月凪あゆむ

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4/22/2024, 3:59:13 AM



 今日、私は飛び降りをした。
 頭が痛い。リストラに、子どもの死。もう、嫌になった。
 うっすらと思う。
(二階からの飛び降りでも、人って死ねるんだなあ、あっけないもんだ)

 もう、疲れた。


 ぽた、ぽた。ぽた。頬に水滴が落ちる。
(雨、か)
 最初はそう思った。でもなにか違う。
(……? なんだ? 冷たくないし、雨にしてはあまり降ってこない)

 ゆっくりと眼を開けた。

「……! ……っ!!」
 それは、妻だった。
 苦しげに、妻の涙が自分の頬に落ちる。
 なんで、そんな顔するんだろうか。

 ……もしかしたら、でもなく。
 ――そうか。
 苦しいのは、なにも自分だけなわけはないんだ。
 自分のリストラに、妻は泣かなかった。騒がなかった。
 子どもの死に、私は泣けなかった。

 ああ、どうして。
「すまな……った……」

「すまないと思うなら、……生きてよ、この大馬鹿もの! 私をひとりにして、そのままあの子のところへ逝くなんて、許さないんですからね……!!」

妻の涙には、心を苦しくさせる作用がある、不思議だ。


そうして自分は、まだ「今」も、子どものところには逝かず、妻とともに歩いているのは、どんな奇跡なのか。

4/7/2024, 9:48:30 PM

沈む夕日

「よーし、お前ら! あの夕日に向かって走るぞー!」

 教え子たちと、夕日に向かって走る。教師になったら、一度はやってみたかったことの一つだ。

「えー」
「はあ?」
「またかよ、センセの無茶振り……」
「ドラマの見すぎだろ」
 とは言いつつ、なんだかんだのってくれるのが、こいつらの良いところだ。

しかし。忘れていた。「若い」とはなんたるかを。
 それは、数分もしないうちに。


「センセー? はやくー!」
「言い出しっぺが、一番遅いじゃんかー」
「ぜぇ、はぁ、……ぜぇ……。お前ら、速いなあ……!」
「陸上部なら、当然っしょ」
「吹奏楽部も、よく体力づくりに走りますし」
「サッカーは、速さがなんぼだろ」
 そう。彼らはみんな、日頃から鍛えているのだ。
 それに比べて、自分は37歳の、ややわがままボディ。
 かなうはずはなかった。

 そんなもので。夕日が沈むまでには、とてもじゃないがもう走れなかった。ありがたくも解散だ。


 とはいえ。数分だが、やってみたいことの一つが叶ったのだ。
 生徒に置いていかれながらだが、まんざらでもない気分で、沈む夕日を見つめる。
 残り21コの「やってみたいこと」も、また今度トライだ。
 まだ、自分は頑張れる!

4/5/2024, 11:04:35 AM

星空の下で

 そこには、確かに一軒の家があった。暮らしていた家族は父、母、兄、姉、弟。
 姉弟はなにかと喧嘩が多く、それをなだめるのは決まって兄で。
 両親は呆れつつも、穏やかな眼差しでその一連のやり取りを見守っている。

 ――なんの変哲もない、ただの一家だった。その時までは。



 ある年の初め、強烈な災害の多い春だった。天候の荒い日が何日も続いた。
 そんな、春の嵐の日、雷がその家に落ちたのだ。

 生存したのは、その日たまたま、友人宅に泊まっていた弟だけ。

 【これ】が、彼の生い立ちだ。
 周りは、腫れ物に触れるような扱いをしてくる。それこそ特に、大人たちは。


 たくさん、想いを馳せる。
「姉さんとは、前の日は喧嘩しかしてなくて、仲直りもまだだったのに」
「兄さんに勉強教えてもらうの、けっきょく一度もなかったじゃないか」
「もう、母さんの焦げたオムレツ、食べれないんだな」
「父さんの、タバコ臭い匂い、きっとそのうち思い出せなくなる」


――でも。
「あの日、自分も家にいたら」
とは、思いたくなかった。だって。そう考えてしまったら。
 親友との語らいが、悪かったようになってしまう。それは、ダメだ。
 だって。
 自分の誕生日に、大切な友達が死んだ、なんて。相当な悪夢以外のなにものでもない。

 だから、彼は今日。春休みの星空の下で。親友の誕生日に。友の家で家族の弔いをする。燃えてしまった家に想いを馳せながら。

 そしてあの日から。何度だって立ち上がらせてくれた唯一無二の親友の誕生を、こうして毎年、祝うのだ。
「おめでとう、と素直にはちょっと言えないけどさ。ありがとうな、親友」

3/29/2024, 3:56:50 AM

見つめられると

「そんなに見つめられると、照れちゃうわ!」
「は? お前がそんなんで照れるようなタマか」
「ひどっ!? さすがにひどすぎないかしら」
「はいはい、今日も頭は正常運転。かわいいカワイイよ」
「なにその、明らかなるお世辞!」

 こんな日が、もっと続くと思っていた。


 それは、不慮の事故だった。
 「盲目」になった私に、もう彼はそばにはいてくれないんでしょうね。
「……っ……!」
 そばにいない。それが、こんなにも心を痛めるような言葉だなんて。あの頃は知らなかった。
「やっぱり、あなたに……見ててほしい、よ……」

「――ここに、いるし」

 ちょっと乱雑ながらに、私の涙を拭う指があった。
 彼だ。
「なん、で――」
「それは、こっちのセリフ」
 はあぁ、と彼は深い、それはもう、深いため息をして。
「俺はそばにいる。だから笑え。お前のその、能天気に笑うのが、俺はいいと思ってるんだから」
「……? 友達、として?」
「バカか! ……いや、馬鹿だよな、お前なら。…………その、」

深呼吸するように、彼は息をはき。
「――結婚、するぞ」

「…………え?」
 理解の追い付かない私の頭に、また彼は言う。
「ま、お前のことだ。俺がもうそばにはいないと思ってんだろうけど、な」

「俺は、お前の笑顔が何よりも好きなんだ。だから、そばにいろ、笑え、ずっと」
「…………」
 ポカンと、した。そこまで考えていたなんて、知らなかった。
「おい、返事は!?」
「……もう。いつも勝手なんだから。でも、――はい」

 盲目でも、きっと。あなたの瞳は、きっと私を見ててくれる。
 そう思ったら、怖いことなんて全部忘れた。
 私は、絶対幸せになってやる。能天気に笑いながら、ちょっと自分勝手なあなたと一緒に。

1/11/2024, 5:21:27 AM

20歳

成人した私へ

 まだ、「痛い」を我慢していますか?
私は決して痛覚が鈍いというわけでもないけど。
子どもの頃から「痛い」を我慢してたよね。
 運動会で転んでも。
 家で骨折しても。
 あとは……そう。人に虐げられても。
 何があっても、「大丈夫、何でもない」って。そう言っていたよね。
 ……その割には、運動会ではよく保健室へ連行されてたっけ。確か小学校中学年くらいまで。
 我慢するのが、当たり前だった。
 でもね。
 その「強さ」は、自分を苦しくさせてるんだ。それは少しは分かってるよね。

 今の私も、まだまだ「痛い」と言えるかというと、そうでもない。
 まだ到底、人並みの「痛い」は言えてないかも。
 一応、
 「いっっ……!」
くらいには、声はでてくるよ。まあ、それくらいでしかないんだけど。

 体感してるとは思うけど、ちょっと損なタチしてるよね。
 だって凄いときには、足挫いても周りに気付かれずに
「ん? いまのなんの音?」
「え? なんだろうねえ……?」
で、終わるんだもの。
 この先、もっとオーバーなリアクションが出来る日は、くるのかな。


さて。
 こんな話にもし。
 いないほうがいいけど、もし共感してくれた方がいましたら。
 だったら難しいかもしれないけど。
 何でもかんでも、我慢すればいいものでもないよ。
 痛いときには声を上げていいし、あんまり声を殺して泣かないで。

 時には大人に訴えて、周りにすがりついていいんだよ。
 それは、子どもなら尚更。大人だったとしても、必要なことなの。
 じゃなくちゃ、私のように我慢しすぎて、その果てには。
 何が起こるか、又は何を起こすか。
 そうなるより前に、ね。

 そして、「周り」である方は。
もうちょっと、ほんの気持ちでもいい。
 そういったひとの危機や、SOSへのアンテナを張ってあげていてほしい。
 手遅れになる前に。

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