月凪あゆむ

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5/4/2024, 10:09:09 PM

耳を澄ますと

 うちの旦那は、喧嘩早い。とてつもなくだ。
 今日も、日課のジョギングに行ったかと思っていたら。


「ああ!? なんだとコラァ!!」

 ほら、また。
 ほんのちょっと、耳を澄ますだけでもそんな怒号が聞こえてくる。
 だから、仕方ない。

「ちょっとあんた! なにをまた、喧嘩ふっかけてんのよ!」


 きっと、「今日」が何の日なのか、覚えていないだろう。
 私らの、結婚記念日。
 なんで、こんなのと結婚したのかと、かつての自分に問いたい。

 夜になろうが、喧嘩早い夫は、いついかなるときでも、油断は大敵。もう、「耳を澄ます」のにもとうに慣れた。
 
「すぅー……はぁー……すぅー……」
「? あんた、今度はなにをやらかしたの?」
「!?」
 もう、息でなにか伝えようとしてるのがわかる。
 何故かちょっと、もじもじと出てきた夫は。

「……その、今日は。……結婚記念日、だろ?」
「え」

 つい、ポカンとしてしまった。
 そうしている間に、小さな小箱を手渡される。そして視線で、開けてみろ、と。

「……ピアス?」

「その、……似合いそうだなと、思ってよ」
「…………」
 本当に。この旦那は。
「私、ピアスの穴は開けてないんだけど」
「なにぃ!?」
 夫は、動揺を隠せない。なんとも間の抜けたやつだ。

「……これ、イヤリングに変えてもらっておいでよ。そうすれば、つけてあげるから」
「おっ……おう! 頼んでくる!」
 明らかな安堵の表情。

 ……本当に、このひとは。
 どうにも、こういうところが嫌いにはなれない。なんとも言えないおかしな旦那だ。

5/4/2024, 3:23:48 AM

二人だけの秘密

 とある日、不思議なことがあった。

 仕事の上司と二人で、同じ案件を任された。
 上司は少し年上の、頭の切れる先輩だ。そしてバリバリのキャリアウーマン。一方僕は、まだまだ社会人になってから日も浅い。
 よく自己紹介では「晴れ男なんです」なんて、あまり意味のないことをいっては、ひとに笑われている。良くも悪くもだ。
 なので、内心ちょっとびくびくしていた。

 しかし、その日はあいにくの雨。
「雨になってしまいましたね」
「……そう、だね」
 
 不思議なのは、それからだった。
 車に乗って移動中は、雨。
 歩きだすと、晴れ。また車に戻ると、雨。
 本社に戻る途中のいまは、晴れの雨。

「なんか、変な天気ですね」
「そうね」
「……あ! 僕が晴れ男だから、ちょうど良く晴れになるのかも! ……なんちゃって」
「そっか」
 先輩は、口数が少ない。でも、僕はめげないで会話する。 
「先輩は、晴れと雨なら、どちらが好き、とかありますか?」
「…………」
 あれ、なんか地雷踏んだか?
 なんて、ちょっと焦っていたら。

「あまり、晴れになったためしがない」
「はい?」
 運転しながら、先輩は応える。
「……その、……」
 信号で止まり、先輩はこちらを向いた。

「たぶんわたしは、雨女なの」

「…………へ」

 ちょっと顔を赤くして。
 きゅっと唇をむすんで。
 そんな、照れた顔で、先輩はなんでもないようなことを、重大な事実のように、言いにくそうに声を小さくして、そう呟いた。

 どうしよう。可愛い。
 この先輩の可愛いを、ちょっと独占してみたくなった。

「……なら、二人だけの秘密、ということにしますか?」

 「うん」ではなく、コクりと頷くのが、なんともまた可愛らしい。
 信号が青になるとき、外を見た。
 空は曇りだった。

5/3/2024, 2:31:07 AM

優しくしないで

 私の幼なじみは、ひとに優しい。
 いや、もちろん良いことだとは思う。なんだけど……。

 今日もまた、彼の後ろには、「応援団」という名の取り巻きがいる。
 その視線はわかっていながら、こんなことを言ってきた。

「今日、一緒に帰れる?」

 珍しいなと、その時はそう思っただけだった。
 幼なじみということで、他より多少距離感が近いのは、私も彼も、当たり前のつもりだった。

 けれど。
「ずるーい!!」
応援団は、そうは思ってくれていないらしい。なので。
「あの、さ。いいよ、もうあんまりかまってくれなくて。そんなにしてこなくて、大丈夫だからさ」
 なんでもないことのように、私は苦笑しながら、そう言うと。
「いや、そんなんじゃないよ? 本当に、無理にしてるんじゃなくて」
「だって、ほら。あの子たちが不安になっちゃうよ」

「――違うから。俺が、かまいたいだけなんだけど」

 え、なんか怒ってる。
 ただ、どこに地雷があったのかがわからないから、困る。
「よく、言ってるよね? 自分のしたいことをしてるから、大丈夫なんだ、って」
 まあ、そのお人好しの結果が、応援団に繋がるわけだけど。
「俺が。自分の意思で。気になる相手に優しくしたい。それだけのつもりで、いま声かけた」
「いやいや。簡単に「気になる相手」なんて言わないほうがいいよ?」
 こちらとて、幼なじみの域をこえたくないのに。

「なら、好きなひと」

「……困るから、とても」
「なんで?」
「私ら、ただの幼なじみだよね?」
「俺は、お前のことそう思ってたのは、もうずっと前で。もういまは「好きなひと」になってんだけど」
「…………」
 どうしよう。初耳だ。

 でも。私はよくこう思っていた。


誰にでも、優しくしないで。
私にも、あんなふうに、いや、もっと。
 
 甘やかして、くれたらいいのに。

 それを、「両思い」と言わずして、なんと呼ぶのか。

5/2/2024, 6:08:28 AM

カラフル

 私にはずっと、「綺麗」が似合わないと、周りからずっと言われてきた。
 なのに。

「先輩って、なんでそんなに、隠すんですか?」
「……なにを、隠していると?」

「――本当は、先輩はとっても綺麗で可愛いひとなのに」
 初耳だった。
「眼を見ようとしないし、下ばっかり向いてるし」
 それは、よく言われる。
「でも、誰よりも仕事熱心で失敗が誰のせいでも、自分のせいにしてしまう」
 だって、私の存在が不快にさせるから、と。
「どこか、卑屈になってるっていうか」
「……つまり?」
 なんだか、誉められているのか、けなされているのか。

「――これ、プレゼントです。お誕生日おめでとうございます」

 息が止まった。だって、そんなの久しぶりに言われたから。

 手に、なにかをのせられた。
 そっと開くと、そこには綺麗な色のバレッタが。
「……なんでしょうか、これは」
「プレゼント、ですよ。先輩、意外とカラフルな色もシンプルな飾りも似合うと思って」

 私はいったい、なにを言われているのだろうか。まるで口説かれてでもいるみたいに、喜びと恥ずかしさが頬に熱をもたせる。

「私、なにか勘違いしてしまうので、やめていただきたいのですが」
「ん? 勘違いじゃないですよ。口説こうとしてます」
 また、息が止まる。

 それが、彼とのはじまりだった。
 
 今でも時々、息が止まる。
 なんだか降り回されてばかりの、そんな日々が、私を待っていたのだった。

4/30/2024, 11:48:53 AM

楽園

 俺は、殺し屋だ。
この手で、何千の人を殺した。きっと怨念はその分だけ抱かれているはずだ。
 だからせめて、死は自分の手で、と。
 そんな、雨の日の夜。


 この、「楽園」と謳われる聖地にて。
きっと俺は、こんなところで生きてはいけない、異物だったんだ。

 ――なぜ、人を殺してきたのか。
 殺しをしすぎたせいなのか、怪我のせいなのか。なんだかもう、全部わからない。疲れた。
 朦朧とする頭を動かし、眼で、何かを見つめた。

「――だいじょうぶ?」

 眠りにつく寸前に、なにかを視て、なにかを聴いた気がしたが、よくわからない。


 ――あたたかい。
「……………………?」
 なぜ、暖かいのか。それは、眼を開けてすぐわかった。
「……? あ! 起きた?」
 そこには、子どもがいた。それも、何人も。
「…………ここ、は?」
「楽園の下の町の、せんせいの診療所だよ。お兄さん、熱でぐったりしてたから、ここまで運ぶの、とってもたいへんだったんだからね」

 つまり、ここは俺の知らない場所なのか。でも、そういえば。最期の記憶が朧げだ。いつの間にか下町にまで、歩いていたのか。

「お兄さん、死のうとしてた?」
子どもは遠慮がない。だというのに。
「……楽園で、殺し屋をしていた」
「そっか、殺し屋かあ。……たいへん、だったね」
「? 何故そう思う」
「だって楽園は、変なことだらけのところだから。そこで「殺し屋」なんて、たいへんなお仕事してたんだなあって」
 だというのに、変なところで配慮してくる。
 生きるために、殺し屋をしてきた。それは、「殺し」たくてしてきたのとは違う。
「……」

 その時。
「あ、せんせい! 変なひと起きたよ!」
「そうか」
 短く言葉を発しながら現れた「先生」は、おそらく子どもとの会話は聞いていた。
「って、こら。「変なひと」は本人を目の前には言うなって、いつも言ってるだろう。ちょっと診察するから、あっちで飯の準備しておいてくれ」
「はーい!」
「……」
 なにかちょっと、引っ掛かる言い方だったが、それはそれとして。

「……なんで、助けた」
 子どももいなくなってから、当たり前の文句を言えば。
「そりゃ、うちは「医者」だからだ。どんな命でも、連れてこられたら、救うのが、うちの仕事だ」
 相手も、医者としての当たり前を言ってきた。
「……殺し屋、でも?」
「ああ、そうだ。もし、死のうとしてたなら、そんな甘いことは考えるな」
 甘い、だって?

「――ほとんどの「罪」は、その命で祓えるなんてことはねえよ。罪は、背負って生きるもんだ。それに、例えなにをして死のうとしても、うちが医者であるうちは、死なせはしてやらないからな」

 それが、先生との出逢いだった。





 ――時は流れる。
 俺は先生の助手として、医者になった。
 そうして、かなりの時が経ってから先生は寿命を全うして、安らかに眠った。

 その魂は、果たして「天国」へ逝くのか。又は「楽園」で生まれ変わりをするのか。
 先生からの言葉を。

「罪は背負って生きるもの」
 
 その言葉を胸に。
 今日も俺は、人を殺した罪を忘れずに、人を生かす仕事をしていく。
 こんな、傲慢なことを、よく先生や子どもたち、患者は許してくれたことだ。つくづく、よくわからない。

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