前回投稿分からの続き物。
「ここ」ではないどこか別の世界に、「世界多様性機構」なる厨二ふぁんたじー組織がありまして、
そこは、滅亡しそうな世界の生き残りを他の世界へ、密航によって避難させたり、
発展途上の世界に先進世界の技術や魔法を、いっぱい導入して一気に発展させたり、
すなわち「皆で進み、誰も見逃さない」をモットーとして、しかし為してることが完全に違法なので、
ぶっちゃけ、世界間の航路整備等々をしている世界線管理局からは、目をつけられておりました。
だって、機構は「そこで終わるべき」人々を大量に別の世界へ送って、その「別の世界」に負荷をかけたり、パンクさせたりしてしまうのです。
なにより、機構は先進技術の導入はするのに伝統技術の保存はしないので、「別の世界」の文化も伝統も全部上書きして潰してしまうのです。
で、今回のお題回収役は、その機構の新人さん。
ビジネスネームを「アテビ」といいます。
「機構は確実に、たくさんの命を救ってるけど、
管理局の言い分は、どうなんだろう」
再度明記しますが、アテビの職場は違法なことをしておるので、管理局に目を付けられています。
ですがアテビ、気になるものは、気になるのです。
「すごく怖いけど、行ってみよう!」
さあ、冒険だ、冒険だ!
アテビは身分を偽装して、自分の職場を「違法」と断じる世界線管理局の、施設見学ツアーに応募。
運良くか運悪くか、ともかく当選しましたので、
敵地見学、お題回収、冒険に向かいます。
東京の文化をリスペクトして、小さな黄色いメモ帳と、それからボールペンとを持って、
ガッツリ、いろいろ、勉強する気満々。
一応念のため、緊急脱出ボールも忘れません。
「よし、出発!」
「今回の見学ツアーの案内を担当する、コリーだ」
その日の管理局見学ツアーは、「何故か」1人しか応募が無かった様子。好都合っちゃ好都合です。
犬耳のスタイル良い女性が、丁寧にアテビを案内して、いろんな質問に答えてくれます。
「今日は君ひとりだ。君のペースに合わせて、ゆっくり、じっくり回ろう」
さあ、冒険だ、冒険だ!
まずアテビは、「本来なら滅亡世界の生存者はここに来る」という、難民シェルターを見学です。
「三食おやつ付き。レジャーも各種完備だ」
犬耳コリーが言いました。
「いわゆる『地球◯個分』。今後も拡張予定だ。
君も知ってのとおり、それぞれの世界が『それぞれの世界』として始まり、終わるために、滅亡世界から別世界への密航は原則として禁止されている。
それでも、ひょんなことから生き延びる者は居る。
彼等が退屈せず、『彼等』として生涯を、尊厳をもったまま終えるために作られたのが、ここだ」
管理局は滅亡世界の人々を「他の世界」ではなく、「ドチャクソデカい人造世界」に収容してるのか。
アテビはよくよく理解して、メモに残しました。
さあ、冒険だ、冒険を続けよう!
次にアテビは、「本来なら滅亡世界の技術や魔法はここに来る」という、収蔵庫の見学です。
「ここは、多数存在する収蔵庫の中のひとつだ」
犬耳コリーが言いました。
「すべての収蔵庫は、それひとつにつき、1人の管理局員が担当している。
世界が滅ぶと、その世界が積み上げてきた技術もアイテムも、すべて一緒に消滅するものだが、
たまに、それこそ滅亡世界の生存者と同じように、残ってしまうものがある。
それらが他の世界に影響を与えないように、我々はそれらを、回収して、保管しているんだ」
管理局は滅亡世界の先進技術を「発展途上世界」に提供せず、管理局内で使ってるのか。
アテビは質問事項が出てきたものの、
ひとまず、メモに残しました。
さあ、冒険だ、冒険の終盤だ!
最後にアテビは、「本来なら管理局員の胃袋はここで満たされる」という、職員専用食堂に……
「職員専用食堂」??
「ここが、君が将来世話になるかもしれない、管理局員のための専用の食堂だ」
コリーが言いました。
「管理局は、滅亡世界の生存者も、シェルター出身者も、多く就職している。
あらゆるニーズ、好き嫌いに、対応可能だ。君の世界の料理もおそらく、ここで提供されているよ」
「将来」「世話になるかもしれない」???
「あれ?」
アテビは完全に混乱してしまって、自分の見学ツアーのチケットを確認しました。
「あれ……?」
見学ツアーのチケットです。
それは、間違い無いのです。
「あ、 あっ」
しかしチケットの裏面を見て、アテビ、すべてを理解して、コリーに猛烈に謝罪しました。
「ごめんなさい!就職希望じゃないんです!」
「なに?」
「私、わたしっ、ただ、管理局が気になって」
「ん、ん?」
アテビのチケットの裏側には、しっかり、「就職希望者用」と、印字されておったとさ。
「◯回ガチャを回せばピックアップ確定」の、その◯回にギリギリ、ガチャ石が届いて……ない!
ソシャゲの悲しい思い出に関しては枚挙に暇がない物書きが、こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所には、フィクションファンタジーなおはなしらしく、
東京に活動・支援拠点を建てて、闇に隠れながら活動しておる異世界組織がありまして、
名前を、「世界多様性機構」といいました。
今回のお題回収役は、この機構で仕事している異世界出身の女性でして、ビジネスネームをヒノキの別名、「アテビ」といいました。
アテビの仕事は、東京に無断で作った支援拠点「領事館」で、この世界(特に日本)に避難してきたの異世界人の、生活支援と援助をすること。
世界多様性機構は滅んだ他の世界の生存者を、まだ生きている他の世界へ、
密航の形で、避難させて、そこに馴染み新しい生活を送るための手助けをしておるのです、
が。
実は、滅んだ世界の生存者を無許可に他の世界へ定住させるのは完全に違法でして。
というのも、自然の成り行きしかり、自分たちの選択しかり、たいてい自業自得が多いですが、
それによって滅んだ世界の人々を大量に別世界へ申請無しに移住させ続けると、
いずれ移住先の世界が、滅んだ世界の住民で、パンパンに飽和してしまうのです。
なによりイチバン懸念されるのは、移住先の伝統や文化が塗りつぶされて、消えてしまうこと。
このまま機構が滅亡世界の生存者を、どんどん東京に密航させ続けると、
彼等の世界に存在した先進技術によって、あらゆる伝統、あらゆる文化、それこそ江戸切子や美しき田園風景等々が、そのほとんど大多数が、
滅んだはずの世界の技術に、あるいは文化によって、上書きされてしまう可能性が、あるのでした。
それでも異世界人の命を救いたいのが機構です。
故郷を失った人々に、新しい居住地を。
故郷が死んでしまった人々に、新しい命を。
それが、世界多様性機構なのです。
アテビもそんな、滅亡世界から別の世界に密航して、それで生き残った異世界人の子孫。
密航2世であったのでした。
「でも、それは本当に、必要なことなのかな」
ここでようやくお題回収。
東京を滅亡世界の難民・密航シェルターにしようと画策している機構で仕事をしておるアテビは、
いずれ先進世界の難民と技術とで塗りつぶされてしまうかもしれない東京に赴任してきて、
しかし東京の、日本の伝統と、文化と、心を、
すごく気に入って、尊敬して、
なにより、少しだけ、愛してしまったのでした。
機構は滅亡世界難民の密航支援だけでなく、
東京をはじめとしたこの世界のような「発展途上世界」への、先進技術導入も、
積極的に、狙って、為しておったのでした。
「私、自分が好きだと思った世界の、好きだと思った文化を、先進世界で塗りつぶそうとしてる気がする。それって、どうなのかな……」
アテビは自分の上司に相談しました。
アテビは、少しの間、自分の職場である世界多様性機構からお休みを貰って、
そして、自分が本当にやりたいこと、為したい仕事が何であったのか、考えることにしました。
それこそが、今回のお題回収でありました。
「館長。スギ館長」
「ん?どうした。給料アップの交渉か?
ウチは資金がキッツキツなんだから、無理だぞ」
「違うんです。私、わたし、
このまま機構で仕事し続けるべきか、悩んでます」
「理由は?」
「機構の仕事のせいで、この世界の良いものが全部消えちゃうのは、違う気がしたんです」
「それで、機構を辞めるかこのまま仕事を続けるか、少し考えたいと? 新人のお前が?」
「はい、はい。そうなんです」
「アテビ。お前、悩み事のちゃんとした答えを見つけられるくらいに、機構の仕事を理解してるか。
そのくらいの場所に、経験が届いてると思うか」
「届いて……いると思います」
「本当に、ほんとうに、そう思うか」
「思います。届いて……いると、思います」
「いいや。お前は、まだ中途半端だ」
右が良いか、左が良いか。
助けるべきか、守るべきか。
今の仕事が悪なのか善なのか、正義なのか。
それをちゃんと考えるためにも、まず、「今の」自分の立ち位置を、よく理解しろ。
アテビの上司はアテビの目を見て、言いました。
「アテビ。お前はまだ、届いて……ない」
アテビの上司が言いました。
「まず、自分の『今』を、確実に理解しろ。
自分の立ち位置を確定させろ。
反対側と自分側を比べるにはな、それが、必要だ」
私、永遠の後輩こと高葉井は、先日、まさかの「推しに認知される」という奇跡に遭遇した。
あの日の景色はよく覚えてる。
私の推しは一般的、常識的に、「ゲーム内のキャラクター」と認識されてるけど、
実はその推しが、普通に現実に存在してて、普通にゲーム内どおりの仕事してて、
それで、その推しの、職場の場所を知ってる人に、今年、たまたま会えた。
あの日の景色は、本当に、よく覚えてる。
推しの職場に連れて行かれて、
推しの職場をあちこち歩いて、
推しカプの左側が居て、推しカプの左側と言葉を交わして、私が過呼吸になっちゃって、
それから、それから。
これまで推しじゃなかったけど推しになったキャラクター、もとい女性とは、
なんだかんだで、食事して、少し仲良くなった。
推しは「世界線管理局っていう架空の職場で勤務してる架空の人物」のハズだった。
「ゲームキャラだと思ってた推しが実在する」、
「ゲームの舞台だと思ってた職場が実在する」。
まさかの状況を、私は経験した。
その景色が忘れられないせいで最近私の仕事が少し、いやドチャクソに、手につかない。
「高葉井ちゃん。手が止まってるわよ」
「はい副館長……」
「高葉井ちゃーん、そろそろ俺と交代だよん」
「はい付烏月さん……」
「高葉井。おまえ、魂の輝きが強まりましたね。
恋でもしましたか。うふふふふ」
「先輩せんぱい館長出没警報お願いします」
推しが居た。 推しが、居る。
推しカプの左側が、現実に、存在する。
推しカプの左側さんは、私を認識してて、私はその左側さんと言葉を交わしたし視線も合わせてる。
その景色を思い出しただけで、私は頭がポーっとして、顔がほてって、
仕事が、手につかなくなる。
左側さんと会ったあの風景は、それだけ私にとって、心と魂の全部だった。
で、何が言いたいかというと、
私が先日出会ったのは推しカプの「左側」で、
実は「右側」は、左側さんより更に早く、実は既に会っていて、向こうからも認知されてたんじゃないかという疑惑が浮上してるってハナシで。
というのも右側さんに声も顔も姿も完全に似てる人を今まで「右側さんの神レイヤー」と思ってて。
私が自分の仕事として、私立図書館の閲覧室で受付窓口に座ってたところ、
丁度、「右側さんの神レイヤーさん『と、個人的に認識してたひと』」が来館してきたから、
先輩に窓口を変わってもらって、神レイヤーさんに、先日「推しカプの左側さんと会った」っていう景色のハナシをしてみた。
「――と、いうことが、ありましてですね」
「ふむ、なるほど?」
もしかして、あなたもコスプレイヤーじゃなくて、
実は、本当に、本人だったりするんですか。
神レイヤーさんというのは、完全に、私の思い込みだったんでしょうか。
私はそんな意図をもって、右側さんの神レイヤーさんを、チラッと見た。
「お前が聞きたいことはだいたい分かる」
神レイヤーさんはそう言って、小さくて長いため息を、ひとつだけ吐いた。
「ツバメから何か聞いたか」
「ツー様、 ツバメさん、」
「お前が言うところの、『実在したゲームキャラ』だ。オシだったか」
「分かってます、分かってます。推しカプの、左側です。 なんにも聞いてない気がします。
神様、神レイヤー様、あなたは、誰ですか。
本当に、ほんとうに、実は、本物のルー部長……
私の推しカプの右側の、ルリビタキ部長だったり、するの、ですか」
「……」
私の推しの右側の神レイヤーさんは、再度ため息を吐いて、頭をガリガリして、私を見て、
「ひとつ、確認したい」
淡々と、言った。
「おまえ、ツバメとは、普通に話せるようになったのか。 つまり、例のあの、なんだ、オシ中毒?」
「過剰な推し摂取による急性尊み中毒ですか?」
「それは、大丈夫なのか?」
「ツー様は、もう、だいぶ大丈夫になりました」
「そうか」
なら、大丈夫だな。
神レイヤーさんは、そう言って、私をよく見て、
それで、それで……
「てっきり勘付いてると思っていたがd
おい、おい、高葉井、おい!
だいぶ大丈夫、じゃなかったのか!!
しっかりしろ例のトートミ中毒か!!
高葉井!高葉井ー!!」
【世界線管理局 収蔵品
『闇堕ちの呼び鈴:レプリカ』】
いわゆる小さなハンドベルタくイプ。
闇堕ち、欲望表出、黒化など、
既に滅んだ某世界で発生・成長した類似のヘキが、呼び鈴の形で結晶化した。
これは、そんな呼び鈴の低威力模造品。
管理局が作成したレプリカである。
音を聞き続けていると、心魂の奥底の「闇堕ちに丁度良さそうな」「隠された部分」が、じわじわ表層へ上ってくるのが分かる。
「隠された部分」というのは、得てして、対象のナイショナイショな「願い事」であるため、
メタいハナシながら、ここで今回のお題回収を最速でキメることが可能。
レプリカといえど効果はお墨付き。
ノイズキャンセリングイヤホンは何度か突破されたので、振る際、耳栓必須。
<<耳栓必須>>
――――――
今日も平和な厨二ふぁんたじー組織。「ここ」ではない異世界に存在する世界線管理局である。
法務部執行課、実働班特殊即応部門のオフィスでは、
なにやら人だかりができており、
中心のデスクではビジネスネーム「ルリビタキ」を名乗る部長が頭を抱えておって、
彼の膝の上では、よく遊びに来る稲荷の子狐が、
全身真っ黒、脅威の光吸収率な体毛に成り果てて、目だけがクリクリ美しい。
欲望、すなわち「願い事」を剥き出しにして、ジャーキーをちゃむちゃむ、食っている。
「オイシイ。オイシイ」
ヘソ天キメて、コンコン5本のジャーキーを、
ちゃむちゃむちゃむ、ちゃむちゃむちゃむ。
「ジャーキー、モット、ジャーキー!!
ブチョビタキ、オナカ、ナデロ!!」
非常に、子狐している。
非常に、「いつも以上に」、子狐である。
管理局が滅んだ世界から回収してきた収蔵品、「闇堕ちの呼び鈴」の持ち手が、あんまりにも、子狐にとって噛みやすかったらしい。
噛んで持って、ぶんぶん振ると音が出るので、
楽しくて楽しくてぶんぶんぶん、ぶんぶんぶん。
結果、子狐の心魂の奥底の、「闇堕ちに丁度良さそうな」「『隠された』部分」が、
ぶっちゃけ、子狐には、一切無かったので、
ポン! 闇堕ちの呼び鈴の「絶対闇堕ちさせるチカラ」が大暴走。
子狐を真っ黒くろすけの2Pカラーに染めて、
いつもの子狐を、更に「いつもの子狐」に仕立て上げてしまったのだ。
子狐の「願い事」を剥き出しにした、本能全振りコンコンの爆誕である。
黒い部分を持たぬ子狐に敗北し、ただ願い事を表に出しただけの呼び鈴は、直後、パキン。
割れて壊れて、闇の砂粒として消えていった。
「チョビタキ!ルブチョビタキ!!」
ところで、闇堕ちの呼び鈴は、闇堕ちをさそうが、光に戻さない。
「アソベ!オナカ、ナデロ!ジャーキー!!」
現在、呼び鈴を収蔵・保管しておったところの、収蔵保護課のアンゴラとドワーフホトが、
子狐を元に戻すべく、最適解の収蔵品をピックアップして法務部に急行中。
「ブッチョ!ブッチョサン!!」
ルリビタキは、彼女たちが到着するまでの間、
「管理局での保護者役」として、子狐を監視し続けている、のだが。
「ブッチョビタキッサン!!」
子狐の大声がひどかった。
ツボに入ってしまった局員には、口を押さえれば良いのか腹を押さえれば良いのか、途方に来れている者さえいた。
子狐のルリビタキを呼ぶ言葉が、彼等の腹筋にダイレクトクリティカルアタックし続けているのだ。
「あのッ、ブッチョ、……ルリビタキ部長ッ」
見よ。あわれな部下が3人して、上司に気を遣い、オフィスから出ていく。
「おれたち、例の機構の女性の……ぐふぅっ!」
ルリビタキは彼等に目を合わせない。
ただプラプラ、右手を振って、出発をうながすだけであった。
「ブッチョサン」はその日の部署内トレンドになったとさ。 おしまい、おしまい。
空と恋といえば、昔々にそういう名前の、Web小説やら映画やらがあった記憶。
まぁまぁ、懐かしい限りのお題です。
昨今の空は恋どころか、体温超えの炎天下で、憎悪の対象の可能性もある物書きが、
今回はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近、都内某所のおはなし。
本物の魔女が店主をしている喫茶店に、異世界から東京に仕事に来ている男性が来店。
男性はビジネスネームを、「ツバメ」といい、この世界のコーヒーが大好き!
特に何も入れないブラックを、あるいはミルクかシュガーを入れたものを、つまり余計な味や香りを足し過ぎないシンプルなものを愛しておりまして、
毎朝コーヒーの香りで目を覚まします。
その日は店主の魔女のおばあさんが、夏用のアイスコーヒーを夏用のグラスで提供する最初の日。
「夏の空って、美しいでしょう」
棚から黄色、赤紫、青に水色と様々な、美しい江戸切子のコーヒーグラスを取り出して、
魔女のおばあさん、ツバメに言いました。
「空恋ブレンドと、名付けたわ」
カウンターに座ったツバメの席の、隣の隣の、そのまた隣の席のあたりでは、
ツバメの職場を目の敵にしている組織に所属する、しかし最近ツバメの職場が気になる女性がひとり、レモン色した江戸切子のグラスに惚れぼれ。
彼女もまた、店主の魔女に呼ばれたのです。
というのも彼女、黄色いものが大好き。
黄色く輝く江戸切子グラスを、給料貯めて、店主から譲り受けたのでした。
「ツバメ、あなたは何色のグラスにする?」
「どれでも。コーヒーが美しく見えれば」
魔女のおばあさん、冷蔵庫の製氷室から、キンと冷やしたコーヒーの氷を取り出します。
カキン、かりん、カラリン、 ガラスの器に氷が滑り込み、店内には涼しい、夏の音が響きます。
「柑橘系の、明るく爽やかなフレーバーが感じられる豆と焙煎を選んだわ」
店主の魔女が言いました。
「空といえば、雲。積乱雲をミルクで表現するの」
静かに注がれた白いミルクから、コーヒーの氷が顔を出す様子は、雲海をまとった小さな山。
「ミルクの白い雲を『空』、柑橘の酸味なフレーバーを『恋』に見立てて、それで『空恋』ですか」
なるほどね。 シンプルなコーヒーが大好きなツバメ、深くゆっくり、頷きました。
穏やかにツバメが観察するグラスに、たっぷりの豆でじっくり抽出された水出しコーヒーが、静かに、ただただ静かに、注がれてゆきます。
きっと苦みの少ない、スッキリした、良い味のカフェラテになるだろう。
白黒2層で満たされた江戸切子を、ツバメは視覚と想像とで、堪能するのでした……
が。
再度明記します。
このツバメ、シンプルなコーヒーを至高と信じて、
特にブラック、あるいはミルクやシュガーを入れた程度の、アレンジし過ぎないシンプルが大好き。
シンプルイズ、ベストなのです。
「そうね。柑橘が『空恋』の、『恋』の部分よ」
魔女の店主、言いまして、
そして、 取り出したのが、
まさかの輪切りオレンジのシロップ漬け。
「ミカンのシロップ漬けを入れるの。
これで今年の空恋ブレンド、完成よ」
再三明記します。
ツバメ、シンプルが、好きなのです。
「んん……」
「あら。どうしたの」
「個人的に『空』だけで結構なので、『恋』要素には失恋して頂いて構いませんか」
「甘くて美味しいわよ?」
「失恋、して頂いて、良いですか」
「頑固ねぇ……」
そんなに言うならこの「空恋」、隣のお客さんにあげちゃうわよ。魔女の店主はちょっと不服。
ツバメの組織を敵視してる職場の方の、例の女性に、空恋の江戸切子グラスを持ってって、
無料で、提供してしまったとさ。
「あの、あのッ」
「ああ、お代は結構よ。ツバメから貰ったわ」
「そうじゃなくて、あの、
私も、アレンジは好きだけど、アレンジし過ぎない方が、味を加え過ぎない方が、好き……です」
「あら」
「きみ、たしか、敵対組織のとこの」
「あ、あっ、 はい。アテビと、いいます」
「コーヒーの好みに関しては分かり会えそうだ」
「そう、ですね」