呼吸のひとつが、瞬きの一瞬さえももどかしい。圧縮された時間の中で、意識が交錯する。人間の持ちうる集中力を根こそぎかき集めて、ようやくその扉に人は手をかけることが叶う。
そこは、そういう次元の世界だった。選ばれし者、ひと握りの人間だけが足を踏み入れることが叶う。しかし、心して踏み入れよ。資格を失えば、その一瞬はあっという間に今を置き去りにしていくだろう。
思考を、感覚を、命を研ぎ澄ませ。出し惜しみなど以ての外だ。全力こそが、その刹那を生きるための最低条件である。
忘れるな。
忘れるな。
忘れるな。
眩い閃光が微笑みながら隣を駆け抜けていった。
死を思う時、そこには同じように生を思わなくてはいけない。
生を思う時、そこには同じように死を思わなくてはいけない。
両者はさながら溶け合う昼と夜のように、つねに隣合っている。あるいは背中合わせのコインの裏と表のように。
生きる意味があるならば、そこには死にゆく意味もある。終わりなくして、始まりもまたありはしない。しかし、地球の細胞の1つである命に寿命を全うする意味とはあるのだろうか。生とは、その意味を探求する為のものなのか。
いや、そんなものははなからありはしない。生きる意味など、本来そんな高級なモジュールは人に搭載などされていないのだから。なれば、生きる意味などなくとも人は産まれてくることもまた意味がなくてはいけないだろう。意味などなくとも、人は生きていける。そんなものがなくて生きるなど、そんな窮屈な生などありうるものか。
善と悪とは、そもいかなるものなのか。一般論なのか、はたまた個人の主観による解釈なのか。
自己に益をもたらすものであれば善足り得るのか?
自己に害を与えるものなら悪足り得るのか?
否、それは善悪問答に過ぎない。単なる堂々巡りの思考実験に過ぎない。
犯罪者がいるなら、犯罪者になるものはそもそも生まれてこなければいいと考える。世界に革新的な、全体的有益な偉業を成すものが存在するなら彼らが産まれてくるのを待たなくてはならない。
ならば、その中間にあるものはなんだ。それらは善でもなければ悪でもないのか? 真ん中にあるそれは、毒にも薬にもならない無益なものなのか?
人は、考える。そんなものが、無駄であるととうの昔に知りえながらも。我らが古き記憶が知性を獲得し霊長と呼ばれるようになったはるか昔から。奪い、殺し合い。時に慈しみ、種を超えてなお愛を育む奇跡を知っていながら今なお思考し続ける。
天を見上げる。星々は、己の輝きこそが天を彩っているのだと主張し合うかのように瞬いていた。雲ひとつない闇夜には、星の輝きすら目を細めてしまいそうになる。
そんな闇夜に、一条の光が翔ける。黒を切り裂くその光は、眩い限りに一瞬で空を走り抜けていく。
「そうだ、願い事」
口に出してはいけないんだったか、それとも唱えないといけないのたったか。いずれにせよ、確か3回は願わないといけないんだったか。たかが願うだけで、いちいちしきたりが多いとか思っているうちに光はどこかへと飛び去っていた。
「ま、そう上手いことはいかないか」
落胆するでもなし、こんな都市伝説みたいな話しに本気になるよつな歳でもない。少しだけいいものを見れたと、そんな風に自分を慰める。
そんな時、再び一条の星が流れた。
「なんだ、今日は嫌に星が降るな」
まさかアルマゲドンか? そんなことを考えていると、今度の星は何だかいやに輪郭がはっきりと見えた。おかしいと思って目をこすっていると、その光は己めがけて飛んできているのだ。
「な、嘘だろ!?」
あわてふためくも、遠くに見える光がこれだけ鮮明なら今更じたばたしても仕方ない。
なんて運命も、あったものか。
半ば諦め、目を閉じる。走馬灯のように人生が脳を駆け抜けていった直後のこと。
衝撃はない、代わりに聞きなれない言葉が耳朶を打つ。
「なあ、ちょっと道を聞きたいんだが」
「……はい?」
恐る恐る目を開けると、そこには巨大な輝く龍が佇んでいたのだった。
何度、敗れただろう。
何度、打ちひしがれだだろう。
己の無力に苛まれた夜の数を数えるのをやめたのは、一体いつの頃だっただろうか。
この世界で、平凡な私よ。取るに足らない誰かの人生のエキストラである私よ。どうか、今一度だけこの声に耳を傾けて欲しい。例え今、その身が無力さに震えていたとしても決して歩むことをやめないでほしい。戯言であったとしても、どうか。
前へ、前へ。
それだけあれば、明日に進める。
昨日の私が、今日の私の背中を押してくれたように。