風に身をまかせ
――空を駆ける。
そんなことができたら、どんなに楽しいだろう。
そう、思っていたのは、いつだったろうか。
とある所に、ある森が存在する。とても、奇妙な森だ。そのなかでだけは、空と陸が逆転するらしい。だから、「空を駆ける」ことも可能な森。
迷うと、帰ってはこれない。でも、楽しい場所らしい。
ラビリンス・ワープ
またの名を、空鳴る迷宮。
「ソラのコトリ」
似たような意味でいうなら、「探検家」とか「冒険者」なんて呼ぶ。迷宮に入れる人たちはそう呼ばれている。なんともヘンテコな機関だ。
――今日、私はソラのコトリの一員となった。
「君には、迷宮のなかにいるカゼビトを、捕まえてもらおう」
迷宮の住人を、こちらでは「カゼビト」と呼んでいる。ここでは、「命令」は絶対だ。疑問も持つことは許されない。
私は命令のもとに、空を駆け、迷宮へと、踏み込んだ。
そして、みたのは。
炎が荒ぶり、水が枯れ、風がなぶられる。
それは、平穏と対極にある。もはや戦場でもない、虐殺だ。
私に与えられた命令は、「人を捕らえる」こと、言い換えるなら、捕虜を連れて戻れ、ということか。
「おい! あそこにカゼビトがいるぞ!」
「早く捕まえろ! 風になる前に!」
――風に、なる?
ふと、気付いた。
炎になぶられているのは、きっと人だ。それが、風になる。それは、つまり。
カゼビトが、自らの死を選ぶこと。
そこまで気づいて、「カゼビト」の意味を知るなんて。もう遅い。……でも。
「まって! あっちには水があるから、そこへ逃げて! ……お願い、風にならないで!!」
「……!?」
眼を背くことが、できなかった。
ああ、私は反逆罪になる。でも、いい。
確かに、空を駆けたかった。自由に、飛びたかった。けど。
――血だらけの空なんて、嫌だ。
私の声に従い、カゼビトがいなくなっていく。そして私は捕まった。きっと反逆罪で死刑だろう。
せめて、もっと晴れやかに、空を駆けたかったなあ。
でも、誰かの命で成り立つ「ソラのコトリ」はもう嫌い、大嫌いだ。悔いはない。
そう、思っていたら。
「――! おい、なんだ! なっ――……!?」
なにやら、騒がしい。なんなのだ、私はさっさと、終わらせてほしいのに。
「――ソラのコトリの、貴女が、そう?」
突然、目の前に青年が現れた。
「? 誰……?」
「あ、やっぱり。あのときの声のひと、だね」
「…………。あなた、は?」
「ついさっき、貴女の声のおかげで、「風」にならずに済んだ、ただのカゼビトだよ」
確かに、青年らしきカゼビトも、いたかもしれない。でも、ならなおさら、なぜここに?
「――ねえ、お嬢さん。ちょっと、貴女の命、救わせてくれない?」
「……はい?」
「あ、時間はないから、話は後でね」
そして。
いきなりひゅうっと、風が頬を叩いてきたような感覚。
「え? ……えっ?」
なぜやら私は、空を飛んでいた。ものすごい速度で。
「そんなに驚くこと? 自分が助けたひとに、恩を返されるのは」
「え、なんで。えっと……?」
「……まあ、いいや。貴女はただ、風に身をまかせていたら、それでいいよ」
――そうして私は、意図せずに。カゼビトたちの住まう森にて。
彼らから「勇者」なんて呼ばれることになるとは、この時はまだ。まだまだ、考えてもいなかった。
5/14/2024, 11:33:11 AM