使い古したタオルを手放す勇気というのは、タイミングが独特のような気がする物書きです。
使えば使うほど吸水力が増える気もするし、
しかし使えば使うほど汚れていくし、
なにより、いずれ破れてゆくのです。
と、いうお題回収はそのへんに置いといて、今回のおはなしのはじまり、はじまり。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、最近、拝殿の鈴緒、すなわちガラガラの房にジャンプで噛みついて、
びょんびょん、ぶらんぶらん!
振り子遊びをするのが急上昇マイトレンド。
勢いをつければ小さなメリーゴーランド、
そこから手ならぬ牙を放せば横ジャンプ。
一人遊びには丁度良く、なかなか、楽しいのです。
で、その稲荷子狐の遊びと「手放す勇気」が、どう合体するかといいますと。
そうです。この、「牙を放す」のが、そこそこスリル増し増しなのです。ゆえに、勇気がいるのです。
「んんん、んううううう!!」
その日はコンコン、稲荷子狐、前回投稿分でまさかの陽キャわんこの友達が爆誕したので、
この陽キャわんこを勝手に「ワンワンさん」と名付け、彼といっしょに鈴緒でぶんぶん。
「うぅぅううおりゃぁぁぁぁぁ!!」
房をしっかり噛み、体を揺らして左右にゆらゆら。
十分運動エネルギーを生成できたら……かぱっ!!
房から牙を放す……もとい、房を手放すと、子狐の体は弧を描き、慣性の法則か何かで回転して、
そして、ぼふっ! 子狐が神社の中から持ってきた大きなクッションの上に、丁度、着地するのです。
それを見ていた陽キャドッグ、頭が良いらしく、
稲荷狐のスイングを見てガッツリ仕組みを学習。
自分も早くやりたくて、上げた尻尾を歓喜と興奮で、ぶんぶん回しています。
ところで稲荷神社の拝殿、鈴緒が2本ありますね。
わをん! がぶっ!!
陽キャドッグはとうとう、子狐の真似をして神社の鈴緒に、飛びかかり、噛みつき、房を噛みます。
ガランガラン、ガランガラン!
神社の鈴緒のひとつは、陽キャの体重と勢いによって、大きな、良い音をたてました。
が、陽キャドッグ、房に噛みついてぶらんぶらん、それは楽しいものの、房を手放す勇気が無い!
うう、うぅー。 飛べば確実に楽しいでしょうけれど、陽キャドッグ、踏ん切りがつきません。
陽キャドッグの鈴緒は段々、揺れの勢いを失って、
最終的に、元の位置に静止しました。
わふ。 わふ。 ワンコはまた、学習しました。
鈴緒、意外と房を手放して放り投げられなくても、
揺れてるだけで結構楽しい。
「あらあら。なにごとですか」
ガランガラン、ガランガラン!
その後もコンコン稲荷子狐と、わんわん陽キャドッグは、それぞれ思い思いに鈴緒スイングを楽しんでおりましたが、鈴緒の断続的な音が気になった子狐のお母さんに、発見されてしまいました。
「まぁ」
音の発生源たる拝殿に行ってみれば、
子狐と不思議な大型犬とが、仲良くそれぞれ鈴緒の房に噛みついて、ぶらんぶらん、ぶらんぶらん。
ケンカせず、遊んでおります。
「あんまり、やり過ぎてはなりませんよ。鈴緒が傷んで、壊れてしまいますからね」
子狐のお母さん、言いました。
「おやつにしましょう。今日はおまえの大好きな、稲荷寿司と油揚げと、お肉ですよ」
「んん!!んんん!!」
おあげさん!おあげさんだ!
コンコン子狐は鈴緒に噛みついたまま。
もっと遊びたい心と、油揚げを食べたい心とが、ごっちゃになってぶつかって、葛藤しています。
「うー!!」
たべたい!あそびたい!
コンコン子狐の葛藤は、まさに、「手放す勇気」のお題に、相違ありませんでしたとさ。
最近最近、都内某所、某稲荷神社のおはなしです。
その稲荷神社は不思議な神社で、本物の稲荷狐が家族で仲良く、住んでおりました。
「あっつい。 あっつい」
その日、稲荷神社の稲荷子狐は、人間に化けて人間の社会を勉強しに行こうとしましたが、
気候変動の影響か、そもそもそういう時期だったかしら、ともかく神社の外を暑く感じましたので、
都内にしては深めな森の中の、実家たる稲荷神社で、風と木陰を涼しく堪能しておりましたが、
コンコン稲荷子狐は、更に涼しい場所を知っておったので、そこへ急行したのでした。
「おねーちゃん、おねーちゃん、キツネと遊んで」
子狐コンコン、神社の宿坊兼自宅の中の、お父さん狐の隠し部屋に入りまして、
そこから不思議な不思議な黒い穴の中に入り、
ゆっくりゆっくり落ちていって、スポン!まさかの「ここ」ではない異世界に到着します。
そこは、色々な世界が「その世界」として尊重されるように、別世界との調整をしたり、調停を為したり、そういうことをしている組織の建物の中。
そして、既に滅んでしまった世界に他の世界から間違って渡航者が向かわないように、交通整備のようなものもしている組織の建物の中。
「世界線管理局」といいます。
「おねーちゃん、おねーちゃん、キツネをなでて」
この管理局には、子狐をチヤホヤしてくれる者が、子狐に接待てくれる者が、たくさん居るのです。
今日はその中でも、食いしん坊仲間な収蔵部の従業員さんに、会いに来たのです。
きっと彼女は子狐を、たくさん撫でて、たくさんかわいがって、そして、子狐と一緒に冷たいつめたい、アイスクリームを堪能するのです……
が。
「むむっ!」
子狐が管理局の収蔵部に辿り着いたそのとき、
「ワンワンさんだ、ワンワンさんだ!」
滅んだ世界のチートアイテムを収蔵している収蔵庫のひとつから、魔法の大型ワンコが現れて、ご機嫌に子狐に突進してくるのを見つけたのです!!
「やいっ!ワンワンさん!
おつとめ、ごくろーさまです!」
稲荷狐は基本的に、犬を好ましく思いません。
だけど子狐は稲荷狐なので、その大型犬がどのような大型犬か、魂のニオイで理解したのです。
それは、人間の生活を豊かにするために作られた、魔法生物。魔法の犬でした。
それは、呼吸で大気中の魔力を体に取り入れ、呼気の水蒸気を魔法で光らせる、照明犬でした。
ワンコをワンコと考えぬ、非情で冷血な研究員が、人間のためだけを考えて作り出した、
既に滅んだ世界の遺物。滅んだ世界の遺品でした。
光り輝け、暗闇で。
周囲を照らせ、自分の魂で。
それは照明犬が短命である理由でもありました。
で、そのワンコを世界線管理局が引き取りまして。
良いジャーキー、良いクッション、良い遊び道具に新しい飼い主たる職員を与えたところ、
一気にラブラドール系ワンコに覚醒しまして。
寿命を縮めない光り輝き方も体得しまして。
わふ! わふ! わをん!わうぅん!
陽キャドッグに覚醒した照明犬、同じネコ目イヌ科の匂いを感知して、しかしキツネ属を知らぬので、
てっきり新しい仲間だと勘違い!
子狐に突撃して、 遊ぼう、 遊ぼう!
身を低くして尻尾を上げ、誘うのでした。
わふ! わふ! わをん!わうぅん!
暗闇に光を掲げる陽キャドッグ、陽キャパワーを全開にして、コンコン子狐にじゃれ付きました!
「なんだなんだっ、キツネ、きつねずもうなら、まけないぞッ! やーやー!」
ぎゃぎゃっ!きゃきゃっ!ぎゃん!ぎゃん!
稲荷子狐も子供なので、遊ぶのは大好き!
陽キャドッグのタックルをジャンプでかわし、
陽キャドッグの抱きつきもジャンプでかわし、
背中に跳び乗って、カジカジ、かじかじ!
激しい毛づくろいごっこです。
あんまり楽しく、興奮して、照明犬は大光量!
光り輝け、暗闇で。
周囲を照らせ、自分の歓喜で。
稲荷子狐と照明犬は、周囲の管理局の備品をちょっぴり破壊しながら、楽しく楽しく遊んだとさ。
袋の中のポテチを酸素による酸化から守るため、使用されている技術を窒素充填というそうです。
というお題回収は置いといて、今日のおはなしのはじまり、はじまり。
「ここ」ではないどこか、別の世界に、「世界線管理局」という厨二ふぁんたじー組織があり、
そこの規格外にデカい難民シェルターは、ガチの意味で「規格外」にデカく、
滅んでしまった世界からこぼれ落ちた難民たちを、
何万、何千万、いいや何億と、収容していました。
三食おやつ、昼寝付き。キャンプ用の山やバーベキュー用の海もあり、余暇だって充実。
あんまり居心地が良いので、収容された者の中には、そこを「楽園」、「天国」、「浄土」と言うものさえ、居るほどでありました。
そんな難民シェルターは、管理局の技術で作られた人工太陽が、1年区切りの正確な運行計画のもと、定時で昇って定時で沈みます。
今回のおはなしでは、ちょうど夜。
最近収容されてきた難民の子供たちが、管理局の職員であるところのドラゴンと一緒に、
ごおぉぉぉ、ごわおぉぉぉ、
キャンプファイヤーを、楽しんでいます。
「火だ!」 「火だぁ!」 「明るいなぁ」
難民の子供たちは日常的に火を使う種族でないのか、
大きな大きなたき火を、とても珍しそうに、すごく瞳を輝かせて、興奮しながら見ています。
あるものは火の粉に手を伸ばし、
あるものは「この先進入禁止」の柵から身を乗り出してでもたき火に近づこうとして、
そして、美しい赤とオレンジと黄の色をした激しい酸化反応は――すなわち酸素のお題回収にふさわしい光の世話をするドラゴンは、
ごおぉぉぉ、ごわおぉぉぉ、
時折火を足して、あるいは湿った風を送って勢いを弱めて、ともかく虚無顔をしておりました。
だって子供たちが云々。
「悪い竜神さま!もっと火、大きくして!」
「悪いりゅーじんさま!もっと!もっとぉ!」
「わりゅーじんさま、ましまろ、すまー」
大勢の子供たちはキャンプファイヤーに釘付け。
でも他の子供たちは、管理局のドラゴンに登ったり、尻尾を引っ張ったりして、まだまだ遊び足りないようです。絵本を読めとせがむ者もおります。
「わりゅーじんさまー」
おやおや。管理局のそのドラゴンは、「悪い竜神様」として認識されているようですよ。
何故でしょう? すべては前々回投稿分です。
何故でしょう? ドラゴンがそう言ったのです。
あんまり子供たちがドラゴンを、遊べあそべとモミクチャするので、ドラゴン、子供たちを怖がらせようとしたのです――が、失敗したようで。
「わぁー!!」 「きゃー!!」
キャンプファイヤーを見ていた子供たちから、歓喜の悲鳴と興奮の大声が上がりました。
酸素による燃焼反応に、別の粉が割り込んで、
一気に、ごうごうと、ピンクだの黄緑だの、別の色でもって光りはじめたのです!
「悪い竜神さま!!もっと!もっと!もっと!!」
「わりゅーじんさま、もっとぉー!!」
こうなっては子供たち、制御不能です。
「悪い竜神さま」に次をねだり、更に瞳を輝かせ、完全に夜ふかしモードとして覚醒するのです。
「友達起こしてくる」
「おれも」
「ぼくも」
しまいには仲間を呼んでくる始末。
ああ、ああ。酸素よ。
汝、医療現場の酸素ボンベからロケット燃料の酸化剤まで幅広く活躍しているオールラウンダーよ。
すなわちお前の燃焼反応は、このおはなしのガキんちょにとって完全に魔法の芸術なのです。
『……』
で、そのガキんちょたちは、これだけ運動させて疲れさせているのに、いつになったら寝るんだ。
ごおぉぉぉ、ごわおぉぉぉ。
管理局のドラゴンは、酸素の激しい反応を世話して、制御して、時折見飽きるので色を変えて。
虚無目のまま、子供たちがたき火でケガなどせぬよう、ちゃんと見守っておったとさ。
前回投稿分からの続き物。
「ここ」ではないどこか、別の世界に、「世界線管理局」なる組織がありまして、
そこは滅んだ世界から保護された難民用の、世界規模に広く、宇宙規模に多種多様な民を収容できる、
「シェルター」とは名ばかりの空間がありました。
三食おやつ、昼寝付き。
赤いスカーフした狐ーズが各地に散って、あらゆるレストラン、あらゆる喫茶店、あらゆるパン屋におにぎりスタンド等々を個人経営しておるので、
食事もお酒も、ちっとも飽きません。
コンコンズがあんまり良いものを提供するので、
昼食を食べに、あるいは夕食をテイクアウトするために、管理局員も来店するほどです。
今日は関西方言風の赤狐のお店でお好み焼き定食、
明後は沖縄方言風の銀狐のお店でスパム寿司、
東京方言モドキの大耳狐のお店で鉱石糖入りジャリジャリパンを堪能するのも、
昔々の宇宙言葉な砂狐のお店で氷鳥とツララ鮭の他人丼を楽しむのも、全部自由。
シェルターに収容された半数以上の難民たちは、
故郷で食べた味に一番近い料理を出すコンコンや、故郷の言語ニュアンスに一番近い方言を話すコンコンのお店を渡り歩いて、あるいは入り浸って、
つかの間の間、料理の幸福による船で、自身の思い出と記憶の海を楽しむのです。
で、その日はニセモノ京言葉を話す3本尻尾の白狐のお店に、管理局の法務部職員さんがご来店。
「あら。ツバメさんやないのん」
二足歩行な白狐に赤い首元スカーフが、まるで日本のお狐様。コンコンはその局員を知っておるので、初手の2品は注文を聞きません。
「アイスコーヒーとサンドイッチでよろしい?
その様子なら、どうせお急ぎでっしゃろう?」
はい。準備してる間に、間引きワサビの醤油漬け。
小鉢にサッサとお通しを盛って、
白狐、局員の返事も聞かず、ザッカザッカと氷をグラスに入れ始めました。
「ありがとう。助かります」
醤油漬けされたワサビの茎を、1本つまんだ局員。
「先日収容完了した難民が、シェルター内で突然、無断で自分たちの祭りを開催したらしくて」
その一連の事案の、緊急出動なんですよ。
彼はそう言うと、またワサビの茎をつまんで、白米が欲しくなってしまって白狐の方を見ると、
「お揚げさんと炊いたん、置いときましたえ」
カラン、しっとり汗をかいた美しいグラスにアイスコーヒー、それから油揚げと一緒に炊かれた白米、更におかずに最適な具材ばかりが絶妙に詰められたサンドイッチが、局員の隣に置いてありました。
「てっきり、『祭り開催前に申請書を提出してください』の注意で、終わると思っていたんですよ」
「はぁ」
「10年前から収容中の、別の難民のグループが、なんでも今回祭りを開催したグループの、数千年越しの子孫だったらしくて」
「あらあら」
「『その祭りは、我々の代では完全に絶えている祭りだ』と。『名称しか記憶の海に残っていない、完全に幻の祭りだ』と。よって記録したいと」
「あっ。 あー……
ハナシが飛び火で、大騒動になってはるんと違う?」
「はい。 はい……」
ごちそうさま。行ってきます。
おかずサンドと白米をキンキンアイスコーヒーと醤油漬けで流し込んだ局員さんは、
料金置いて、礼を言って、誰かと連絡をとりつつ、白狐のお店からすっ飛んでゆきました。
「似たハナシ、今朝聞いた気がするわぁ」
局員さんの食器の後片付けをしながら、3本尻尾の白狐、記憶の海の表層を泳ぎます。
「どなたやったっけ。 どなたやったろう」
プカプカ、ちゃぷちゃぷ。
白狐の記憶の海は、あいにく濁り気味。
結局思い出せず、こやん、首を傾けておったとさ。
前回投稿分からの続き物。
「ここ」ではないどこかの世界に、「世界線管理局」という厨二ふぁんたじー組織がありまして、
そこに前回、大きな大きな船が、バチクソ大量の難民を乗せて、収容されてきたのでした。
「わぁー!竜神さまだ!竜神さまがいるぅ!」
「ちがうよ。あのフォルムは、ドラゴンだよ」
「りゅーじんさまぁー」
「ねー竜神さま、こっちの竜神さまも早く寝ない悪い子に法力つかってオネショさせるの?」
管理局の難民シェルターに収容された難民には、もちろん、子供も大勢乗っておりまして、
その子供たちに管理局のドラゴンは大人気!
シェルターの広い草原で、人工太陽を浴びながら昼寝をしておったところ、
無事収容処理を終えて難民シェルターに入ってきた子供たち十数名に、乗っかられて引っ張られて。
完全に、遊び道具か遊具か、大きなペット同然に、もみくちゃにされておったのでした。
『ぐ……グ……』
管理局所属のドラゴン、人間にせよ宇宙タコにせよ、子供は弱いと知っています。
『あのな。俺はお前たちの神様じゃない。お前たちの世界も知らない。他の竜をあたってくれ』
背中の上でジャンプされたり、尻尾をぎゅーぎゅー引っ張られたりの、文字通り「踏んだり蹴ったり」に、ドラゴンは反撃せず、じっと耐えます。
だって、ドラゴンが尻尾をひと振りすれば、きっと子どもたちは吹き飛ばされ、ケガしてしまいます。
「しらなーい!」
「知らなぁい!!」
「ねーねー竜神さま水吐いてー」
「噴水やって、噴水やって」
「竜神さま、シツモンに答えてぇ」
『だから、俺は、お前たちの竜神じゃないし、水も吹かん。俺は炎と雷と光のドラゴンだ』
「りゅーじんさまノドかわいたぁ」
『ハナシを聞け』
炎と雷と光のドラゴンは、罪無い弱き者を傷つけないように、慎重に体を揺らしてゆらして、
「わぁー!」
「おちる、おちるぅ!わぁーい」
ともかく安全だけを第一に考えて、子供たちを体から揺り落としてゆきます。
『くそっ。竜神とやら。恨むぞ』
ただ君だけは、すなわち子供たちの言う竜神だけは、ドラゴン、ちょっと許せないのです。
「もっかいやって!もっかいやって!」
『他をあたれ!俺に構うな!』
「竜神さまが、にげるぞ!つかまえろー」
『あのな!俺は、俺の世界を壊しかけた悪いドラゴンだぞ!危ないから近寄るんじゃない!』
「ウソ言ったらエンマさまに舌抜かれるんだよ」
「悪い竜神さまだ!悪い竜神さまだぁ!」
「やっつけろー!」
「わぁー!」 「やぁぁー!」
「竜神様」
もみくちゃ、もみくちゃ!
どれだけ驚かせてもサッパリ怖がらない子供たちに、ドラゴンがとうとう抵抗を断念、
しかけた、そのときでした。
人間の小ちゃな子供を背負う深淵タコの子供が、
ドラゴンの前に進み出てきて、
「竜神様。どうか、この子のために」
大事そうに持ってきた、大きな大きな絵本を、ドラゴンの目の前に、差し出したのでした。
「なかなか、寝てくれないのです。
どうか、絵本を読んでくださいませんか」
それは、深淵タコの子供や人間の子供たちがよく知っている、昔話の絵本でした。
それは、子供たちが大きな大きな船に乗る前からずっと使われておったのでしょう、
少し、ボロっぽくなってきておる本でした。
絵本はドラゴンが読むには丁度良い大きさ。
きっと「竜神」とやらが、船の中でずっとずっと、何度も、読んで聞かせておったのでしょう。
「絵本!」 「えほん!」 「えほんだ」
深淵タコの子供、ただ君だけの一言で、すべての子供たちが静かになり、絵本の前に集まりました。
みんな、昔話が大好きなのです。
みんな、それを読んでもらうことが娯楽なのです。
『……』
ドラゴンが子供たちを見渡すと、
皆、みんな、ドラゴンが絵本を読んでくれることを期待して、ドラゴンを見つめ返しています。
『 はぁ 』
ここまで期待されては、無下にもできません。
『「むかしむかし、 ある村に」』
炎と雷と光のドラゴンは、とうとう観念して、
『「心やさしい若者がいて、 名前を」……』
ドラゴンが使う言語と少し違うことに少し苦戦しながら、それを何度も何度も、なんども、
読んできかせて、やりましたとさ。