かたいなか

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10/31/2024, 3:44:58 AM

「懐かしく思う事、懐かしく思う琴、懐かしく思う古都。……『古都』っつったら、京都の修学旅行がバチクソに記憶に残ってるわな」
はい、来ました、俺の不得意なエモいお題。
某所在住物書きは相変わらず、天井を見上げて途方に暮れ、しかし予想できていたことではあったので、淡々と今回投稿分に対する作業を開始した。
去年の「懐かしく思うこと」では、東京の「14年ぶり、11月の夏日」なるネタを書いたらしい。
記憶にない。

「千枚漬け。数珠作り体験。まだインバウンドの比較的少なかった頃。懐かしいわな」
今京都に行くなら、絶品というほうじ茶の茶漬けを現地で賞味してくるのに。 物書きは思う。
「食わなかったもんなぁ……」
仕方無い。修学旅行はそういうものである。多分。

――――――


前回投稿分からの続き物。
最近最近の都内某所、某不思議な稲荷神社の敷地内にある自宅兼宿坊の大座敷、真っ昼間。

今回のお題回収役であるところの雪国出身者は名前を藤森といい、「ジャーキーパーティー しょうたいけん」と書かれていると思しき小さなクレヨン画をポケットに入れ、宴会に好意的に招かれて、
子狸と子猫2匹と、子イタチと一緒に
大皿に大量展開された稲荷寿司とジャーキーと、それからバタークッキーとを囲み、
「で、そのおじちゃんは、キツネのこと、『けものくせぇ!』って言ったの!」
マンチカン立ちしながら興奮気味に人語を喋る子狐の話を聞いている。

子狸は化け狸。子イタチは薬を持ったカマイタチ。
子猫は一匹が化け猫でもう一匹は尻尾が2本。
完全に、現実をガン無視している。
藤森はそれらを一切気にしていない。
慣れてしまった。具体的には、去年の3月頃から。
「キツネ、おじちゃんに言ったの。『イナリのキツネにくせぇとは、フケー、不敬であるぞ!』
で、おしおきに、この牙でガブッ!してやったの」

前回投稿分に関する「有ったこと」「無かったこと」を爆盛りして話すウルペスウルペス。
オスだかメスだか知らないが、この子狐と藤森が出会ったのは、去年のひなまつりの丑三つ時。
子狐が藤森の部屋のインターホンを鳴らしたのだ。
『お餅を買って』『このご時世、だれもドアを開けてくれない。1個で良いから、おねがい』
よもやその子狐、藤森が茶っ葉を買いに通っている茶葉屋の店主の「末っ子」だったとは。

誰が信じようか。 誰も信じるものか。
去年の藤森は早々に思考を放棄して、「人語を話し人間に化ける狐」を受け入れた。
細かいことをいちいち気にしていたらキリが無い。
きりが、ないのだ。

「くせぇのおじちゃんを、こーやって、こーやって、キツネ、こらしめて、つかまえてやったの。
そしたら別のおじちゃん、『オキツネさま。悪者をつかまえてくれて、ありがとうございます』って、ジャーキーとクッキーとお稲荷さんをくれたの」
そのとき貰ったものの半分の半分が、今、目の前の大皿に並べてるご馳走なんだよ。えっへん!
コンコン子狐は誇らしく、稲荷寿司とジャーキーとクッキーで膨れたポンポンを、もとい胸を張る。
子狸はただただ羨望の眼差し。藤森は「盛っているんだろうな」とチベットスナギツネ。

そうだ。この子狐とも、かれこれ1年と半年だ。
藤森は「懐かしく思うこと」を、すなわち去年のひなまつりから続く子狐とのふれあいを、
しみじみと、静かに、思い返し、思い返し。
大皿からバタークッキーを1枚取って、しゅくり、ひとくち噛んだ――なかなか美味い。

「くせぇじゃない方のおじちゃん、すごくキレイなとこで、お仕事してたの。お花も木も、果物もいっぱいあって、キレイな川が、流れてたの」
コンコン子狐の話はまだまだ続いている。
「きゅーけーじょ、休憩所には、金色のチョウチョと銀色のチョウチョが飛んでたの」
日本の花と草木と自然の風景を愛する藤森としては、「子狐の証言が事実であれば」、「くせぇじゃない方のおじちゃん」の職場は理想郷そのもの。
で、その理想郷とやらは、どこにあるのか。

「……」
知らない。細かいことを気にしてはいけない。
藤森は思考を放棄して、クッキーを噛んだ。

10/30/2024, 3:52:43 AM

「去年もな。酷く悩んだお題なんよ」
某所在住物書きは、ただただ酷く途方に暮れて、天井を見てはため息を吐いている。
「AとBの物語のうち、もう片方の物語」の意味で投稿すべきか、「もう、一つの物語にまとめちまえよ」の意味で投稿すれば楽なのか。
「もう一つ、物語を集めてください」なんて珍妙もあり得る――ネタから形にならないのである。
「しかも、次の次に配信されるお題がだな……」

去年と同じお題が、次の次、すなわち10月31日に配信されるとしたら、「それ」の高難度にも対処する必要がある。 どうしよう。
「去年の投稿分、コピペしちまおうかな」
そんなズルせず、もう一つの物語を作りましょう。

――――――

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社は、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で暮らしており、草が花が山菜が、いつか昔の東京を留めて芽吹く、静かで美しい森の中。
時折妙な連中が芽吹いたり、頭を出したり、■■■したりしていますが、
そういうのは大抵、都内で漢方医として労働する父狐に見つかり、『世界線管理局 ◯◯担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドとブチ込まれるのです。

黒穴の先のことは、別の世界のおはなしです。
「もう一つの物語」が、同時進行しておるのです。
今回はお題がお題ということで、こちらの「黒穴の先の物語」にも、注目してみましょう。

その日、不思議な化け狐の一家の、コンコン末っ子子狐が、「別の世界」、「別の物語」に繋がっている黒穴の近くで、こっくり、こっくり。
幸福に昼寝など、しておりました。
今日の黒穴は、向こうの世界線管理局からのお知らせ、事前通達によると、「システムメンテナンスにともない終日利用停止」。
今、その黒穴の中に入ると、世界線設定システムと座標修正システムの大幅な誤差により、世界線管理局ではないどこかに落っこちてしまうそうです。

そうですか。それはそれは、大変ですね。

「んんん、」
コンコン子狐、お昼寝の夢の中で、美味しそうなバターケーキの白兎を追いかけます。
「まてっ、ケーキ!」
前回投稿分で、お揚げさんもお賽銭も貰えなかったコンコン子狐。今回こそは美味を食ってやると、
こやん! 寝ぼけた目をパッチリ開き、
くわぁぁ、こやん! 寝ぼけた頭で突っ走り、
そのまま「もう一つの物語」の入口、
いつもなら世界線管理局に繋がっている筈の窓口、
つまりシステムメンテナンス中の黒穴に、
スポン、落っこちてしまったのです。
「あれ?」

ポンポンかわいいおなかを下に、子狐、黒穴の中をゆっくり、ゆっくり。落ちていきます。
「……あれ?」
今まで追いかけていた、バターケーキ兎はどこ?
もうちょっとでガバチョと捕まえられた、今日のおやつはどこに消えたの?
コンコン子狐、頭の上にハテナマークを量産。
一気に、目が覚めました。

黒穴を抜けて、ちゃんと重力が働きますと、
ぽすん! 誰かの頭の上に不時着しまして、
髪で滑るので前足と爪と肉球で踏ん張って、
誰かの顔に、ぽんぽん、ぶら下がってしまいました。

「ぎゃー!? けものくせぇ!!」
コンコン子狐が不時着した人間は、いきなり、突然、目の前がモフモフでいっぱいになったので、
それはそれは、もう、それは。大パニック。
子狐を顔から引き剥がそうと必死です。
「なんだ!!何が起きた!?」
それにしてもこの人間、稲荷の狐に「くせぇ」とは失礼な。子狐はちゃんと週に3回お風呂に入るし、3〜4ヶ月に1回ペットサロンで綺麗にしてもらっておるのです。それを「くせぇ」など。ぷんぷん。

「確保!!」
子狐の背後から、サビを含む少々かすれ声のテノールが、酷く鋭利に、短く、飛んできました。

なんだなんだ、何がどうした、どれがどうなった。
コンコン子狐、全然状況が掴めません。
気が付けば数秒で、子狐がぶら下がってた人間は、
押し倒され、持ってる「何か」を奪われ、うつ伏せに転がされ、腕を縛られてしまいました。
そしてコンコン子狐は、頭にハテナマークを大量展開したまま、サビ声のテノールさんに、いつの間にか抱えられておったのでした。
「あれれ……?」

何がどうしてこうなった。
そのままコンコン子狐は、世界線管理局の本部にキャリーケースで連れてこられまして、
「管理局に多大な貢献と協力をしてくれたお礼」として、たっぷり、極上の、ジャーキーとクッキーと稲荷寿司を貰って、元の世界に戻されました。
「なんで……?」

以上、今回のお題回収を優先した、リアリティーと物理法則ガン無視のおはなしでした。
子狐が「どこ」に落っこちて、「誰」の顔にぶら下がっていたのかは、それこそ次か、次の次あたり。「もう一つの物語」の管轄でして……

10/29/2024, 3:34:34 AM

「キノコは、暗がりの中で栽培する場合もある」
食い物に関してはよく頭の回る、某所在住物書きである。今回のお題に対し、まずキノコの暗所栽培とホワイトアスパラ、それからモヤシを挙げた。
「自然の中で原木栽培、って手もあるさ。暗がりの中でも明かりの中でも、まぁ、まぁ」
ちょっと幻想的な森の中で、不思議なキノコに霧吹きかけて世話云々、なんてハナシは書けそうよな。
物書きはエモ系をひとつ閃いて、しかし書かず、他を考える――エモは少々不得意なのだ。

「暗がりの中で丸い目がキラリ、ってのは?」
それはギャグと思われる。
「暗がりの中から変質者は?」
それは完全に防犯の啓発である。
他に「暗がり」は何があるだろう?

――――――

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は、食いしん坊の食べざかり。美味しいものは何でも大好き。
近頃は魔女のおばあちゃんがひとりで――もちろん、店員さんやコックさんは複数人居ますが、それらはすべて、おばあちゃんの使い魔なのでした。ともかく「人間」としてはひとりで――切り盛りしている喫茶店の、パンプキンスープがお気に入りです。

ところで、この喫茶店の店主であるところの魔女。去年の春か夏のあたり、海の向こうから東京へ、はるばる引っ越してきたのでした。
そして去年、稲荷の末っ子子狐に、ハロウィンを教えてやったのでした。
おばあちゃんの故郷では、おみくじケーキを楽しんだり、暗がりの中で焚き火をしたりするのだと。

「おばちゃん、おばちゃん!」
コンコン子狐、今年も魔女のおばあちゃんに、ハロウィンのおはなしを聞きに行きました。
「はろいんは、ハロウィンは、なにするの」

「あなたたち子供は、オバケの格好をするのよ」
使い魔猫のジンジャーとウルシに魔術師ローブの飾りを付けて、魔女のおばあちゃん、言いました。
「カゴを持って、お友達同士で、近くの家を回るの。そして『おもてなししなさい、さもなければイタズラするぞ!』っておどして、大人から美味しいクッキーやキャンディーなんかを貰うの」
日本では、「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ」で定着しているわね。魔女のおばあちゃんは補足して、穏やかに、にっこり笑いました。

それを妙な方向に学習したのが子狐です。
『オバケの格好して人間を怖がらせれば、お供え物が貰えるのだ!そうに違いない!』
『暗がりの中から飛び出し「おそなえしなきゃ、祟るぞ」と言って、お供え物とお賽銭を貰おう!』
「キツネ、はろうぃん、する!」

食いしん坊のコンコン子狐。まずはお母さん狐の茶っ葉屋さんのお得意様であるところの、藤森という雪国出身者のアパートへ行って、コンコン。
「おそなえしなきゃ、たたるぞ!」

「子狐。それを言うなら『菓子を寄越さないとイタズラするぞ』だし、日付が違う」
子狐の背景を全然知らない雪の人は、それでもハロウィンのことだと察した様子。
「ハロウィンに、出たいのか。仮装がしたいのか」
子狐にお揚げさんも、お稲荷さんもお賽銭もくれないで、どこかに電話を始めました。
「こうはい。急にすまない。頼みがある」
あれ(お揚げさん貰えない)
おかしいな(お供えもお賽銭も貰えない)

電話が終わって数十分。
雪の人藤森のアパートに、藤森の職場の後輩、高葉井という女性がすっ飛んできました。
「コンちゃんデコって良いってホント?!」
手には100均の狐のお面、魔術師ローブ、それから数分〜十数分の突貫工事で自作したとは思えない、ハイクオリティで少し和風な魔法の杖。
コンコン子狐、高葉井に「おそなえしなきゃ、たたるぞ」と言うまでもなく、あれよあれよ、これよこれよ。和風な魔法使い妖狐に早変わり。

そうか!オバケの格好だ!
これで人間がお供え物をくれるようになるんだ!
尻尾ぶんぶんビタンビタン。子狐は目を輝かせ、
外に飛び出す前に、藤森に体を掴まれて、
最後の仕上げにハーネスとリードを付けられ、
記念撮影スマホでパシャリ。
気が付けば、東京の少し明るい暗がりの中で、数日早めのハロウィンお散歩をしておったのでした。

「……あれ?」
ちがう。ちがうそうじゃない。
キツネ、お供え物が欲しいの。お揚げさん食べたいのであって、お散歩したいんじゃないの。
コンコン子狐、どうしてこうなったかポカン顔。
そのまま藤森と高葉井と、2人1匹して、暗がりの中でお散歩を続けましたとさ。 おしまい。

10/28/2024, 3:46:22 AM

「角砂糖に酒を含ませた紅茶、ってのを本で見たんだ。あと紅茶を使った調味料とか」
要は「紅茶」が投稿文章内に入ってりゃ良いんだろ?某所在住物書きはマグカップから口を離した。
紅茶の茶葉だけの場合、ベルガモット等々で香り付けした場合、それからミルク・酒の有無。
紅茶の香りは多様である。

「で、ひょんなことから、諸事情で、『紅茶のお茶漬け』とかいう未知の情報提供を受けてだな……」
試しに紅茶に、海苔茶漬けの素をブチ込んでみたワケよ。物書きは言い終えると、再度マグカップに口をつけて、ずずっ、ごくり。
「うん。……うん」
そのまま、窓の外を見た。 食えないことはない。
あとは各々の好みの問題である。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、朝。
今回のお題回収役であるところの雪国出身者は、名前を藤森というのだが、
昨晩、書類の用意と仕事の準備とに睡眠時間を削られて、スマホのアラームによって定時に起き、
寝ぼけた頭でほうじ茶の茶漬けを作ろうとして
茶碗に白米、茶葉置き場の棚から茶缶、
急須に茶色い茶葉と80〜85℃、
梅茶漬けの素など振りかけてさぁ茶を投入
と急須を茶碗に傾けた直後、
ふわり、広がった茶の香りにピシリ。

紅茶だ。
ミルクティーに丁度良い、濃いめのアッサム。
ベルガモットやオレンジピールの介在しない、紅茶の茶葉そのままの香りである。
何にそのアッサムを注いだ?
茶漬けの素を振りかけた白米だ。
「あ……ッ!!」
藤森の寝ぼけた頭が、一気一瞬にして晴れた。
ほうじ茶や緑茶で食う茶漬けは分かるが、
紅茶で食う茶漬けとは。

すべてはほうじ茶の茶缶が紅茶の茶缶の隣に並んでいたために発生した不注意。
なにより今回のお題のせいである。

「これは……少々、マズいことを」
少々、「マズい」ことをしたかもしれない。
夢うつつの心地から一瞬で覚醒した藤森。
スマホで「紅茶 茶漬け」など検索する。
ミスにせよ不注意にせよ、自分はこの「紅茶に浸された茶漬けの素入りの白米」を食わねばならぬ。
茶碗からは、たしかに力強いアッサムと、それから茶漬けの素の塩味が香っている。
それを、食わねばならぬ。

はたして検索結果として出てきた上位のいわく、
『ダージリンベースの当店オリジナルブレンドティーに、梅干しと海苔でお茶漬けしましょう』

「淹れてしまったのはアッサムだが!?」
要するに「この茶葉で茶漬けすると美味い」より、味もシブみも強めな茶葉で淹れてしまったと。
そりゃそうである。 ミルクティーにしても負けない風味とコクと深みが特徴の茶葉である。
マズいことをした。 藤森は天井を見上げた。

「シブいだろうな」
おそるおそる、アッサムの香る白米を、それに満たされた茶碗をとり、箸をつける。
紅茶である。紅茶と、それから茶漬けの塩味の香りが、たしかに茶碗から咲いている。
「……」
ええい。ままよ。どうにでもなるがよい。
藤森は意を決して、深く息を吸い、吐き、無言で己の不注意を嘆いた数秒後、 ちゃぷ、しゃぷり。
紅茶の茶漬けを口の中へ少し、収容した。

「……ん?」
普通に茶漬けだ。しゃぷしゃぷ、しゃぶしゃぶ。
「んん?」
想定していたほどのシブい後味は無く、「ほうじ茶のフリをしてシブみを隠せないでいる紅茶」で整えた茶漬けの味が、梅茶漬けの素の塩味とともに、藤森の口の中で、おとなしくしている。
「ふつうに、食える」

そういえば某国、たしか今年の最初の頃、「紅茶に塩を入れると苦味が抑制されるんだぜ」と大々的に発表して、大荒れな大論争を巻き起こした。
しゃぶしゃぶ。紅茶の茶漬けをかき込みながら、藤森は頭の片隅に、「紅茶と塩味」の関連情報を発見した。アッサムのシブみを茶漬けの素の中の塩味が抑制したのだろう――多分。

紅茶の香りとシブみを考慮しなければ、それはほんの少しだけ、ほうじ茶の茶漬けに似ていなくも、ないような、気のせいなような。
「それなら普通にほうじ茶の茶漬けを食うかな」
ごちそうさま。藤森は茶碗を空っぽにして、キッチンで洗って、拭いて食器棚へ。
口の中には僅かに紅茶の香りとシブみが残った。

10/27/2024, 4:54:40 AM

「3月を起点とすれば『愛』はこれで4回目。『恋』も含めりゃ9回目なんよ……」
某所在住物書きは頭を抱え、天井を見上げた。
ほぼほぼ、1ヶ月に1回のペースといえる。統計として、来月で祝10回目、年越し12月で11作品を投稿する計算になる、かもしれない。
無論、所詮、過去からの統計である。
未来を保証するものではない。

「そういや『愛は食卓にある』って言葉がある」
技術に対する愛がマリアナ海溝と思われる、某魔改造番組を観ながら、物書きは呟いた。
愛が食卓にあるなら、「愛言葉」は「いただきます」か、「食ったら食器洗って片付けろ」だろうか。

――――――

誰かが執筆した同人小説の1〜2ページ。
ツバメとルリビタキの非公式カップリング信奉者による、己の好きを詰め込んだ物語。

「ツバメ」のビジネスネームを持つ世界線管理局職員、主神 公助は、昼休憩に淹れていたコーヒーをひとくち、ふたくち、喉に流し入れて数秒、
すとん、 特定の単語・概念に対する理性のブレーキが、頭と心魂と理性から外されたのを知覚した。
「愛」である。 執着であり、独占欲ともいう。
あるいは思いやりや優しさのタガが外れたのだ。

それから膝という膝、背筋という背筋からチカラが抜けて、ぱたん、床に倒れ伏して、
気が付けば、後ろ手に手首を縛られて椅子にぐるぐる巻き。個人面談用の個室の中。

コーヒーに「何か」を入れられた。
薬物に相当する物質のせいで頭が過負荷とタスク過多のツバメ。状況を把握しようと思考にもがく。
何故?誰が、何の目的で?
考えられるのは局内の抜き打ち危機管理テストと
医療班随一のマッドサイエンティスト、「ヤマカガシ」による無作為抽出の強制治験と
同期同僚の「兎」のイタズラだが、
敵対組織による襲撃の可能性は?どうだろう?

「やぁ。随分早いお目覚めじゃないか」
ツバメの背後から聞こえたのはヤマカガシの声。
あぁ、なるほど。自分は「捕まった」のだ。
ツバメはすべてを察し、抵抗を放棄した。

そろそろこの毒蛇は局に対する危険因子として「懲戒解雇」でも言い渡されるんじゃなかろうか。

「ヤマカガシ医務官。私はこれからルリビタキ部長と、閉鎖世界からの漂着物回収業務に行かなければならないので、非常に申し上げにくいのですが」
「それはそれは、良かったじゃないか。業務をサボる言い訳に、私への『協力』は非常に有用だ」
「困ります。局の業務が、とどこおります」

「率直に聞こう。ツバメくん、きみはルリビタキ部長を心魂の底から、愛しているね?」
「はい心魂の底から憧れています。
 じゃなくて、ヤマカガシ医務官、私にも仕事が」
「ふむ。薬の効きは私の想定通りのようだ。君は今、『愛』という概念においてのみ、完全に正直で、素直で、私の質問にすべて事実を述べている。
素晴らしい!やはり私は天才だ。

で、ツバメくん。君がルリビタキ部長をどれだけ愛しているか、君からの愛言葉を是非聞きたい」
「はい私はルリビタキ部長からの恩を忘れません。私はルリビタキ部長を誰よりも尊敬しています。
……あの、ヤマカガシ医務官、そろそろ解毒を」
「もっと。もっとだツバメくん。愛言葉をささやき続けたまえ。君の愛を、さらけ出すのだ!」
「ヤマカガシ医務官……?」

…………………………

「――もどかしい!これは、非常にもどかしい!」
都内某所、某アパート。
かつての物書き乙女、元夢物語案内人であった社会人が、某同人誌マーケットにおける過去の戦利品を1冊1冊愛でて、昔を懐かしんでいる。
購入して飾って、そのまま読んでいないものが1冊あったのだ――己の好きなカップリングの愛物語を前提とした、拘束にお薬のシチュエーションが。

先日、ひょんなことから突然、職場の先輩宅の近所の稲荷神社の大掃除に駆り出された。
心的休息が必要であった。それがコレであった。
すなわち推しカプの物語の摂取である。

「愛だよ、愛の言葉だよ!なのに『憧れています』とか『尊敬してます』とかだって。んん……」
最高か?最高に、ぷらとにっくな愛言葉だな?
かつての物書き乙女は「誰よりも尊敬しています」の愛言葉をかみしめ、堪能し、余韻を味わっている。
完全に全年齢な愛も恋も、乙女の好物。
それらはフレッシュな新米、新茶、ボージョレ・ヌーボーを初めて胃袋におさめる幸福に似ている。
「で。ルリビタキ部長はいつ助けに来るのだ」

美しい愛言葉、ダイレクトに「愛」と言わない愛のカタチ。おお、汚れ無き物語よ。他者が執筆した推しカプのひとつの空想的日常よ。
かつての物書き乙女はページをめくり、めくり、
読了して悶絶して合掌。2周目の巡礼を開始した。

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