月凪あゆむ

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5/16/2023, 12:15:37 PM

愛があれば何でもできる?

「君への愛で、どこまででも走れるよ!」
 瞳を輝かせ、その婚約者は高らかに言い放つものだから。
 私は言ってみた。
「あら、ならあちらの山まで、やって見せて?」
 婚約者は、そんなことを言われるとは思っていなかったようだ。
「いやー、ちょっと、その……」
 そして、まるで今、思い出したかのように言う。
「ああ、そうだ! 今日はこれから用事があるのだったよ! 君との時間が大切で、すっかり忘れていたよ」
 またね、と言いながらその場を去る彼は、意外と嘘はあまり得意ではないのかもしれない。
 「楽しい」でも「嬉しい」などでもなく、「大切」とは。
 

 正直、真の愛だの恋だのとは縁がない。
 婚約者も、親が決めた相手だ。

「ねえ。そうは思わない? 幽霊さん」

 ──いやいや。アンタいま、心の声をオレが聞いてる前提の言葉だよ、それ。

 そう。彼女には、幼なじみの「幽霊」がいる。彼こそきっと「どこまででも走れる」のではないか。
 ──いや、さすがにどこまででもはムリさ。

「ほら、やっぱりしっかり聞いてるんじゃないの」
 ミルクティーを一口飲み、流し目で幽霊を視る。
 そんな彼女に、幽霊は。
 ──アンタ、ほんっと可愛げなくなったよな。
 知るか、そんなこと。

「愛って、なに?」

 ──うーん……。例えば。

 その瞬間、ふっと幽霊が彼女の背後に来て、後ろから抱きしめるようなカタチを取った。
 幽霊だから体温はない。なのに、なぜか落ち着かない。
 不意打ちはズルい。
「ちょっ……!」 
 それとともに、ある音がする。
「チっ、なんで当たらなかった!?」
 そんな声と銃声、向かって来る足音。
 
 ──命狙われてるのくらい、ちゃんと覚えとくんだな。
 そんな、幽霊の音とともに、足が地から離れた。危なかったことも気にならないくらいの、密着のドキドキ感。
「……! まさかあな」
 「あなた」を言い終える前に。

 空に浮き、風をすり抜ける。
 敵の「なんだ!?」や「待て!」の声が聞こえなくなるほどに、遠くまで。


 ──さて、と。もういいか。
 一つの山を越えた先で、やっと降ろされるが。
 ──あ、立てない?
「…………」
 腰が抜けたとは、このことを言うのだろう。

 もしかしたら、自分はこの幼なじみ幽霊に、「愛」か「恋」でも感じているのではないか。
 そんなふうに思うのは、彼の、無いはずの体温や、吐息を意識したせいかもしれない。

5/15/2023, 9:54:16 PM

後悔

 後悔なんて、いくつもあるが。
 あの時の後悔ほど、覚えていることはない。

 あの、【沈む夕日】めがけて海に向かって歩いた。妻のもとへ逝こうとして、娘を泣かせたあの日。

 いまだに、あの日のことは娘は許してはくれない。
 けれど、きっとそれでいい。
 許されない限りは、妻のもとへなんて逝けないのだから。
 それは、願わくばあと何十年も先のこと。

 あと数年で、娘は二十歳になる。
 男手ひとりでの日々は、想像以上に苦難があった。
 しかし、それとともに。
 あの日、娘が留めてくれて。
 「パパ」から「お父さん」になるまでの、娘の成長をこの目で見れて。
 本当に、良かった。

 「良かった」なんて過去形で言ったら、きっとまた、娘に叱られるか。

 これからも、楽しみだ。
 最近できたという彼氏にも、もしかしたら会う機会が無いとも言えないな。……いや、さすがに気が早すぎるか。
 そんなことをひとり思いつつ。朝の支度をする、今日このごろ。





過去のお題「沈む夕日」のその後を描いてみました。

5/15/2023, 3:56:26 AM

風に身をまかせ

「知ってる? 普通の風じゃ、僕らは飛べないんだよ」
 風に身を任せたら、どこまで飛べるだろう、と言おうとした言葉を飲み込む。
 でも、彼はそれすら気づいているかのように、朗らかに詠う。
「風も馬鹿じゃあない。あいつらが本気なんて、そう滅多には出さないさ」
 そこまで言われてしまえば、もう泣くしかない。
「なら、私はどうしたらいいの!? 私達はは飛べなきゃ、殺されるんだから…!」
 本当は彼なんかに、泣き言なんて言いたくなかった。でも、限界だったのだ、もう。
 
 これまで、沢山の「飛べなかった妖精」の末路を、震えながら見てきた。自分もあのようになってしまうなんて。
 「飛べた妖精」である彼には、こんな気持ちは解るまい。

「身をまかせるんじゃなくて、対話するんだ」

 そんなの、今までも沢山聞いた。でも、できない。
 自分の不甲斐なさに、もっと泣けてきてしまう。
「そうだなあ」
 と、なぜか彼に手をとられる。
 そして。

「──おいで」
 そして、ふたりは風の渦へと、身を投げだした。

 ヒュウゥゥと、耳に風の音が聞こえる。
 なんだ、これは。
「これが、風と共に翔ぶ、てことさ」

 身をまかせる。
 共に翔ぶ。

 なんてことだ。
 全く違うではないか。
 空が近い。海が遠い。
 これが、翔んでるということなら。

「凄い……!!」
 ──もっと、翔びたい。
 
 その時初めて、彼が笑った。
「やれそう?」
 そんなの。

「──翔びたい!」

 はてさて、彼女は「翔ぶ」ことを覚えるまでに、彼から何を得ることになったのか。
 それを知るのは、彼と風、そして空のみ。
 

5/12/2023, 1:54:51 PM

子供のままで

 小さいころに、おばあちゃんはわたしに「おまじない」をかけた。何度も、かけてきた。
「ずっと子供のまま、大人にならなくて良いからね」

 そうすれば、私が「大人の思考」で苦しむこともない、って。
 でも、それは所詮はまじない事。私は当たり前に、大人になる。
 そして、知っちゃった。
 
 わたしは「身代わり」なんだって。

 お父さんとお母さんと一緒に、あの写真に写ってる子は、だあれ?
 そして、私は本当はお父さんとお母さんの子供じゃない。
 
 それだけの情報で、大人になっちゃった私は充分すぎるくらいに、理解できた。できちゃったんだ。

 ──愛されていないのか?
 そんなことはない。
 でも、ふたりが観ているのは、わたしじゃない。
 きっと、同じように大人になるはずだった、あの写真の子。あの子との時間。
 わたしを見ながら、「もしも」のあの子を観ている。

 ほんとだね、おばあちゃん。
 私、子供のままでいたかった。
 おまじないじゃなくて、もっと強力な。魔法や、いっそ呪いでもよかった。



 ──そして。その年の夏のこと。
 私は今、わたしで居られるようになった。
 それというのもおばあちゃんが、お父さんとお母さんに「呪い」という名の「お説教」をしてくれたの。

 あのとき、おばあちゃんに泣きついた時は、自分が惨めで仕方なかった。
 でも、そのおかげで今わたしはおばあちゃんと、それにお父さん、お母さんとも家族で居ることができるようになった。

 
 ずっと、おばあちゃんは「私」じゃなくて「わたし」として見守ってくれていた。 
 それが、とてつもなく嬉しいの。

 おばあちゃんがいるから、「わたし」になれた。いや、戻れたのかな?
 
 ありがとう、おばあちゃん。

5/11/2023, 11:49:55 PM

愛を叫ぶ。

 ここは、「愛」を金銭で取り引きする、なんとも摩訶不思議な世だ。
「さあさあ、ここにあるのは「家族愛」さ! 心をほっこりさせてくれるよ~!」
「「恋人の愛」はいらんかねー!」

 そんな世にひとり。「無償の愛」を求める男がいた。
 しかしこの世は哀しいかな。
 「愛」は取り引きするもの。「無償」とは縁遠いものだ。

「だれか……誰でもいいから、愛をくれー!!」

「そんなにほしいなら、あげようか?」

 そう答えたのは、一人の子供だった。
 いきなりの登場と、これまたいきなりの発言に、男は戸惑いを隠せない。
「…………」
「ちょっと! 誰でもいいんじゃなかったの!?」
 口は災いの元、とはよく言ったものだ。


 それが、ふたりの出会いだった。
 まさか、そんなふたりが。そこまで年の差のあるふたりが。

 本当に「無償の愛」を得る事が出来ると、誰が予想できただろうか?

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