朝日の温もり
今、私は家出を決行した。
……なんにも、これといって考えというものはないけど。
だって、あんまりだ。
「私の将来」の話なのに、私の感情は無視したお父さんの主張。その主張に「私」の希望は全く入ってないなんて!
「ねえどう思う!?」
「いやー、だからってうちに来られても」
なんとなく、親友に話したくなり、家も知ってるしで。
親友が一人暮らしする家に、押し入ってみた。
「だってー」
「えーっとさ。……正直、おまえはまだ恵まれてるって、うちは思うけども」
「うぅ……」
彼女が一人暮らしなのは、家族がいないからだ。そんな相手に「恵まれてる」と言われたら、ぐうの音もでないというもの。
それでも。
「今日だけでいいから、ちょっと大目に見てよ! お願い!」
「……今日だけ、だかんな」
「ありがとう!」
この親友は、私にちょっと甘いところがある。
彼女の見た目と口調は、ちょっと悪い。もっというと、男っぽいとこがある。
学生時代は、そのせいでたくさん、周りから避けられたり、イビられていた。
でも、そんなの私は気にしない。
だって、ただの通りすがりながら自分もずぶ濡れなのに、雨の中で、初めての家出をした私を、心配して追いかけてくれた。それを「お人好し」と言わずなんと呼ぶのか。
あの時から、私から彼女への信頼度はMAXなのだ。
彼女的にも、懐かれることに慣れていないからなのか、なんだかんだこうして、甘やかしてくれる。
私は、そんなところにつけ込む悪い友だ。自覚はある。でも、改めるのは、また今度。
明日のことは、また明日になってから、考えよう。
そう思い、彼女の布団の中に遠慮なく入る。
「おめえは犬か」
でもきっと、そんなに悪い気でもない。声でわかる。
「ふふふ、ねえ」
「なんだよ」
「朝日、大好き!」
彼女の名を呼び、ごろんと寝転ぶ。
この温もりは、なんとも言いがたいくらい、心地よい。
正直
今日は。今日こそは言おう、と意気込み、前を向く。前にいるのは付き合って3ヶ月の彼女だ。
「あの、さ……」
「うん? あ、今日も用意してきたからね、お弁当!」
「あ、あぁ……、ありがとう」
頑張れ俺! 先延ばしにして、何が良いことがある? さあ!
「ちょっと、正直なことを懺悔してもいい?」
「? いいけど、懺悔って?」
「俺の家、弁当屋なんだ」
「…………え?」
「だから、その。……君の作ってくれる弁当よりも、たぶん、俺のほうが、料理旨いんだ」
「…………」
その後。
「サイテー!」と、青空に響いた、女子の甲高い声。
「あ、またあいつカミングアウトしちゃったんだ?」
「もうちょい、言い方が違えば、まだマシなのにねえ」
「あんなだから、あいつはすぐにフラれるんだろ」
俺をよく知る友人たちが、そんな風に呆れているだろう。だがしかし、それなりに自分でも分かっているのだ、が。
どうしても、弁当屋の息子としては、黙ってはいられないのだ。我ながら、変なプライドだとは思う。
友人からのお小言は、この後に改めて聞くことになるのだった。
終わりなき旅
「ねえねえ、『終わりなき旅』って曲、いいよね!」
「ん? 死後のセカイの話?」
「なんでそうなる!?」
あたしの幼なじみは、こういうとこが変わってる。
なんで、素敵な曲のタイトルに、死後の世界とか、ぶつけてくるかな。
でも、ちょっと気になるから、話に乗ってみる。
「死後の世界って。なんでそう思うの?」
幼なじみは、『何を当たり前のことを聞くんだ』的な顔しながら、説明をくれる。
「だって、生きるのには必ず『終わり』はあるだろう? その点、死んだら、旅は終わらない」
「……は?」
いや、なんで?? なんで旅するのを前提にして考えるの?
「あたし、ホントにあんたの考えることが分からないんだけど」
「そう? 人間はいつか、死ぬもので。そしたら必ず、旅に出るって。よくじいちゃんがいうんだ」
なるほど。あんたの謎な考え方はあのお祖父さんの影響か。
「でも、よく魂って『生き返り』とかも言うけど、それはないの?」
「ない」
なんで即答。
「だって、じいちゃんは一生、俺の『祖父ちゃん』だから。ほかの誰のでもなく、さ」
「うーん……。あのお祖父さんの理屈はよく分からないけど。……まあ、あんたがお祖父さんをすんごく慕ってるのだけは、よーくわかった」
何故か始まりかけた、「終わりなき旅」説は論争にはならず。しかもその後も、幼なじみはお祖父さんのよく分からない理屈を、たっくさん話して聞かせてくる。
旅じゃあないけど、この話は、いつ終わるのだろうか。
こいつの、お祖父さんへの愛が強い、というか重い。
でも、不思議と「聞かなきゃ良かった」とまでは思わない。まさかあたしも、感化された? いやいや、それはさすがに。
「――で、って。……聞いてる?」
「うんまあ、もちろん?」
「なんで疑問系?」
こいつの長い話は、はたして終わりはどこに着地するのだろうか。
いやいや、だってそれは終わってくれないと、困るんだからね? 特にあたしが。
半袖
俺の幼なじみは、本当にひとから虐められやすい。
「――なんで――よ」
「……ごめ、んなさ、い……」
ほら、また。
「またお前らか。こいついじめて、そんなに楽しいのか?」
今にも、バケツの水をかけられかねない状況に、一声をかける。
「……!!」
そいつらは、一目散に逃げてった。
「お前も、あんなのもっと上手くあしらえるようになれって、いっつも言ってるだろうが」
「だって……」
「で? 今日はなにでだ?」
「……まだ、長袖なのか、って」
はあ?
「お前それ、ついにネタ切れなんじゃねえのか……」
そもそも、そんなの本人の勝手だろう。
ぶつぶつといなくなった相手に文句を言っていると。
「わたし、だって」
「あ?」
「わたしだって、そろそろ半袖でもいい頃だとは、思う。けど……」
「けど?」
まるで、勇気を振り絞るように、こいつは言った。
「わたし、腕太いから。無理なの」
「……はあ」
なんだ、そんな理由だったのか。
あきれ顔の俺に、こいつなりに食い下がる。
「本当に、ほんとに。真剣に悩んでるの……!」
うーん……。どう言えば良いやら。
……あ、そうだ。
「ちょい、腕出せよ」
「え、なに――」
言いながら、問答無用に腕を引っ張る。
「――ほら。俺より全然細いじゃねえか」
自分の腕と、こいつの腕を見比べる。
「白くて、普通の細い腕だ。そんなに気にすることねえよ」
「そ、れは! あなたと比べたら当たり前でしょ!」
お、調子出てきたな。
「まあ、長袖のままも、半袖にするも、お前の自由だろ」
「そ、そうでしょ」
「また、呼べ」
「……え」
ぽかんとした顔。面白い。
「幼なじみとして、いつでもまた、駆けつけてやるよ」
そう言って、笑ってやる。
「……え。え?」
普通喜ぶとこだと思うのに、なにが気にくわないのやら。眉間にシワをよせ、こいつなりに、なにやら考えているようだ。
「……やっぱり、お前は面白いよ」
「はあ!?」
意味がわからない、と。今度は俺が、文句を言われることになった。
まあ、いいや。泣かれるよりかはいい。意外と言ってくるのも、こいつらしいし。
まだ、蝉の鳴く頃ではないが、それでもかなり。天気が良い日の、ちょっとした出来事だった。
また明日
「……じゃあ、また明日来るよ」
そう言って、もう一度彼女の手を握る。
名残惜しげに顔を見ながら、病室の扉を閉めた。
――彼女が、「植物状態」になり、三週間が経つ。
いつ、目を覚ますかなんてわからない。でも。
「……なんで、喧嘩別れになったんだろうな」
彼女とは、「結婚」についての話題で口論となった。
その後に彼女の自転車と、ハタチそこらの人間のバイクが衝突事故を起こした。
結婚を考えてないわけではない。ただ、今の自分で、家庭を持つことに不安があった。
でも。こんなことなら。
ちゃんと、伝えたら良かったのに。
――大切で、大好きだから。ちゃんとしっかり考えたい、と。
植物状態になった人間が、意識が回復する確率は、日が経てば経つほど、低くなると聞いた。
つまり、今の自分にとっては「また明日」は、呪いの言葉だ。
明日になったら、もしかしたら目を覚ましてるかもしれない。
明日になっても、その眼は閉じたまま、回復はしてないかもしれない。
なぜ、こんなにも。
明日を望むと同時に、明日を恐ろしく感じなければいけないのだろう。
願いは、ただひとつ。
――目を、開けてほしい。
それでも、自分は行くのだろう。彼女のもとへ。
これからいくつの「また明日」を繰り返せば、彼女は目覚めてくれるのだろうか。果てしなく、絶望が押し寄せる。
一滴、涙がこぼれた。