月凪あゆむ

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1/5/2024, 3:42:24 AM

幸せとは

「ねえ、しあわせってなあに?」

 それは、夕方6時の、テレビでやっていた特集のタイトルだった。
 それをそのまま、4歳の姪っ子に聞かれたのだ。

「なんだと思う?」
「よくわかんないから、おじちゃんに聞いてるのー!」

 ふむ、と少し考えてから。
「そういうのは、自分で見つけるものなんじゃないかい?」
「なによ、もういいっ!」
 答える気がないとわかった姪っ子は、次は自分の姉に聞きにいった。

 姪っ子の背中を見つめながら、よくよく考えてみる。
 自分には、家族がいる。
 ……いや、「大切な人たち」というほうが正しいか。
 自分は独身だが、そこはあまり気にはしていないし。
 こうして、姉弟も、姉の家族も、そして両親も生きている。

 腹がへれば、食べることができて。
 のどが乾けば、飲み物が飲める。
 眠くなれば、布団で眠れるし、風をしのぐ窓もある。
 そして朝は、姪っ子たちのケンカで起きることになる。
 そんな、当たり前に過ぎていく正月。

 その「当たり前」は、幸せで、なんと贅沢なものか。

10/19/2023, 3:46:59 AM

秋晴れ

 台風が過ぎ去ったあとの、澄んだ空の青。
 そういうのを、「秋晴れ」っていうらしいよ。
 まるで、キミのようだよね。

 なにがって?

 だってキミ、一度怒るとしばらくは手がつけられないことになる。まるで台風のようだ。
 で。
 その後に、ね。
 
 ものすっごいスッキリした顔つきで、こっちに眼を向けてくる。
 その、怒りからのスッキリした感じの笑みは、天気予報と同じくらいに、予測不能なんだよね。いつそのスイッチが切り替わるのか。それが一番予想できない。

 ……え、なにその顔。
 自覚が全くないって?
 まあそりゃ、そういうのは本人に自覚はないってのが、よくある話だよね。
 ボクは、いいと思うよ?
 キミの、台風からの唐突な秋晴れの顔。

9/21/2023, 3:35:01 AM

大事にしたい

 うちにはね、なぜかいつからなのか分からないけど。
 アロエが置いてあるの。

「ねえ、おかあさん。このアロエって、いつからあるの?」
「うーん……? 実は、お母さんも詳しくは知らないの。あ、でもおばあちゃんなら、知っているかもしれないわね」
「なんで?」
「あのアロエを、誰よりも大事にしてるのはね、おばあちゃんなのよ」

「ねえおばあちゃん。あのアロエ、いつからあるの?」
「ああ、それはねえ」

「あのアロエは、おばあちゃんのおばあちゃんが、遺してくれたものなのよ」
「おばあちゃんの、おばあちゃん……??」
 うーんと……?

 考えても、よくわからない。でも、なんだかおばあちゃん、嬉しそう。
「とにかくまあ、そうさね。あのアロエは、わたしたちよりも、ずいぶんと長生きなのは、確かだよ」

 ──アロエの寿命は、100歳はゆうに超えるのよ。
 だからつまり、ずーっと遠い昔から、この家を見守ってくれてるのさ。
 そんな、色んなことを、見てきたこの植物に、おばあちゃんは愛着を持ってるのよ。

 「あいちゃく」って、なんだろう?

 ──遠い未来に、私もおんなじようなことを、孫に話すのは、この時はまだ知らない。

9/19/2023, 12:25:34 PM

時間よ止まれ

 ──ねえ、吸血鬼って、とっても長生きなんでしょう?
 その、永き時の【孤独】から、貴方を引っ張り上げてしまったのは、短命の人間の、わたくし。

 ある時、貴方は言った。

「おいて逝かれることが、解りきっているのに。なのに俺はお前を、愛してしまった」

 ……そう、ね。
 確かに、とてつもない嬉しさと、申し訳ない気持ちもある。
 そして、こうも言った。

「叶うなら、このまま時間が止まってしまえばいい」

 ……いいえ。
 確かに、貴方を残して死ぬのは本当。少し前なら、同じ気持ちになれた。
 でも、わたくしには、貴方に遺してあげられるものがあるの。

 ──トクン、トクン。

 そう。この、わたくしのお腹に居る、一つの命。
 わたくしと貴方が、確かにこの世界で生きて、お互いを愛した証。
 わたくしは、止まりたくはない。
 この先の、きっと【この子】の居る、3人で手を繋ぐ時間を、切望するわ。
 そしてこの子も、いつかママかパパになっていくの。
 そうしたら、貴方はおじいちゃんよ。ふふ、気が早過ぎるわね。
 
 この先、願わくば。
 貴方とわたくしの血を受け継ぐ子どもたちが、たくさんの【幸福】を、貴方に与えてくれんことを。
 わたくしは天国で、ゆったり待っていると思うから、どうか焦らないでくださいね。

 ──ふふ、それまでは地上にて。
 貴方の苦悩も、この子の葛藤も、まるごと愛していくわ。
 

5/20/2023, 10:57:14 AM

理想のあなた

「ねえ先生! 先生はどうして、先生になったの?」
 そんな、1年生の子の疑問に、ちょっと考えてから、ちゃんと答えることにした。
「先生はね、昔、勉強が大嫌いだったんですよ」
「? 勉強嫌いなのに、なんで先生になろうと思ったの?」
「それはね──」




 その当時、先生は勉強も運動も苦手だったんだ……。いや、今も苦手かな。
 でも、先生の先生が一生懸命になって、色んなことを考えて、教えてくれたんだ。
 
 例えば、逆上がり。
 例えば、速く走る練習。
 例えば、計算の仕方。

 その先生がいなかったら、もっと悪い子になってたかもしれないね。
 その先生には、とっても「ありがとう」って伝えたい気持ちなんだ。
 でもね。
 夏休みが終わったら、その先生はいなくなってたんだ。
 ……先生に教えてもらったことを、どうしたら御返しできるのかなって。
 それをずーっと、思っていた時にね。
 友達にこう言われた。

 「教えるの、上手だね」

 それで、思いついたんだ。

 「先生みたいになりたい」って。


 その子に言われなかったら、先生になりたいなんて、思ってもいなかったと思う。
 先生の、先生はまさに「なりたい自分」だったからね。
 今でも、頭が上がらないんですよね。



「その友達って、どんなひとー?」
 待ってました、その質問!

「今の先生の、奥さんです。ほら、おそろいの指輪」
「えー! 男の人にもゆびわがあるの!?」
 驚いた子に、「そうだよー」なんて言って、にっこり笑った。

 まあ、「先生」の成り立ち話もだし、嫁さん自慢話でも、ありますね。

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