突然の別れ
私には幽霊の幼なじみがいる。
いっつもなんてことのない会話して、笑える相手。
ちょっと口が悪くて、平気でひとの心を読んでくる、失礼な幽霊。
でも、彼には何度も、何度も命を救われたし、きっと彼がそばにいるなら、何処に居ても安心できる。
けど、分かってたつもり。
「幽霊」は、いつ成仏してもおかしくないことを。
そして、その日はきた。唐突に。
──なあ。あのさ。
「なあに?」
──アンタ、オレがなんで幽霊なのか、言ったっけ?
「……そういえば、聞いてないわね」
──今から言うこと、聞いてくれるか。
「……? わかった」
オレにはさ、「人」として生まれたときから幼なじみがいたんだ。
泣き虫で、でも高飛車なとこもあるくせに。妙に物怖じしない。なんだかんだ肝の据わった奴が。
……ずっと、言えなかったんだ。あいつに、オレからの気持ちを。
言えないでいたからなのか。ある日不幸があった。
──それは、事故だった。
でも、意図的な事故だ。
「神様」ってやつが、それを仕組んだんだ。
オレ、未練がましく足掻いたんだ。
そして、人の体を捨てる代わりに、あいつの生まれ変わりの魂を教えられた。
「え、ちょっとまって。まさかそれが……」
──そう。その相手はアンタだ。
そう言われても、頭が追いつけない。
ただ一つ。
「あなたが私を守ってくれていたのは、あなたの幼なじみの魂ってこと…………?」
言葉にして、なんだか悲しくなる。
悲しい、苦しい、寂しい。胸が痛くなる。
……だから、私はあなたにこんなにも安心して、身をまかせていられたの?
それは、私ではなくて、私の前世の気持ち?
私の、この気持ちは……。
──ちょい、ひとの話は最後まで聞けや。
けど、生まれ変わりと思えないくらい、アンタはアンタだ。
あんまり泣かないし、高飛車だが労る気持ちを持ってる。
オレが近づくと、顔が赤くなるわ、心臓の音は速くなるわでさ。すぐ挙動不審になる。
確かにオレは、あいつが好きだった。それがどんな情かは、はっきりと出来ずに終わったけど。
でも今、オレが心に浮かぶのは、アンタなんだ。
赤くなるのを可愛いと思うし、ぎゅうっと抱きしめたくなる。
おかしいだろう?
生身の頃より、感情が溢れるんだ。
──オレは、アンタが好きだ。
その言葉を、まるで合図とでもいうかのように。
彼が光に包まれる。
「え……。なんで……?」
──お。未練がなくなったから、かね。オレの魂も終いみたいだ。
「………………」
──じゃあな。アンタはきっと、いい女になる。ちゃんと、好きなやつをつくれよ? 幸せに、なれよ?
「──馬鹿言わないで!」
実体のない身体に、必死に抱きついた。
「あなた、全然なにも私への説明、できてないわ! 私の気持ちも、言葉にしてない!」
──それは……。
「もっと未練持ってよ! 全然解らないわ!なんでこんな、突然の別れをしなくちゃならないのよ!?」
泣きながら、むちゃくちゃなことを言ってるような気がする。
「──私は、あなたしか好きになれないんだから!!」
ぎゅうっと、しがみついてから、気づいた。
光が、弱くなってる……?
──……うそ、だろ。こんな……。
光が消える代わりに、ひとりの影ができた。
「よくも、留めてくれたな」
初めて、彼の「音」ではなく人の「声」を聞いた。
それを、奇跡と言わずして、なんと呼ぼうか。
「アンタ、ちゃんと責任とれよ?」
まだ、頭が追いつけない彼女に、彼は言う。
「──幽霊だったオレを、人間に堕としたんだ。よほどの愛を、くれるよな?」
なに、それ。
とてつもない。まるで殺し文句みたいな言葉と表情で、彼は言ってきた。
「オレは、選んだんだ。「あいつ」でなく「アンタ」を。だから、アンタも選べ。「幽霊」から堕ちた、「オレ」を」
「──いいわ。受けて立とうじゃない、その屁理屈な愛。受け止めるられるのはきっと私くらいだもの!」
こうして、とある奇跡が起きたのだった。
「愛があれば何でもできる?」と同じ登場人物のお話です。
恋物語
「恋、したいなー」
彼女は頬を膨らませながら、そんなことを言ってきた。
「なに、急に」
少し前に、恋を馬鹿にしていた人間が、何をいきなり。
「恋なんて、自分は一生縁がない、なんて言ってた奴の言葉とは思えないんだけど」
その時の彼女も、よく覚えている。
「いやー、最近読んだ物がさ、終盤に恋のシーンがあって」
いいなー、と言いながら、猫のように伸びをする。
「なるほど。影響受けやすいもんな、お前は」
「……ちょっと、バカにしてる?」
「いいや、全然?」
「なんで疑問形?」
あはは、と笑いながら、シェアハウスの庭にでてみる。
すると。
「……あ、今日は月がよく見えるぞ」
「そうなの?」
彼女が隣に来て、共に月を見上げる。
「お、ホントだ。キレイによく見えるね」
彼女の横顔を盗み見ながら、思う。
──お前のほうが、綺麗だよ。
「…………。まだ、言えないなあ」
「ん? どうかした?」
──お前に恋してる男は、すぐそばにいるんだけどなあ。
自分の臆病さを痛感しながら、満月を見上げていたのだった。
真夜中
──また、新月の真夜中になったら、会いにくるよ。
そんな言葉を残し、彼は窓から飛び降りた。今も真夜中なので、下を覗いても真っ暗だ。
そこから、真夜中の逢瀬は始まった。
どうして「真夜中」なのか、理由を聞いたことがない。
しかし、彼女には予想がついている。
だから。
「実は俺、吸血鬼なんだ」
「……うん。なんとなく、そんな気はしてたの」
「……え?」
だって、彼女にとっては問題ではない。
何故なら。
「言っていなかったけどね。私、天使のハーフなの」
「……………。え」
そうなのだ。
しかし、彼女にとっては問題でなくとも。
彼にとっては、天敵が逢瀬の相手。
月もでない、真っ暗の夜。
その時だけは、お互い魔力を消すことが出来るのだ。
にっこりと笑みを向けると、彼は。
「て、天使? ハーフ? そんなの聞いてないよ!?」
秘密を共有できたというのに、彼の態度があからさまに変わった。
そして。なんとそのまま、逃げるように飛び降りて行ってしまった。
「──また、振られたね」
眷属の猫とともに、ため息を一つ。
「あーあ。どこかにいないかなあ。天使のハーフを愛してくれる、男」
こうして、彼女の真夜中の逢瀬は、一旦幕を閉じた。
まあ、またすぐに開くことではあろうが。
愛があれば何でもできる?
「君への愛で、どこまででも走れるよ!」
瞳を輝かせ、その婚約者は高らかに言い放つものだから。
私は言ってみた。
「あら、ならあちらの山まで、やって見せて?」
婚約者は、そんなことを言われるとは思っていなかったようだ。
「いやー、ちょっと、その……」
そして、まるで今、思い出したかのように言う。
「ああ、そうだ! 今日はこれから用事があるのだったよ! 君との時間が大切で、すっかり忘れていたよ」
またね、と言いながらその場を去る彼は、意外と嘘はあまり得意ではないのかもしれない。
「楽しい」でも「嬉しい」などでもなく、「大切」とは。
正直、真の愛だの恋だのとは縁がない。
婚約者も、親が決めた相手だ。
「ねえ。そうは思わない? 幽霊さん」
──いやいや。アンタいま、心の声をオレが聞いてる前提の言葉だよ、それ。
そう。彼女には、幼なじみの「幽霊」がいる。彼こそきっと「どこまででも走れる」のではないか。
──いや、さすがにどこまででもはムリさ。
「ほら、やっぱりしっかり聞いてるんじゃないの」
ミルクティーを一口飲み、流し目で幽霊を視る。
そんな彼女に、幽霊は。
──アンタ、ほんっと可愛げなくなったよな。
知るか、そんなこと。
「愛って、なに?」
──うーん……。例えば。
その瞬間、ふっと幽霊が彼女の背後に来て、後ろから抱きしめるようなカタチを取った。
幽霊だから体温はない。なのに、なぜか落ち着かない。
不意打ちはズルい。
「ちょっ……!」
それとともに、ある音がする。
「チっ、なんで当たらなかった!?」
そんな声と銃声、向かって来る足音。
──命狙われてるのくらい、ちゃんと覚えとくんだな。
そんな、幽霊の音とともに、足が地から離れた。危なかったことも気にならないくらいの、密着のドキドキ感。
「……! まさかあな」
「あなた」を言い終える前に。
空に浮き、風をすり抜ける。
敵の「なんだ!?」や「待て!」の声が聞こえなくなるほどに、遠くまで。
──さて、と。もういいか。
一つの山を越えた先で、やっと降ろされるが。
──あ、立てない?
「…………」
腰が抜けたとは、このことを言うのだろう。
もしかしたら、自分はこの幼なじみ幽霊に、「愛」か「恋」でも感じているのではないか。
そんなふうに思うのは、彼の、無いはずの体温や、吐息を意識したせいかもしれない。
後悔
後悔なんて、いくつもあるが。
あの時の後悔ほど、覚えていることはない。
あの、【沈む夕日】めがけて海に向かって歩いた。妻のもとへ逝こうとして、娘を泣かせたあの日。
いまだに、あの日のことは娘は許してはくれない。
けれど、きっとそれでいい。
許されない限りは、妻のもとへなんて逝けないのだから。
それは、願わくばあと何十年も先のこと。
あと数年で、娘は二十歳になる。
男手ひとりでの日々は、想像以上に苦難があった。
しかし、それとともに。
あの日、娘が留めてくれて。
「パパ」から「お父さん」になるまでの、娘の成長をこの目で見れて。
本当に、良かった。
「良かった」なんて過去形で言ったら、きっとまた、娘に叱られるか。
これからも、楽しみだ。
最近できたという彼氏にも、もしかしたら会う機会が無いとも言えないな。……いや、さすがに気が早すぎるか。
そんなことをひとり思いつつ。朝の支度をする、今日このごろ。
過去のお題「沈む夕日」のその後を描いてみました。