愛があれば何でもできる?
「君への愛で、どこまででも走れるよ!」
瞳を輝かせ、その婚約者は高らかに言い放つものだから。
私は言ってみた。
「あら、ならあちらの山まで、やって見せて?」
婚約者は、そんなことを言われるとは思っていなかったようだ。
「いやー、ちょっと、その……」
そして、まるで今、思い出したかのように言う。
「ああ、そうだ! 今日はこれから用事があるのだったよ! 君との時間が大切で、すっかり忘れていたよ」
またね、と言いながらその場を去る彼は、意外と嘘はあまり得意ではないのかもしれない。
「楽しい」でも「嬉しい」などでもなく、「大切」とは。
正直、真の愛だの恋だのとは縁がない。
婚約者も、親が決めた相手だ。
「ねえ。そうは思わない? 幽霊さん」
──いやいや。アンタいま、心の声をオレが聞いてる前提の言葉だよ、それ。
そう。彼女には、幼なじみの「幽霊」がいる。彼こそきっと「どこまででも走れる」のではないか。
──いや、さすがにどこまででもはムリさ。
「ほら、やっぱりしっかり聞いてるんじゃないの」
ミルクティーを一口飲み、流し目で幽霊を視る。
そんな彼女に、幽霊は。
──アンタ、ほんっと可愛げなくなったよな。
知るか、そんなこと。
「愛って、なに?」
──うーん……。例えば。
その瞬間、ふっと幽霊が彼女の背後に来て、後ろから抱きしめるようなカタチを取った。
幽霊だから体温はない。なのに、なぜか落ち着かない。
不意打ちはズルい。
「ちょっ……!」
それとともに、ある音がする。
「チっ、なんで当たらなかった!?」
そんな声と銃声、向かって来る足音。
──命狙われてるのくらい、ちゃんと覚えとくんだな。
そんな、幽霊の音とともに、足が地から離れた。危なかったことも気にならないくらいの、密着のドキドキ感。
「……! まさかあな」
「あなた」を言い終える前に。
空に浮き、風をすり抜ける。
敵の「なんだ!?」や「待て!」の声が聞こえなくなるほどに、遠くまで。
──さて、と。もういいか。
一つの山を越えた先で、やっと降ろされるが。
──あ、立てない?
「…………」
腰が抜けたとは、このことを言うのだろう。
もしかしたら、自分はこの幼なじみ幽霊に、「愛」か「恋」でも感じているのではないか。
そんなふうに思うのは、彼の、無いはずの体温や、吐息を意識したせいかもしれない。
5/16/2023, 12:15:37 PM