前回投稿分からの続き物。
「ここ」ではないどこか、別の世界に、「世界線管理局」なる組織がありまして、
そこは滅んだ世界から保護された難民用の、世界規模に広く、宇宙規模に多種多様な民を収容できる、
「シェルター」とは名ばかりの空間がありました。
三食おやつ、昼寝付き。
赤いスカーフした狐ーズが各地に散って、あらゆるレストラン、あらゆる喫茶店、あらゆるパン屋におにぎりスタンド等々を個人経営しておるので、
食事もお酒も、ちっとも飽きません。
コンコンズがあんまり良いものを提供するので、
昼食を食べに、あるいは夕食をテイクアウトするために、管理局員も来店するほどです。
今日は関西方言風の赤狐のお店でお好み焼き定食、
明後は沖縄方言風の銀狐のお店でスパム寿司、
東京方言モドキの大耳狐のお店で鉱石糖入りジャリジャリパンを堪能するのも、
昔々の宇宙言葉な砂狐のお店で氷鳥とツララ鮭の他人丼を楽しむのも、全部自由。
シェルターに収容された半数以上の難民たちは、
故郷で食べた味に一番近い料理を出すコンコンや、故郷の言語ニュアンスに一番近い方言を話すコンコンのお店を渡り歩いて、あるいは入り浸って、
つかの間の間、料理の幸福による船で、自身の思い出と記憶の海を楽しむのです。
で、その日はニセモノ京言葉を話す3本尻尾の白狐のお店に、管理局の法務部職員さんがご来店。
「あら。ツバメさんやないのん」
二足歩行な白狐に赤い首元スカーフが、まるで日本のお狐様。コンコンはその局員を知っておるので、初手の2品は注文を聞きません。
「アイスコーヒーとサンドイッチでよろしい?
その様子なら、どうせお急ぎでっしゃろう?」
はい。準備してる間に、間引きワサビの醤油漬け。
小鉢にサッサとお通しを盛って、
白狐、局員の返事も聞かず、ザッカザッカと氷をグラスに入れ始めました。
「ありがとう。助かります」
醤油漬けされたワサビの茎を、1本つまんだ局員。
「先日収容完了した難民が、シェルター内で突然、無断で自分たちの祭りを開催したらしくて」
その一連の事案の、緊急出動なんですよ。
彼はそう言うと、またワサビの茎をつまんで、白米が欲しくなってしまって白狐の方を見ると、
「お揚げさんと炊いたん、置いときましたえ」
カラン、しっとり汗をかいた美しいグラスにアイスコーヒー、それから油揚げと一緒に炊かれた白米、更におかずに最適な具材ばかりが絶妙に詰められたサンドイッチが、局員の隣に置いてありました。
「てっきり、『祭り開催前に申請書を提出してください』の注意で、終わると思っていたんですよ」
「はぁ」
「10年前から収容中の、別の難民のグループが、なんでも今回祭りを開催したグループの、数千年越しの子孫だったらしくて」
「あらあら」
「『その祭りは、我々の代では完全に絶えている祭りだ』と。『名称しか記憶の海に残っていない、完全に幻の祭りだ』と。よって記録したいと」
「あっ。 あー……
ハナシが飛び火で、大騒動になってはるんと違う?」
「はい。 はい……」
ごちそうさま。行ってきます。
おかずサンドと白米をキンキンアイスコーヒーと醤油漬けで流し込んだ局員さんは、
料金置いて、礼を言って、誰かと連絡をとりつつ、白狐のお店からすっ飛んでゆきました。
「似たハナシ、今朝聞いた気がするわぁ」
局員さんの食器の後片付けをしながら、3本尻尾の白狐、記憶の海の表層を泳ぎます。
「どなたやったっけ。 どなたやったろう」
プカプカ、ちゃぷちゃぷ。
白狐の記憶の海は、あいにく濁り気味。
結局思い出せず、こやん、首を傾けておったとさ。
5/14/2025, 6:06:08 AM