『星空の下で』
空一面の星空なんて、フィクションの中にしか存在しないと思ってた。
田舎では見れるんでしょなんてことが無礼とも思わずに言うのもいるけど、田舎にだって街灯はある。
そもそもいつの時代で止まってるだろう、ああいうの。
いまはそんなことは関係ないのだけど、そんな実物を見ることがないと思っていたものをいま、心ゆくまで眺めている。
けれどそれは本物ではない。
「これをこうやって、穴を開けてその中に明かりを入れるわけよ」
「わざわざ手作りしなくても通販でもっといいもの買えるのに」
「作ってみたいから作るのに、なんで買うなんて選択肢が出ると思うわけ?」
まあ、それはそうだ。目的は作ること、その結果はついででしかない。
目的と手段が入れ替わっているなんてよく言うけど、この場合は目的イコール手段だからたぶん関係ない。
「開けた穴にセロファン好きなの貼っていいよ」
「カラフルすぎない?」
「不自然なほうがいいじゃん、こういうの」
「じゃあ黒を」
「潰そうとするんじゃない捻くれ者め」
捻くれ者はどっちだよ。
わざわざ和室を暗幕で仕切って作られた不自然な暗闇の中で不自然な明かりの群れを映そうなんて、ひねくれてる以外言葉がない。
「よし、できた。とりあえずやってみますか」
そう言って見えた光景は幻想的とは程遠いチープなものだったけど、それがいまの自分たちにはちょうどいい。
「この中で願い事とかしたら叶うかな」
「偽物の願いなら叶うんじゃない?」
そんなことを偽物の星空もどきの中で話してた。
『それでいい』
そう言われるのが嫌だった。
たぶんそれを妥協されているような気持ちになったからだろう。
お前ならそのくらいだ、暗にそう言われているようで素直に受け取れたことはない。
こんなに頑張ったのにと主張するつもりはけれどない。
悪気がないのはわかっているし、なんならこっちを認めているつもりなのもわかってたから。
それでもなんだか、言われることが嫌だった。
こういうとき『普通』なら泣くんだろうか。
見下ろしてる姿を見つめながらそう感じている自分がひどく冷淡に思えた。
別れの言葉をと言われても、なにを言えばいいのかなんてわからない。
そうしてる間にも時間はなくなっていっているのはわかってる。
それでも泣くでもなくすがるでもなく、ただ見つめているだけだった。
大切な人だと思っているなら、もっとこう、あるんじゃないのか。
そう『普通』と思うものと比べようとするのをやめろと何度も言われていたけれど、こんなときまで変えられない。
それどころじゃないのに、自分がどんどん嫌になる。
そのとき、もう開かないと思っていた目がこちらを見て口を動かした。
「 」
ここでもまたその言葉。
なにをしても、しなくてもお前はお前だ。
ああ、わかってる、わかってるんだよそんなこと。
土壇場まで世話をかけるなんて、情けない。
そう思った時、自然と口が父さんと相手を呼んでいたけど、その先に何を言えばいいのか、やっぱりわからないままだった。
『1つだけ』
約束してと言われたので「一生の?」と返したら睨まれた。
「そんな重たいもの背負いたくない」
「背負わせたくない、じゃないあたり素直でよろしい」
それで、肝心の約束について尋ねると難しいことじゃないときた。
そういうときは大抵難しいことなんじゃないかと言いたいのは、黙る。
「花を飾ってほしいかなって」
「どんな」
「なんでもいいけど、枯れるのは嫌だから造花で十分。なんなら百円ショップのでもゆるす」
そこまで安く済ませるのは流石にどうなのか。
「それをする理由は?」
「なにもないのは味気なさすぎるでしょ。次の人が来るまででいいよ」
そんなことを、数日前に亡くしたルームメイトの陰が笑いながら言った。
こっちは全然笑えないよ、そう返したい気分だった。
『怖がり』
昔から、いろいろなものが怖かった。
暗闇が怖い、物陰になにかが潜んでいそうで怖い。
そしてなにより、人が怖い。
昔から人というのが苦手だった。
普通に話していたと思ったら突然怒り出すなどはいい、なにもしていないはずなのにものを無くされたりしたこともある。
相談してそれがバレたらと思うとそれも怖くて誰にも言えない。
怪我をするような目にはあわなくても、心は別だしつらいものはつらかった。
だから、いまでも人は怖いままだ。
「人見知りの幽霊のウワサ知ってる?」
「なにそれ」
「なんかね、気配はするんだって。でも絶対姿は見えないの」
「変なの」
「姿を見ようとして近付くと逃げちゃうんだって。変だよね」
「そんなの全然怖くないじゃん」
「だよねえ、だからきっとすぐに噂も消えちゃうよ。らでもそのほうが幽霊には楽なんじゃない?」
「そんなこともあるかもねえ」
『たまには』
本屋に行きたいと言われたので行ってこいと返すとついてこいと言われた。
「せっかくの休みに、なんで」
「休みだからでしょ」
理由になってない理由に反論するのは諦めている。
こいつがそうと決めたら変えられないのはとっくに知ってるからだ。
「でも、なんで本屋」
「んー、気分」
「今時ネットで買えるし普段もそうだろ」
実際その影響で本屋の経営が昔より苦境に立たされているのは知識としては知っているけれど、だからといって便利さには叶わないと思ってしまうのは薄情なんだろうか。
そんなことを思いながら着いたのは昔からある本屋で、前は何度か来ていたものだった。
「あったあった。懐かしー」
手にしてたのは見覚えのある絵本。
「それ買うのか?」
「ううん、ここで買ったなあって」
確かこいつのお気に入りの一冊だった記憶がある。
そこからなにか限定のものでも買うのかと思ったが、それこそネットでも買える普段読んでる小説を数冊買っただけだった。
「なんだったんだ今日」
店を出て帰る途中そう聞くと、ぽそっと口を開いた。
「あのお店、今月末で閉まるんだって」
ああ、そういうことか。
当たり前だが、あの店だって例外のはずがないんだ。
それなら先に言ってくれれば良かったのに。
まだ数日あるらしいから、それまでにひとりでまた行くかと考えてから、こいつも誘うかと考え直した。