かたいなか

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前回投稿分も十分、泣きわめく子狐がいて、大暴れしておったところですが、
「なぜ泣くの?と聞かれたから」というお題だそうなので、もうひとり、泣いてもらいましょう。
ということで今回の物語のはじまり、はじまり。

最近最近の都内某所、某アパートの一室に、藤森という雪国出身者がおりまして、
その隣の部屋に期間限定で住んでおるのが、まさかの異世界出身者。とある管理局の部門長さんです。

部門長さんのビジネスネームはルリビタキ。
日本での偽名として「条志」と名乗っています。
日本の小さいような、大きいような、
ともかく危機を監視して、場合によっては責任持って止めるために、別世界から来ておったのですが、
ひょんなことから元に戻るためのゲートが不通。
しゃーないので、日本で臨時休暇しておるのです。

詳しくは過去作7月27日投稿分から続くアレやこれやでご紹介しているものの、
スワイプが面倒なので、気にしてはなりません。

で、この藤森とルリビタキが、どうお題に関係してくるかというハナシですが、
それに関してはもうひとり、ルリビタキの部下の管理局員、ツバメが関係しておりまして。

――「条志さん?」
その日藤森は業界用スーパーに、糸こんにゃくと無塩ナッツミックスを買いに行きました。
「随分悩んでいるようですね。どうしたんです」

こんにゃくをザッカザッカ、ナッツの袋をポフッ、
買い物かごに入れた藤森は、ついでにちょっとお茶コーナーを確認しておったところ、
コーヒーの棚の前で腕を組んで眉間にシワを寄せてる隣人が、長いため息を吐くのを見つけました。

珍しく深めの防止など被っています。
どうやら、軽く変装しておるようです。

「藤森か」
ここでお題回収。 声をかけられたルリビタキ、視線に気づいて腕組みを解いて、言いました。
「局に戻れなくなったせいで、ツバメがな……」

はぁ、ツバメさんが? と藤森。
ルリビタキの部下のツバメを、藤森は知っていました。たしかコーヒー党の男でした。
ツバメの故郷にもコーヒーが存在していて、こっちの世界のコーヒーも大好き。
たしか、そんな男でした。

その彼がどうしたのでしょう。
泣いたのです。

「泣いた? ツバメさんが? どうして」
「管理局に一時的に戻れなくなっているせいで、
向こうのコーヒーが飲めなくなってだな」
「はぁ」
「やれカフェインの離脱症状だ、それ『向こう側のあの味が飲めないのがつらい』だ、
それはもう、シクシクと」
「は……」

ツバメはコーヒー党というより重度のコーヒー党、
あるいはコーヒージャンキー、もしくは敬虔なカフェイン教の信奉者でした。

「向こう」の世界に戻れなくなったルリビタキが、同じく「向こう」の世界に戻れなくなったツバメの仮の住まいを訪問したところ、
それはそれは、もう、それは。
苦しそうに、悲しそうに、しくしく、しくしく。
泣いておったそうでした。

『あの味から離れて数日だからです』
なぜ泣くの?と聞かれたから、
ツバメはルリビタキに言いました。
『そりゃカフェイン依存症の治療は受けてますが、アレは別腹というか、別カフェインですよ……』

ツバメとルリビタキが勤める管理局には、ツバメ御用達の上質なコーヒーがありました。
カフェインに似た挙動をする、カフェインと似た構造の、カフェフィンと比べて段違いな成分を内包するコーヒー豆を使ったその1杯は、
1日1回、ツバメの頭と魂をガツンと突き抜けて、眠気も疲れも完全に吹き飛ばすのでした。

それを飲めないのが、今回のお題をひとりで回収してしまうくらい、ツバメを引き裂いたのでした。

はい。完全なカフェイン依存症です。
デカフェを利用して、脱却しましょう。

「……と、いうことがあってだな。
そのツバメの代わりに、俺がコーヒーを買いに来たんだが、どれが良いのか分からん」
「はぁ。そうですか」

「藤森、おまえなら、どれを買っていく?」
「それ、どっちの意味で聞いていますか、
カフェイン依存症を助長するのか、しないのか」
「ツバメが飲みそうなやつだ」

「んん……」

カフェインジャンキーさんが飲みそうなやつ、ね。
藤森はチラリ、コーヒーの棚の一点を見ました。
そこには業界用スーパーのオリジナル商品、1杯あたり200mgのカフェイン量を誇る、ドチャクソにハイカフェインなコーヒーが、
カフェラテタイプとブラックと、それからオレンジコーヒー味の3種類体制でもって、
整然と、並んでおったのでした。

カフェインジャンキーならばこれを飲むでしょう。
カフェイン教のツバメなら、これを飲むでしょう。

でもツバメはツバメ自身のカフェイン離脱症状を克服するためにもデカフェを飲むべきです。

「これ、 じゃないですかね」
藤森はルリビタキに、キレイなボトルに入ったカフェインレスコーヒーを渡しました。
「なるほど。たすかった。礼をいう」
ルリビタキは何も疑わず、藤森に小さく短く頭を下げて、同じボトルをもう2本、取りました。

その後のことは、藤森は知りません。
ただ、ツバメがもし「なぜ泣くの?」と聞かれたら、きっと「感謝はしてるんですよ」と言葉を濁すことでしょう。 しゃーない、しゃーない。

8/20/2025, 9:37:51 AM