椎名千紗穂

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5/3/2024, 2:37:45 PM


『そんな顔するなよ』
最強にして、そして最後に立ちはだかる難敵はいつだってお前だった。命をガソリンに、狂気を火種に燃え上がるエネルギーはまるで底がない。

否、一度でもアクセルを緩めればそこに待っているのは死以外の何物でもない。だからこそ、お前は緩めないことを知ってる。ギリギリの鍔迫り合いが、もうどれほど続いだろうか。1時間? 1ヶ月? 1年? 勿論そんなものは摩耗する精神が生み出した幻覚だ。

けれど、気勢を緩められないのはこちらも同じだ。そう約束したのだから、今さら遅れをとるなど有り得ない。

信じて貰えないかもしれないけれど。
これで意外と約束にはうるさいヤツなんだぜ。

だから戦う。血潮の全てが沸騰するように、全身で跳ねる。命を燃やして戦うお前を止めるために。

そぅてもしないと、お前は死んでしまうから。
救うために殺す、そんな矛盾した約束を果たすために越えが 難き難敵に私は挑むのだ。

5/2/2024, 11:56:12 AM

 例えば真綿で首を絞められるように。
 例えばヒラヒラとした紙切れ一つで指が切れるように。
 例えばヒタヒタ満ちている水がダイヤを削るように。

 相反する性質が、一つのものの中に収まっていることはさして不可思議なことでもなんでもない。相反しているように見えているのは観測者にとっての誤認であって、初めからその両者は剥離することなく一つであるだけのことなのだ。

 だから優しくしないでほしい。その優しさが、神経の奥深くまで棘のように入り込んでくる。ズブズブと、グサグサと。タチの悪いバッドステータスのように、その優しさがなけなしの自己を際限なく痛めつけてくる。


 そんな風に優しくされては、まるで私は道化以外の何者でもないだろう。いっそ、冷たく突き放してくれ。手ひどくこき下ろしてくれ。
 
 あゝ、こんなに惨めになるくらいならば首を刎ねてくれよ。それが、本当の優しさってもんだろう?

5/2/2024, 9:42:25 AM


 空腹の身体にカロリーが流れ込んでくる。飢えた身体は、さながら白紙のキャンバスのようだ。肉を喰らえば赤く、魚を食べれば青く、野菜を食べれば緑色に。

 飢えが満たされるたびに、自分の身体がどんどん目まぐるしく色付いていく感覚があった。
 食事とは、つまるところ自分の身体を彩ることと同義なのかもしれない。あるいは、心を。

4/30/2024, 1:32:40 PM


楽園の名を関する獣たちの蹂躙が始まる。これで終わったはずだと、誰もがそう信じた直後のことだった。絶望は、容易く希望を食い破り現実を書き換えていく。悲鳴があちらでもこちらでも上がる。

『どうしてお前らはそう簡単に奪えるんだよ!』

ワナワナと肩を震わせながら叫ぶが、獣たちの進軍は止まらない。先程までの激戦が、まるでリセットされてしまったかのような虚しさを覚えた。
自分たちが全力を傾けて戦ってなお、神の国は遠かった。それとも、最初から目指すという選択そのものが間違いだったのだろうか。志を共にした同胞たちの断末魔が鼓膜の奥で反響し続ける。

もう、もう充分だろう。充分やったじゃないか俺たちは。

崩れ落ちるその身体を支えてくれる温もりは、もうどこにもなかった。これは、楽園を目指したもの達のエピローグ。近くて遠いパラダイス。

4/29/2024, 12:37:49 PM


天を統べる奇跡はとうに消え失せた。時代を重ねるほどに、1人また1人と同族たちは自然と数を減らしていった。時に絶望し、時に見限りその奇跡を散らしていく。舞い失せていく羽の1つ1つが奇跡の残滓になり、溶けるように消えていく。

『最後の一人になった感想は?』
『本音をいえば寂しいかな。でも、私が最後なら後のことを気にしなくていいのは気が楽でいいよ』

なんのてらいもなく口にする彼女の横顔は、どこか憂いを纏っていた。見た目のうら若き姿に反し、彼女の内側にはこれまでに同族たちが積み重ねてきた幻想が蓄積されている。しかし、その奇跡を今を生きる人々はとっくに忘れている。忘れられることで、奇跡はその強度を失っていくのだ。

屋上の手すりに手をかけると、彼女は助走もつけずにヒラリと飛び越える。無論、その先には足場はない。初めてそれを目にした時、咄嗟に目を覆ったことも今では懐かしかった。彼女は落下することも無く、まるでそこに佇むように風にその身を任せていた。

『びっくりした?』

イタズラに微笑むその顔に、肩を竦めて答えた。

『全然?』

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