幸せとは
「ねえ、しあわせってなあに?」
それは、夕方6時の、テレビでやっていた特集のタイトルだった。
それをそのまま、4歳の姪っ子に聞かれたのだ。
「なんだと思う?」
「よくわかんないから、おじちゃんに聞いてるのー!」
ふむ、と少し考えてから。
「そういうのは、自分で見つけるものなんじゃないかい?」
「なによ、もういいっ!」
答える気がないとわかった姪っ子は、次は自分の姉に聞きにいった。
姪っ子の背中を見つめながら、よくよく考えてみる。
自分には、家族がいる。
……いや、「大切な人たち」というほうが正しいか。
自分は独身だが、そこはあまり気にはしていないし。
こうして、姉弟も、姉の家族も、そして両親も生きている。
腹がへれば、食べることができて。
のどが乾けば、飲み物が飲める。
眠くなれば、布団で眠れるし、風をしのぐ窓もある。
そして朝は、姪っ子たちのケンカで起きることになる。
そんな、当たり前に過ぎていく正月。
その「当たり前」は、幸せで、なんと贅沢なものか。
秋晴れ
台風が過ぎ去ったあとの、澄んだ空の青。
そういうのを、「秋晴れ」っていうらしいよ。
まるで、キミのようだよね。
なにがって?
だってキミ、一度怒るとしばらくは手がつけられないことになる。まるで台風のようだ。
で。
その後に、ね。
ものすっごいスッキリした顔つきで、こっちに眼を向けてくる。
その、怒りからのスッキリした感じの笑みは、天気予報と同じくらいに、予測不能なんだよね。いつそのスイッチが切り替わるのか。それが一番予想できない。
……え、なにその顔。
自覚が全くないって?
まあそりゃ、そういうのは本人に自覚はないってのが、よくある話だよね。
ボクは、いいと思うよ?
キミの、台風からの唐突な秋晴れの顔。
大事にしたい
うちにはね、なぜかいつからなのか分からないけど。
アロエが置いてあるの。
「ねえ、おかあさん。このアロエって、いつからあるの?」
「うーん……? 実は、お母さんも詳しくは知らないの。あ、でもおばあちゃんなら、知っているかもしれないわね」
「なんで?」
「あのアロエを、誰よりも大事にしてるのはね、おばあちゃんなのよ」
「ねえおばあちゃん。あのアロエ、いつからあるの?」
「ああ、それはねえ」
「あのアロエは、おばあちゃんのおばあちゃんが、遺してくれたものなのよ」
「おばあちゃんの、おばあちゃん……??」
うーんと……?
考えても、よくわからない。でも、なんだかおばあちゃん、嬉しそう。
「とにかくまあ、そうさね。あのアロエは、わたしたちよりも、ずいぶんと長生きなのは、確かだよ」
──アロエの寿命は、100歳はゆうに超えるのよ。
だからつまり、ずーっと遠い昔から、この家を見守ってくれてるのさ。
そんな、色んなことを、見てきたこの植物に、おばあちゃんは愛着を持ってるのよ。
「あいちゃく」って、なんだろう?
──遠い未来に、私もおんなじようなことを、孫に話すのは、この時はまだ知らない。
時間よ止まれ
──ねえ、吸血鬼って、とっても長生きなんでしょう?
その、永き時の【孤独】から、貴方を引っ張り上げてしまったのは、短命の人間の、わたくし。
ある時、貴方は言った。
「おいて逝かれることが、解りきっているのに。なのに俺はお前を、愛してしまった」
……そう、ね。
確かに、とてつもない嬉しさと、申し訳ない気持ちもある。
そして、こうも言った。
「叶うなら、このまま時間が止まってしまえばいい」
……いいえ。
確かに、貴方を残して死ぬのは本当。少し前なら、同じ気持ちになれた。
でも、わたくしには、貴方に遺してあげられるものがあるの。
──トクン、トクン。
そう。この、わたくしのお腹に居る、一つの命。
わたくしと貴方が、確かにこの世界で生きて、お互いを愛した証。
わたくしは、止まりたくはない。
この先の、きっと【この子】の居る、3人で手を繋ぐ時間を、切望するわ。
そしてこの子も、いつかママかパパになっていくの。
そうしたら、貴方はおじいちゃんよ。ふふ、気が早過ぎるわね。
この先、願わくば。
貴方とわたくしの血を受け継ぐ子どもたちが、たくさんの【幸福】を、貴方に与えてくれんことを。
わたくしは天国で、ゆったり待っていると思うから、どうか焦らないでくださいね。
──ふふ、それまでは地上にて。
貴方の苦悩も、この子の葛藤も、まるごと愛していくわ。
理想のあなた
「ねえ先生! 先生はどうして、先生になったの?」
そんな、1年生の子の疑問に、ちょっと考えてから、ちゃんと答えることにした。
「先生はね、昔、勉強が大嫌いだったんですよ」
「? 勉強嫌いなのに、なんで先生になろうと思ったの?」
「それはね──」
その当時、先生は勉強も運動も苦手だったんだ……。いや、今も苦手かな。
でも、先生の先生が一生懸命になって、色んなことを考えて、教えてくれたんだ。
例えば、逆上がり。
例えば、速く走る練習。
例えば、計算の仕方。
その先生がいなかったら、もっと悪い子になってたかもしれないね。
その先生には、とっても「ありがとう」って伝えたい気持ちなんだ。
でもね。
夏休みが終わったら、その先生はいなくなってたんだ。
……先生に教えてもらったことを、どうしたら御返しできるのかなって。
それをずーっと、思っていた時にね。
友達にこう言われた。
「教えるの、上手だね」
それで、思いついたんだ。
「先生みたいになりたい」って。
その子に言われなかったら、先生になりたいなんて、思ってもいなかったと思う。
先生の、先生はまさに「なりたい自分」だったからね。
今でも、頭が上がらないんですよね。
「その友達って、どんなひとー?」
待ってました、その質問!
「今の先生の、奥さんです。ほら、おそろいの指輪」
「えー! 男の人にもゆびわがあるの!?」
驚いた子に、「そうだよー」なんて言って、にっこり笑った。
まあ、「先生」の成り立ち話もだし、嫁さん自慢話でも、ありますね。