月凪あゆむ

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4/30/2024, 11:48:53 AM

楽園

 俺は、殺し屋だ。
この手で、何千の人を殺した。きっと怨念はその分だけ抱かれているはずだ。
 だからせめて、死は自分の手で、と。
 そんな、雨の日の夜。


 この、「楽園」と謳われる聖地にて。
きっと俺は、こんなところで生きてはいけない、異物だったんだ。

 ――なぜ、人を殺してきたのか。
 殺しをしすぎたせいなのか、怪我のせいなのか。なんだかもう、全部わからない。疲れた。
 朦朧とする頭を動かし、眼で、何かを見つめた。

「――だいじょうぶ?」

 眠りにつく寸前に、なにかを視て、なにかを聴いた気がしたが、よくわからない。


 ――あたたかい。
「……………………?」
 なぜ、暖かいのか。それは、眼を開けてすぐわかった。
「……? あ! 起きた?」
 そこには、子どもがいた。それも、何人も。
「…………ここ、は?」
「楽園の下の町の、せんせいの診療所だよ。お兄さん、熱でぐったりしてたから、ここまで運ぶの、とってもたいへんだったんだからね」

 つまり、ここは俺の知らない場所なのか。でも、そういえば。最期の記憶が朧げだ。いつの間にか下町にまで、歩いていたのか。

「お兄さん、死のうとしてた?」
子どもは遠慮がない。だというのに。
「……楽園で、殺し屋をしていた」
「そっか、殺し屋かあ。……たいへん、だったね」
「? 何故そう思う」
「だって楽園は、変なことだらけのところだから。そこで「殺し屋」なんて、たいへんなお仕事してたんだなあって」
 だというのに、変なところで配慮してくる。
 生きるために、殺し屋をしてきた。それは、「殺し」たくてしてきたのとは違う。
「……」

 その時。
「あ、せんせい! 変なひと起きたよ!」
「そうか」
 短く言葉を発しながら現れた「先生」は、おそらく子どもとの会話は聞いていた。
「って、こら。「変なひと」は本人を目の前には言うなって、いつも言ってるだろう。ちょっと診察するから、あっちで飯の準備しておいてくれ」
「はーい!」
「……」
 なにかちょっと、引っ掛かる言い方だったが、それはそれとして。

「……なんで、助けた」
 子どももいなくなってから、当たり前の文句を言えば。
「そりゃ、うちは「医者」だからだ。どんな命でも、連れてこられたら、救うのが、うちの仕事だ」
 相手も、医者としての当たり前を言ってきた。
「……殺し屋、でも?」
「ああ、そうだ。もし、死のうとしてたなら、そんな甘いことは考えるな」
 甘い、だって?

「――ほとんどの「罪」は、その命で祓えるなんてことはねえよ。罪は、背負って生きるもんだ。それに、例えなにをして死のうとしても、うちが医者であるうちは、死なせはしてやらないからな」

 それが、先生との出逢いだった。





 ――時は流れる。
 俺は先生の助手として、医者になった。
 そうして、かなりの時が経ってから先生は寿命を全うして、安らかに眠った。

 その魂は、果たして「天国」へ逝くのか。又は「楽園」で生まれ変わりをするのか。
 先生からの言葉を。

「罪は背負って生きるもの」
 
 その言葉を胸に。
 今日も俺は、人を殺した罪を忘れずに、人を生かす仕事をしていく。
 こんな、傲慢なことを、よく先生や子どもたち、患者は許してくれたことだ。つくづく、よくわからない。

4/27/2024, 4:38:43 AM

善悪

 世の中、それが「善悪」のどちらかなんて分からないことばっかりだ。

例えば「励まし」
 ある頃までは、「勝つことこそ正義」、とか「負けるな」、「上(前)を向け」なんて考えのもとに、歌でもなんでも、いわば「強い」ものが良いというのが多かった。
 
それが悪いわけではない。決して。

今は、「負けてもいいんだ」、「無理に前を向くことない」、「急がなくていい」
なんて考え方も、それなりに一般的になっている。

 なぜ、そんな対極の考えがあるのか。
 私が考えるに、一つ。

「時代」、「お国柄」
 これが、とても関係していると思う。
 
 日本人がごみ拾いする姿を、外国人が見て
「さすが日本人! マナーが良い」
と、思われることもあるだろう。
 でも、どこかの公園のごみ箱には、空き缶も、たばこの吸いがらも、コンビニの弁当も、無造作に詰められている。
 そしてそれを、一定の期間で掃除する人がいるのも事実。

 「みんな」がそうではないし、そうでなくてはいけないともない。でも。
 「善悪」とは、単純なようで、とても複雑だと、私は思う。

4/26/2024, 3:37:07 AM

流れ星に願いを

おばあちゃんは、よく言ってた。
「流れ星に願いを託すとね、きっとその人には、幸福が訪れるんだよ」

 嘘ばっかり。

だって、私は「お父さん」を知らない。お母さんも、病気で、もう長くないって。

お母さんの病気を治して
お父さんがほしい

 私の、昔からの願い。でも叶ってなんていない。
 それにまた、願いごとが増えた。

おばあちゃんを生き返らして

 これも、叶うわけはない。わかってる。私も、子どもじゃないんだから。

 私たちは、生きている。
 星は、ずっと、ずぅっと遠い存在で、なにもしてはくれない。

私に幸福が訪れなくてもいい。
お父さんには、会わないほうがきっといい。
お母さんの、残りの時間は、一緒にいたい。

おばあちゃんは、こうも言ってた。
「あなたは、周りのことよりも、自分の幸せをちゃんと考えたらいいの。あなたは、もっとわがままを出していいんだよ」

 その声を思いだしながら、夜空を見上げて、驚く。

 ――流れ星だ。

 でも。もう願わない。
 私はちゃんと、自分の足で生きていくんだ。
 だから。

 ――悲しいって、言っていいんだよね? おばあちゃん。

4/22/2024, 3:59:13 AM



 今日、私は飛び降りをした。
 頭が痛い。リストラに、子どもの死。もう、嫌になった。
 うっすらと思う。
(二階からの飛び降りでも、人って死ねるんだなあ、あっけないもんだ)

 もう、疲れた。


 ぽた、ぽた。ぽた。頬に水滴が落ちる。
(雨、か)
 最初はそう思った。でもなにか違う。
(……? なんだ? 冷たくないし、雨にしてはあまり降ってこない)

 ゆっくりと眼を開けた。

「……! ……っ!!」
 それは、妻だった。
 苦しげに、妻の涙が自分の頬に落ちる。
 なんで、そんな顔するんだろうか。

 ……もしかしたら、でもなく。
 ――そうか。
 苦しいのは、なにも自分だけなわけはないんだ。
 自分のリストラに、妻は泣かなかった。騒がなかった。
 子どもの死に、私は泣けなかった。

 ああ、どうして。
「すまな……った……」

「すまないと思うなら、……生きてよ、この大馬鹿もの! 私をひとりにして、そのままあの子のところへ逝くなんて、許さないんですからね……!!」

妻の涙には、心を苦しくさせる作用がある、不思議だ。


そうして自分は、まだ「今」も、子どものところには逝かず、妻とともに歩いているのは、どんな奇跡なのか。

4/7/2024, 9:48:30 PM

沈む夕日

「よーし、お前ら! あの夕日に向かって走るぞー!」

 教え子たちと、夕日に向かって走る。教師になったら、一度はやってみたかったことの一つだ。

「えー」
「はあ?」
「またかよ、センセの無茶振り……」
「ドラマの見すぎだろ」
 とは言いつつ、なんだかんだのってくれるのが、こいつらの良いところだ。

しかし。忘れていた。「若い」とはなんたるかを。
 それは、数分もしないうちに。


「センセー? はやくー!」
「言い出しっぺが、一番遅いじゃんかー」
「ぜぇ、はぁ、……ぜぇ……。お前ら、速いなあ……!」
「陸上部なら、当然っしょ」
「吹奏楽部も、よく体力づくりに走りますし」
「サッカーは、速さがなんぼだろ」
 そう。彼らはみんな、日頃から鍛えているのだ。
 それに比べて、自分は37歳の、ややわがままボディ。
 かなうはずはなかった。

 そんなもので。夕日が沈むまでには、とてもじゃないがもう走れなかった。ありがたくも解散だ。


 とはいえ。数分だが、やってみたいことの一つが叶ったのだ。
 生徒に置いていかれながらだが、まんざらでもない気分で、沈む夕日を見つめる。
 残り21コの「やってみたいこと」も、また今度トライだ。
 まだ、自分は頑張れる!

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