かたいなか

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「君と」から始まるお題とも、かれこれ約900日、付き合いの長い物書きです。
覚えているだけでも「君と一緒に」「君と見た虹」「君と見た景色」「君と歩いた道」「君と最後にあった日」「君と僕」と、少なくとも6回以上。

今回はどうやら、飛び立つとのこと。
最後に飛行機を利用したのはいつだったやら。
日常的な飛び立ちといったら空港くらいしか思いつかない物書きが、こんなおはなしをご用意です。

最近最近のおはなしです。
都内某所、某深めの森の中に、本物の稲荷狐の家族が住まう稲荷神社がありまして、
みんな仲良く、参拝者との付き合いも長く、ご利益もそこそこ多めに盛って、過ごしておりました。

稲荷狐の家族の中の、末っ子子狐は最近ようやく、修行の成果を認められまして、
稲荷神社の神様から、名前を授かったところ。
稲荷狐の見習い、御狐様見習いの第一歩です。
末っ子の成長に、お母さん狐もお父さん狐も、おじいちゃん狐もおばあちゃん狐も、もちろんお兄さん狐もお姉さん狐も、
皆みんな、とっても喜んで、お祝いなど丸一日かけて、盛大に開催したのでした。

『見習いから一人前までの道程は長いぞ』
『今までどおり、一生懸命頑張るのよ』
『大丈夫。ウカサマはすべて、見てくださるから』

お祝いパーティーが終わって、お兄さん狐とお姉さん狐がそれぞれの家に帰るとき、
皆みんな、子狐をよく撫でて、よく抱きしめて、
そして、言葉を渡してゆきました。

『がんばる!がんばる!』
コンコン子狐の末っ子は、尻尾をピタピタ振り倒して、とってもとっても嬉しそう!
『しゅぎょー、いっしょーけんめ、がんばる!』
自分たちの家に帰るお兄さんとお姉さんを、和牛ハンバーグをもぐもぐしながら、見送りました。

さぁ、明日からまた、修行です。
稲荷のご利益たっぷりなお餅を作って売って、人間の社会を勉強して、狐の秘術も習って、
少しずつ、ゆっくり、末っ子子狐のペースでもって、一人前の御狐様に育ってゆくのです。

で、ここからようやくお題回収。
末っ子子狐の御狐見習いの認定を、末っ子子狐のお父さん、ドチャクソに喜びまくっておりまして。
興奮さめやらず、1人もとい1匹して、数日かけて2次会3次会5次会など、やっておりました。

丁度良い距離のところに、子狐が作った餅巾着を仕入れている、大古蛇のおでん屋台があるのです。
子狐のお父さん、そこで夜な夜な飲むのです。
その日も子狐のお父さんは、おでん屋台で末っ子の、思い出話と自慢話を、延々と話すのです。

「もうね、私は嬉しくて嬉しくて、号泣するくらい嬉しくて、分かるかい、店主さん」
何杯目のお酒か知りませんが、お父さん狐が前足で、器用に手酌してお猪口をキュッ!
まだまだ呂律は回っておるようですが、言葉の繋ぎ方が少しだけ、崩れてきている様子。
「ああ、店主さん、店主さん。聞いてください。
私の末っ子は、あの子は、とっても元気で、食いしん坊で、それから、ええと、元気で」

あの子はなにより、優しいんですよ。
そう言ってからお父さん狐、にっこり幸福に笑いまして、もう一度お猪口をキュッ……
しようとして、おでん屋台の店主がそれとなく、水入りコップにすり替えました。
さすがに飲み過ぎなのです。ベロンベロンです。

「あれ。わたしのオチョコが、おおきくなった。
店主さん、不思議ですね」
「そーだね」
「ああ、店主さん、聞いてください、私の末っ子」
「そーだね」

「ああ、ああ……あの子が、呼んでる……」
「そーだ、 ん? え?」
「今帰るよ、お土産も、買ったよ……」

ほわほわ、ほわほわ。
稲荷狐のお父さん、幸福そうに天を見上げます。
ほわほわ、ほわほわ。
不思議な狐のお父さん、自宅の稲荷神社がある方向に耳を向け、マンチカンよろしく立ち上がります。
そのままお父さんの魂だけが抜けてって、
末っ子へのお土産と一緒に、飛んでゆきます。

「あーあー。行っちゃった」

稲荷狐のお父さんが買ったお土産は、子狐が最近ひょんな理由からハマってしまった、和牛串。
ああ、ああ。和牛串よ、汝、1本800円よ。
君と飛び立つお父さん狐は、とっても幸福。
子狐の喜ぶ顔を、想像しておるのです。

『今行くよ、いまいくよ……』

あんまり酔っ払ってしまって、自分の体を屋台に忘れてってることに、お父さん狐は気付きません。
そのまま霊狐よろしく、管狐よろしく、
魂だけでふわふわ、ふよふよ、気合いと御狐のチカラだけで牛串20本入りの紙袋を抱きしめて、
末っ子が待つ我が家へと、帰ってゆきましたとさ。

牛串と飛び立つ、稲荷狐のおはなしでした。
お父さん狐はその後、「あなた、また魂だけで帰ってきて」と、お母さん狐に指摘されるのですが、
まぁまぁ、その辺は以下略。 しゃーない。

8/22/2025, 9:30:44 AM