かたいなか

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「3月を起点とすれば『愛』はこれで4回目。『恋』も含めりゃ9回目なんよ……」
某所在住物書きは頭を抱え、天井を見上げた。
ほぼほぼ、1ヶ月に1回のペースといえる。統計として、来月で祝10回目、年越し12月で11作品を投稿する計算になる、かもしれない。
無論、所詮、過去からの統計である。
未来を保証するものではない。

「そういや『愛は食卓にある』って言葉がある」
技術に対する愛がマリアナ海溝と思われる、某魔改造番組を観ながら、物書きは呟いた。
愛が食卓にあるなら、「愛言葉」は「いただきます」か、「食ったら食器洗って片付けろ」だろうか。

――――――

誰かが執筆した同人小説の1〜2ページ。
ツバメとルリビタキの非公式カップリング信奉者による、己の好きを詰め込んだ物語。

「ツバメ」のビジネスネームを持つ世界線管理局職員、主神 公助は、昼休憩に淹れていたコーヒーをひとくち、ふたくち、喉に流し入れて数秒、
すとん、 特定の単語・概念に対する理性のブレーキが、頭と心魂と理性から外されたのを知覚した。
「愛」である。 執着であり、独占欲ともいう。
あるいは思いやりや優しさのタガが外れたのだ。

それから膝という膝、背筋という背筋からチカラが抜けて、ぱたん、床に倒れ伏して、
気が付けば、後ろ手に手首を縛られて椅子にぐるぐる巻き。個人面談用の個室の中。

コーヒーに「何か」を入れられた。
薬物に相当する物質のせいで頭が過負荷とタスク過多のツバメ。状況を把握しようと思考にもがく。
何故?誰が、何の目的で?
考えられるのは局内の抜き打ち危機管理テストと
医療班随一のマッドサイエンティスト、「ヤマカガシ」による無作為抽出の強制治験と
同期同僚の「兎」のイタズラだが、
敵対組織による襲撃の可能性は?どうだろう?

「やぁ。随分早いお目覚めじゃないか」
ツバメの背後から聞こえたのはヤマカガシの声。
あぁ、なるほど。自分は「捕まった」のだ。
ツバメはすべてを察し、抵抗を放棄した。

そろそろこの毒蛇は局に対する危険因子として「懲戒解雇」でも言い渡されるんじゃなかろうか。

「ヤマカガシ医務官。私はこれからルリビタキ部長と、閉鎖世界からの漂着物回収業務に行かなければならないので、非常に申し上げにくいのですが」
「それはそれは、良かったじゃないか。業務をサボる言い訳に、私への『協力』は非常に有用だ」
「困ります。局の業務が、とどこおります」

「率直に聞こう。ツバメくん、きみはルリビタキ部長を心魂の底から、愛しているね?」
「はい心魂の底から憧れています。
 じゃなくて、ヤマカガシ医務官、私にも仕事が」
「ふむ。薬の効きは私の想定通りのようだ。君は今、『愛』という概念においてのみ、完全に正直で、素直で、私の質問にすべて事実を述べている。
素晴らしい!やはり私は天才だ。

で、ツバメくん。君がルリビタキ部長をどれだけ愛しているか、君からの愛言葉を是非聞きたい」
「はい私はルリビタキ部長からの恩を忘れません。私はルリビタキ部長を誰よりも尊敬しています。
……あの、ヤマカガシ医務官、そろそろ解毒を」
「もっと。もっとだツバメくん。愛言葉をささやき続けたまえ。君の愛を、さらけ出すのだ!」
「ヤマカガシ医務官……?」

…………………………

「――もどかしい!これは、非常にもどかしい!」
都内某所、某アパート。
かつての物書き乙女、元夢物語案内人であった社会人が、某同人誌マーケットにおける過去の戦利品を1冊1冊愛でて、昔を懐かしんでいる。
購入して飾って、そのまま読んでいないものが1冊あったのだ――己の好きなカップリングの愛物語を前提とした、拘束にお薬のシチュエーションが。

先日、ひょんなことから突然、職場の先輩宅の近所の稲荷神社の大掃除に駆り出された。
心的休息が必要であった。それがコレであった。
すなわち推しカプの物語の摂取である。

「愛だよ、愛の言葉だよ!なのに『憧れています』とか『尊敬してます』とかだって。んん……」
最高か?最高に、ぷらとにっくな愛言葉だな?
かつての物書き乙女は「誰よりも尊敬しています」の愛言葉をかみしめ、堪能し、余韻を味わっている。
完全に全年齢な愛も恋も、乙女の好物。
それらはフレッシュな新米、新茶、ボージョレ・ヌーボーを初めて胃袋におさめる幸福に似ている。
「で。ルリビタキ部長はいつ助けに来るのだ」

美しい愛言葉、ダイレクトに「愛」と言わない愛のカタチ。おお、汚れ無き物語よ。他者が執筆した推しカプのひとつの空想的日常よ。
かつての物書き乙女はページをめくり、めくり、
読了して悶絶して合掌。2周目の巡礼を開始した。

10/27/2024, 4:54:40 AM