雷といえば春雷、梅雨明け前の雷、それから乾燥した冬の雷のイメージしか無かった物書きです。
ネットで調べてみたところ、統計的にイチバン雷が落ちるのは、8月でした、とのこと。
「遠雷」も夏の季語だとか。初耳です。
と、いうハナシは置いといて、今回のおはなしのはじまり、はじまり。
最近最近のおはなしです。都内某所、某稲荷神社敷地内の隠し部屋に、大きな黒穴がありまして、
そこは実は、別の世界と繋がっておったのですが、
過去作7月27日頃から続いておった一連の大冒険の影響で、この稲荷神社含めて日本中の黒穴にフタが為されて、道も閉じてしまったのでした。
稲荷神社に住まう稲荷狐たちは、別世界に繋がる黒穴が閉じようと開いていようと、
ぶっちゃけ、知ったこっちゃないのです、
知ったこっちゃないのですが、
黒穴が閉じて困っておるのが、別世界から日本に仕事に来ている、世界線管理局なる組織の職員。
通勤に使っている黒穴が閉じてしまったので、
管理局に、帰還できないのです。
あるいは管理局に、通勤できないのです。
『しゃーねぇなぁ』
管理局のエンジニア、スフィンクスというビジネスネームの経理部局員が、重い腰を上げました。
『この天才エンジニアの俺様が、ちょっくら行って、黒穴ゲートを修復してくるぜぇ』
スフィンクスは都内某所の某稲荷神社に急行。
さっそく情報を収集して、必要なものを特定したので、黒穴の再開通までもう一歩なのでした。
ところで世界線管理局なる異世界組織で仕事をしておる職員の中には、黒穴閉鎖の影響で、
管理局に帰れず、都内に閉じ込められてしまった人間だの人外だの、あるいは幽霊だのが居まして。
その中でもイチバン困っておるのが人外。
それも、パンやごはん、お肉や野菜を食うのではなく、今回のお題に関係して、
データを主食に、信号をデザートに食うような、トンデモ人外が居ったのです!
電気代が食事代、ギガバイト代も食事代の人外は、名前を「アデニン」といいまして、
都内某所の某私立図書館で、LUCA、ルカと名乗る館長に、地下で飼われておったのでした。
ここからお題回収。
人外アデニン、管理局に帰れず、管理局でお散歩もできず、管理局で1週間に1度のごはんも食べさせてもらえないので、ご立腹。
図書館の地下、アデニン用に作られた部屋の中で、
ゴロゴロ、ごろごろ、ゴロゴロごろごろ。
遠雷のような鳴き声を響かせておりました。
しゃーないのです。アデニンが1週間に1度のごはんで図書館の電気や情報を食べてしまうと、
ブレーカーは一気に落ちるし、ギガ数は一気にテラまで削られるし、要するに、大食漢なのです。
ゴロゴロ、ごろごろ、ゴロゴロごろごろ。
遠雷のような鳴き声をして、人外アデニン、「ハラヘッタ」と訴えるのです。
なんでそんな遠雷人外が、私立図書館の地下で飼われておるのでしょう。
答えはカンタン。館長のルカも、この世界の人間ではなく、別世界出身の人間だからです。
詳しいことは、今回のお題とは関係無いので、またいつか、別のお題のおはなしで。
「こらアデニン。ゴロゴロうるさいですよ」
地下に響く遠雷モドキを聞きながら、飼い主のルカ館長、アデニンに言いました。
「あと数日の辛抱です。我慢なさい」
館長がゴロゴロ遠雷のアデニンの、頭を撫でてやろうとすれば、機嫌が悪いアデニンは威嚇です。
ごろごろ!ぴしゃん!ハラヘッタ!
「仕方無いでしょう。おまえ、『食べるならちょっとだけですよ』と言っても、全部食べるでしょう」
ハラヘッタ、ハラヘッタ!ゴロゴロゴロ!
「そんなに言うなら食べますか、クレーマー客の音声データ。自動生成の詐欺メッセージ」
ヤダ。ガマンスル。ごろごろ。
「よろしい」
あと数日。あと数日です。
未来が見えているかのように、ルカ館長はゴロゴロ遠雷モドキの人外の、頭を撫でて呟きましたとさ。
「遠雷」がお題のおはなしでした。 おしまい。
私、永遠の後輩こと高葉井は、先日ドチャクソに妙な光景に遭遇した。
蒸し暑い東京の真夏の、深夜を散歩していたら、
多分私がお酒を飲んでた影響だと思うけど、妙な幻覚というかなんというか、ファンタジーというか、
ともかく、狐火みたいなものが、フワフワ浮いて、私に話しかけてくるのを聞いたし、見た。
何度も言うけど、多分、お酒飲んでたからだ。
あと真夜中の散歩が意外と暑かったからだ。
ホントに最近の東京の熱帯夜は酷いと思う。
『おや。こんばんは』
Midnight Blueの熱帯夜に、キレイな金色した炎が、ふわふわ浮いて紙袋なんか持ってる。
『今夜も暑いですね』
紙袋の中身はよく見えなかったけど、
少なくとも、何かの串料理がどっさり入ってるってのだけは、ちょっと分かった。
『お散歩ですか?』
金色の狐火(仮称)は、まさかの日本語話者だったらしい。私に話しかけてきた。
友好的で串料理の紙袋持ってる狐火とかウケる
(これぞ酔っ払いの夢心地)
『聞いてください。私の末っ子がね』
触らぬ神に祟り無し。 触らぬ狐火に呪い無し。
放ったらかして散歩を切り上げて、アパートに帰ろうと思ったら、狐火(仮)が追っかけてきた。
『私の末っ子が、見習いに認められたのです』
狐火( )の末っ子さんだって。
狐火( )に子供が居るんだって。
Midnight Blueに浮かぶ金色は明確に嬉しそう。
子供が居て串料理の紙袋持ってる狐火。ウケる
(やっぱり酔っ払いの夢心地)
『私はもう嬉しくて嬉しくて、だって、あの子がやっと、やっと、ウカサマに認められたんです』
こっちが触らぬ神してるのに、
まぁ私が酔っ払って夢心地で、私自身がそういう夢を見てる影響だから、ってのは分かるけど、
狐火さんは狐火さんの子供自慢をずっとしてくる。
『それでね、あの子、先日の旅行で和牛を覚えて帰ってきて、ハマってしまったらしいのでね。
ああ、ああ、今行くよ、お土産買ったよ……』
お酒飲むと想像と妄想の扉が一気にババンと開くってタイプの絵師さんや物書さんが居るらしい。
ここまで鮮明に空想が目に見えるなら、もしかしたら、私もそのタイプだったのかもしれない……
それにしたって狐火、狐が夢見心地に出てくるとか、狐憑きみたいでちょっと怖い。
『お利口さんに待ってるんだよ、ああ、今行くよ』
ずっとずっと触らぬ神ムーブして、そのときはそのまま自分のアパートに戻ってぐっすり寝た。
不思議と夢見は良くて、悪夢とは無縁だった。
起きてから、
Midnight Blueの中の金色のキレイさを思い出して、
狐火だと思って、
途端に狐で不安になったから、
早めに出勤して、
途中で近所の稲荷神社に駆け込んで、
経緯を話してお祓いしてもらった。
「すいません。すいません」
お祓いしてくれた神職さんの声が、
なんだかどこかで聞き覚えが、あるような。
「ご迷惑を、おかけしました」
何故かタダでお祓いしてもらって、御札とお守りまで貰って、それから、職場に急いだ。
なんだったんだろう(しらない)
……なんだったんだろう(だから、しらない)
と、いうのが私の真夜中のハナシ。
Midnight Blueの散歩道に金色を見たって夢見心地。
あんまりヘンテコな未知との遭遇だったから、
職場の私立図書館に着いてからも、朝礼が終わって業務が始まってからも、お弁当食べるときも、
ずーっと、そのことを考えてたら、
昼休憩中に、先輩から普通に心配された。
そりゃそうだと思う(ぶっちゃけ当然の経緯)
「どうした」
「んー?」
「何か悩んでいるように見える」
「んー。悩んで『は』、いないから大丈夫」
「心配事か?何かその、たとえば、懸念事項?」
「心配でも懸念でもないから大丈夫」
「なら、どうした」
「真夜中の散歩中に狐火見たからお祓いしてきたって言ったら先輩信じるタイプ?」
「ん、 ん?」
「でしょ?だから大丈夫」
「んん……??」
私を心配した先輩に、私の謎が数秒だけ伝染して、
先輩も先輩で少しだけ、首を傾けて考えてたみたいだけど、最終的に探求を放棄したみたいだった。
そりゃそうだと以下略(ぶっちゃけ略)
「書庫整理に行ってくる。
高葉井、電話番を頼む」
「あーい」
なんだったんだろう。
ホントに、なんだったんだろう。
ずっとずっと考え続けたけど、結局何も分からないし、分かるハズもないし、仕方無い。
その日の昼休憩はクルクル、くるくる、
稲荷神社で貰ったお守りを手元でいじって、回して、それで10分くらい時間が潰れた。
しゃーない、 しゃーない。
「君と」から始まるお題とも、かれこれ約900日、付き合いの長い物書きです。
覚えているだけでも「君と一緒に」「君と見た虹」「君と見た景色」「君と歩いた道」「君と最後にあった日」「君と僕」と、少なくとも6回以上。
今回はどうやら、飛び立つとのこと。
最後に飛行機を利用したのはいつだったやら。
日常的な飛び立ちといったら空港くらいしか思いつかない物書きが、こんなおはなしをご用意です。
最近最近のおはなしです。
都内某所、某深めの森の中に、本物の稲荷狐の家族が住まう稲荷神社がありまして、
みんな仲良く、参拝者との付き合いも長く、ご利益もそこそこ多めに盛って、過ごしておりました。
稲荷狐の家族の中の、末っ子子狐は最近ようやく、修行の成果を認められまして、
稲荷神社の神様から、名前を授かったところ。
稲荷狐の見習い、御狐様見習いの第一歩です。
末っ子の成長に、お母さん狐もお父さん狐も、おじいちゃん狐もおばあちゃん狐も、もちろんお兄さん狐もお姉さん狐も、
皆みんな、とっても喜んで、お祝いなど丸一日かけて、盛大に開催したのでした。
『見習いから一人前までの道程は長いぞ』
『今までどおり、一生懸命頑張るのよ』
『大丈夫。ウカサマはすべて、見てくださるから』
お祝いパーティーが終わって、お兄さん狐とお姉さん狐がそれぞれの家に帰るとき、
皆みんな、子狐をよく撫でて、よく抱きしめて、
そして、言葉を渡してゆきました。
『がんばる!がんばる!』
コンコン子狐の末っ子は、尻尾をピタピタ振り倒して、とってもとっても嬉しそう!
『しゅぎょー、いっしょーけんめ、がんばる!』
自分たちの家に帰るお兄さんとお姉さんを、和牛ハンバーグをもぐもぐしながら、見送りました。
さぁ、明日からまた、修行です。
稲荷のご利益たっぷりなお餅を作って売って、人間の社会を勉強して、狐の秘術も習って、
少しずつ、ゆっくり、末っ子子狐のペースでもって、一人前の御狐様に育ってゆくのです。
で、ここからようやくお題回収。
末っ子子狐の御狐見習いの認定を、末っ子子狐のお父さん、ドチャクソに喜びまくっておりまして。
興奮さめやらず、1人もとい1匹して、数日かけて2次会3次会5次会など、やっておりました。
丁度良い距離のところに、子狐が作った餅巾着を仕入れている、大古蛇のおでん屋台があるのです。
子狐のお父さん、そこで夜な夜な飲むのです。
その日も子狐のお父さんは、おでん屋台で末っ子の、思い出話と自慢話を、延々と話すのです。
「もうね、私は嬉しくて嬉しくて、号泣するくらい嬉しくて、分かるかい、店主さん」
何杯目のお酒か知りませんが、お父さん狐が前足で、器用に手酌してお猪口をキュッ!
まだまだ呂律は回っておるようですが、言葉の繋ぎ方が少しだけ、崩れてきている様子。
「ああ、店主さん、店主さん。聞いてください。
私の末っ子は、あの子は、とっても元気で、食いしん坊で、それから、ええと、元気で」
あの子はなにより、優しいんですよ。
そう言ってからお父さん狐、にっこり幸福に笑いまして、もう一度お猪口をキュッ……
しようとして、おでん屋台の店主がそれとなく、水入りコップにすり替えました。
さすがに飲み過ぎなのです。ベロンベロンです。
「あれ。わたしのオチョコが、おおきくなった。
店主さん、不思議ですね」
「そーだね」
「ああ、店主さん、聞いてください、私の末っ子」
「そーだね」
「ああ、ああ……あの子が、呼んでる……」
「そーだ、 ん? え?」
「今帰るよ、お土産も、買ったよ……」
ほわほわ、ほわほわ。
稲荷狐のお父さん、幸福そうに天を見上げます。
ほわほわ、ほわほわ。
不思議な狐のお父さん、自宅の稲荷神社がある方向に耳を向け、マンチカンよろしく立ち上がります。
そのままお父さんの魂だけが抜けてって、
末っ子へのお土産と一緒に、飛んでゆきます。
「あーあー。行っちゃった」
稲荷狐のお父さんが買ったお土産は、子狐が最近ひょんな理由からハマってしまった、和牛串。
ああ、ああ。和牛串よ、汝、1本800円よ。
君と飛び立つお父さん狐は、とっても幸福。
子狐の喜ぶ顔を、想像しておるのです。
『今行くよ、いまいくよ……』
あんまり酔っ払ってしまって、自分の体を屋台に忘れてってることに、お父さん狐は気付きません。
そのまま霊狐よろしく、管狐よろしく、
魂だけでふわふわ、ふよふよ、気合いと御狐のチカラだけで牛串20本入りの紙袋を抱きしめて、
末っ子が待つ我が家へと、帰ってゆきましたとさ。
牛串と飛び立つ、稲荷狐のおはなしでした。
お父さん狐はその後、「あなた、また魂だけで帰ってきて」と、お母さん狐に指摘されるのですが、
まぁまぁ、その辺は以下略。 しゃーない。
この物書きの「忘れない」といえば、2〜3年ほど前のクリスマスちょっと前なのです。
クリスマスイブ・イブくらいの頃に足腰を、捻挫だか肉離れだか、ともかく起こしまして、
そのせいで立てず、歩けず、激痛が酷く、正月の3日間もベッドの上。
まさかの被災時用備蓄食が療養食となりました。
忘れない数年前の珍事件です。
と、いう早々のお題回収はさておいて、
今回もおはなしのはじまり、はじまり。
最近最近のおはなしです。都内某所の某稲荷神社には、本物の稲荷狐の家族が住んでおりまして、
そのうち末っ子の子狐は、稲荷狐の見習いとして、稲荷神社の神様から名前を授かったばかり。
まだまだ良き化け狐、偉大な御狐として、絶賛修行中の子狐だったのでした。
ところでそのコンコン子狐、先月末から今月最初にかけて、初めて東京の外に出て旅行を堪能。
雪国の夏を知り、地方の片田舎の夏祭りを知り、
そして、その片田舎でのみ消費されている和牛、「葉月牛」の牛串の、脂と肉とを知りました。
1本500円でした。
炭火でじっくり火を通した、素晴らしい肉でした。
露店の店主は子狐のために、塩を振りすぎず、少し冷まして、串から肉を取って、
さぁどうぞと、紙皿で提供してくれました。
あのときの脂の甘さ、肉の柔らかさ、そしてなにより子狐の鼻をくすぐる幸福な香りといったら!
『おいしい、おいしい、おいしい!』
尻尾を扇風機ばりにぶんぶん振り倒し、むしゃむしゃ、ちゃむちゃむ!
子狐は和牛串を、心ゆくまで堪能しました。
『わぎゅー、わぎゅー!おいしい!おぼえた!』
子狐は和牛串を、きっと、忘れないのでした。
で、あんまり和牛に恋してしまったせいで
最近の子狐の夢はだいたい食べ物三昧でして。
…――『おきつねさま。本日の和牛串です』
その日のお昼寝の夢の中でも、子狐は和牛串をちゃむちゃむ!食べておりました。
『特別に、とても大きな和牛串を作らせました。
どうぞ、存分にご堪能ください』
子狐に和牛串を献上するのは、子狐によくジャーキーをくれる某管理局のお姉さん。
高級座布団の上でくつろぐ子狐に、うやうやしく、大きなステーキサイズの牛串を差し出します。
『おきつねさま、その前に私が作らせた和牛串を』
子狐の夢の中に、もうひとり、登場人物が現れます。よくコーヒーを飲んでるお兄さんです。
『炭火でじっくり焼き上げました。さぁ』
『いや待て、俺様の牛串が先だ!』
『いいや、子狐は私の故郷の牛串をご所望だ』
『分かってないな。俺のに決まってる』
子狐の夢の中は、一気に高級お肉でいっぱい!
登場人物も一気に増えます。
『これ。ケンカは、やめるのです』
そして夢の中の子狐は、尻尾をぶんぶん振りつつ、澄ました態度と声で言うのでした。
『キツネはいま、はづきぎゅー、葉月牛のぎゅーくしを、もとめています。
まず、葉月牛のぎゅーくしをもってきたモノは、このキツネのまえに、すすみ出るのです』
『では子狐、まず私のを』
子狐の夢の中の、登場人物その4だか5あたりが、静かに前に進み出て、子狐の前に座ります。
『さぁ、どうぞ』
子狐の目の前で、大きな大きな牛串が、静かに美しくナイフで切られて、ひとくちサイズが数百個。
『うむ。くるしゅない』
夢の中の子狐の興奮は最高潮!
おくちをパックリ開けて、登場人物その4だか5がその中に、肉汁したたるサイコロ和牛を――……
…――「んあー……あむっ! あれ?」
もうちょっとで、肉汁したたるサイコロ和牛を、食べるというその瞬間で、
稲荷子狐はコンコン、お昼寝の夢から覚めました。
「わぎゅー、 わぎゅー、どこいった?」
周囲を見渡して、自分の下もよく見て、
こっくり、こっくり。子狐は小首を傾けます。
自分がくつろいでいたハズのふっかふか高級座布団が、どこにもありません。
自分が食べようとしていたハズのジューシー和牛のお肉が、どこにもありません。
「あれ? あれ?」
夢だったのです。 全部最初から無かったのです。
「わぎゅー」
でも子狐、完全に舌が和牛の受け入れ態勢。
モヤモヤしまくっています。
「キツネ、わぎゅー、たべる!」
仕方がないので稲荷子狐、お肉をくれそうな人間のアパートへ緊急走行。
アパートの住人にはとばっちり極まりない限りですが、知ったこっちゃありません。
そのまま子狐はロックもセキュリティも気にせず、人間の部屋に押し入ろうとしましたが、
子狐のお母さんに見つかって、捕獲されて、
結果、その日のごはんは鶏肉たっぷりの水炊きになったとさ。 しゃーない、しゃーない。
前回投稿分も十分、泣きわめく子狐がいて、大暴れしておったところですが、
「なぜ泣くの?と聞かれたから」というお題だそうなので、もうひとり、泣いてもらいましょう。
ということで今回の物語のはじまり、はじまり。
最近最近の都内某所、某アパートの一室に、藤森という雪国出身者がおりまして、
その隣の部屋に期間限定で住んでおるのが、まさかの異世界出身者。とある管理局の部門長さんです。
部門長さんのビジネスネームはルリビタキ。
日本での偽名として「条志」と名乗っています。
日本の小さいような、大きいような、
ともかく危機を監視して、場合によっては責任持って止めるために、別世界から来ておったのですが、
ひょんなことから元に戻るためのゲートが不通。
しゃーないので、日本で臨時休暇しておるのです。
詳しくは過去作7月27日投稿分から続くアレやこれやでご紹介しているものの、
スワイプが面倒なので、気にしてはなりません。
で、この藤森とルリビタキが、どうお題に関係してくるかというハナシですが、
それに関してはもうひとり、ルリビタキの部下の管理局員、ツバメが関係しておりまして。
――「条志さん?」
その日藤森は業界用スーパーに、糸こんにゃくと無塩ナッツミックスを買いに行きました。
「随分悩んでいるようですね。どうしたんです」
こんにゃくをザッカザッカ、ナッツの袋をポフッ、
買い物かごに入れた藤森は、ついでにちょっとお茶コーナーを確認しておったところ、
コーヒーの棚の前で腕を組んで眉間にシワを寄せてる隣人が、長いため息を吐くのを見つけました。
珍しく深めの防止など被っています。
どうやら、軽く変装しておるようです。
「藤森か」
ここでお題回収。 声をかけられたルリビタキ、視線に気づいて腕組みを解いて、言いました。
「局に戻れなくなったせいで、ツバメがな……」
はぁ、ツバメさんが? と藤森。
ルリビタキの部下のツバメを、藤森は知っていました。たしかコーヒー党の男でした。
ツバメの故郷にもコーヒーが存在していて、こっちの世界のコーヒーも大好き。
たしか、そんな男でした。
その彼がどうしたのでしょう。
泣いたのです。
「泣いた? ツバメさんが? どうして」
「管理局に一時的に戻れなくなっているせいで、
向こうのコーヒーが飲めなくなってだな」
「はぁ」
「やれカフェインの離脱症状だ、それ『向こう側のあの味が飲めないのがつらい』だ、
それはもう、シクシクと」
「は……」
ツバメはコーヒー党というより重度のコーヒー党、
あるいはコーヒージャンキー、もしくは敬虔なカフェイン教の信奉者でした。
「向こう」の世界に戻れなくなったルリビタキが、同じく「向こう」の世界に戻れなくなったツバメの仮の住まいを訪問したところ、
それはそれは、もう、それは。
苦しそうに、悲しそうに、しくしく、しくしく。
泣いておったそうでした。
『あの味から離れて数日だからです』
なぜ泣くの?と聞かれたから、
ツバメはルリビタキに言いました。
『そりゃカフェイン依存症の治療は受けてますが、アレは別腹というか、別カフェインですよ……』
ツバメとルリビタキが勤める管理局には、ツバメ御用達の上質なコーヒーがありました。
カフェインに似た挙動をする、カフェインと似た構造の、カフェフィンと比べて段違いな成分を内包するコーヒー豆を使ったその1杯は、
1日1回、ツバメの頭と魂をガツンと突き抜けて、眠気も疲れも完全に吹き飛ばすのでした。
それを飲めないのが、今回のお題をひとりで回収してしまうくらい、ツバメを引き裂いたのでした。
はい。完全なカフェイン依存症です。
デカフェを利用して、脱却しましょう。
「……と、いうことがあってだな。
そのツバメの代わりに、俺がコーヒーを買いに来たんだが、どれが良いのか分からん」
「はぁ。そうですか」
「藤森、おまえなら、どれを買っていく?」
「それ、どっちの意味で聞いていますか、
カフェイン依存症を助長するのか、しないのか」
「ツバメが飲みそうなやつだ」
「んん……」
カフェインジャンキーさんが飲みそうなやつ、ね。
藤森はチラリ、コーヒーの棚の一点を見ました。
そこには業界用スーパーのオリジナル商品、1杯あたり200mgのカフェイン量を誇る、ドチャクソにハイカフェインなコーヒーが、
カフェラテタイプとブラックと、それからオレンジコーヒー味の3種類体制でもって、
整然と、並んでおったのでした。
カフェインジャンキーならばこれを飲むでしょう。
カフェイン教のツバメなら、これを飲むでしょう。
でもツバメはツバメ自身のカフェイン離脱症状を克服するためにもデカフェを飲むべきです。
「これ、 じゃないですかね」
藤森はルリビタキに、キレイなボトルに入ったカフェインレスコーヒーを渡しました。
「なるほど。たすかった。礼をいう」
ルリビタキは何も疑わず、藤森に小さく短く頭を下げて、同じボトルをもう2本、取りました。
その後のことは、藤森は知りません。
ただ、ツバメがもし「なぜ泣くの?」と聞かれたら、きっと「感謝はしてるんですよ」と言葉を濁すことでしょう。 しゃーない、しゃーない。