風に身をまかせ
「知ってる? 普通の風じゃ、僕らは飛べないんだよ」
風に身を任せたら、どこまで飛べるだろう、と言おうとした言葉を飲み込む。
でも、彼はそれすら気づいているかのように、朗らかに詠う。
「風も馬鹿じゃあない。あいつらが本気なんて、そう滅多には出さないさ」
そこまで言われてしまえば、もう泣くしかない。
「なら、私はどうしたらいいの!? 私達はは飛べなきゃ、殺されるんだから…!」
本当は彼なんかに、泣き言なんて言いたくなかった。でも、限界だったのだ、もう。
これまで、沢山の「飛べなかった妖精」の末路を、震えながら見てきた。自分もあのようになってしまうなんて。
「飛べた妖精」である彼には、こんな気持ちは解るまい。
「身をまかせるんじゃなくて、対話するんだ」
そんなの、今までも沢山聞いた。でも、できない。
自分の不甲斐なさに、もっと泣けてきてしまう。
「そうだなあ」
と、なぜか彼に手をとられる。
そして。
「──おいで」
そして、ふたりは風の渦へと、身を投げだした。
ヒュウゥゥと、耳に風の音が聞こえる。
なんだ、これは。
「これが、風と共に翔ぶ、てことさ」
身をまかせる。
共に翔ぶ。
なんてことだ。
全く違うではないか。
空が近い。海が遠い。
これが、翔んでるということなら。
「凄い……!!」
──もっと、翔びたい。
その時初めて、彼が笑った。
「やれそう?」
そんなの。
「──翔びたい!」
はてさて、彼女は「翔ぶ」ことを覚えるまでに、彼から何を得ることになったのか。
それを知るのは、彼と風、そして空のみ。
子供のままで
小さいころに、おばあちゃんはわたしに「おまじない」をかけた。何度も、かけてきた。
「ずっと子供のまま、大人にならなくて良いからね」
そうすれば、私が「大人の思考」で苦しむこともない、って。
でも、それは所詮はまじない事。私は当たり前に、大人になる。
そして、知っちゃった。
わたしは「身代わり」なんだって。
お父さんとお母さんと一緒に、あの写真に写ってる子は、だあれ?
そして、私は本当はお父さんとお母さんの子供じゃない。
それだけの情報で、大人になっちゃった私は充分すぎるくらいに、理解できた。できちゃったんだ。
──愛されていないのか?
そんなことはない。
でも、ふたりが観ているのは、わたしじゃない。
きっと、同じように大人になるはずだった、あの写真の子。あの子との時間。
わたしを見ながら、「もしも」のあの子を観ている。
ほんとだね、おばあちゃん。
私、子供のままでいたかった。
おまじないじゃなくて、もっと強力な。魔法や、いっそ呪いでもよかった。
──そして。その年の夏のこと。
私は今、わたしで居られるようになった。
それというのもおばあちゃんが、お父さんとお母さんに「呪い」という名の「お説教」をしてくれたの。
あのとき、おばあちゃんに泣きついた時は、自分が惨めで仕方なかった。
でも、そのおかげで今わたしはおばあちゃんと、それにお父さん、お母さんとも家族で居ることができるようになった。
ずっと、おばあちゃんは「私」じゃなくて「わたし」として見守ってくれていた。
それが、とてつもなく嬉しいの。
おばあちゃんがいるから、「わたし」になれた。いや、戻れたのかな?
ありがとう、おばあちゃん。
愛を叫ぶ。
ここは、「愛」を金銭で取り引きする、なんとも摩訶不思議な世だ。
「さあさあ、ここにあるのは「家族愛」さ! 心をほっこりさせてくれるよ~!」
「「恋人の愛」はいらんかねー!」
そんな世にひとり。「無償の愛」を求める男がいた。
しかしこの世は哀しいかな。
「愛」は取り引きするもの。「無償」とは縁遠いものだ。
「だれか……誰でもいいから、愛をくれー!!」
「そんなにほしいなら、あげようか?」
そう答えたのは、一人の子供だった。
いきなりの登場と、これまたいきなりの発言に、男は戸惑いを隠せない。
「…………」
「ちょっと! 誰でもいいんじゃなかったの!?」
口は災いの元、とはよく言ったものだ。
それが、ふたりの出会いだった。
まさか、そんなふたりが。そこまで年の差のあるふたりが。
本当に「無償の愛」を得る事が出来ると、誰が予想できただろうか?
モンシロチョウ
その婦人は、花をこよなく愛でている。
瑞々しい花々は、蝶を呼び込む。
決まってそれは、白き蝶。モンシロチョウだ。
だが、その婦人は、少々変わった人柄をしている。
幼き頃に、それこそ蝶よ花よと育てられたそうな。少々子供っぽい面がありつつ、気難しい。
あるときから、その婦人の呼び名は──。
「もんしろの蝶さん! こんにちは!」
「はい、こんにちは」
子供たちが下校する時間帯、紋白蝶の婦人は花に水をやっていた。
最初にそう呼んだのも、どこかの子供だった。
大人達は、婦人の怒りを買うのではとヒヤヒヤしたものだ。
しかし。それこそなぜか、「紋白蝶」を気に入ったらしく。
以降、名乗る際にはこう言っている。
「紋白蝶、という呼ばれ方もあるんですよ、私」
不思議なものだ。
「蝶よ花よ」で育った人間が、蝶を名乗り花を愛でる。
ところで。
紋白蝶の花に誘われてくるのは、なぜか決まって白き蝶だ。
それは、モンシロチョウを知れば知るほどの謎になる。
──綺麗な白のモンシロチョウは、決まってメスなのだ。
これまで、オスのモンシロチョウは現れていない。それはなぜか。
誰も、思いやしないのだろう。
紋白蝶の婦人が、モンシロチョウを育て、メスである白き蝶だけを、外に放っているなど。
──はてさて。謎は深まるばかりだ。
忘れられない、いつまでも
──それは、いつだったろう。
スカートなんて、あなたには似合わないよ。
あなたは女の子らしい色は似合ってない、もっと地味でいいよ。
アイツ、キモいんだよね。
本人に聞こえるだろ、やめとけよ。
えー? 大丈夫でしょ。鈍いもん。
──全部、聞こえてる。
マジで、なんであいつと一緒? ウザいんだけど。
なんでここにいるんだよ、どっかあっち行け。
お前なんか、要らないんだよ。
──全部、聞こえてるってば!!
「…………!!」
バッと目が開く。ここはどこか。
すぐ、自分の部屋のベッドの上だと気づいた。朝の光が窓から部屋に色を入れている。
──また、悪夢か。
きっと、それらを言った人間は、忘れているか、気にもしていないのだろう。
言われたほうが、かなりダメージを受けているのに。
朝の光を浴びながら、気持ちをリセット
しようと、考えを巡らす。
そのままの君で、いいからね。
ずっと、後悔してたの。やっとまた会えて嬉しかった。
あなたに、もっと早く出逢えていればよかったね。
何も言わないのは優しいんじゃなくて、見て見ぬフリをしてたんだよ。
あなたは、優しすぎるんだよ。
あなたに出逢えて、本当に良かった。
「ふぅ……。よし、大丈夫!」
気持ちを切り替えて、今日も生きよう。
きっと、あの「悪夢」を完全に忘れ去ることはできない。
きっと、いつまでも。
でも私には、私を大切に想ってくれるひと達がいる。
出逢いを、喜んでくれるひとがいる。
それを、なんども思い出す。
忘れるには、あまりにも褒美な言葉たち。
そうして、傷も涙も、喜びも抱えて。
私たちは。今日を生きていくんだ。