星空の下で
そこには、確かに一軒の家があった。暮らしていた家族は父、母、兄、姉、弟。
姉弟はなにかと喧嘩が多く、それをなだめるのは決まって兄で。
両親は呆れつつも、穏やかな眼差しでその一連のやり取りを見守っている。
――なんの変哲もない、ただの一家だった。その時までは。
ある年の初め、強烈な災害の多い春だった。天候の荒い日が何日も続いた。
そんな、春の嵐の日、雷がその家に落ちたのだ。
生存したのは、その日たまたま、友人宅に泊まっていた弟だけ。
【これ】が、彼の生い立ちだ。
周りは、腫れ物に触れるような扱いをしてくる。それこそ特に、大人たちは。
たくさん、想いを馳せる。
「姉さんとは、前の日は喧嘩しかしてなくて、仲直りもまだだったのに」
「兄さんに勉強教えてもらうの、けっきょく一度もなかったじゃないか」
「もう、母さんの焦げたオムレツ、食べれないんだな」
「父さんの、タバコ臭い匂い、きっとそのうち思い出せなくなる」
――でも。
「あの日、自分も家にいたら」
とは、思いたくなかった。だって。そう考えてしまったら。
親友との語らいが、悪かったようになってしまう。それは、ダメだ。
だって。
自分の誕生日に、大切な友達が死んだ、なんて。相当な悪夢以外のなにものでもない。
だから、彼は今日。春休みの星空の下で。親友の誕生日に。友の家で家族の弔いをする。燃えてしまった家に想いを馳せながら。
そしてあの日から。何度だって立ち上がらせてくれた唯一無二の親友の誕生を、こうして毎年、祝うのだ。
「おめでとう、と素直にはちょっと言えないけどさ。ありがとうな、親友」
見つめられると
「そんなに見つめられると、照れちゃうわ!」
「は? お前がそんなんで照れるようなタマか」
「ひどっ!? さすがにひどすぎないかしら」
「はいはい、今日も頭は正常運転。かわいいカワイイよ」
「なにその、明らかなるお世辞!」
こんな日が、もっと続くと思っていた。
それは、不慮の事故だった。
「盲目」になった私に、もう彼はそばにはいてくれないんでしょうね。
「……っ……!」
そばにいない。それが、こんなにも心を痛めるような言葉だなんて。あの頃は知らなかった。
「やっぱり、あなたに……見ててほしい、よ……」
「――ここに、いるし」
ちょっと乱雑ながらに、私の涙を拭う指があった。
彼だ。
「なん、で――」
「それは、こっちのセリフ」
はあぁ、と彼は深い、それはもう、深いため息をして。
「俺はそばにいる。だから笑え。お前のその、能天気に笑うのが、俺はいいと思ってるんだから」
「……? 友達、として?」
「バカか! ……いや、馬鹿だよな、お前なら。…………その、」
深呼吸するように、彼は息をはき。
「――結婚、するぞ」
「…………え?」
理解の追い付かない私の頭に、また彼は言う。
「ま、お前のことだ。俺がもうそばにはいないと思ってんだろうけど、な」
「俺は、お前の笑顔が何よりも好きなんだ。だから、そばにいろ、笑え、ずっと」
「…………」
ポカンと、した。そこまで考えていたなんて、知らなかった。
「おい、返事は!?」
「……もう。いつも勝手なんだから。でも、――はい」
盲目でも、きっと。あなたの瞳は、きっと私を見ててくれる。
そう思ったら、怖いことなんて全部忘れた。
私は、絶対幸せになってやる。能天気に笑いながら、ちょっと自分勝手なあなたと一緒に。
20歳
成人した私へ
まだ、「痛い」を我慢していますか?
私は決して痛覚が鈍いというわけでもないけど。
子どもの頃から「痛い」を我慢してたよね。
運動会で転んでも。
家で骨折しても。
あとは……そう。人に虐げられても。
何があっても、「大丈夫、何でもない」って。そう言っていたよね。
……その割には、運動会ではよく保健室へ連行されてたっけ。確か小学校中学年くらいまで。
我慢するのが、当たり前だった。
でもね。
その「強さ」は、自分を苦しくさせてるんだ。それは少しは分かってるよね。
今の私も、まだまだ「痛い」と言えるかというと、そうでもない。
まだ到底、人並みの「痛い」は言えてないかも。
一応、
「いっっ……!」
くらいには、声はでてくるよ。まあ、それくらいでしかないんだけど。
体感してるとは思うけど、ちょっと損なタチしてるよね。
だって凄いときには、足挫いても周りに気付かれずに
「ん? いまのなんの音?」
「え? なんだろうねえ……?」
で、終わるんだもの。
この先、もっとオーバーなリアクションが出来る日は、くるのかな。
さて。
こんな話にもし。
いないほうがいいけど、もし共感してくれた方がいましたら。
だったら難しいかもしれないけど。
何でもかんでも、我慢すればいいものでもないよ。
痛いときには声を上げていいし、あんまり声を殺して泣かないで。
時には大人に訴えて、周りにすがりついていいんだよ。
それは、子どもなら尚更。大人だったとしても、必要なことなの。
じゃなくちゃ、私のように我慢しすぎて、その果てには。
何が起こるか、又は何を起こすか。
そうなるより前に、ね。
そして、「周り」である方は。
もうちょっと、ほんの気持ちでもいい。
そういったひとの危機や、SOSへのアンテナを張ってあげていてほしい。
手遅れになる前に。
幸せとは
「ねえ、しあわせってなあに?」
それは、夕方6時の、テレビでやっていた特集のタイトルだった。
それをそのまま、4歳の姪っ子に聞かれたのだ。
「なんだと思う?」
「よくわかんないから、おじちゃんに聞いてるのー!」
ふむ、と少し考えてから。
「そういうのは、自分で見つけるものなんじゃないかい?」
「なによ、もういいっ!」
答える気がないとわかった姪っ子は、次は自分の姉に聞きにいった。
姪っ子の背中を見つめながら、よくよく考えてみる。
自分には、家族がいる。
……いや、「大切な人たち」というほうが正しいか。
自分は独身だが、そこはあまり気にはしていないし。
こうして、姉弟も、姉の家族も、そして両親も生きている。
腹がへれば、食べることができて。
のどが乾けば、飲み物が飲める。
眠くなれば、布団で眠れるし、風をしのぐ窓もある。
そして朝は、姪っ子たちのケンカで起きることになる。
そんな、当たり前に過ぎていく正月。
その「当たり前」は、幸せで、なんと贅沢なものか。
秋晴れ
台風が過ぎ去ったあとの、澄んだ空の青。
そういうのを、「秋晴れ」っていうらしいよ。
まるで、キミのようだよね。
なにがって?
だってキミ、一度怒るとしばらくは手がつけられないことになる。まるで台風のようだ。
で。
その後に、ね。
ものすっごいスッキリした顔つきで、こっちに眼を向けてくる。
その、怒りからのスッキリした感じの笑みは、天気予報と同じくらいに、予測不能なんだよね。いつそのスイッチが切り替わるのか。それが一番予想できない。
……え、なにその顔。
自覚が全くないって?
まあそりゃ、そういうのは本人に自覚はないってのが、よくある話だよね。
ボクは、いいと思うよ?
キミの、台風からの唐突な秋晴れの顔。