かたいなか

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最後に海に入ったのが何年前か分からない程度には、海水浴と縁のない物書きです。
そんな物書きが「波間に耳を澄ませて」のお題で、こんなおはなしをご用意しました。

「ここ」ではないどこかの世界に、「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織がありまして、
そこの総務部総合案内課は、いわゆる受付係。
観光目的で異世界渡航したい人の申請書を受理したり、あるいは突っぱねたり、
または現在渡航可能な世界・航路が封鎖されてる世界の情報を提供したり。
他にも、滅んだ世界から逃げ延びてきた難民の受け入れや、管理局見学ツアーの案内なんかも、
ともかく、色々、しておったのでした。

ところでその受付係に、「管理局の七不思議を教えてください」と問い合わせれば、
7個のうち5個は皆みんな、同じこと、同じ謎、同じ不思議を言うのですが、
残り2個に関しては、諸説、複数、異論多数。

受付係の情報によれば、
管理局内の部署それぞれ、入局時期それぞれで、
七不思議の6個目7個目は、何度か(少なくとも確実に5回以上は)、変動しておるそうで。
ゆえに、どの部署に「七不思議」を聞くか、何年前に就職してきた局員に「七不思議」を尋ねるかで、
情報は、だいぶ変わってくるそうでした。

今回はそんな、複数存在する「5個目」「6個目」の中の、最近言われるようになった新着不思議、
「朝に聞こえてくる波音」の情報を、
受付係のエリート局員、ビジネスネーム「コリー」さんから、聞いてみましょう。

――「時刻はだいたい、大半の局員が出勤してくる朝の、1時間ほど前あたりが定説だ」
ピコピコ、ぴこぴこ。
受付係のコリー、犬耳を立てて動かして、他の受付係の仕事に気を配りつつ、言いました。
膝の上には小さな子狐。ジャーキーをちゃむちゃむ、ちゃむちゃむ。幸せそうに噛んでいます。

「私は聞いたことが無いから分からないが、
特定の廊下、特定の突き当りで、ザーザー、ざーざー。海の音が聞こえてくるそうだ」

一応管理局内に海は存在するがな。
犬耳ピコピコ、コリーは言いました。
というのも、管理局は規格外に大規模で、広大。
滅んだ世界からこぼれ落ちた難民を収容する、三食おやつ付き、山海以下略レジャー完備の難民シェルターが存在するのです。
「もちろん、その難民シェルターの海エリアの、波の音が聞こえているワケではない。
それは事実だ。事実だが……、みんな『波音がする』と口を揃えて言うのさ」

ザザザ、ざらららら、
ザザザ、ざらららら。
朝に限って聞こえてくる、その波音に耳を澄ませておると、いつの間にか音は止まって、
そしてそれっきり、何も聞こえなくなるとか。
「不思議だろう?」
膝の上の子狐を撫でながら、コリーが言いました。
「海でもないのに聞こえてくる波音。
それが最近追加された、七不思議の6・7個目さ」

他にも「波」といえば、難民シェルターにもうひとつ、不思議があるんだが。
コリーが言おうとしたところで、収蔵部収蔵課の管理局員、「ドワーフホト」が到着。
「コリーさぁん、お待たせ〜」
持ってきたのは冷やしたぜんざい。
あずきに少しホイップを足した、なんちゃってアイスクリーム仕立てというか、ホイップドーナツ仕立てというか。なかなか美味しそうです。
「先週、コリーさんから注文貰った分、やっと順番回ってきたよぉ〜」

稲荷狐のご利益お餅とコラボした、手作りあんこの冷やしぜんざいは、大盛況!
ドワーフホトと子狐の共同開発メニューです。
「まいどまいど。これからも、よろしくぅ〜」
お題を貰ってドワーフホト、子狐と一緒に帰ってゆきました。

ザザザ、ざららら、
ザザザ、ざららら。
明日の朝も波音が、管理局のどこかで聞こえます。
「うむ。美味い」
ドワーフホトから冷やしぜんざいを貰ったコリー、あんことホイップをよく混ぜて、小さなお餅を絡めて、ぱくっ。幸福に堪能します。
「……ん?」

ところで、手作りあんこ、だそうです。
海でもないのに聞こえてくる波音は、最近言われ始めた新鮮な七不思議で、
ドワーフホトが冷やしぜんざいを完成させたのも、最近だったと記憶しています。
「ん……??」

ザザザ、ざらら、ザザザザ、ざらら。
コリーの推理の胸中に聞こえる波音に耳を澄ませて、今回のおはなしは、おしまい、おしまい。

7/6/2025, 9:58:39 AM