、だった。
私は元々、そういった類いのことが大嫌いで、わりとものははっきりと言う性格。だから、いじめた相手たちにめぼしをつけ、啖呵を切った。
「ひとのことをあれこれ世話焼くのなら、おんなじことを、私もしてあげても良いけど? ああ、できないか。一人じゃ私に向き合えないような連中じゃあ、ねえ?」
「はあ? 生意気なこと言うじゃん!?」
……と。
その、ケンカ勃発の一部始終を彼は見ていて。
その事情を話した上で、先生を連れてやってきた。
そして、私にこう言った。
「怖かったろうに、よく頑張ったな」
それが、彼と、彼女との奇妙なはじまり。
私は、彼を好きになった。
でも、彼は私たちを忘れた。
私は、泣き崩れる彼のご両親に寄り添っていた。
だって。私が悲しいんだから、ご両親はもっと、悲しいだろう。私が泣いている暇はない。
「……あなたは、あの人のこと好きだよね?」
親友に呼びだされて、最初に言われたのが、この一言。
「や、でもさ。いまは、そんな場合じゃないじゃん?」
虚勢を張ってる自覚はある。声がちょっと震えたかもしれない。
「……でも、ね」
「?」
「親友の、そんな哀しそうな顔を、見ていられるほど、私は図太くないよ」
でも、どうしろと。
「私にできるのは、ほかのひとを支えることくらいなんだよ。……私自身のことなら、大丈夫だから、さ」
「――ですって、聞いてたよね?」
彼女の後ろから、記憶喪失な彼が現れる。
「…………な、んで」
「さ、あとは、おふたりでごゆっくり」
そして、扉は彼女を吸い込み閉じた。
「…………」
「…………」
なんとも、いたたまれない。
先に言葉を発したのは、彼。
「……ずっと、うちの家族のそばに、いてくれてたんですよね? ありがとうございます」
他人行儀な。やっぱり、思い出してはくれないよね。
「――辛かろうに、頑張った、ですよね」
「……え」
「だって、うちの家族がずっと泣いてる。それだけ、辛いことなんだろうなって。でも貴方は、弱音も吐かずついててくれていた、でしょう?」
まさか。はじまりの日と、ほぼ同じようなことを言うなんて、想像もしていなかった。しかも、記憶喪失のままなのに。
――そんな、やつだから。私は。
「あの、ね。私は――」
やつに向けて、最大級の愛を叫んだ。