かたいなか

Open App

「キノコは、暗がりの中で栽培する場合もある」
食い物に関してはよく頭の回る、某所在住物書きである。今回のお題に対し、まずキノコの暗所栽培とホワイトアスパラ、それからモヤシを挙げた。
「自然の中で原木栽培、って手もあるさ。暗がりの中でも明かりの中でも、まぁ、まぁ」
ちょっと幻想的な森の中で、不思議なキノコに霧吹きかけて世話云々、なんてハナシは書けそうよな。
物書きはエモ系をひとつ閃いて、しかし書かず、他を考える――エモは少々不得意なのだ。

「暗がりの中で丸い目がキラリ、ってのは?」
それはギャグと思われる。
「暗がりの中から変質者は?」
それは完全に防犯の啓発である。
他に「暗がり」は何があるだろう?

――――――

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は、食いしん坊の食べざかり。美味しいものは何でも大好き。
近頃は魔女のおばあちゃんがひとりで――もちろん、店員さんやコックさんは複数人居ますが、それらはすべて、おばあちゃんの使い魔なのでした。ともかく「人間」としてはひとりで――切り盛りしている喫茶店の、パンプキンスープがお気に入りです。

ところで、この喫茶店の店主であるところの魔女。去年の春か夏のあたり、海の向こうから東京へ、はるばる引っ越してきたのでした。
そして去年、稲荷の末っ子子狐に、ハロウィンを教えてやったのでした。
おばあちゃんの故郷では、おみくじケーキを楽しんだり、暗がりの中で焚き火をしたりするのだと。

「おばちゃん、おばちゃん!」
コンコン子狐、今年も魔女のおばあちゃんに、ハロウィンのおはなしを聞きに行きました。
「はろいんは、ハロウィンは、なにするの」

「あなたたち子供は、オバケの格好をするのよ」
使い魔猫のジンジャーとウルシに魔術師ローブの飾りを付けて、魔女のおばあちゃん、言いました。
「カゴを持って、お友達同士で、近くの家を回るの。そして『おもてなししなさい、さもなければイタズラするぞ!』っておどして、大人から美味しいクッキーやキャンディーなんかを貰うの」
日本では、「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ」で定着しているわね。魔女のおばあちゃんは補足して、穏やかに、にっこり笑いました。

それを妙な方向に学習したのが子狐です。
『オバケの格好して人間を怖がらせれば、お供え物が貰えるのだ!そうに違いない!』
『暗がりの中から飛び出し「おそなえしなきゃ、祟るぞ」と言って、お供え物とお賽銭を貰おう!』
「キツネ、はろうぃん、する!」

食いしん坊のコンコン子狐。まずはお母さん狐の茶っ葉屋さんのお得意様であるところの、藤森という雪国出身者のアパートへ行って、コンコン。
「おそなえしなきゃ、たたるぞ!」

「子狐。それを言うなら『菓子を寄越さないとイタズラするぞ』だし、日付が違う」
子狐の背景を全然知らない雪の人は、それでもハロウィンのことだと察した様子。
「ハロウィンに、出たいのか。仮装がしたいのか」
子狐にお揚げさんも、お稲荷さんもお賽銭もくれないで、どこかに電話を始めました。
「こうはい。急にすまない。頼みがある」
あれ(お揚げさん貰えない)
おかしいな(お供えもお賽銭も貰えない)

電話が終わって数十分。
雪の人藤森のアパートに、藤森の職場の後輩、高葉井という女性がすっ飛んできました。
「コンちゃんデコって良いってホント?!」
手には100均の狐のお面、魔術師ローブ、それから数分〜十数分の突貫工事で自作したとは思えない、ハイクオリティで少し和風な魔法の杖。
コンコン子狐、高葉井に「おそなえしなきゃ、たたるぞ」と言うまでもなく、あれよあれよ、これよこれよ。和風な魔法使い妖狐に早変わり。

そうか!オバケの格好だ!
これで人間がお供え物をくれるようになるんだ!
尻尾ぶんぶんビタンビタン。子狐は目を輝かせ、
外に飛び出す前に、藤森に体を掴まれて、
最後の仕上げにハーネスとリードを付けられ、
記念撮影スマホでパシャリ。
気が付けば、東京の少し明るい暗がりの中で、数日早めのハロウィンお散歩をしておったのでした。

「……あれ?」
ちがう。ちがうそうじゃない。
キツネ、お供え物が欲しいの。お揚げさん食べたいのであって、お散歩したいんじゃないの。
コンコン子狐、どうしてこうなったかポカン顔。
そのまま藤森と高葉井と、2人1匹して、暗がりの中でお散歩を続けましたとさ。 おしまい。

10/29/2024, 3:34:34 AM