かたいなか

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7/6/2025, 9:58:39 AM

最後に海に入ったのが何年前か分からない程度には、海水浴と縁のない物書きです。
そんな物書きが「波間に耳を澄ませて」のお題で、こんなおはなしをご用意しました。

「ここ」ではないどこかの世界に、「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織がありまして、
そこの総務部総合案内課は、いわゆる受付係。
観光目的で異世界渡航したい人の申請書を受理したり、あるいは突っぱねたり、
または現在渡航可能な世界・航路が封鎖されてる世界の情報を提供したり。
他にも、滅んだ世界から逃げ延びてきた難民の受け入れや、管理局見学ツアーの案内なんかも、
ともかく、色々、しておったのでした。

ところでその受付係に、「管理局の七不思議を教えてください」と問い合わせれば、
7個のうち5個は皆みんな、同じこと、同じ謎、同じ不思議を言うのですが、
残り2個に関しては、諸説、複数、異論多数。

受付係の情報によれば、
管理局内の部署それぞれ、入局時期それぞれで、
七不思議の6個目7個目は、何度か(少なくとも確実に5回以上は)、変動しておるそうで。
ゆえに、どの部署に「七不思議」を聞くか、何年前に就職してきた局員に「七不思議」を尋ねるかで、
情報は、だいぶ変わってくるそうでした。

今回はそんな、複数存在する「5個目」「6個目」の中の、最近言われるようになった新着不思議、
「朝に聞こえてくる波音」の情報を、
受付係のエリート局員、ビジネスネーム「コリー」さんから、聞いてみましょう。

――「時刻はだいたい、大半の局員が出勤してくる朝の、1時間ほど前あたりが定説だ」
ピコピコ、ぴこぴこ。
受付係のコリー、犬耳を立てて動かして、他の受付係の仕事に気を配りつつ、言いました。
膝の上には小さな子狐。ジャーキーをちゃむちゃむ、ちゃむちゃむ。幸せそうに噛んでいます。

「私は聞いたことが無いから分からないが、
特定の廊下、特定の突き当りで、ザーザー、ざーざー。海の音が聞こえてくるそうだ」

一応管理局内に海は存在するがな。
犬耳ピコピコ、コリーは言いました。
というのも、管理局は規格外に大規模で、広大。
滅んだ世界からこぼれ落ちた難民を収容する、三食おやつ付き、山海以下略レジャー完備の難民シェルターが存在するのです。
「もちろん、その難民シェルターの海エリアの、波の音が聞こえているワケではない。
それは事実だ。事実だが……、みんな『波音がする』と口を揃えて言うのさ」

ザザザ、ざらららら、
ザザザ、ざらららら。
朝に限って聞こえてくる、その波音に耳を澄ませておると、いつの間にか音は止まって、
そしてそれっきり、何も聞こえなくなるとか。
「不思議だろう?」
膝の上の子狐を撫でながら、コリーが言いました。
「海でもないのに聞こえてくる波音。
それが最近追加された、七不思議の6・7個目さ」

他にも「波」といえば、難民シェルターにもうひとつ、不思議があるんだが。
コリーが言おうとしたところで、収蔵部収蔵課の管理局員、「ドワーフホト」が到着。
「コリーさぁん、お待たせ〜」
持ってきたのは冷やしたぜんざい。
あずきに少しホイップを足した、なんちゃってアイスクリーム仕立てというか、ホイップドーナツ仕立てというか。なかなか美味しそうです。
「先週、コリーさんから注文貰った分、やっと順番回ってきたよぉ〜」

稲荷狐のご利益お餅とコラボした、手作りあんこの冷やしぜんざいは、大盛況!
ドワーフホトと子狐の共同開発メニューです。
「まいどまいど。これからも、よろしくぅ〜」
お題を貰ってドワーフホト、子狐と一緒に帰ってゆきました。

ザザザ、ざららら、
ザザザ、ざららら。
明日の朝も波音が、管理局のどこかで聞こえます。
「うむ。美味い」
ドワーフホトから冷やしぜんざいを貰ったコリー、あんことホイップをよく混ぜて、小さなお餅を絡めて、ぱくっ。幸福に堪能します。
「……ん?」

ところで、手作りあんこ、だそうです。
海でもないのに聞こえてくる波音は、最近言われ始めた新鮮な七不思議で、
ドワーフホトが冷やしぜんざいを完成させたのも、最近だったと記憶しています。
「ん……??」

ザザザ、ざらら、ザザザザ、ざらら。
コリーの推理の胸中に聞こえる波音に耳を澄ませて、今回のおはなしは、おしまい、おしまい。

7/5/2025, 5:39:08 AM

最近最近、都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷のご利益たっぷりのお餅を作って売って、
そうして、人間の世界を勉強しておるのでした。

ところで最近の東京は、子狐の体温にせまる37℃だの、38℃だの、本当に参ってしまいます。
こういうときは、冷やし餅、冷やし大福、それからぜんざいなんかが好まれます。
今日は本物の魔女のおばあさんが店主をしている喫茶店にお呼ばれしたので、
とびっきりのお餅を葛のツルのカゴに詰めて、
とってって、ちってって!ご機嫌で出張販売です。

「こんにちは、こんにちは!」
コンコン子狐、しっかり人間に化けて、まずは魔女のおばあさんに、ごあいさつ。
「まいど、まいど」
コンコン子狐、しっかり狐耳も狐尻尾も隠して、次は魔女の使い魔猫に、ごあいさつ。

喫茶店では3人1組の女性客が、
ひとりは軽い嫉妬でふてくされて、
もうひとりは最後のひとりにメイク指導。
最後のひとりは自分の変身具合に感動中。

「保湿はねぇ、大事だけどー、油分も気を配るぅ」
「はい……はいッ、気を配ります……!」

「ルリビタキ部長さんのコラボ概念コスメはねぇ、来年の方向性で迷ってるからぁ、 えーとね、
ひとまず、高葉井ちゃんに試作3種類あげるぅ。
コンセプトは『青い風』だよ〜。付けたげる」
「光栄です、光栄です……!」

「店で気まぐれに開催している、メイク教室よ」
よく冷えた子狐のぜんざいに、レモンの皮をけずって入れる魔女のおばあさんが言いました。
「どうしても、会う前に身だしなみを整えたいってお客さんが来ていてね。急ぎで今日、開いたの」

そしたら講師の親友さん、お客さんに、ヤキモチ焼いちゃったみたいね。
穏やかに笑う魔女のおばあさんが、レモンピールとあんこをよく混ぜて、ぜんざいを、ひとくち。
「んん。サッパリ。美味しいわ」
あんこの優しい甘味の奥に、
レモンの青い風味が、まさしくお題の「青い風」のような酸味を吹かせます。
「子狐ちゃんも、ほら、どうぞ」

「すっぱい!すっぱい!」
ギャッ!ギャギャッ!
子狐はレモンのすっぱさにビックリ!
まだまだ子どもだから、というより、削ったレモンピールが運悪く、一気に子狐の舌にビタッ!
張り付いてしまったのが原因のようです。
「キツネ、これ、やだ、すっぱい!」

子供の子狐には、運悪く、レモンピールが少々強風に当たり過ぎた様子。
「おばちゃん、あまいミルク、おいしいミルク、ちょーだい、すっぱい、すっぱい!」
レモンに子どもながらの威嚇をして、店主に甘えて、子狐には青い風より白の無風。
「ミルク、おいしい、おいしい」
魔女のおばあさんは子狐が、ごくごくミルクを飲み干すのを、優しく見守っておったとさ。

7/4/2025, 5:58:51 AM

私、永遠の後輩こと後輩に、実在の推しができた。
元々ゲームキャラとして推してたけど、
その「ゲームキャラ」だと思ってた推しが、
性格には推しカプの左側が、
モチーフとかフェイスモデルとか声優とか、そういう意味じゃなくガチの意味で、
まさかの、実在する人物だと判明。

私はいつの間にかリアルとフィクションが入り交じる世界線に辿り着いちゃったらしい。
ワケが分からない(しゃーない)

で、
推しと出会い
推しと語り合い
推しがコーヒーを奢ってくれて、
家に帰って寝て起きて、ようやく、
実在の推しと会ったって事実に頭が追いついた。

推しが居た。
推しが、十数時間前から数時間前にかけて、
私の部屋に居て、私と話して、不思議な喫茶店に一緒に行ってそこでコーヒーを奢ってくれた。

やっと頭が追いついた私は、
ひとまず、 部屋を片付けて美容室を調べて、
フェイスケアとネイルケアの、情報を漁った。
「身だしなみ気をつけなきゃ!!」

「高葉井ちゃん、随分熱心だね」
昼休憩中の職場、図書館の事務室で、すぐ対応してもらえてウデの良い美容室とサロンを探してたら、
私を今の職場に引っこ抜いた、「付烏月」って書いて「ツウキ」って読む付烏月さんが来た。
「デートとか?久しぶりに親友に会うとか?」

はい、最近研究中のベリージャム入りプチケーキ。
付烏月さんは私の机に、付烏月さん特製の小さなキューブケーキを置くと、
自分の席に座って、予約が入ってる貸し出し書籍のメッセージを打ち始めた。

「あのね。推しが、いたの」
「そっかー」
「推しが実在したの」
「そっかー」
「推しが実在したから、私、今のまんまの身だしなみじゃ、推しに会えない!」
「そっッ……、 ……うん?」

「推しにつり合うように、推しにいつ会っても良いように、お肌と爪と髪のケアしなきゃ!」
「んんーーー、 うん??」

「都内より、ちょっと千葉とか、横浜とか行った方が、もしかしたら良いかもしれない、
ひとまず遠くの美容室を開拓したい、
遠くへ行きたい!!」
「うん。高葉井ちゃん。ちょっと落ち着こう」
「遠くへー!行きたいッ!!」
「はい。深呼吸。吸ってー。吐いてー」

アンタ、ただでさえガチャで出費デカいんだから、あんまり無理しちゃダメよー。
私と付烏月さんのやりとりの奥で、オネェな多古副館長が、そんなこと言いながらケーキ食べてる。
付烏月さんが焼いてきたケーキが気に入ったのか、紙箱から勝手にもう1個、つまんでた。

オネェ副館長、もとい多古副館長には、推しと遭遇したってハナシはもうしてた。
というのも、私が出勤してきたとき、私の顔面が相当に蒼白だったらしい。
「何かあったの」って、「必要ならちょっと休みなさい」って、声をかけてくれた。

推しと至近距離で遭遇すると、体に悪いらしい
(推し成分と尊み成分の急激な過剰摂取)

「副館長、どこか良い美容室、知りませんか」
「今のまんまで十分よ。自信持ちなさい」
「副館長が行ってるところで良いです」
「だから、大丈夫だって。アンタも心配性ね」

「推しに中途半端な顔見せられないぃ……」
「ひとまず、ホントに、落ち着きなさい」

ほら、ケーキ。
副館長がまた勝手に、付烏月さんの紙箱からケーキを取って、それで、私の机に置いた。
付烏月さんはそれをガッツリ見てたけど、
副館長にどうやら何か、弱みを握られてるらしい。
ニッコリ笑われて、付烏月さんがそれを見て、口を尖らせて何も見なかったことにしてた。

「うぅぅ、高ランクで、高コスパの、サロン」
私は相変わらず、美容室捜索に未練があって、
どうしても、今の自分に自信が無い。
「恋ね。これはもう、恋よ」
多古副館長が言った。それはもう、イタズラなニヨニヨの笑顔を、ガッツリ、してた。

7/3/2025, 3:00:04 AM

最近最近のおはなしです。
「ここ」ではないどこか、別の世界に、「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織がありまして、
その中には、熱と冷気をあやつる不思議なハムスターが店主を押し付けられた、喫茶店がありました。

カラカラからから、ネズミの回し車のような、専用のコーヒー豆焙煎器を回しまして、
1杯ずつ、丁寧に焙煎して、それでもって絶品コーヒーを提供するのが好評な理由。
ハムスターはハムスターのくせに、ビジネスネームを「ムクドリ」といいました。

「ちくしょう、ちくしょう。あの魔女め!」
とっとこムクドリがコーヒーを提供することになったのは、深いワケがありました。
「絶対、借金の返済が終わったら、あいつのローブをかじり倒してやる!」
というのもムクドリ、魔女のおばあさんが店主をしている喫茶店で、家電のコードやらアンティーク家具やらを、かじかじ、削ってしまったのです!
「くおぉぁぁぁぁああ!おりゃー!」

魔女はムクドリに弁償を指示。
管理局内に新しい喫茶店を開設して、そこの店長を押し付けたのでした。

「ムクドリ!いつものを2杯たのむ」
さて、今日も今日とて、ムクドリの喫茶店にお客さん、管理局法務部の人間が、やってきました。
「1杯はミルク多めで、クリスタルシュガーを2本付けてやってくれ」
今日の常連さんは、新しいお客さんをひとり、連れてきた模様。管理局の局員ではなさそうです。
「ああ、そうだ、それから何か軽食も」
常連の方の法務部局員は、ビジネスネームを「ツバメ」といいました。

「軽食は!ビュッフェスタイルにしたから!
代金入れて勝手に持ってって!!」
カラカラカラ、ガラガラガラ。
とっとこムック、焙煎器を全力で回しながら、ツバメにチューチュー、ぎーぎー!叫びました。

「ビュッフェ?」
「軽食!スイーツ!おつまみ!!
勝手に取ってって!!」
「はぁ。それじゃ、お構いなく」

「食った分はちゃんと払ってよ!!」
「……前払式じゃないのか」

ガラガラガラ、がらがらがら!
とっとこムクドリは常連のツバメとお連れ様を放っといて、豆の焙煎に集中します。
「それで、気は落ち着いたか?」
「もう諦めました。受け入れることにしました」
「それは結構」
聞こえてくる声を聞くに、どうやらツバメ、事情聴取やら情報収集やらの場所として、この喫茶店を選んだようです。
「諦めた」って、何があったのでしょう?

「あたし知ってるよぉー」
へへへ、聞きたいー?
焙煎器の近くでムクドリのひとり運動会を観察していた収蔵部の局員「ドワーフホト」が、
アイスカフェモカをちゅーちゅー、ストローで堪能しながら言いました。
「あのねー、 ふふ、 まだナイショ〜。
それよりムクドリくん、カフェモカおかわり、ツバメさんの後で良いから、よろしくねぇ〜」

「なんだよ、もったいぶらないで、教えてよ!」
「ムクドリくん、ペース落ちてるぅ」
「ホトさんが大量にモカ頼むからでしょ?!」
「早く借金返し終わると良いねぇ〜」
「くぅぉぁああああああ!!」

がらがらがら、ガラガラガラ!
自分を喫茶店に閉じ込めた魔女への恨み、大量に商品を注文してくれるドワーフホトへの複雑な感想、
色々諸々をチカラに変えて、とっとこムクドリ、ネズミ車式のコーヒー焙煎器を回します、回します。

ムクドリから離れた席では、何かを「諦めた」お連れ様が、オシャレな砂糖の結晶に感動しています。
「きれい……」
「それは良かった」

「クリスタルシュガー?シュガークリスタル?」
「ロックキャンディーとも呼ばれているらしいですよ。砂糖の結晶を棒に付けたものです。
そのままコーヒーの中に入れt」
「もったいなくて使えない、飲めない……」
「いやコーヒーは飲んでください」

「コーヒー、ツー様の香りがする……」
「あなたの天然っぷりというか、ゴーイングマイウェイっぷりを見てると、ウチの部長を思い出すな」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「特に褒めてはいませんよ」

はいはい、はいはい。楽しそうなことで。
ムクドリはツバメを、意図的に知らんぷり。
ただ全力で、ただ無心になって、ガラガラガラ。
ネズミ車式のコーヒー豆焙煎器を回しました。
ドワーフホトはそれを見て、ちょっと笑って、
ツバメが頼んだものと同じクリスタルシュガーのスティックを貰って、くるくるくる。
甘さが抑えられたモカを、かき混ぜておったとさ。

7/2/2025, 9:59:21 AM

私、永遠の後輩こと高葉井は、
妙な経緯で、推しゲーの真実を知ってしまった。
いわゆる「実在系」だ。大昔にガラケーのウェブ小説で流行してた、「そのゲームのキャラ、実在します」とか、「その世界実在します」とかに近い。

私が長年お布施してるゲームの推しカプサイド、および主人公サイドは、「世界線管理局」っていう異世界の組織に所属してて、
彼等は、私達が住んでるこの世界も、他の世界も、
ともかく色々な世界が「その世界」として自立して、侵略されたりしないように、
いろんな仕事を、本当に、してるらしい。

で、私達が住んでる東京を、敵性組織「世界多様性機構」が勝手に他の世界からの難民シェルターにしようとしてる、と。

うん。ワケが分からない(宇宙猫)
私はいつの間にか、完全フィクションというか、
物語の世界というか、夢の中というか、
ともかく、非科学の世界線に誤進入したらしい。
ワケが分からない(大事二度発言)

「『ワケが分からない』と言われても、
こればかりは、事実なので。信じてください」
『あなたの推しゲーの組織は実在する』。
そう断言した「私の推しカプの左側」。
推しゲーの舞台、世界線管理局の法務部、警察みたいな仕事をする「特殊即応部門」のひと。
ビジネスネームを「ツバメ」というその男性は、
私の顔色が緊張で少し悪いのを、心配してくれた。

「あるいは、あのゲームに登場しているので、あなた自身も知っていると思いますが、
もし、どうしてもこの事実が受け入れられないならば、あなたの記憶を消すこともできます。
消すかどうかは、あなたに任せますよ」

推しが目の前に居る。
推しカプの左側が、目の前に居る。
推しカプの左側のツー様が目の前に居て、私に、
この私に、話しかけてくれてる。
「落ち着いて高葉井さん。私は、あなたに危害は加えるつもりは、一切ありません」

私は完全に、推し成分の摂取過多で、一気に重篤な尊み中毒を発症しちゃって、
息は苦しいし、汗は酷いし、舌から血が引いてる。
Agとメントール配合のパウダーシートでそれとなく、首筋とかおでことかの汗を拭くけど、
全然足りなくて、ずっとシートを持ってる。

酷暑のオトモの汗拭きパウダーシートは、
ひんやり、フローラルシトラスの香り。
過剰な汗拭きで、首筋は夏の匂いがした。

夏だ……(現実逃避の香り)

「高葉井さん、」
「……」
「高葉井さん、 高葉井」
「は、はいッ!?」
「こちらとしては、あなたが世界多様性機構の女性と出会った経緯と、管理局に潜り込んだ理由を話してくれれば、これ以上あなたを怖がらせるつもりは」
「いや、怖がってとか、そういうのは、あの!」

「高葉井さん」
「はい!ひゃいッ!」
「本当に、どうか、落ち着いて。
さっきから汗ばかり拭いている」
「あ、あー、えーと、いい匂いですよね!
夏の匂いっていうか、はは、はは……」

「「はぁ……」」

ラチがあかない。
私の推しは、私とほぼ同じタイミングで、私より大きくて長いため息を吐いた。
「ちょっと、外に出ましょうか」
ゲームから出てきたそのまんまの推しが言った。
「丁度良いカフェを知っている。そこで、落ち着いて話をしましょう」
私の手を引いてくれた推しは、
すごく、良い匂いがした。

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