かたいなか

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9/11/2024, 2:58:29 AM

「喪失とは直接関係無いだろうけど、6月3日4日頃のお題が『失恋』で、4月18日19日あたりが『無色の世界』だったわ」
「失恋」は新札で「諭吉さんに失恋して渋沢さんに乗り換え」ってハナシ、「無色」は「むしき」って仏教用語があったから、それに絡めたわ。
某所在住物書きは過去作を辿り、他に喪失系のネタを探し回ったが、その努力は徒労のようであった。

「『喪失感とは』でネット検索すると、誰か亡くなった前提の記事が上位に来るの。
『喪失感 脳科学』で検索すると失恋が上位よ。哀悼全然関係ねぇの。あとはガチャとか……?」
うん。ガチャの満たされない感は、バチクソ分かる。
物書きは己の過去の過去を想起し、ため息を吐く。

――――――

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷のご利益ゆたかなお餅を作って売って、時折お母さん狐が店主をしているお茶っ葉屋さんの看板子狐なんかもして、人間を学んでいる最中。
去年ようやく1人だけ、お得意様が付きました。
名前を藤森といい、雪国の出身でした。

その日の子狐は尻尾をビタビタ振り倒し、台所へ。
ランチ準備中のおばあちゃん狐から、「最後の茹でモロコシ」を貰いました。
狐は肉食寄りの雑食性。お肉は勿論、野菜も山菜も果物も食べます。実は意外とグルメなのです。
熟して落ちた柿、みっちり実ったトウモロコシは、稲荷の狐だけでなく、野生の狐も大好き。
それらの美味しさを狐はよく知っているのです。

で、神社へのお供え物としてどっさり貰った筈の雪国産トウモロコシが、野菜置き場にもう無いと。

「おいしい、おいしい。でもさびしい」
しゃくしゃくしゃく、ちゃむちゃむちゃむ。
コンコン子狐、野菜置き場最後のトウモロコシを食べながら、ちょっと喪失感。
これを食べ終えたら、雪のトウモロコシは終わり。
ひょっとしたらもうオフシーズンで、次の新鮮かつ美味な湯でモロコシは来年かもしれません。
「さびしいな。さびしいなぁ」
しゃくしゃくしゃく、ちゃむちゃむちゃむ。
子狐は尻尾を振って、でも今年はもう茹でモロコシが食べられないかもと思うと寂しくて寂しくて、
喪失感に、それこそ今回のお題のそれに、心を打ちのめされそうになっておったのでした。

それを子狐の成長と学習のチャンスと捉えたのが、賢くて美しいおばあちゃん狐。

「おつかいに行っておいで」
新千円札の柴さん2枚に、白銅貨の100円玉をコンコン5枚。おばあちゃん狐が子狐に渡しました。
「美味しい野菜を、たっぷり買ってきておくれ。
買い方が分からなかったり、ひとりぼっちで寂しかったりしたら、いいかい。善良な心魂の匂いの人間に、よくよく助けてもらうんだよ」

「自分の好きな野菜」の美味しい見分け方と、美味しい買い方を、人間から勉強してきなさい。
おばあちゃん狐はそう言って、コンコン子狐を近所の馴染みの八百屋さんに、送り出しました。
「おつかい!トウモロコシ、買ってくる!」
ちょっと喪失感が薄れた子狐です。
2匹の柴三郎さんと5枚の白銅貨を、がま口ポーチにしっかり入れて、ちゃんと人間に化けまして、

おつかいに、行く前に、とっても心細いので、
善良な心魂を持つ人間を同行させましょう。
あの雪国出身の、藤森というお得意様、子狐のお餅を買ってくれる優しい人間を同行させましょう。

「何故私なんだ」
「おとくいさん、トウモロコシ、おそなえした」
「そうだな」
「おとくいさん、おいしいトウモロコシ知ってる」
「そういうワケではない」

「おとくいさん、行ってらっしゃい」
「お前も来るんじゃなかったのか子狐」

すべての田舎出身者が野菜の見分け方を熟知していると思うなよ。すまないが私も知らないぞ。
狐の不思議な不思議なチカラで、強制的におつかいに同行させられた藤森が、静かにため息ひとつ。
とはいえ藤森、お人好しなので、ちゃんと子狐の買い物についてってやるのです。

「ねぇおとくいさん、トウモロコシ、まだあるかなぁ。茹でモロコシ、まだあるかなぁ」
「今なら多分北日本産が主流だ。問題無いよ」
「やっぱりおとくいさん、トウモロコシ詳しい」
「だから。そういうワケではない」

コンコンコン。こら待ちなさい。
腹ぺこ子狐と雪の人は、ふたりして近所の八百屋さんへ。この頃には「最後のトウモロコシ」への喪失感なんてどこにもありません。
八百屋さんから美味しい美味しい晩夏の野菜と、美味しい美味しいトウモロコシを購入する方法を、
コンコン子狐、しっかり学んで帰りましたとさ。

9/10/2024, 3:25:55 AM

「お題の後ろに言葉を補えば、世界に一つだけ『地軸があります』とか『間違いがあります』とか。
前の方なら『商業の』世界に一つだけ、『表の』世界に一つだけ、なんてハナシも書けそうだが、
商業の世界に一つだけ存在するタブーとか……?」

去年は「初めてのお得意様から貰った、世界で一つだけの500円玉」みたいな物語を書いた。
某所在住物書きはネットで「世界に一つだけ」をうたう記事をスワイプスワイプ。
ジュエリー、街づくり、スイーツに花に伝統工芸品。世界の一部界隈は「一つだけ」に溢れている。
たしかにハンドメイド業界は作家の手と目と感性と、それから心魂によって作られる一点物が多い。
それは物書きの世界も同様であろう。

「……俺の他にもこのアプリの中で、投稿を前半と後半に区切ってる仲間って居るんかな」
居なければ「これ」もいわゆる「一つ」である
――ただ希少性や意外性はどうだろう?

――――――

先日、私の部屋の冷蔵庫(として使ってたポータブル保冷庫)が壊れた。
安いし一人暮らしだから丁度良いやって買ったものだけど、ネットの一部さんによれば、
このポータブル保冷庫、「ポータブル」であることが前提で、冷蔵庫みたいに常時ずーっと通電し続けるようには、あんまり想定されてないらしい。
ホントかどうかは分かんない。
ただ私の「保冷庫壊れた」ってポスに返信してきた人は、「ポータブルをノンポータブルで冷蔵庫にしてるのはお前だけだ」って言ってた。

つまりこの人の返信が本当に事実なら、
私の壊れた保冷庫は、世界に一つだけの保冷庫だ。
世界に一つだけの、冷蔵庫に使われた保冷庫だ。
なお私の職場の先輩が以前ポータブルを冷蔵庫にしてたから、この返信は普通に間違いだったりする。

なお即座に小型冷蔵庫をネットでポチったけど
発送は今週末だそうです。

「で、後輩ちゃん、本日の愛妻弁当は?」
「いや先輩、私のお嫁さんじゃないし。そもそも先輩と私、食材のシェアとか生活費節約術とか普通にしょっちゅうやってるし」

「お嫁さんじゃなきゃ、おかん?」
「おかん。先輩がオカン……ちょっと分かる」

で、職場の先輩に私の保冷庫の中身を大量レスキューしてもらって、2日目のお昼。
昭和レトロな学生カバンのリメイク品、ショルダーバッグから、先輩が詰めてくれたお弁当を出す。
私は小学校も中学校も、ランドセルとかスクールバッグとかだったから全然世代じゃないけど、
なんとなく、それでも、学生に戻った気分。

支店長は私のショルダー見て、すぐ「本物の学生カバンにショルダーの金具を付けたもの」だって気付いた。ギリっギリそれを使ってた世代らしい。
「それこそ、保冷庫以上の『一つ』ではないのか」
って、支店長が言った。
本物かつ十分キレイなままの学生カバンにショルダーの金具を付けるなんて、あまり、誰も考え付かないのではないかね、って。

これが考えつくんだなぁ
(理由:私が好きなゲーム→そのコミカライズ版→
推しキャラの所属組織のビジネスバッグ
→まさに「これ」がモチーフだとゲームの原作者)

「先輩が言うには、今日の晩ごはんで、私の保冷庫の食材全部使い切れるって言ってた」
先輩が作ってくれたお弁当、スープジャーのフタを開けると、中は野菜とお肉たっぷりなオートミール雑炊。先輩お得意の低塩分低糖質ランチだ。
「保冷庫、冷蔵庫、ポータブル。食材に関わる電化製品って、安さだけで買っちゃダメだね……」

スプーンですくって、ふーふーして、はふはふ。
オカン先輩が諸事情で作ってくれた「おふくろの味」を食べる――とり塩雑炊だ。
「ところで後輩ちゃん、冷蔵庫来るの、たしか今週末か来週なんでしょ?」
「うん」
「藤森は、今日の晩ごはんまで、とりあずメシ作ってくれるんでしょ?」
「うん」

「明日以降どうすんの?」
「……うん」

オートミールうまい。お弁当をひとすくい、ふたすくい。ふーふーして食べる。
「大丈夫だよ。多分」
自分に言い聞かせた。
「コンビニ行けばお弁当変えるし。スーパーに惣菜もあるし。別に1週間くらい、冷蔵庫無くたって」
大丈夫、だいじょうぶ。
繰り返しながら食べた、一部私が食材提供して先輩が料理してくれた特製の「一つだけ弁当」は、
すぐ食べちゃって、お弁当づつみで結ばれて、学生カバンなショルダーにしまわれた。

9/9/2024, 3:04:38 AM

「3月19日のお題が『胸の高鳴り』だったわ」
今回も難題がやってきた。
某所在住物書きは呟き、アゴと首の境界(すなわちいわゆる頸動脈)に親指を当てながら、
某防災アプリで強震モニタを確認していた。
胸の鼓動は、胸より手首や頸部の動脈で数えた方が分かりやすい。脇の下は少し難しい。
地震を地球の鼓動とするなら、その頸部や手首はどこだろう?プレート境界か、もっと別の場所か。

「胸の鼓動を、つまり脈拍とするなら、鼓動が早くなるのは運動後とかストレス下とか、酒飲んだ時とか。何かの病気が隠れてたりもするらしいな。
逆に遅いのは睡眠時とか、リラックス時とか?」
防災アプリから離れて、画面はネットの検索画面へ。
調べてみると、乳児は大人より脈が早いらしい。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、朝。
部屋の主は雪国出身者で、名前を藤森といい、
その藤森の部屋、リビングルームで、
藤森の職場の後輩の高葉井が申し訳無さそうに、
ちょこん。椅子に座り小さくなっている。
テーブルの上には重陽の節句に合わせて、栗ご飯と、豚こま肉入りのナスの揚げ浸し。
口内をサッパリさせるため、食用菊のおひたしと、キク科のハーブティーも添えられている。

「で?」
キッチンからテーブルに戻ってきた藤森。
カボチャのミルクポタージュを持っている。
「予定は?」

…――時間は昨日の昼までさかのぼる。

藤森の後輩たる高葉井はその日、リメイク・アップサイクルショップに出していた昭和レトロな学生カバンを店員から受け取って、夢見心地。
彼女が追いかけているゲームの原作者が、彼女の推しているキャラクターおよび所属組織のビジネスバッグについて、「アレのデザインはこれが元ネタだ」とSNSに投稿したのだ。
それをひとつ、普段使いしやすいよう、ショルダーバッグとして取っ手を付けてもらったのである。

『私、ツー様とおんなじバッグ持ってる。漫画版ルー部長とおんなじショルダーバッグ使ってる』
わぁ。ヤバい。高葉井の心はハミングして、胸の鼓動はテンポが速まり、なにより、口角が上がる。
『どうしよ、どうしよ。マジヤバい』

材料費と取っ手取り付けの技術料こそ高額であったものの、気にならぬ。至極些細。些事である。
今日はちょっと良いケーキ買って、ちょっと良いチゥハイかお茶かコーヒー買って、お祝いだなぁ。
幸福真っ只中の高葉井は贅沢用のスイーツ店でキューブケーキを2個購入して、
自宅のアパートのドアを開け、
今度は、胸の鼓動がじわじわ凍り止まる。

冷蔵庫として使っているポータブル保冷庫の音が聞こえない。 保冷庫が稼働していない。
『あるぇ?』


「ネットで聞いたら、『そもそもポータブルは長期間通電し続ける想定じゃねぇんだわ』って」
「そうか」
「でも先輩、ポータブルの物持ち、良かったよね」
「そうだな」


高葉井は焦った。ポータブルゆえに容量は8リットルと少ないが、その中には牛乳やら卵やら、なんなら今夜食べるための豚こま肉も入っている。
『どうしよ』
一度電源を切って、入れ直して、保冷庫の稼働音をよくよく聞くと、時折音が小さくなったり元に戻ったり。なにかおかしい。
『これは、買い替えかな』
ネットショップを確認した。1万少々の小型冷蔵庫は、6〜9営業日でなければ発送されない。

すぐさま保冷庫を開けて、冷気を確認し、食材の傷み具合を調査した。 まだ十分涼しい。冷たい。
保冷庫が故障したのはつい先程なのだろう。
『どこかに、食材避難させなきゃ!』

高葉井は先輩の藤森に、緊急相談のメッセージを送信した。藤森は日頃から、食費や電気代の節約において、持ちつ持たれつの関係であった。
庫内の食材を持っていけば、助けてくれるだろう。

――…「ひとまず今日と明日、お世話になります」
テーブルの前で小さくなっている高葉井。申し訳無さそうにぽつぽつ、頭を下げて呟いた。
「あと、可能なら、明後日も……」

「つまり2〜3日でアレを使い切れば良いんだな」
藤森はただ淡々と、前日まで高葉井の保冷庫に入っていた食材入りの弁当を、高葉井本人に渡す。
「朝飯は、手数だが、ここに取りに来てくれ。そのとき一緒に昼の弁当も渡す。夜はどうする?」
お前の部屋に届けようか?それとも夜くらい自分で作るなり買うなりして食べる?
藤森は高葉井からの返答を聞きたくて顔を上げ、

「ここで食べる、お世話になります……」
三度目のお題回収。胸の鼓動が一瞬だけトン、と跳ねて、すぐまた正常な静かさに戻った。
「ここで食べる了解。それなら、2日で十分だ」

9/8/2024, 3:27:56 AM

「まず、ニンニクは踊るだろ。風も狐も踊るな。
踊る『ように』じゃなく、踊るよ『ウニ』にすれば、海洋生物のネタも書ける……のか?」
これ、去年と同じなら、来月のだいたい今頃にも一度「踊る」系のお題が来るんだよな。どうしよ。
某所在住物書きは過去の投稿分を辿ったり、「踊る」をネットで検索したり。
創作ダンスなる履修科目の存在しない世代なので、ことさら踊りには縁も接点も無い。

ところで創作「ダンス」である。
日本「舞踊」は履修対象に該当しないのだろうか。

「ネットによると、他人に操られて行動することを『踊る』と言うし、利息を二重に取ることをオドリブ、『踊り歩』と言うし、書いた字も踊る。
なお『踊』の他に『躍』の字が、あるらしい……」
踊る、おどる、オドル。物書きの視界にはゲシュタルト崩壊した𧾷と甬がいっぱい。
■っているように見えなくもない。あるいは意味なく佇んでいるとも。 以下略。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、朝。
付烏月と書いてツウキと読む名前の男が暮らしており、その日は雪国出身者であるところの友人から提供されたお裾分けの夏野菜で、フレッシュサラダとベーコンエッグなど調理していた。
小さなフライパンにマヨネーズを薄く塗り、強火で熱して、パチパチパチ。
熱でクリーム色が踊るように泡を吹いたら、半額で手に入れた赤色卵を割り入れ、じゅーじゅー。
その後は気分的に弱火からの蒸し焼き。味付けは下地の焦がしマヨとカリカリベーコンに任せた。

ところでリビングに上記で紹介済みの「雪国出身者であるところの友人」が居る。名前を藤森という。

「ナンデ?」
「昨日、私の実家から届いた野菜を提供しただろう。今日も届いたんだ。同規模。違う種類」

「藤森ひとりじゃ、食べ切れなくない?」
「それで今日も、『救援要請』を」
「おけ把握」

くきゃきゃきゃっ、くぅくくっ、くわうぅ!
藤森の腕に抱かれた子狐が、それは藤森のアパートの近所にある稲荷神社在住、もしくはその神社の近所の茶葉屋で看板子狐をしている個体なのだが、
テーブルに置かれた目玉焼きに食欲を突っつかれ、鼻を頭を懸命に伸ばし両足をばたばたばた。
食いたいのだ。
尻尾など「踊るように」どころではない。完全にブレイクダンスか扇風機のそれである。

「茶っ葉屋の店主さんには、お裾分け、もう?」
「もう行ってきた。店主から『ついでに子狐の散歩をしてきてほしい』と言われて、この子狐を。
それからあなたの部屋に来て、あとは私の後輩と、親友のところへ。」
「『食べきれないから送ってくる量減らして』って、メッセ送ればいーじゃん」

「どうなったと思う」
「送ったことあったんだ」
「聞き入れられなかったのか忘れられたのか分からないが結局今年の量は少し増えた」
「ふえた」
「そう。増えた」

食料支援は助かるし、ご実家さんも昨今の物価上昇で心配してるんだろうけど、
まぁまぁ、うん。お前の気持ちも分かるよ。
藤森から「実家からのお裾分け」を受け取り、藤森の腕の中の子狐にゆで卵ひとつ渡して、
付烏月は藤森に、穏やかな苦笑をみせる。

ぶっちゃけ菓子作りが趣味の付烏月にとって、季節の野菜の共有は完全に救世主である。
晩夏の野菜は晩夏の甘味になる。
藤森が付烏月に野菜を提供してくるとき、
付烏月もまた、藤森に菓子を提供するのだ。

「そういえば、昨日貰ったカボチャとトウモロコシでタルト2種類作ったけど、食ってく?」
「……それは、『タルトを作ったけれど一人では食い切れないから、私のお裾分け行脚のついでに高葉井や宇曽野に配ってくれ』というハナシか?」
「ぴんぽん。正解の景品にキューブケーキもどぞ」
「はぁ。そりゃどうも」

じゃ、お裾分け頑張ってね〜。
ぷらぷらぷら。付烏月の右手が踊るように、別れの挨拶として揺れる、揺れる。
荷物の増えた藤森はクーラーボックスに追加分を収容して、ため息ひとつ。
藤森の腕の中の子狐は付烏月から貰ったゆで卵を噛んで、舐めて、かじって、 スポン!
噛みどころが悪かったらしく、白身の中から完熟気味の黄身を勢いよく発射してしまったとさ。

9/7/2024, 4:18:27 AM

「『時告げ鳥』はニワトリ、時じゃないが『春告魚』はメバルにニシン、『春告草』は梅の異名。
このアプリ入れて一番最初に題材にしたキクザキイチゲはアズマイチゲの仲間、春を告げる花だわな」
時を告げるって、学校のチャイムとか普通に腕時計とか、あと他に何があるだろな。某所在住物書きは某時告げる山羊の登場する映画を観ながら言った。
外では秋を告げる花、シュウメイギクがちらほら、花を開き始めている。

「時計っつったら、日時計と水時計と、砂時計と、振り子時計あたりは知ってたが、燃焼時計なんてのもあったわ。種類豊富よな」
風時計も調べたけど、よくよく考えたら風なんざ、いつ吹くか分からんから、そもそも難しかったわ。
物書きは当然の理由に至り、納得する。
「……で、書きやすい『時告げ』はどれだ?」

――――――

地元スーパーの青果・鮮魚コーナーは、あるいは八百屋や魚屋さんは、時を告げる先触れです。
スイカひとつとったって、そこには季節と時期があるのです。最初に鹿児島のような沖縄・九州地方が入ってきて、それから段々スイカ前線が北上。
最後に北海道・北東北地方が出荷されている間に、秋の果物へ繋がるのです。

と、いうのは完全に「信じるか信じないかは」の領域ですが、まぁまぁ、取り敢えず今回の物書きがご用意したおはなしへ移りましょう。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某アパートの一室に、藤森という雪国出身者がぼっちで住んでおりまして、
実家から午前中に送られてきた段ボール箱を前に、
腕組んで、口固く結んで、ため息静かに吐いて、
視線を、首と一緒に小さく下げておりました。
雪降り花咲き山菜茂る田舎から、田舎クォンティティーの容量で、今年も「季節」が届いたのです。

再度明記します。
雪国出身の藤森、ぼっち暮らしなのです。
そのぼっち暮らしの藤森に、藤森の実家が、
食べ盛りの子供1人を抱えた都民2世帯3世帯分のクォンティティーとバラエティーを
段ボールに詰めて寄越してきたのです。

「……ひとまず高葉井と宇曽野と付烏月さんか」
タップタップ、スワイプ。
藤森は職場の後輩のコウハイ、もとい高葉井と、
親友の宇曽野と友人のツウキ、付烏月におすそ分け予告のメッセージを送信。
『雪国より晩夏をお知らせします
 各自欲しい野菜があれば連絡たのむ』
真っ昼間のチャット枠に既読はポツポツ付いて、
後輩の高葉井からは、泣いて拝んで感謝のスタンプが秒で送られてきたのでした。

保冷の徹底された段ボールの中の発泡スチロール箱には、晩夏を代表する野菜がどっさり。
じき旬のピークを終えるトウモロコシに、焼いて少しの醤油を垂らすのがたまらないナス、それからコロっと両手乗りサイズのカボチャ等々、等々。
夏です。晩夏です。
最低気温が20℃を下回り始めている雪国が、今年も時を告げに来たのです。
『そろそろ、秋がやって来ますよ。』

春の山菜、初夏の野菜、晩夏の野菜に初秋の新米、晩秋初冬の果物。それらは時を告げる先触れです。
季節をたがやし、季節に立ち向かい、季節を収穫して味わい季節に眠る藤森の故郷は、
時間のせわしなく流れる都会に、「お前は今『ここ』にいるんだよ」と、知らせてくれるのです。

それはそうとて量が多い。

「近所の稲荷神社にも――」
稲荷神社にも、少し分けるか。 本日二度目のため息を吐いて、キッチンに袋を取りに行った藤森。
トウモロコシとカボチャと、ミョウガの甘酢漬けと何が良いだろうと、考え事をしながら視線を、
実家から送られてきた段ボールに、戻しますと、
「……こぎつね?」
ちょこん、コンコン。どうやってセキュリティーとロックをすり抜けたやら、
尻尾をバチクソに振り倒す子狐が、藤森をキラキラおめめでガン見しています。
「おまえ、どうやって入ってきた?」

細かいことは気にしちゃいけません。
つまり、要するに、都内にぼっちで住む雪国出身者のアパートに、実家から時を告げる段ボールが届いたおはなしなのです。
そこに美味しい美味しい茹でもろこしの気配を察知した前回投稿分登場の子狐が、お家が近所だから遊びに来ただけなのです。
しゃーない、しゃーない。

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