月凪あゆむ

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5/15/2023, 3:56:26 AM

風に身をまかせ

「知ってる? 普通の風じゃ、僕らは飛べないんだよ」
 風に身を任せたら、どこまで飛べるだろう、と言おうとした言葉を飲み込む。
 でも、彼はそれすら気づいているかのように、朗らかに詠う。
「風も馬鹿じゃあない。あいつらが本気なんて、そう滅多には出さないさ」
 そこまで言われてしまえば、もう泣くしかない。
「なら、私はどうしたらいいの!? 私達はは飛べなきゃ、殺されるんだから…!」
 本当は彼なんかに、泣き言なんて言いたくなかった。でも、限界だったのだ、もう。
 
 これまで、沢山の「飛べなかった妖精」の末路を、震えながら見てきた。自分もあのようになってしまうなんて。
 「飛べた妖精」である彼には、こんな気持ちは解るまい。

「身をまかせるんじゃなくて、対話するんだ」

 そんなの、今までも沢山聞いた。でも、できない。
 自分の不甲斐なさに、もっと泣けてきてしまう。
「そうだなあ」
 と、なぜか彼に手をとられる。
 そして。

「──おいで」
 そして、ふたりは風の渦へと、身を投げだした。

 ヒュウゥゥと、耳に風の音が聞こえる。
 なんだ、これは。
「これが、風と共に翔ぶ、てことさ」

 身をまかせる。
 共に翔ぶ。

 なんてことだ。
 全く違うではないか。
 空が近い。海が遠い。
 これが、翔んでるということなら。

「凄い……!!」
 ──もっと、翔びたい。
 
 その時初めて、彼が笑った。
「やれそう?」
 そんなの。

「──翔びたい!」

 はてさて、彼女は「翔ぶ」ことを覚えるまでに、彼から何を得ることになったのか。
 それを知るのは、彼と風、そして空のみ。
 

5/12/2023, 1:54:51 PM

子供のままで

 小さいころに、おばあちゃんはわたしに「おまじない」をかけた。何度も、かけてきた。
「ずっと子供のまま、大人にならなくて良いからね」

 そうすれば、私が「大人の思考」で苦しむこともない、って。
 でも、それは所詮はまじない事。私は当たり前に、大人になる。
 そして、知っちゃった。
 
 わたしは「身代わり」なんだって。

 お父さんとお母さんと一緒に、あの写真に写ってる子は、だあれ?
 そして、私は本当はお父さんとお母さんの子供じゃない。
 
 それだけの情報で、大人になっちゃった私は充分すぎるくらいに、理解できた。できちゃったんだ。

 ──愛されていないのか?
 そんなことはない。
 でも、ふたりが観ているのは、わたしじゃない。
 きっと、同じように大人になるはずだった、あの写真の子。あの子との時間。
 わたしを見ながら、「もしも」のあの子を観ている。

 ほんとだね、おばあちゃん。
 私、子供のままでいたかった。
 おまじないじゃなくて、もっと強力な。魔法や、いっそ呪いでもよかった。



 ──そして。その年の夏のこと。
 私は今、わたしで居られるようになった。
 それというのもおばあちゃんが、お父さんとお母さんに「呪い」という名の「お説教」をしてくれたの。

 あのとき、おばあちゃんに泣きついた時は、自分が惨めで仕方なかった。
 でも、そのおかげで今わたしはおばあちゃんと、それにお父さん、お母さんとも家族で居ることができるようになった。

 
 ずっと、おばあちゃんは「私」じゃなくて「わたし」として見守ってくれていた。 
 それが、とてつもなく嬉しいの。

 おばあちゃんがいるから、「わたし」になれた。いや、戻れたのかな?
 
 ありがとう、おばあちゃん。

5/11/2023, 11:49:55 PM

愛を叫ぶ。

 ここは、「愛」を金銭で取り引きする、なんとも摩訶不思議な世だ。
「さあさあ、ここにあるのは「家族愛」さ! 心をほっこりさせてくれるよ~!」
「「恋人の愛」はいらんかねー!」

 そんな世にひとり。「無償の愛」を求める男がいた。
 しかしこの世は哀しいかな。
 「愛」は取り引きするもの。「無償」とは縁遠いものだ。

「だれか……誰でもいいから、愛をくれー!!」

「そんなにほしいなら、あげようか?」

 そう答えたのは、一人の子供だった。
 いきなりの登場と、これまたいきなりの発言に、男は戸惑いを隠せない。
「…………」
「ちょっと! 誰でもいいんじゃなかったの!?」
 口は災いの元、とはよく言ったものだ。


 それが、ふたりの出会いだった。
 まさか、そんなふたりが。そこまで年の差のあるふたりが。

 本当に「無償の愛」を得る事が出来ると、誰が予想できただろうか?

5/10/2023, 9:44:30 PM

モンシロチョウ

 その婦人は、花をこよなく愛でている。
 瑞々しい花々は、蝶を呼び込む。
 決まってそれは、白き蝶。モンシロチョウだ。
 だが、その婦人は、少々変わった人柄をしている。
 幼き頃に、それこそ蝶よ花よと育てられたそうな。少々子供っぽい面がありつつ、気難しい。 
 あるときから、その婦人の呼び名は──。


「もんしろの蝶さん! こんにちは!」
「はい、こんにちは」
 子供たちが下校する時間帯、紋白蝶の婦人は花に水をやっていた。
 最初にそう呼んだのも、どこかの子供だった。
 大人達は、婦人の怒りを買うのではとヒヤヒヤしたものだ。
 しかし。それこそなぜか、「紋白蝶」を気に入ったらしく。
 以降、名乗る際にはこう言っている。

「紋白蝶、という呼ばれ方もあるんですよ、私」

 不思議なものだ。
 「蝶よ花よ」で育った人間が、蝶を名乗り花を愛でる。
 
 ところで。
 紋白蝶の花に誘われてくるのは、なぜか決まって白き蝶だ。
 それは、モンシロチョウを知れば知るほどの謎になる。

 ──綺麗な白のモンシロチョウは、決まってメスなのだ。
 これまで、オスのモンシロチョウは現れていない。それはなぜか。
 
 誰も、思いやしないのだろう。
 紋白蝶の婦人が、モンシロチョウを育て、メスである白き蝶だけを、外に放っているなど。
 ──はてさて。謎は深まるばかりだ。

5/9/2023, 11:08:16 AM

忘れられない、いつまでも

 ──それは、いつだったろう。

 スカートなんて、あなたには似合わないよ。
 あなたは女の子らしい色は似合ってない、もっと地味でいいよ。

 アイツ、キモいんだよね。
 本人に聞こえるだろ、やめとけよ。
 えー? 大丈夫でしょ。鈍いもん。
 
 ──全部、聞こえてる。

 マジで、なんであいつと一緒? ウザいんだけど。
 なんでここにいるんだよ、どっかあっち行け。
 お前なんか、要らないんだよ。


 ──全部、聞こえてるってば!!
「…………!!」
 バッと目が開く。ここはどこか。
 すぐ、自分の部屋のベッドの上だと気づいた。朝の光が窓から部屋に色を入れている。

 ──また、悪夢か。

 きっと、それらを言った人間は、忘れているか、気にもしていないのだろう。
 言われたほうが、かなりダメージを受けているのに。

 朝の光を浴びながら、気持ちをリセット
しようと、考えを巡らす。

 そのままの君で、いいからね。
 ずっと、後悔してたの。やっとまた会えて嬉しかった。
 あなたに、もっと早く出逢えていればよかったね。
 何も言わないのは優しいんじゃなくて、見て見ぬフリをしてたんだよ。
 あなたは、優しすぎるんだよ。
 
 あなたに出逢えて、本当に良かった。

 
「ふぅ……。よし、大丈夫!」
 気持ちを切り替えて、今日も生きよう。

 
 
 きっと、あの「悪夢」を完全に忘れ去ることはできない。
 きっと、いつまでも。
 でも私には、私を大切に想ってくれるひと達がいる。
 出逢いを、喜んでくれるひとがいる。
 それを、なんども思い出す。
 
 忘れるには、あまりにも褒美な言葉たち。
 そうして、傷も涙も、喜びも抱えて。
 私たちは。今日を生きていくんだ。
 

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