空と恋といえば、昔々にそういう名前の、Web小説やら映画やらがあった記憶。
まぁまぁ、懐かしい限りのお題です。
昨今の空は恋どころか、体温超えの炎天下で、憎悪の対象の可能性もある物書きが、
今回はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近、都内某所のおはなし。
本物の魔女が店主をしている喫茶店に、異世界から東京に仕事に来ている男性が来店。
男性はビジネスネームを、「ツバメ」といい、この世界のコーヒーが大好き!
特に何も入れないブラックを、あるいはミルクかシュガーを入れたものを、つまり余計な味や香りを足し過ぎないシンプルなものを愛しておりまして、
毎朝コーヒーの香りで目を覚まします。
その日は店主の魔女のおばあさんが、夏用のアイスコーヒーを夏用のグラスで提供する最初の日。
「夏の空って、美しいでしょう」
棚から黄色、赤紫、青に水色と様々な、美しい江戸切子のコーヒーグラスを取り出して、
魔女のおばあさん、ツバメに言いました。
「空恋ブレンドと、名付けたわ」
カウンターに座ったツバメの席の、隣の隣の、そのまた隣の席のあたりでは、
ツバメの職場を目の敵にしている組織に所属する、しかし最近ツバメの職場が気になる女性がひとり、レモン色した江戸切子のグラスに惚れぼれ。
彼女もまた、店主の魔女に呼ばれたのです。
というのも彼女、黄色いものが大好き。
黄色く輝く江戸切子グラスを、給料貯めて、店主から譲り受けたのでした。
「ツバメ、あなたは何色のグラスにする?」
「どれでも。コーヒーが美しく見えれば」
魔女のおばあさん、冷蔵庫の製氷室から、キンと冷やしたコーヒーの氷を取り出します。
カキン、かりん、カラリン、 ガラスの器に氷が滑り込み、店内には涼しい、夏の音が響きます。
「柑橘系の、明るく爽やかなフレーバーが感じられる豆と焙煎を選んだわ」
店主の魔女が言いました。
「空といえば、雲。積乱雲をミルクで表現するの」
静かに注がれた白いミルクから、コーヒーの氷が顔を出す様子は、雲海をまとった小さな山。
「ミルクの白い雲を『空』、柑橘の酸味なフレーバーを『恋』に見立てて、それで『空恋』ですか」
なるほどね。 シンプルなコーヒーが大好きなツバメ、深くゆっくり、頷きました。
穏やかにツバメが観察するグラスに、たっぷりの豆でじっくり抽出された水出しコーヒーが、静かに、ただただ静かに、注がれてゆきます。
きっと苦みの少ない、スッキリした、良い味のカフェラテになるだろう。
白黒2層で満たされた江戸切子を、ツバメは視覚と想像とで、堪能するのでした……
が。
再度明記します。
このツバメ、シンプルなコーヒーを至高と信じて、
特にブラック、あるいはミルクやシュガーを入れた程度の、アレンジし過ぎないシンプルが大好き。
シンプルイズ、ベストなのです。
「そうね。柑橘が『空恋』の、『恋』の部分よ」
魔女の店主、言いまして、
そして、 取り出したのが、
まさかの輪切りオレンジのシロップ漬け。
「ミカンのシロップ漬けを入れるの。
これで今年の空恋ブレンド、完成よ」
再三明記します。
ツバメ、シンプルが、好きなのです。
「んん……」
「あら。どうしたの」
「個人的に『空』だけで結構なので、『恋』要素には失恋して頂いて構いませんか」
「甘くて美味しいわよ?」
「失恋、して頂いて、良いですか」
「頑固ねぇ……」
そんなに言うならこの「空恋」、隣のお客さんにあげちゃうわよ。魔女の店主はちょっと不服。
ツバメの組織を敵視してる職場の方の、例の女性に、空恋の江戸切子グラスを持ってって、
無料で、提供してしまったとさ。
「あの、あのッ」
「ああ、お代は結構よ。ツバメから貰ったわ」
「そうじゃなくて、あの、
私も、アレンジは好きだけど、アレンジし過ぎない方が、味を加え過ぎない方が、好き……です」
「あら」
「きみ、たしか、敵対組織のとこの」
「あ、あっ、 はい。アテビと、いいます」
「コーヒーの好みに関しては分かり会えそうだ」
「そう、ですね」
7/7/2025, 9:47:46 AM