月凪あゆむ

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5/28/2024, 10:21:06 PM

半袖

俺の幼なじみは、本当にひとから虐められやすい。


「――なんで――よ」
「……ごめ、んなさ、い……」
 ほら、また。

「またお前らか。こいついじめて、そんなに楽しいのか?」
 今にも、バケツの水をかけられかねない状況に、一声をかける。

「……!!」
 そいつらは、一目散に逃げてった。
「お前も、あんなのもっと上手くあしらえるようになれって、いっつも言ってるだろうが」
「だって……」
「で? 今日はなにでだ?」

「……まだ、長袖なのか、って」

 はあ?
「お前それ、ついにネタ切れなんじゃねえのか……」
 そもそも、そんなの本人の勝手だろう。
 ぶつぶつといなくなった相手に文句を言っていると。
「わたし、だって」
「あ?」
「わたしだって、そろそろ半袖でもいい頃だとは、思う。けど……」
「けど?」
 まるで、勇気を振り絞るように、こいつは言った。

「わたし、腕太いから。無理なの」

「……はあ」
 なんだ、そんな理由だったのか。
 あきれ顔の俺に、こいつなりに食い下がる。
「本当に、ほんとに。真剣に悩んでるの……!」
 うーん……。どう言えば良いやら。
 ……あ、そうだ。
「ちょい、腕出せよ」
「え、なに――」
 言いながら、問答無用に腕を引っ張る。

「――ほら。俺より全然細いじゃねえか」

 自分の腕と、こいつの腕を見比べる。
「白くて、普通の細い腕だ。そんなに気にすることねえよ」
「そ、れは! あなたと比べたら当たり前でしょ!」
 お、調子出てきたな。
「まあ、長袖のままも、半袖にするも、お前の自由だろ」
「そ、そうでしょ」

「また、呼べ」

「……え」
 ぽかんとした顔。面白い。
「幼なじみとして、いつでもまた、駆けつけてやるよ」
 そう言って、笑ってやる。
「……え。え?」
 
 普通喜ぶとこだと思うのに、なにが気にくわないのやら。眉間にシワをよせ、こいつなりに、なにやら考えているようだ。

「……やっぱり、お前は面白いよ」
「はあ!?」
 意味がわからない、と。今度は俺が、文句を言われることになった。
 まあ、いいや。泣かれるよりかはいい。意外と言ってくるのも、こいつらしいし。

 まだ、蝉の鳴く頃ではないが、それでもかなり。天気が良い日の、ちょっとした出来事だった。

5/22/2024, 9:58:42 PM

また明日

「……じゃあ、また明日来るよ」
そう言って、もう一度彼女の手を握る。
 名残惜しげに顔を見ながら、病室の扉を閉めた。

 ――彼女が、「植物状態」になり、三週間が経つ。
 いつ、目を覚ますかなんてわからない。でも。

「……なんで、喧嘩別れになったんだろうな」

 彼女とは、「結婚」についての話題で口論となった。
 その後に彼女の自転車と、ハタチそこらの人間のバイクが衝突事故を起こした。
 結婚を考えてないわけではない。ただ、今の自分で、家庭を持つことに不安があった。
 でも。こんなことなら。
 ちゃんと、伝えたら良かったのに。
 ――大切で、大好きだから。ちゃんとしっかり考えたい、と。


 植物状態になった人間が、意識が回復する確率は、日が経てば経つほど、低くなると聞いた。
 つまり、今の自分にとっては「また明日」は、呪いの言葉だ。

 明日になったら、もしかしたら目を覚ましてるかもしれない。
 明日になっても、その眼は閉じたまま、回復はしてないかもしれない。

 なぜ、こんなにも。
 明日を望むと同時に、明日を恐ろしく感じなければいけないのだろう。
 願いは、ただひとつ。
 ――目を、開けてほしい。


 それでも、自分は行くのだろう。彼女のもとへ。
 これからいくつの「また明日」を繰り返せば、彼女は目覚めてくれるのだろうか。果てしなく、絶望が押し寄せる。
 一滴、涙がこぼれた。

5/19/2024, 10:12:20 PM

突然の別れ

 ぼくときみで、秘密基地を作ったのが、春のころ。
 楽しかった。
 異性で、ここまで気が合う子はこれまでいなかった。とても、うれしかったんだ。

 でも、お別れは突然だった。


「転校……!?」
「うん、お父さんのお仕事で、遠いところに」
 びっくりするくらい、きみは落ち着いてた。焦るぼくが、おかしいのか? いやいや、落ち着きすぎでしょきみ。
「それでね、ちょっと提案なんだけど」
「う、うん……?」

「十年後、またここで会いたいの」

「……はあ?」
「ほら、歌があるでしょ。あれ、わたしたちもやりたい」
 ――十年後の8月、また会えるのを信じて――
「いや、ええと。でもここ、来年アパートになるんじゃなかったっけ」
「まあ、そこは深く考えずにね」
「えぇ……?」



 そんな、お世辞にも感動的な約束とは言えない会話で、十年後の約束を取り付けられたわけだけど。


「……やっぱり、アパート建ってるじゃねえか」
 十年後、俺は来た。ここに。
 彼女もいるのか、なんてわからない。何せ十年だ。あれこれ色々と、変わってるはずだ。
 そう。「ぼく」が「俺」になるみたいに。

「……なんか、馬鹿みたいだよな」
 いないだろうと思い直して、歩きだそうとした、その時。
「あのー。そちらのひと。ちょっと聞いていいですか?」
「?」
 後ろからの声に、振り向くと。
「――え」
 そのひとは。
「ええっと。あのー。……十年後にここで会おう、なんて約束を、してはいませんか?」
「……きみ、変わってないな」
 髪も染めてない。まなざしにも面影がある。声も、なんとなく聞き覚えがあるような気がする。
 そこにいたのは、正真正銘の「きみ」だった。
「……やっぱり! あなたは、かなり変わったね。髪も染めてるし、やっぱり声変わりしてるし。……でも、わかるよちゃんと。大丈夫!」

 これもこれで。あまり「感動的な再会」かはわからないけど。まあ、現実はそんなものだろう。

 別れが突然なら、再会も突然だ。

5/17/2024, 10:01:12 PM

真夜中

 夏のサンタクロースほど、暇な者はいないだろう。
 そりゃ、だって。
 彼らの仕事は、正直夏にはないも等しい。

 そんなこんなで。
 今日も今日とて、サンタクロースは真夜中に宴を開いていた。
 とはいえ、サンタクロースは年齢的にも「おじいさん」にあたる。酒もほどほどにせねば、命も縮むというもの。

「いやー、最近のノンアルコールは、すごいのう」
「いやいや、やっぱり本物の酒が一番じゃよ」
「しかし、これならいくらでも飲めそうではないか」
「まあ、今季は暇じゃから、二日酔いをしても、バチは当たらんじゃろう」
「ほぉっほぉっほぉ。それもそうですな」

 その姿を、トナカイたちは小さな隙間から眺める。
「また、サンタのじいさんたち、お酒飲んでるよ」
「子供たちは、到底想像もしてないだろうね、サンタクロースの泥酔姿なんて」
「あれ、でもあれって、ノンアルなんだよね? なんで二日酔いとか言ったり、ほんとに酔っ払ってるの?」
「そりゃ、キブンってやつじゃないかな」
 トナカイたちは、思う。
 
 なんと、ロマンのないことか。

5/15/2024, 10:39:38 PM

後悔

 僕は今日、余命宣告を受けた。
 一年だ。
 なんてことだ。

 僕には、好きな人がいる。
 明日、告白しようと思っていたところなのに。親友に付き合ってもらって、シュミレーションなんてことすらしたのに。

 余命一年の僕じゃ、もしも付き合えても、最後には彼女を悲しませることしか残らないのに。
 だから。

「……で、告白は諦める、って?」
 親友に伝えると、なぜか呆れられた。
「それでお前、後悔しないのか?」
「……」
「こっ恥ずかしいシュミレーションまでしたのに?」
「……」

 親友は、ため息のあとに。こんなことを話した。
「俺の彼女が、そうだった」
「え?」
「――俺の好きになった相手も、余命宣告を受けてた」
「…………え」
「でも、彼女は俺に告白してくれたんだ」

「たとえ、自分がひとより長くは生きられないとしても。自分の感情に、嘘はつきたくなかった、って」

「……そんな、話は」
「ああ、いま初めて言った。報告の前に、彼女は亡くなったからな」 
「亡くなった……」

「いいか? 余命宣告を受けて。気持ちを伝えるのは、そりゃ勇気がいる。相手の気持ちも考えると、踏み出せなくなるのもわかる。……けどさ」

「俺は、告白されて、ちゃんと好きになって。先に逝かれても、後悔はしてない。それは、彼女が悔いのない生き方をしたから、だ」

 悔いのない、生き方。
「お前は、気持ちを伝えないで終わって、後悔はしないって言えるのか?」
「……言え、ないな」
「だろう?」
 そこでやっと、今日のなかで初めて、親友は笑った。


 僕は彼女に告白した。余命宣告のことも含めて。
 それから。彼女との交際は、今二年目になる。余命宣告よりも、長く生きれている。まあ、油断はできないけれど。
 きっと、そう遠くない未来、僕は親友の恋人と同じところへ逝く。
 そうしたら、どうしようか。せっかくだから親友のこと、聞いてみたい。

 でも、まだ先であってほしい。
 彼女や親友、大切なひとたちとの「今」を。
 今日も、生きよう。

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