愛を叫ぶ。
それは、事故だった。
私が好きになったひとは、告白する前に、私のことを忘れてしまった。
出会いは、中学2年の夏。
当時、まだ「クラスメイト」なだけだった、今の「親友」が、学校内にある池の前で泣いていた。
そこにたまたま私が通りすがり、事情を聞く。
いじめ、だった。
私は元々、そういった類いのことが大嫌いで、わりとものははっきりと言う性格。だから、いじめた相手たちにめぼしをつけ、啖呵を切った。
「ひとのことをあれこれ世話焼くのなら、おんなじことを、私もしてあげても良いけど? ああ、できないか。一人じゃ私に向き合えないような連中じゃあ、ねえ?」
「はあ? 生意気なこと言うじゃん!?」
……と。
その、ケンカ勃発の一部始終を彼は見ていて。
その事情を話した上で、先生を連れてやってきた。
そして、私にこう言った。
「怖かったろうに、よく頑張ったな」
それが、彼と、彼女との奇妙なはじまり。
私は、彼を好きになった。
でも、彼は私たちを忘れた。
私は、泣き崩れる彼のご両親に寄り添っていた。
だって。私が悲しいんだから、ご両親はもっと、悲しいだろう。私が泣いている暇はない。
「……あなたは、あの人のこと好きだよね?」
親友に呼びだされて、最初に言われたのが、この一言。
「や、でもさ。いまは、そんな場合じゃないじゃん?」
虚勢を張ってる自覚はある。声がちょっと震えたかもしれない。
「……でも、ね」
「?」
「親友の、そんな哀しそうな顔を、見ていられるほど、私は図太くないよ」
でも、どうしろと。
「私にできるのは、ほかのひとを支えることくらいなんだよ。……私自身のことなら、大丈夫だから、さ」
「――ですって、聞いてたよね?」
彼女の後ろから、記憶喪失な彼が現れる。
「…………な、んで」
「さ、あとは、おふたりでごゆっくり」
そして、扉は彼女を吸い込み閉じた。
「…………」
「…………」
なんとも、いたたまれない。
先に言葉を発したのは、彼。
「……ずっと、うちの家族のそばに、いてくれてたんですよね? ありがとうございます」
他人行儀な。やっぱり、思い出してはくれないよね。
「――辛かろうに、頑張った、ですよね」
「……え」
「だって、うちの家族がずっと泣いてる。それだけ、辛いことなんだろうなって。でも貴方は、弱音も吐かずついててくれていた、でしょう?」
まさか。はじまりの日と、ほぼ同じようなことを言うなんて、想像もしていなかった。しかも、記憶喪失のままなのに。
――そんな、やつだから。私は。
「あの、ね。私は――」
やつに向けて、最大級の愛を叫んだ。
忘れられない、いつまでも。
季節はまた、私を置き去りに過ぎてゆく。
公園で、貴方と一緒に線香花火をしたのは、まだ5月のころ。
あの時は、まだ早いのにって思ってた。
その、半月後。
貴方は天国へと、旅立った。
今日で、あの線香花火をしてから丸一年経つ。
私はまだ、ぼうっと手元を見つめていた。
声がした。
「ここでね、兄ちゃんが好きなひとと、最後に花火をしたんだって。それも、一年前の今日」
顔をあげると、小さな男の子が、女の子に話していた。
「うちの兄ちゃんさ、カッコつけだから、最後まで自分の寿命のこと、好きなひとにも言わなかったんだって」
――――。
「ひどいよな、兄ちゃん。残されるほうの身にもなってほしいよ」
そういえば、彼は年の離れた弟がいると、言っていた。
まさか。
「でも、言ってたんだ。最後は、笑った顔を想い浮かべて、終わりたいんだって」
気持ちが、溢れる。
その時、時間を知らせる音楽が鳴った。
「あ、そろそろ帰ろっか!」
男の子は、嵐のように目の前にきて、嵐のようにいなくなった。
あまりにも、身勝手な貴方。
そんなだから、忘れられないの、いつまでも。
一年後
ぼくは、自分で歩いたことがない。
生まれつきの病気のせいで、ずーっと病室がぼくの部屋みたいなもの。
でも、明日から歩く練習ができるんだ!
お母さんやお父さんたちは、難しい顔をしてるけど、ぼくは負けないよ!
なににって、そりゃぼくのほとんどない筋力に。あとは、……やっぱり気持ちの問題なのかな。
「……やってやるさ!」
「うん。きみなら、できるかもね」
「かも、じゃない。ぜったいに、だよ!」
ずっと顔を合わせてる、もはや幼なじみな女の子は、ぼくを見て、なぜか目を細めた。
その、一年後。
ぼくは、まだまだおぼつかない足取りで、女の子の眠るお墓に向かい合った。
彼女は、そう。
「虹の橋を渡った」
と、大人たちはいうけど。
「亡くなった」
だと、そんなにだめなのかな。
でも、その話をしようとすると、おばさんが泣きだしかねないから、それより先は言わない。
「……ねえ。ぼくはほんとに、歩けるようになったんだ。キミ、信じてくれてたかな? ぼくの宣言は」
よくテレビでは
「あなたのぶんまで、生きていきます」
みたいなことを言う展開もあるけど。ぼくは違う気がする。
だって、キミがなにを思ってぼくの話を聞いてたかなんて、ぼくには想像もつかない。なのに、そのぶんまで背負えないでしょ。
だから。
「いつか、できればずーっと後。シワシワのおじいちゃんになって、キミのいるところにいったときには。たくさん人生自慢するから。今から覚悟しててね!」
――サァッと、ぼくの頬を一陣の風が優しく撫でた、ような気がした。
初恋の日
俺は、「恋」を知らない。彼女も、いない。
ただ、告白をされたことは数知れず。
両親からの教えで
「人からの好意は大切に受けとること」
のとおりに、いつも
「こんな俺を、好きになってくれてありがとう」
という感謝を、相手をふる際に言ってたら、何故か「ファンクラブ」なるものができたらしい。
正直、ちょっと面倒になってきた。
二面性、というほどまではいかないけれど。……ほんのちょっと「つくってる」自分がいる。
そんなふうにしてきて、現在もう大学2年生。とっくに恋は自由な年頃だと思う。たぶん。
これが、「拗らせてる」というのかもしれない。もちろん、誰にも打ち明けたことなんて、ない。
……また、告白されて、感謝して、ふって、そのままその子はファンクラブの会員になったらしい。
誰もいない時間の図書館で、つい呟いた。
「なんで、ファンクラブなんてあるんだよ……面倒だな」
「――たぶん、あなたが優しいふり方するから、だと思いますよ」
「……!!」
彼女は、すぐそこにいた。
まるで幽霊かのように、白い肌。染めたことなんてなさそうな、真っ黒い髪。
口元は、本に隠されて見えなかった。二重の目は、まっすぐにこちらを見つめてきて。
――それが、俺にとっての初恋の日だった。
「……ねえ、あの時あなたは、ファンクラブが面倒だって、言ってなかった?」
「ああ、言ったな」
「なら、今の私の気持ちも、わからないかな!?」
「……わかるけど、それはそれ。これはこれだよ」
「なんて屁理屈……!」
あの、彼女に図書館で一目惚れした日から。
俺はファンクラブを解散させ、彼女を追い回している。
俺の、はじめての恋だ。そんな簡単には、諦めてはやらないよ。
明日世界が終わるなら
ある世界の、とある裕福と貧困の混ざった国で。
――明日は、この世界の終焉にして、黎明の刻である!
「裕福」に囲まれた王は、高らかに声をあげる。意味がよく解らない。
大人たちは、囁く。
「明日、世界が終わるらしい」
「なんで」
「王が、神の怒りに触れたとか」
「なら、なんであんな演説を」
「とうとう狂ったか」
「死にたくない」
そこにあるのは、困惑、憎悪、恐怖。
子どもたちも、囁く。
「ねえ、もしほんとに、明日世界が終わるなら。あたしたちはどうなるの?」
「元々、この世界は終わってる。今さらなんともない」
「それに、終わりがあるなら、始まりもあるでしょ。終焉と黎明って、そういう意味なんだって」
「へえ。物知りだね!」
「この世界、良くなるのかな」
そこにあるのは、諦めと、少しの期待。
案外、大人よりも子供たちの方が、よほど落ち着いていると言える。
さて、果たしてそんな彼らが、「終焉」という名の世界の終わりと、「黎明」という名の国の始まりに立ち合ったときには、どんな感情が生まれるのか。
答えは、神すらも知らない。
それが、人の世というものだ。