月凪あゆむ

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5/6/2024, 12:59:13 AM

君と出逢って

 ――もって、3日の命。

 私たちの、初めての赤ちゃん。
 小さな、あまりにも小さな赤ちゃん。
 ごめんね。
 言われていたのに。
「お腹の赤ちゃんのためにも、あまり動き過ぎないように」
 
 でも、ね。
 君に、喜んでほしくて、パパはいろんなおもちゃを買った。
 おばあちゃんも、沢山洋服を縫った。
 私も、なんて名前がいいのかなって、沢山のそういうサイトを見た。
 お店で子ども服を見て、つい買おうとしては、「気が早い」なんて言われたこともある。でも、けっきょく買ったんだよ。

 そうして、みんな。
 君に会えるのを。
 元気に泣く声を、楽しみにしていたの。
 なのに、ごめんね。泣くどころじゃなかったね。
 君は、予定よりもだいぶ早くに産まれてしまった。

 あの、ね。
 私たちは、もうとっくに「出逢って」るんだよね。
 君の命が、私のお腹に宿ったその時に。
 だから。
「君に出逢えて、よかった。みんな思ってるよ。だから、頑張って生きてほしいの」
 ポツリと、涙とともに言葉を落とす。


 ――そうして。
「もって、3日の命」と宣告された君は、もう3歳になる。

 体が未発達で産まれたために、「普通に」はできないこともあるって、聞いたし、実際そうだった。それには、ちょっと、いや。それなりに落ち込んだ。きっと私のせいだよねって。
 
 そんな日々で、子育てで大変なことも嬉しいことも、毎日しみじみと感じている。

 ――頑張ってくれて、ありがとう。
 これからも、一緒にがんばろうね。

5/4/2024, 10:09:09 PM

耳を澄ますと

 うちの旦那は、喧嘩早い。とてつもなくだ。
 今日も、日課のジョギングに行ったかと思っていたら。


「ああ!? なんだとコラァ!!」

 ほら、また。
 ほんのちょっと、耳を澄ますだけでもそんな怒号が聞こえてくる。
 だから、仕方ない。

「ちょっとあんた! なにをまた、喧嘩ふっかけてんのよ!」


 きっと、「今日」が何の日なのか、覚えていないだろう。
 私らの、結婚記念日。
 なんで、こんなのと結婚したのかと、かつての自分に問いたい。

 夜になろうが、喧嘩早い夫は、いついかなるときでも、油断は大敵。もう、「耳を澄ます」のにもとうに慣れた。
 
「すぅー……はぁー……すぅー……」
「? あんた、今度はなにをやらかしたの?」
「!?」
 もう、息でなにか伝えようとしてるのがわかる。
 何故かちょっと、もじもじと出てきた夫は。

「……その、今日は。……結婚記念日、だろ?」
「え」

 つい、ポカンとしてしまった。
 そうしている間に、小さな小箱を手渡される。そして視線で、開けてみろ、と。

「……ピアス?」

「その、……似合いそうだなと、思ってよ」
「…………」
 本当に。この旦那は。
「私、ピアスの穴は開けてないんだけど」
「なにぃ!?」
 夫は、動揺を隠せない。なんとも間の抜けたやつだ。

「……これ、イヤリングに変えてもらっておいでよ。そうすれば、つけてあげるから」
「おっ……おう! 頼んでくる!」
 明らかな安堵の表情。

 ……本当に、このひとは。
 どうにも、こういうところが嫌いにはなれない。なんとも言えないおかしな旦那だ。

5/4/2024, 3:23:48 AM

二人だけの秘密

 とある日、不思議なことがあった。

 仕事の上司と二人で、同じ案件を任された。
 上司は少し年上の、頭の切れる先輩だ。そしてバリバリのキャリアウーマン。一方僕は、まだまだ社会人になってから日も浅い。
 よく自己紹介では「晴れ男なんです」なんて、あまり意味のないことをいっては、ひとに笑われている。良くも悪くもだ。
 なので、内心ちょっとびくびくしていた。

 しかし、その日はあいにくの雨。
「雨になってしまいましたね」
「……そう、だね」
 
 不思議なのは、それからだった。
 車に乗って移動中は、雨。
 歩きだすと、晴れ。また車に戻ると、雨。
 本社に戻る途中のいまは、晴れの雨。

「なんか、変な天気ですね」
「そうね」
「……あ! 僕が晴れ男だから、ちょうど良く晴れになるのかも! ……なんちゃって」
「そっか」
 先輩は、口数が少ない。でも、僕はめげないで会話する。 
「先輩は、晴れと雨なら、どちらが好き、とかありますか?」
「…………」
 あれ、なんか地雷踏んだか?
 なんて、ちょっと焦っていたら。

「あまり、晴れになったためしがない」
「はい?」
 運転しながら、先輩は応える。
「……その、……」
 信号で止まり、先輩はこちらを向いた。

「たぶんわたしは、雨女なの」

「…………へ」

 ちょっと顔を赤くして。
 きゅっと唇をむすんで。
 そんな、照れた顔で、先輩はなんでもないようなことを、重大な事実のように、言いにくそうに声を小さくして、そう呟いた。

 どうしよう。可愛い。
 この先輩の可愛いを、ちょっと独占してみたくなった。

「……なら、二人だけの秘密、ということにしますか?」

 「うん」ではなく、コクりと頷くのが、なんともまた可愛らしい。
 信号が青になるとき、外を見た。
 空は曇りだった。

5/3/2024, 2:31:07 AM

優しくしないで

 私の幼なじみは、ひとに優しい。
 いや、もちろん良いことだとは思う。なんだけど……。

 今日もまた、彼の後ろには、「応援団」という名の取り巻きがいる。
 その視線はわかっていながら、こんなことを言ってきた。

「今日、一緒に帰れる?」

 珍しいなと、その時はそう思っただけだった。
 幼なじみということで、他より多少距離感が近いのは、私も彼も、当たり前のつもりだった。

 けれど。
「ずるーい!!」
応援団は、そうは思ってくれていないらしい。なので。
「あの、さ。いいよ、もうあんまりかまってくれなくて。そんなにしてこなくて、大丈夫だからさ」
 なんでもないことのように、私は苦笑しながら、そう言うと。
「いや、そんなんじゃないよ? 本当に、無理にしてるんじゃなくて」
「だって、ほら。あの子たちが不安になっちゃうよ」

「――違うから。俺が、かまいたいだけなんだけど」

 え、なんか怒ってる。
 ただ、どこに地雷があったのかがわからないから、困る。
「よく、言ってるよね? 自分のしたいことをしてるから、大丈夫なんだ、って」
 まあ、そのお人好しの結果が、応援団に繋がるわけだけど。
「俺が。自分の意思で。気になる相手に優しくしたい。それだけのつもりで、いま声かけた」
「いやいや。簡単に「気になる相手」なんて言わないほうがいいよ?」
 こちらとて、幼なじみの域をこえたくないのに。

「なら、好きなひと」

「……困るから、とても」
「なんで?」
「私ら、ただの幼なじみだよね?」
「俺は、お前のことそう思ってたのは、もうずっと前で。もういまは「好きなひと」になってんだけど」
「…………」
 どうしよう。初耳だ。

 でも。私はよくこう思っていた。


誰にでも、優しくしないで。
私にも、あんなふうに、いや、もっと。
 
 甘やかして、くれたらいいのに。

 それを、「両思い」と言わずして、なんと呼ぶのか。

5/2/2024, 6:08:28 AM

カラフル

 私にはずっと、「綺麗」が似合わないと、周りからずっと言われてきた。
 なのに。

「先輩って、なんでそんなに、隠すんですか?」
「……なにを、隠していると?」

「――本当は、先輩はとっても綺麗で可愛いひとなのに」
 初耳だった。
「眼を見ようとしないし、下ばっかり向いてるし」
 それは、よく言われる。
「でも、誰よりも仕事熱心で失敗が誰のせいでも、自分のせいにしてしまう」
 だって、私の存在が不快にさせるから、と。
「どこか、卑屈になってるっていうか」
「……つまり?」
 なんだか、誉められているのか、けなされているのか。

「――これ、プレゼントです。お誕生日おめでとうございます」

 息が止まった。だって、そんなの久しぶりに言われたから。

 手に、なにかをのせられた。
 そっと開くと、そこには綺麗な色のバレッタが。
「……なんでしょうか、これは」
「プレゼント、ですよ。先輩、意外とカラフルな色もシンプルな飾りも似合うと思って」

 私はいったい、なにを言われているのだろうか。まるで口説かれてでもいるみたいに、喜びと恥ずかしさが頬に熱をもたせる。

「私、なにか勘違いしてしまうので、やめていただきたいのですが」
「ん? 勘違いじゃないですよ。口説こうとしてます」
 また、息が止まる。

 それが、彼とのはじまりだった。
 
 今でも時々、息が止まる。
 なんだか降り回されてばかりの、そんな日々が、私を待っていたのだった。

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