月凪あゆむ

Open App
6/10/2024, 3:49:30 AM

朝日の温もり

 今、私は家出を決行した。
 ……なんにも、これといって考えというものはないけど。
 
 だって、あんまりだ。
 「私の将来」の話なのに、私の感情は無視したお父さんの主張。その主張に「私」の希望は全く入ってないなんて!


「ねえどう思う!?」
「いやー、だからってうちに来られても」
 なんとなく、親友に話したくなり、家も知ってるしで。
 親友が一人暮らしする家に、押し入ってみた。
「だってー」
「えーっとさ。……正直、おまえはまだ恵まれてるって、うちは思うけども」
「うぅ……」
 彼女が一人暮らしなのは、家族がいないからだ。そんな相手に「恵まれてる」と言われたら、ぐうの音もでないというもの。
 それでも。
「今日だけでいいから、ちょっと大目に見てよ! お願い!」
「……今日だけ、だかんな」
「ありがとう!」
 この親友は、私にちょっと甘いところがある。
 彼女の見た目と口調は、ちょっと悪い。もっというと、男っぽいとこがある。
学生時代は、そのせいでたくさん、周りから避けられたり、イビられていた。
 
 でも、そんなの私は気にしない。
 だって、ただの通りすがりながら自分もずぶ濡れなのに、雨の中で、初めての家出をした私を、心配して追いかけてくれた。それを「お人好し」と言わずなんと呼ぶのか。
 あの時から、私から彼女への信頼度はMAXなのだ。
 彼女的にも、懐かれることに慣れていないからなのか、なんだかんだこうして、甘やかしてくれる。
 私は、そんなところにつけ込む悪い友だ。自覚はある。でも、改めるのは、また今度。

 明日のことは、また明日になってから、考えよう。
 そう思い、彼女の布団の中に遠慮なく入る。
「おめえは犬か」
 でもきっと、そんなに悪い気でもない。声でわかる。
「ふふふ、ねえ」
「なんだよ」

「朝日、大好き!」
 彼女の名を呼び、ごろんと寝転ぶ。
 この温もりは、なんとも言いがたいくらい、心地よい。

6/3/2024, 3:28:25 AM

正直

 今日は。今日こそは言おう、と意気込み、前を向く。前にいるのは付き合って3ヶ月の彼女だ。

「あの、さ……」
「うん? あ、今日も用意してきたからね、お弁当!」
「あ、あぁ……、ありがとう」

 頑張れ俺! 先延ばしにして、何が良いことがある? さあ!

「ちょっと、正直なことを懺悔してもいい?」
「? いいけど、懺悔って?」


「俺の家、弁当屋なんだ」

「…………え?」
「だから、その。……君の作ってくれる弁当よりも、たぶん、俺のほうが、料理旨いんだ」
「…………」


 その後。
「サイテー!」と、青空に響いた、女子の甲高い声。


「あ、またあいつカミングアウトしちゃったんだ?」
「もうちょい、言い方が違えば、まだマシなのにねえ」
「あんなだから、あいつはすぐにフラれるんだろ」
 俺をよく知る友人たちが、そんな風に呆れているだろう。だがしかし、それなりに自分でも分かっているのだ、が。
 どうしても、弁当屋の息子としては、黙ってはいられないのだ。我ながら、変なプライドだとは思う。
 友人からのお小言は、この後に改めて聞くことになるのだった。

5/31/2024, 3:46:04 AM

終わりなき旅

「ねえねえ、『終わりなき旅』って曲、いいよね!」
「ん? 死後のセカイの話?」
「なんでそうなる!?」

 あたしの幼なじみは、こういうとこが変わってる。
 なんで、素敵な曲のタイトルに、死後の世界とか、ぶつけてくるかな。
 でも、ちょっと気になるから、話に乗ってみる。
「死後の世界って。なんでそう思うの?」
 幼なじみは、『何を当たり前のことを聞くんだ』的な顔しながら、説明をくれる。
「だって、生きるのには必ず『終わり』はあるだろう? その点、死んだら、旅は終わらない」
「……は?」
 いや、なんで?? なんで旅するのを前提にして考えるの?
「あたし、ホントにあんたの考えることが分からないんだけど」
「そう? 人間はいつか、死ぬもので。そしたら必ず、旅に出るって。よくじいちゃんがいうんだ」

 なるほど。あんたの謎な考え方はあのお祖父さんの影響か。
「でも、よく魂って『生き返り』とかも言うけど、それはないの?」

「ない」

 なんで即答。

「だって、じいちゃんは一生、俺の『祖父ちゃん』だから。ほかの誰のでもなく、さ」
「うーん……。あのお祖父さんの理屈はよく分からないけど。……まあ、あんたがお祖父さんをすんごく慕ってるのだけは、よーくわかった」

 何故か始まりかけた、「終わりなき旅」説は論争にはならず。しかもその後も、幼なじみはお祖父さんのよく分からない理屈を、たっくさん話して聞かせてくる。

 旅じゃあないけど、この話は、いつ終わるのだろうか。
 こいつの、お祖父さんへの愛が強い、というか重い。

 でも、不思議と「聞かなきゃ良かった」とまでは思わない。まさかあたしも、感化された? いやいや、それはさすがに。

「――で、って。……聞いてる?」
「うんまあ、もちろん?」 
「なんで疑問系?」

 こいつの長い話は、はたして終わりはどこに着地するのだろうか。
 いやいや、だってそれは終わってくれないと、困るんだからね? 特にあたしが。 

5/28/2024, 10:21:06 PM

半袖

俺の幼なじみは、本当にひとから虐められやすい。


「――なんで――よ」
「……ごめ、んなさ、い……」
 ほら、また。

「またお前らか。こいついじめて、そんなに楽しいのか?」
 今にも、バケツの水をかけられかねない状況に、一声をかける。

「……!!」
 そいつらは、一目散に逃げてった。
「お前も、あんなのもっと上手くあしらえるようになれって、いっつも言ってるだろうが」
「だって……」
「で? 今日はなにでだ?」

「……まだ、長袖なのか、って」

 はあ?
「お前それ、ついにネタ切れなんじゃねえのか……」
 そもそも、そんなの本人の勝手だろう。
 ぶつぶつといなくなった相手に文句を言っていると。
「わたし、だって」
「あ?」
「わたしだって、そろそろ半袖でもいい頃だとは、思う。けど……」
「けど?」
 まるで、勇気を振り絞るように、こいつは言った。

「わたし、腕太いから。無理なの」

「……はあ」
 なんだ、そんな理由だったのか。
 あきれ顔の俺に、こいつなりに食い下がる。
「本当に、ほんとに。真剣に悩んでるの……!」
 うーん……。どう言えば良いやら。
 ……あ、そうだ。
「ちょい、腕出せよ」
「え、なに――」
 言いながら、問答無用に腕を引っ張る。

「――ほら。俺より全然細いじゃねえか」

 自分の腕と、こいつの腕を見比べる。
「白くて、普通の細い腕だ。そんなに気にすることねえよ」
「そ、れは! あなたと比べたら当たり前でしょ!」
 お、調子出てきたな。
「まあ、長袖のままも、半袖にするも、お前の自由だろ」
「そ、そうでしょ」

「また、呼べ」

「……え」
 ぽかんとした顔。面白い。
「幼なじみとして、いつでもまた、駆けつけてやるよ」
 そう言って、笑ってやる。
「……え。え?」
 
 普通喜ぶとこだと思うのに、なにが気にくわないのやら。眉間にシワをよせ、こいつなりに、なにやら考えているようだ。

「……やっぱり、お前は面白いよ」
「はあ!?」
 意味がわからない、と。今度は俺が、文句を言われることになった。
 まあ、いいや。泣かれるよりかはいい。意外と言ってくるのも、こいつらしいし。

 まだ、蝉の鳴く頃ではないが、それでもかなり。天気が良い日の、ちょっとした出来事だった。

5/22/2024, 9:58:42 PM

また明日

「……じゃあ、また明日来るよ」
そう言って、もう一度彼女の手を握る。
 名残惜しげに顔を見ながら、病室の扉を閉めた。

 ――彼女が、「植物状態」になり、三週間が経つ。
 いつ、目を覚ますかなんてわからない。でも。

「……なんで、喧嘩別れになったんだろうな」

 彼女とは、「結婚」についての話題で口論となった。
 その後に彼女の自転車と、ハタチそこらの人間のバイクが衝突事故を起こした。
 結婚を考えてないわけではない。ただ、今の自分で、家庭を持つことに不安があった。
 でも。こんなことなら。
 ちゃんと、伝えたら良かったのに。
 ――大切で、大好きだから。ちゃんとしっかり考えたい、と。


 植物状態になった人間が、意識が回復する確率は、日が経てば経つほど、低くなると聞いた。
 つまり、今の自分にとっては「また明日」は、呪いの言葉だ。

 明日になったら、もしかしたら目を覚ましてるかもしれない。
 明日になっても、その眼は閉じたまま、回復はしてないかもしれない。

 なぜ、こんなにも。
 明日を望むと同時に、明日を恐ろしく感じなければいけないのだろう。
 願いは、ただひとつ。
 ――目を、開けてほしい。


 それでも、自分は行くのだろう。彼女のもとへ。
 これからいくつの「また明日」を繰り返せば、彼女は目覚めてくれるのだろうか。果てしなく、絶望が押し寄せる。
 一滴、涙がこぼれた。

Next